可憐な鋼3 ![]()

二人は一瞬無言で見詰め合ってしまった。
エイダは、ぐいっと乱暴に涙を拭くと勢い良く立ち上がった。
「何?何か用事!」
ロイドは我に返った。
(どうしたと言うんだ?何を呆けて・・・)
「アリスは?」
さっき出て行ったのを見ているのにそう聞いてしまった。
「姉さんならさっき出て行った」
「そう・・・」
答えたのに一向に出て行こうとしないロイドにエイダは苛立った。それに泣き顔を見られたのが恥ずかしかった。
「まだ何か用?」
ロイドは涙の残るエイダの顔が気になって仕方が無かったが用件を切り出した。
「―――その服装を改めるように注意しに来ました」
エイダは、カッと頭に血が上った。これは動きやすく丈夫なので結構好きな格好だった。
「これのどこが悪いのさ!」
「裸同然でしょう?女性ならもっと慎ましやかにするべきです」
「裸だって?王様の後宮の女達の方がもっと露出が高いって聞いているよ!」
「どこの王の後宮の話ですか?この国の王は後宮で女達を囲っていません。随分古い話のようですね」
エイダは否定され続け完全に頭に血が上った。こんなに怒ることは滅多にない。
だから自分でも驚く行動に出てしまった。いきなり自分のシャツに手をかけ勢い良く脱ぎ捨てた。
もちろんそうすれば窮屈に納まっていた大きな胸が弾むように飛び出し揺れた。
「これが裸だろう?さっきと同じと言わせないよ!」
そう叫んだエイダは更にスカートに手をかけた。
唖然として声を無くしていたロイドは流石に慌ててその手を止めた。
「止めなさい!」
「離せ!裸とさっきの格好が同じかどうか比べて見ろよ!」
「分かった、分かったから!止めなさい!」
二人は揉み合っている間にとうとうエイダを下にして倒れ込んでしまった。
(ん?柔らかい??)
ロイドは、ぎょっとしてしまった。自分の顔がエイダの豊満な胸に埋まったのだ。
慌てて起き上がろうとした手がその胸を掴んでしまった。
「うわっ!」
何とも言えない感触に動揺してしまう。好みとしては青い果実のような成熟していない胸だ。
それは硬くて決して手で掴めるようなものではないし手に余るものでもない。
「申し訳無い。失礼した」
動揺を隠して謝罪の言葉を述べたが声は裏返っていた。
それでも常識あるロイドらしく自分の上着を脱ぐと視線を外しながらエイダの肩にそれを掛けた。
そして彼女の顔を見れば頬を紅潮させ瞳は燃えるよう揺れて激昂していた。
「そ、その・・・」
いつも次から次へと頭に閃き止めどなくスラスラ出る言葉が出て来ない。
「出て行って!あんたの言う通りちゃんとすれば文句は無いだろう!」
エイダは自分では吼えるように言ったつもりだが可愛らしい声では迫力は無かった。子犬がキャンキャン吼える程度だろう。それでもロイドを追い出すのに問題は無かったようだった。
「本当にいけ好かない奴!絶対に見返してやる!」
とロイドが出て行った扉に向って宣言したエイダはその後、老婆か修道女のような服装をした。
生地の色は灰色で肌の露出が少なく身体の線は出ない、ゆったりとしたものだ。
それは品があっても若々しさは無くエイダの魅力を大幅に半減してしまうものだった。
それでもエイダは満足していた。その格好でロイドに最初会った時に彼は嫌な顔を一瞬したが文句は言わなかったからだ。
(当然!言われた通りにしているんだ!)
エイダはちょっと勝った気分になった。しかしそれからはかなり負けそうな気分だ。次から次へと押し込まれる課題で気が変になりそうだった。それでも負けず嫌いのエイダは努力を惜しまなかった。
「はぁ――っ、ちょっとだけ休ませて」
エイダは教本をパタンと閉じて机に上半身を投げ出した。
すると付きっ切りでエイダの教育係りの手配と調整をしているジュードが笑った。
「エイダさん、本当に良く頑張りますね。感心します」
「だって今日が試験最終日だろう?頑張らないといけないからね。そうじゃないとあの嫌味虫から追い出されてしまうし」
「嫌味虫?ぷっぷぷ、ロイド卿のことですね?」
「それ以外いないだろう?」
ジュードは本格的に笑い出した。
「はははっ、でも本当に珍しいことなんですよ」
「何が?」
「嫌味の応酬がですよ。仕事絡みでは全く出しません。仕事で関係した方々に聞かれると分かりますが誰もがロイド卿には好印象しか無い筈です」
「はぁ?あれで?」
「はい。大事な取引相手に卿は完璧な好人物を演じますからね」
エイダは大事な、と言う部分が引っかかった。
「私がそれじゃ無いからだろう?」
「いいえ、滅相も無い!私は通訳出来る人材を国中探しても見付からなかったのですからエイダさんと巡り合えたのは奇跡ですよ」
「えっ?でもいつでも追い出すような感じで言っていただろう?」
エイダの疑問は最もだ。ジュードは喋りすぎたと思った。
「いや・・・あの・・・だから珍しいなぁ〜と思って・・・」
取り繕うつもりがまた余計な事を言ってしまった。しかも最後まで納得いく答えを貰うまでエイダは引かないだろう。この二日間彼女を見ていてそんな性格だと感じた。何でも只丸呑みで覚えるのでは無くて分からないことは納得するまで問い詰めていた。初め彼女を馬鹿にして真剣みの無かった教師達も段々と力を入れて教え始めたぐらいだ。
「期日が迫る中で貴女しか望みが無いのです。それなら貴女の機嫌を損ねるのは得策では無い筈です。ロイド卿なら貴女を怒らせることなくこの難関を突破出来ると思います。それがあれでしたから驚いたのですよ。貴女が卿好みならまだ話しは分かりますが・・・」
先日もロイド本人から趣味では無いとか言われた。
「あいつの好み?それってどんな?」
「あ〜いやぁ〜その・・・」
「何?」
エイダは追求を止めない。
「そ、その・・・卿は可愛らしいものがお好きでして・・・」
「可愛い?―――それって人?それとも物?」
「どれという観念は無いようです」
「じゃあ・・・人ならアリスみたいな感じ?」
「えっ、ええ・・・まぁ、そんな感じでしょうか」
「ふ〜ん」
「あっ、でも気に入られない方が良いのですよ!卿は気に入ったものに困った顔をさせるのがお好きでして、それこそ嫌味はもちろんですし意地悪されます!」
「―――変な奴」
「そ、そうでしょう?」
エイダとジュードは何だか可笑しくなって笑った。
「二人で何笑っているのですか?そんな愉快な時間を過ごす暇は無い筈でしょう?」
噂をすればロイドが急に現れた。嫌味な態度は健在だ。
ジュードの話しからすると気に入られる要素の無いエイダにこの態度は不可解なものだった。
(よっぽど私が嫌いなんだろうね)
好みの正反対は嫌いと言う訳だ。考えなくても単純明快な答えだろう。
「今晩の食事の前に試験を行います。もちろん食事の仕方も試験のうちです」
チラリと視線を流しただけで冷たく言うロイドに反感を感じるエイダだったが憤りを抑えて静かに立ち上がった。そして返事の代わりに頭を少し下げた。
エイダはあれからロイドと全く口を利かなかった。いつもの無口なエイダとなっていたのだ。
度々様子を窺いにやってくるロイドはそれが腹立たしく感じていた。元々無口なのは声を気にしていると言っていたがジュードとは気楽に話しているのを度々見かけた。それなのにロイドには貝のように口を閉ざして喋らないのだ。
(今も楽しそうに笑っていたと言うのに!)
何故こうも苛々してしまうのだろうか?とロイドは自分で自分を分析した。
(声が・・・声が好みだから聞きたいのだろう・・・そうだ。それしか考えられない)
という答えに到着したようだった。ならば喋るように仕向ければ良い事だ。
「でも・・・そうですね。試験の前の試験をしてみましょう。夜まで待つ必要があるのかどうか確かめましょう」
ロイドは意地悪く微笑んで言った。
もちろんエイダは受けて立つ。キッと彼を睨んで向かい合った。
文句を言うと思ったロイドだったがエイダが怒っている様子でも一言も喋らないので拍子抜けしてしまった。だからもっと困らせてあの時のような泣き顔が見たくなった。
「それでは・・・若くして亡くなった薄幸の詩人。ルルーの詩を暗唱して貰いましょう」
「ロイド卿、それは今回の課題には含めておりません。それに今回は詩の暗唱などは省いております」
ジュードが慌てて口を挟んできた。
「詩を課題に入れていない?それは手落ちですね。もしサイルドの王子が詩をお好みだったらどうするのですか?」
「し、しかし、彼女は通訳であってそこまでする必要は無いと思いますが?それにルルーはそんなに有名な詩人では無いですし・・・」
「ルルーは素晴らしい詩人です。それに詩の朗読は貴人の嗜みです。どんな状況にも対応出来なければなりません」
ジュードは困ってしまった。ロイドの理想が高すぎるのだ。エイダの仕事はあくまでも通訳だ。
それを取り持つ相手がサイルドの王子に此方では王や重臣達だからある程度の作法や貴族の常識は必要だろう。しかしそれ以上を彼女に要求するのは無謀としか思えなかった。
(彼女が一人で接待するわけじゃないだろう?それなのに?)
もちろんジュードは幅広い知識を要求される仕事柄ルルーは知っているし詩も暗唱までは出来ないが聞いた事もある。しかも誰もが知っていると言うような有名なものでは無いのだ。
(ロイド卿は確か好きだったよな・・・)
これが普通だったら気に入ったものへの意地悪なのだろうと呆れて無視出来るものなのだが・・・
彼女にその要素は見付からない。
そしてもちろん出来ないのを承知で言ったロイドだったが自分の耳を疑ってしまった。
エイダがルルーの詩を暗唱し始めたのだ。
しかもロイドが一番好きだが一般的に有名では無い詩―――
エイダの声で綴られる詩はその情景を可愛らしく愛らしく彩った。ロイドは驚くしか無かった。
そしてそれに聞き入ってしまったのだ。だから暗唱が終っても暫く言葉が出なかった。
「・・・この詩人を知っていたのですか?」
エイダは、ムッとした顔をした。
(知っていたのか、だって?やっぱり意地悪で言ったんだ・・・)
エイダもこのルルーの詩が好きで殆ど暗記している。だから一番好きな詩を暗唱したのだ。
だがそれをロイドに教える必要も無い。だからエイダは返答しなかった。
「聞こえなかったのですか?知っていたのか、と聞いているのですよ」
ロイドの再度の問いにもエイダは無視をした。ロイドは何時に無く苛々として来た。
「ジュード、貴方は何を見ていたのですか?教師達は何を教えていたのです?話しかけている相手を無視するような行儀の悪さ。このような受け答えの基本も出来ないような教え方ですか?」
「ジュードさんは悪く無い!何で関係の無い彼を怒るのさ!あんた、本当に意地悪だな!」
エイダはロイドとは二度と口を利かないと誓っていたが堪らず声を発した。反抗的な態度の揚句に悪態を付いたのだからロイドが怒るだろうとエイダは思った。ところが・・・彼は微笑んだのだ。
(えっ?なんで?)