可憐な鋼5


 数日後、エイダはいよいよ王宮へ登城した。
遠くから眺めていた王城が目の前に広がっていた。その迫力に足が竦んでしまう。
ジュードが同行してくれているからどうにか足が前に出ている感じだ。中に入れば更に眩く目が眩みそうだ。エイダはその中を迷う事無く進むジュードに付いて行くのがやっとだった。少し頼りないかもと思っていたジュードが頼もしく見えるのが不思議だ。二人は王城の一角にある外務省へと向っていた。そこで夜明け早々から出ているロイと合流する予定だった。
しかしその場所へ到着したかと思った途端、前を行くジュードが急に立ち止まりエイダは彼の背中にぶつかってしまった。

「ちょっと、ジュードさん!急に止まらないで!」
ぶつかってしまったエイダが文句を言いながらジュードの背中を見ると彼が恭しく頭を垂れていた。
何?と思って前を見たエイダは身なりの良い若い男と目が合ってしまった。
黄金の髪に真っ青な瞳。整っている顔立ちなのに甘さは無く切れ味の良い刃物のようだった。
何もかも見抜くかのような鋭い双眸が印象的でエイダは久し振りに戦慄を感じた。

「エイダさん、エイダさん」
ジュードが頭を垂れたまま小声でエイダの名を嗜めるように呼んでいた。

「エイダさん、陛下です・・・国王陛下ですよ」
「え?」
エイダは驚いて尚更見入ってしまった。
王城とは言っても国王が一人でこんな場所にいるとは思わなかった。国王とは沢山の家臣に傅かれて城の真ん中で座っているのかと思っていた。しかもこんなに・・・どういう訳か頬が熱くなる感じだ。
黙ったまま見合っていると国王が立っている目の前の扉が開いた。

「誰かいるのですか?陛下?如何なさいましたか?このような場所に?ご用がございましたら私が伺いますのに・・・おや?お前達も到着したのですね」
扉から出て来たのはロイドだった。
そのロイドに気付かずシーウェル王国国王カーティス・グレン・エイドリアンを頬を染めて呆然と見つめているエイダにロイドは気が付いた。ジュードは立礼しているのにエイダは棒立ちのまま・・・礼をするのも忘れて不躾に見つめていたのだ。その様子がどういう理由か不快に思えた。

「エイダ!陛下の前です!作法を忘れたのですか!」
「あっ!ご、ごめんなさい。し、失礼致しました陛下」
エイダが慌てて頭を下げた。
グレンは彼女の大人びた見かけと幼女のような声の落差に少し驚いたが、余りにも微笑ましく可愛らしいその声に口元をほころばせた。
それを目にしたロイドは面白く無かった。思わず、むっとしてしまったのだ。
早くどちらかをこの場から去らせたい気分だった。どうしてそう思うのかは考えずに取りあえず彼女を紹介しなければならないだろう。

「―――陛下、この者がサイルド語を通訳するエイダです」
「ああやはりそうか。サイルド人特有の美しい黒髪だからそうじゃないかと思っていた。エイダ、大変だろうが宜しく頼む」
「は、はい!精一杯務めさせて頂きます!」
エイダは頬を染めたまま顔を上げると丁寧な言葉使いで答えた。
彼女の受け答えは間違っていないのにロイドは気に入らなかった。

「・・・・・・それで、陛下のご用は何でございますか?」
「何時に無く冷たいな、ロイド。何が気に入らない?」
「別に何もございません。陛下の気のせいでございましょう。至急のご用向きならば直ぐにお伺い致します。どうぞ中へ」
ロイドは淡々と言ってグレンを中に招き入れて、ジュードには待つように言った。
その扉が閉まった音でエイダはようやく息を吐き出した。

「エイダさん大丈夫ですか?」
「なんとかね。いきなり王様に会うなんて思って無かったから・・・でも、惚れ惚れするぐらい良い男だったしね。それが一番驚いたかも・・・」
前の王様の時より暮らし易いのは認めてはいても毎日働き詰めでその日のことしか考えられないエイダは雲の上の人物像など考えたことが無かった。国を上げての婚礼の時も海の上だったし、今まで興味を抱いたことが無いのが本音だ。

「陛下は本当に素晴らしいお方ですよ。お子様がお生まれになって更にですね」
世間に疎いエイダも王子誕生は知っている。それこそ国中がお祭り騒ぎになっていたからその余波が船上に及んでいた。これ幸いにと皆が船の上で飲んだくれて騒いでいたのを覚えている。

「それにしても、あいつ!頭にくる!」
エイダがそう吼えるとジュードは苦笑いをして周りに誰もいないか確認をした。そして直ぐ近くの待合室のような小部屋へ誘った。

「まあまあ、エイダさん。落ち着いて下さい。私も驚きましたけどね。誰かの前で声を荒げて叱責なんてしませんから」
エイダは国王への非礼を怒られた事を言ったつもりでは無かったのだが?

「しない?ジュードさんの前でだってガミガミ言っていたじゃない」
「私の場合は身内でしょう?他人の前では、ですよ。しかも陛下の前であのような態度を取ることありません」
「へぇ〜やっぱり王様の前では良い子ちゃんぶっているんだ」
「良い子ちゃん?ぷっっぷぷぷっ・・・」
意地悪虫だの良い子ちゃんぶるなどあのロイドをそういう風に言い表す彼女がとても愉快だった。ロイドを良く知る者達はそう思っても言えないものだし、言ったと分かったらどんな仕返しが来るかと思えば夜も眠れなくなるから言わない。

「ジュードさん、笑い過ぎ!それに私が怒っているのはあいつが私を睨んだ事だよ。こっちが謝ってちゃんと挨拶もしたのにもっと睨んでいたんだ!何が悪いのかって言いたい!理由も無く睨まれるなんて腹立つだろう!」
ジュードはそう言えばそうだなと思い返した。エイダの非礼を嗜めた後の方が機嫌悪かったような感じだった。

(何でだろう??)
ロイド本人も分からないのにジュードが分かる筈も無かった。それでもエイダを宥めて国王の用事が済むのを待ったのだった。



「それで陛下、火急な用件とは何でございましょうか?」
「火急と言うものでは無いが・・・それにしてもあの娘・・・」
「エイダが何か?」
ロイドが冷やかに直ぐ切り替えして来た。
先ほどからのロイドらしくない態度にグレンは気がついていた。
その理由までは分からない。ロイドの嗜好は知っているから謎だった。若い娘からのああいった視線を受けるのは慣れているグレンだ。その視線を良しとしない者はその娘に好意を寄せている場合だろう。

(ロイドがあの娘を?・・・有り得ないな・・・)
サイルド人特有の真っ直ぐな漆黒の髪は特に意思が強そうに顔を縁取っていた。たぶん見かけ通りに男に頼って生きるタイプでは無いだろう。グレンの最愛の妻ニーナとは正反対だ。そして気に入らない事にそのニーナはロイド好みだ。ニーナは可憐でか弱い。少しの風でそよぐ小さな白い花のようだ。
それでも声だけはニーナよりもずっと可愛らしいのだが・・・

「あの声・・・見かけと随分違うな」
「そうですね。それが何か問題がありますか?」
「いや別に―――声よりもあの服装が問題だろう?」
「お気に召しませんでしたか?」
「あれではまるで世捨て人のようではないか。せっかくの美人が台無しだ」
ロイドは再び不快な気分になりつつあった。先ほども王がエイダの黒髪を美しいと言い今は美人だと褒めている。それが妙に気に入らなかった。

「そうでしょうか。通訳が目立っては困ります」
「相手はサイルド王子だ。男なら同じ通訳でも美しく若い娘の方が嬉しいだろう。あの娘、磨けば宝石のように輝きそうだ」
グレンが愉快そうに言ったがロイドは更に冷やかになった。

「陛下は王妃様一筋と思っておりましたが違ったのですね?ニーナ様にご注進申し上げないといけませんね」
ロイドの嫌味にグレンは笑っただけだった。

「命令だ、ロイド。彼女の衣服は改めよ。あれでは王宮で娘が恥をかくだけだ。分かったな」
「・・・承知致しました。それでご用は?」
「海神からの知らせだ。そのサイルド王子一行は既に間近の海域に迫っているそうだ。明日にでも到着するだろう」
「さようですか・・・予定より三日ほど早いですね。コールが言うように油断ならないお方のようですね。承知致しました。至急歓迎の用意を整えます」
「ああ、そうしてくれ」
それからロイドは恐ろしい数の指示を出し、三日でする用意を半日で仕上げたのだった。

サイルド国の王子サリムは予定より早く到着してシーウェル王国内を密かに見て廻るつもりだったのだろう。しかし海域には国の守護魔神ジャラが結界を張り見張っている。

 その力の偉大さを知らない王子一行は港に着岸して驚いた。居る筈の無い出迎えが華々しく待機していたのだ。

『シーウェルへ、ようこそお越し下さいました、サリム殿下。私は外務卿を拝命しておりますアシュリー・ロイドと申します。我が国王カーティス・グレン・エイドリアンが王宮にてお待ちしております。私が案内を申し付かっておりますのでどうぞ宜しくお願い致します』
ロイドは流暢なサイルド語で挨拶をした。
驚いていた王子だったが直ぐに気持ちを切り替えたようだった。

『出迎えご苦労。この地で我が母国語を話せる者がいるとは思わなかった。コールから話せる者は殆ど居ないと聞いていたからな』
直ぐ返って来ると思ったロイドの返事が無く、その彼の後ろで耳打ちしている女がサリムの目に入った。

(サイルド人?いや・・・違う・・・髪の色はサイルド系だが肌の色が同じ褐色系でも彼女は蜜色だからシーウェル系だろう。それよりも素晴らしい美女だ)
王子がエイダに目を奪われている様子にロイドは直ぐ気がついた。
だいたい王の命令とは言えエイダの衣服を改めさせたのが間違いだったと朝から思っていたところだ。ロイドが手配する暇が無いので適当な王室御用達の店に叩き込んだ結果があれだった。最新流行のものかも知れないが何もかも出過ぎていた。大きく開いた胸に無駄な肉の無い手足はもちろん見てくれと言わんばかりに出ている。それでも嫌らしさは無く上品に見えるのは上質な生地のお蔭だろう。そして彼女の堂々とした態度は何処の王女様かと思ってしまうぐらいだ。
いつも一緒にいたジュードでさえも唖然とエイダを見たぐらいだった。
しかしロイドは気に入らなかった。今日は緊張しているのか大人しく後ろから付いて来るエイダに男達の視線が集中しているのが分かるのだ。だがロイドはそれが面白く無い原因だと思ってもいなかった。
エイダがサリム王子の言っている言葉を通訳してくれていた。後ろから聞こえる彼女の声にゾクゾクしてしまい、今は仕事中だ!と自分を戒めなければならない感じだった。
ロイドは頷き、シーウェル語で答えた。

「申し訳ございません。私は挨拶のみしか喋れません。ですからこの者が通訳させて頂きますことをお許し下さいませ」
「?」
サリムはロイドの言葉が分からなかったが、気になっていた女を指し示していた。そしてその女が前に進み出ると優雅にお辞儀をしたのだ。

『ロイド卿は挨拶だけしか話せませんので私が通訳をさせて頂きます。エイダと申します、どうぞ宜しくお願い致します』
『通訳・・・成程。綺麗なサイルド語だ。では不自由しないという訳だな。しかもこんなに美しい女性なら大変喜ばしい。礼を言う』
エイダは美しいと褒められて頬が赤くなるようだった。朝から聞きなれない褒め言葉ばかり聞いていたが一気に恥ずかしくなった気分だ。

「王子は何と言ったのですか?エイダ」
ロイドの声にエイダは、はっとした。
しかし自分が褒められた言葉を通訳するつもりはないし言うのも恥ずかしい。

「別に何も」
「何も無いこと無いでしょう?何か話していたではありませんか?貴女は通訳ですよ。仕事をして下さい」
「サイルド語が綺麗だって。不自由しないからいいって――そして」
エイダは、キッとロイドを睨むと誰にも聞こえないように彼の耳に唇を近づけた。

「そして私が綺麗で嬉しいってお礼を言っていたんだ!」
エイダの顔はもう真っ赤だった。ロイドの耳に直接響く彼女の声に背中がゾクゾクするぐらいでは治まりそうに無かった。しかしその内容にその気分は吹き飛んでしまった。
グレンが言った通りの展開になりそうなのだ。本来なら喜ぶべきものだろう。外交は相手の気分を良くすることから始まるのだ。取り込もうと思う相手なら尚更であり、エイダは通訳という以外にも役に立っているのだから喜ぶところの筈だった。

「エイダ」
サリム王子が彼女を呼んだ。恥ずかしそうな顔のままエイダは返事をして寄って行ってしまった。
二人が何を話しているのか分からない分、ロイドは苛々が増すようだった。サリム王子は背が高く肩幅も広い。見るからに鍛え上げた強靭な体躯の持ち主だ。エイダが華奢に見えてしまう程だった。
ロイドは自分の目が可笑しくなったのだろうかと思ったぐらいだ。エイダが可愛く見えるなんて・・・
しかしそんな事を考えている場合では無かった。

「エイダ、話し込まずに通訳しなさい」
「分かっているよ。でも・・・」
エイダはまた言い難そうだった。また?

「・・・口説かれている訳ですか?本気にしないことです。そんなものは上手にあしらって仕事をして下さい」
「もちろん言われなくても分かっているよ!」
「分かっているのなら一言一句洩らさず通訳なさい」
「かしこまりました。ロイド卿」
エイダは腹立たしい感情を抑えて答えたが挑戦的な目でロイドを見上げた。
彼女の瞳はロイドが好む大きく潤むような瞳では無いし、ロイドを見る時はいつも怒っているか睨んでいるかのどちらかだ。でもその瞳から涙が落ちるのを見たり、楽しそうに笑っているのも見たりした。もちろんそれは見かけただけで自分に向けられたものでは無かったが印象的なものだった。
心騒ぎ落ち着かなくなったものだ。ロイドは今、大事な外交中だと言うのにエイダを自分の手で泣かせてみたいし微笑ませてみたいと思ってしまった。

(私は今何を・・・)
ロイドは直ぐに自分を取り戻し微笑みの仮面を付けた。

「エイダ、王子に城へ向いますと伝えて下さい」
(あっ、またあの顔・・・嫌いだな・・・)
エイダはロイドの作った微笑みが嫌いだった。何だか馬鹿にされているように感じてしまうのだ。適当にあしらわれているような気分だ。あんな顔をしたら思いっきり頬をつまんでやりたくなってしまう。今に本気でしそうだから怖い。

(駄目、駄目!一応雇い主なんだから!我慢、我慢!)
今まででも蹴り上げたいような雇い主はいたが評判が落ちるのでそんなことはしたことは無い。
そんなやつらとロイドは種類が違うのだがムカついてしまう・・・

(何でだろう??)
エイダは仕事初めから気が重くなってしまったのだった。



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