獲物を狙う獣のような眼をしたサガンと、気位の高いリネアはそれぞれの思惑を秘めて見合った。
それは相手の息遣いが気になるくらい緊迫した状態になりつつあった。
だがその時、軽い小さな足音が聞こえて来た。パタパタと走って来るようなその音にサガンが少し困ったような顔をして小さく溜息をついた。その足音の主はユーシャだ。

「おにいちゃま〜」
「駄目でございます!ユーシャ様!サガン様は今、ご用事中でございますよ」
「いや!ゆーしゃもごようがあるの!」
「ユーシャ様!駄目でございます!」
ユーシャは守り役のアリタの制止を聞かず扉を開けようとしている様子だった。しかし小さな彼女には無理らしい。

「おい!開けてやれ!」
サガンが怒鳴ると扉の向こう側では息を呑むような気配がした。

「は、はい!も、申し訳ございません!お、お許しを・・・」
アリタは恐る恐る扉を開けると顔を伏せ、ガタガタと震えていた。
サガンが女達を部屋に引き込んでいる時にユーシャを近づけると叱責されるのだ。しかしユーシャはそうとも知らず扉の開いた隙間から飛び出して来た。

「おにいちゃま」
「あっ、ユーシャ様!」
アリタは、ぎょっとして手を伸ばしたが間に合わなかった。そして思わず顔を上げると真っ裸のサガンを目にしてしまい慌てて顔を伏せた。しかし情事の最中かと思っていたが女達が見えないので、ほっとした。だがふと横に人の気配を感じて顔を上げるとリネアと目が合ってしまった。

「こんにちは。可愛い子守りさん」
艶然と微笑む圧倒される美貌のリネアを目の当たりにしてしまったアリタは思わず頬を染めた。
彼女はユーシャの何人かいる守り役の一人で、リネア達が到着した時その場に居なかったので事情が飲み込めていなかった。ただサガンの所に行くと言って飛び出したユーシャを追って来たのだ。

「ユーシャ、お前、まだ泥だらけじゃないか。おいっ!そこのお前!」
ユーシャを見たサガンはリネアを、ぼうっと見ているアリタに怒鳴ると彼女は飛び上がって震えた。

「も、申し訳ご、ございません・・・ユーシャ様が・・・」
「ゆーしゃね、おにいちゃまと、おふろするの」
ユーシャの用事とはそういうことらしい。湯浴みの前に逃げ出して来たのだろう。

「あら、良いわね。汗で身体中がべとべとして気持ち悪かったのよね。新しい服に着替えたいし」
「おねえちゃまも、ごいっしょするの?」
リネアの同意にユーシャが振向き可愛らしく嬉しそうに微笑んだが、サガンは呆れた。

「はあ?お前、何言っているんだ?それとも俺を誘っているのか?」
離れられない二人は行動を共にするしかない。となれば自分の目の前で当然裸になると言うことだ。

「誘う?何故私が貴方を誘う必要があるの?私はしたいことをするだけよ。貴方が私の裸を見て発情しようと私には関係無いわ。私に何かしようとするとどうなるか分かっているでしょうし」
「大した自信だ!絶対にその気にならないって言うんだな!」
サガンはそう言いながら自分が虚しい事を言っていると感じていた。
周りに侍る女達は恐怖に怯えながらもサガンを欲している。恐れながらも猛々しいそれに貫かれる喜びに身体を震わせるのだ。怖気ついていた三人目の女でさえも花芯を熱く濡らして待っていた。
―――だがリネアはその様子を平然と見ていたのだ。

(平然とだ!)
リネアが馬鹿にしたように小さく笑った。

「ねぇ〜湯浴みの係りは可愛い女の子にしてくれないかしら?」
「お、お前、そっちの趣味かっ!は・・はは・・・どうりで・・・」
「どうりで俺様の魅力になびかない訳だ、と言いたいのかしら?」
「なっ!お前!」
「貴方って本当に分かり易く単純な思考回路よね?私には特別立派な兄と弟がいるのよ。男として何もかもが最上級の部類のね。それを見慣れている私にその考えは通用しないわ。まぁ〜体躯はそれなりに良いとは認めるけれど・・・野蛮人は問題外よ」
サガンはまた、カッと頭に血が上った。
イエランに飲まされた煮え湯―――初めて敗北を感じたあの日。
あの男と比べられたのだ。気分は最悪だった。そのせいか上を向いてはち切れそうに勃っていた男の象徴がいつの間にか、グニャリと萎えていた。

「はっ!お前こそ女に走った理由はそれか?ご立派な兄弟以上の男じゃないと嫌だって言うんだろう?残念だったな。理想の男が血の繋がった奴で!それじゃあ、どんなに願っても抱いて貰え無いしな!で?どっちだい?お前が、ひぃひぃ言わせて貰いたい相手は?あの威張り腐った王か?それとも気取った兄の方か?」
サガンは負け惜しみで適当な事を言ったつもりだった。
しかし一瞬、リネアの感情が揺れた。ほんの一瞬―――
遮断していた彼女の心が一瞬、鎖を通じてサガンに伝わったのだ。しかしリネアの表情に変化は見られなかった。謎めいた微笑みを浮かべているだけだ。

(気のせいか?)
「さぁ〜ユーシャちゃん、湯浴みに行きましょうか?此処はそれとも水浴みかしら?」
「おいっ、答えろ!無視する気かっ!」
「そんな馬鹿げた質問に答えるつもりは無いわ」
リネアはサガンへ冷やかな視線を送りながら言った。

「そうか?さっき動揺しただろう?」
「呆れて驚いただけよ。馬鹿馬鹿しくってね。お生憎様、私は可愛い女の子が好きなの。男なんかに用は無いわ」
「へぇ〜それは良いご趣味だ。子供っぽいお遊びだな。お前は男を知らない訳だ。はははっ、こいつはイイ!傑作だ!はははっはは」
「多淫な貴方と一緒にしないで欲しいわ。私の趣味をとやかく言われたくないわね」
「男を知らないんだろう?教えてやろうか?」
ニヤニヤとしているサガンをリネアは睨みつけるとユーシャを抱き上げて歩き出した。

「可愛い子守りさん、湯殿に案内してくれるかしら?」
「は、はい・・・」
アリタは憤慨しているサガンを、チラッと見てビクビクしながら答えた。

「おいっ!話は終って無い!」
「私は終ったわ」
「おいっ、待てよ!」
サガンはリネアの肩を後ろから掴んだがその手をユーシャが、じっと見た。

「おにいちゃまと、おねえちゃま・・・けんか?」
ユーシャの大きな瞳が、うるうるし出した。

「い、いや・・・」
リネアが、ぷっと吹き出しているのが見えたがユーシャの泣きそうな顔にサガンは負けてしまった。

「ぷぷぷっ、ユーシャちゃん、おにいちゃまと私は喧嘩して無いわよ」
「おにいちゃま・・・ほんとう?」
「そうよね?おにいちゃま?」
「うっむむ・・・ああ、してない!」
「よかった!」
ユーシャは喜びリネアの腕からサガンの首に抱きついた。

(暴虐の王子も妹には敵わないらしいわね。可愛いこと)
リネアは堪りかねて笑い出した。

「おいっ、お前!笑いすぎだ!」
サガンの抗議はリネアの笑いをまた誘っただけだった。
文句を言うのを諦めたサガンは床に引き摺る鎖を手繰って持ち上げると歩き出した。それにリネアが付いて行くような感じでそのまま湯殿へと向ったのだった。

 着いた場所はリネアの予想に反して湯を張った正真正銘の湯殿だった。
「嘘でしょう?こんなに暑いのに湯に浸かるなんて冗談じゃないわ」
更衣室から浴室を覗いたリネアは熱い蒸気に顔をしかめながら言った。しかし湯を使った後は水風呂に入ると聞き安心した。その中に既に裸のサガンはさっさと進んで行く。

「ちょっと待ちなさい!私はまだ脱いで無いのよ!」
しかしサガンは止まる様子が無かった。引き摺られるように引っ張られた揚句、グイッと強く引かれて湯船に滑って落ちてしまった。

「何するのよ!」
頭からずぶ濡れになったリネアは立ち上がりながら文句を言うと視界を遮る髪をかき上げた。
すると鼻先がすれ違うぐらい間近にサガンの顔があった。
黄色の瞳にくっきりと黒い瞳孔が縦に細長い線を描いているのが見えた。
それが愉快そうに生き生きと輝いていた。リネアは思わずその生命の輝きにも似た光に、ドキリとしてしまった。それは猛牙国で見た生命力溢れる緑に圧倒された時のような感動にも似ていた。

「いいか。俺に指図するな」
「私にも命令しないで頂戴」
お互い睨みあっていたが同時に、ぷいっと顔を背けた。ユーシャが衣服を脱がせてもらってやって来たのだ。

「おねえちゃま、おふくのままではいるの?」
「服も一緒に洗っているのよ」
リネアの言訳に今度はサガンが笑い出した。
それを横目に見ながらリネアは湯船から上がると待機していた湯殿係りの召使い達に脱がせて貰った。肌に張り付いた布は裸体より官能的だ。でもそれらが取られると艶かしい象牙色の肌がその裸体を際立たせた。

(男を知らない肌・・・)
横目で見ていたサガンだったが自分で言った言葉が頭を過ぎり、再び熱が下半身に集ま
るのを感じた。
(冗談だろう?女の裸を見たくらいで・・・)
一糸纏わぬ姿を恥らって隠すような素振りさえ見せないリネアに食指は動かない筈だった。
堂々としている女は可愛げが無く征服し甲斐が無いからだ。それなのに?生ぬるい湯の中でサガンの意思に反して萎えていたものが再び硬度を増して反り返り出したのだ。

「ちっ!」
サガンは舌打ちして湯船から立ち上がるとリネアに背を向けて洗い場に向うと吼えた。

「おいっ!お前達、俺を洗え!」
リネアを世話していた召使い達は慌ててサガンの下へと散った。

「あらあら、おにいちゃまは、ご機嫌ナナメのようね?」
「ななめ!ななめ!」
ユーシャははしゃいでリネアと一緒に湯船に浸かった。

「おねえちゃまの、おっぱい、おおきくてきれいだね」
「そう?ありがとう」
「ねぇ、さわってもいい?」
「いいわよ」
(何やっているんだ?ユーシャの奴)

サガンは二人の会話に苛々と聞き耳を立てていた。
気になって、チラリと肩越しに振り向けばユーシャがリネアの胸を触っている。

「駄目よ、くすぐったい」
「ぽよん、ぽよんだね?」
サガンは目が離せなくなってしまった。だからユーシャが先に湯船から出され別の場所へ移動するとサガンは無意識に動いていた。
音も無く気配すらしないサガンにリネアは間近に来るまで気がつかなかった。
だから、あっと思った時は湯船から引き上げられて押し倒されていた。重い体躯で押さえ込まれ鎖を短く手繰られていては瞬間移動さえ出来なかった。そのリネアの胸にサガンが貪りついた。

「なっ!や、止め・・・あっ・・・つっ・・・」
獣の牙のような歯がリネアの胸の先端を掠めた。ザラリとする舌がそれを転がすように蠢いている。その何とも言えない刺激にリネアの四肢に快感が走った。
それにもう片方はゴツゴツとした大きな指で挟まれていた。

「あっ・・・や、やめ・・・んんっ・・・あっ」
手のひらで胸を揉まれ尖りかけた先端はその指で捻られると電流が走ったようになった。
下部には熱く硬いものも密着して擦り付けられている。今まで味わったことの無い力強い刺激にリネアは身体が蕩けそうだった。しかし快楽に溺れるつもりは無い。
叩いてもビクともしない相手を叩くだけ無駄だと悟ったリネアは自分の腕に思いっきり噛み付いた。

「ぐっ・・・」
呻いたのはサガンだった。リネアの胸から顔を上げ傷一つ無い自分の腕をさすった。

「お前――」
自分の下に組み敷かれているリネアを見れば口元から血を滴らせていた。そして歯型がくっきりついて血が滲む腕が目に入った。

「さっさと私の上から退きなさい。これ以上続けると言うのなら腕じゃなくて舌を噛んでやるわよ」
(何て女だ!迷わず自分の腕を噛みやがった)
本当に舌でも噛まれたら・・・と思うとサガンは珍しく、ぞっとした。
それを隠すように起き上がると水風呂に飛び込んだ。肌を刺すような冷たい刺激に頭も冷える感じだ。ブツブツ文句を言いながらすっかりリネアに懐いてしまったユーシャと言う事を聞かないその高慢な女を見た。そしてズキズキ痛む腕をさすった。そして昂ぶる下半身も中途半端で疼いていた。

(絶対に俺のものにしてやる!絶対にだ!)
サガンは再び心に誓った。
リネアを征服すれば一度負けたイエランに勝利した気持ちになるようだった。
そうなればどんなに気持ちがいいだろうと想像してしまう―――
だからサガンは密かに微笑んだのだった。



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