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翠の龍U 翡翠の想い10![]()
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クレアは早く行ったつもりだったが、もう既に二人が待っていた。
「申し訳ございません!遅くなりました!」
慌てて駆け寄って行くと盛装した二人が振向いた。
その二人の姿にクレアは思わず立ち止まってしまった。いつも髪を無造作に垂らしていたサードはきちんと後ろに結んで、きりりと精悍な感じだし、逆にいつも髪を束ねているレンは真っ直ぐな漆黒の長い髪を背中に流して優雅で美しかった。
だからぽかんと口を開けて見とれてしまったのだ。
「クレア、とても素敵ですよ。髪を下ろしたのを初めて見ましたけれどそれも良く似合っていますね」
クレアはレンの褒め言葉に、はっと我に返り頬を赤らめると慌てて言い訳を言った。
「い、頂いた衣が素敵だからですよ。ねぇ、サードさん」
(うわっ!なんでオレに振る!!)
レンの邪魔にならないようにと、そっと後ろに引いていたサードは焦ってしまった。
レンが、ちらりとその彼を見た。
(レンの目がこえぇぇ〜ここでオレが褒めてもヤバイだろうし、そうだと言うのもなんだし・・・)
「い、いや・・・その・・レン!オレはどうだ?似合ってるか?」
レンは苦し紛れに言ったサードに、呆れた顔をすると溜息交じりに答えた。
「ならず者のような格好をしないで、何時もそういう格好をしていると良いと思いますよ。そうすればそれなりに見栄えは良いのですからね」
「それ褒めてんのか?」
「いいえ。そう聞こえましたか?」
サードは首を振って肩をすくめた。
「サードさん!それとても似合って素敵ですよ!」
何だか険悪な雰囲気の二人が心配になったクレアは強くそう言った。
(うわっ、だからオレを褒めるなって!)
「あ・・ああ、ありがとな。レ、レンも今日は一段と綺麗だよな!」
「サード!」
レンは、むっとして話題を遮った。
自分の女性的な容姿を嫌っていて、そういう言い方は気に入らないのだ。
クレアはサードへは気安く褒めることが出来たのに、レンには恥ずかしくて言えなかった。
だから言葉が出なくて困って、ついサードを間に挟んでしまう。
「でもサードさんはレン様が綺麗なのが自慢なんですよね?」
しかも目も合わせられないのでサードの方ばかりを見ている。
(だからクレア、頼むからオレを見たり話しかけるなって!)
サードはそう叫びたいのを我慢してレンの視線を気にしながら答えた。
「ま、まぁ・・な・・・だ、だけどクレア、レンはその言い方好きじゃないから。だからな、な?分かるだろう?クレア?」
これ以上その言い方は厳禁だとサードは言いたかった。レンは本当にこの手の表現は嫌いなのだ。
「?レン様が嫌い?どうして?綺麗なものは美しく清らかで調和がとれていて快く感じられるものでしょう?素敵なことだと思うのに?」
クレアはサードに向ってそう言った。本人に向ってはとても恥ずかしくて言えない。
サードもだがレンも彼女の言葉に驚いてしまった。
「調和が快い?そういう意味で言われると悪い気はしませんね。クレア、私は綺麗ですか?」
レンは一向に自分を見ない彼女とサードの間に割り込んでそう言った。
魅惑的な微笑みを浮かべるレンのその行動に驚き見上げたクレアは鼓動が高鳴った。
「は、はい。とても綺麗です」
「そう、ありがとう、クレア」
良い雰囲気になってきたと思ったサードはそっとその場から離れようとした。
ところがクレアの手が、さっと伸びて衣の端を掴んでいた。レンはさっきの場所に置き去りだ。
「サ、サードさん!今から行く食事は楽しみですね!」
「お、おまえ、何でそうする?」
サードは小さな声でクレアだけに聞こえるように言った。同じく彼女も小さな声で答える。
「だって、どこかに行こうとしたでしょう?私を一人にしないで下さい。私、困ります」
「何で困るんだよ?良い雰囲気だったじゃないか」
「良い雰囲気?あっ、サードさん、私は潔白です!狙っていませんから!」
サードは諦めて大きく溜息をついた。
コソコソこれ以上話していると本当にレンが怒るだろう。
恋を自覚した途端、こんなに心の狭い男になるとは思わなかった。
(オレも人のこと言えないよな・・・)
レン命で防波堤を張り巡らしていたサードはそう心の中で呟いてしまった。
それからクレアは夢のようなひと時を過ごしたのだった。豪華な料理はもちろん、何時もより沢山レンと会話したり、サードとレンのやり取りも面白く、今まで見た事ないようなレンの顔をみたりした。
最後のデザートも運ばれ食事の手も止まり始めた頃、向側に座っているレンの熱い視線にクレアは気が付いた。
「クレア、貴女に話しがあります」
真剣な声音のレンにクレアは不安になってしまった。
思わず横に座っているサードを見たが彼はいなかった。
そういえば席を立ったまままだ戻って来ていない。個室の照明は雰囲気を出す為にほのかな灯りだけが揺れているだけで一層、不安が広がるようだった。
「クレア、私は貴女に特別な存在の話しをしましたよね?」
「はい・・・」
クレアは胸の奥がツキンと痛むのを感じながら頷いた。
「その特別な存在と言うのはアーシアの事だったのです。封印されていた氷柱で眠る彼女を初めて見た時、その神々しいまでの美しさに心奪われました。そしてあの珠力―――龍の性として余りにも鮮烈で心惹かれるものだったのです。私の心を揺さぶる唯一の存在だった彼女が私の特別でした。もちろんアーシアは今でも私の特別ですが、それ以上の特別が私には出来ました」
「それ以上の特別?」
クレアは胸に痛みを感じながらレンの独白にも似た話しを聞いていた。そのレンが思いもしない言葉を出したので聞き返してしまった。
レンはうっとりと魅入ってしまうような微笑を浮かべるとその続きを語りだした。
「はい。クレア、それは貴女です」
「えっ?」
「クレア、貴女は私の心の中でいつの間にか大きな存在となっていました。身近で自然過ぎて洞窟に閉じ込められるまで気付かなかったのです。貴女はいつも傍にいたのに・・・小さな湧き水が小川を作り、大地を潤し生きるもの全てに愛を注ぐ――その始まりの泉のような貴女を私はいつの間にか愛していました。そして貴女を誰にも渡したく無いと思ってしまった。この気持ちはアーシアには感じ無かったものでした。貴女とこれからの全ての時間を共に過ごしたい。ですからクレア、私と結婚して下さい」
クレアは彼の告白を呆然と聞いていた。
憧れて、憧れて・・・残る命を引き換えにしてまで近くにいたいと願ったレンが自分と結婚してくれと言っているのだ。夢のようで信じられなかった―――
しかし自分には残された時間が無いのだ。そんな幸せを少しでも味わってしまったら覚悟していた死が怖くなってしまうだろう。死にたく無いと醜くのたうちまわるかもしれない。逃れられない運命を受け入れられずに苦しむだろう。
それを見ながら死に別れるレンに大きな心の傷を残してしまうかもしれない―――
「すみません。レン様・・・私はその話しはお受け出来ません」
「―――私が性急に言いすぎたみたいですね。驚かせてしまってすみません。結婚して欲しいのはもちろんですが、それを前提とした付き合いからでも始めて貰えませんでしょうか?その間に貴女の心が私に傾いてくれるように努力しますから・・・」
クレアはもうまともにレンの顔を見られなかった。心はもう既に彼のものだし残りわずかな命をかけるぐらい好きなのだ。だけど受ける訳にはいかない。
「いいえ、レン様。お付き合いも出来ません」
「クレア、今直ぐにと言っている訳では無いのですよ。私は急ぐつもりは無いのです。時間は幾らでもあります。だから―――」
レンはクレアの顔を見て、言葉が止まってしまった。彼女が余りにも悲痛な表情をしたからだ。
見ている自分までもつらいような顔だった。
「クレア?」
「・・・・・・すみません。お話しがそれだけなら私は先に帰らせて頂きます」
クレアは言い終った時には席を立って走り出していた。
「クレア――っ!」
レンは追いかけようとすると隠れて様子を窺っていたサードが飛び出して来た。レンが告白出来るようにとわざと席を外していたようだった。
「レン!オレが追いかける。あんたが今行っても逆効果だろう?」
「しかし!」
「まかせろって!」
サードは片目を瞑って請け負った。
走っていたクレアにサードは直ぐ追いついた。そして彼女の腕を掴んだ。
「待てよ、クレア!何で逃げるんだよ」
振り向かせたクレアを見たサードは、はっとしてしまった。
彼女は泣いていたのだ。人を何時も元気つけるように笑みを絶やさず怒ることもしないクレアが、涙を流している姿は今まで見た事が無かった。
「クレア・・・」
「サードさん・・・手を離してくれる?私・・帰りたいの・・・」
サードは任せろと勢いよく出て来たのに言葉が出なかった。
だから無言でクレアを部屋まで送るように付いて行くだけだった。
翌朝、クレアの体調は一層悪くなっていた。
薬が効かず頭が割れるように痛いのだ。それに伴って吐き気と目眩が断続的に襲ってくるのだった。
(しっかり!しっかりするのよ、クレア!)
今日一日過ぎれば明日は天龍都に戻る事が出来る。本当にぎりぎりまで働きたいと思っていたが、レンの求婚で予定を大幅に変えなければならなくなってしまった。
彼にこの病気を絶対気付かせてはならない。
だからコラードに相談してもっと強い薬を作って貰うのか、もしくは姿を消すのか・・・
(そうね・・・もう十分よね?あの方の姿も声も十分心に焼き付けたのだから・・・)
頭痛に耐えながら部屋を後にしたクレアだったが、今一番会いたいと思っていたコラードが来ていたのだった。レンがここの引継ぎで彼を呼んでいたのだ。丁度到着したばかりのようでレンと挨拶を交わしていたが、こちらに顔を向けていたコラードはクレアに気が付いた。
「クレア!久し振りだね!」
挨拶を終えたコラードが走ってクレアに近寄って来た。
「コラード・・・」
クレアは、ほっとして涙が出そうだった。気が抜けたのか目眩がして彼に倒れこむように抱きついた。
「クレア!」
「しっ・・・駄目よ。声を小さくして・・・レン様に聞こえるわ」
「クレア?」
「コラードお願い・・・このまま私の部屋に連れて行って・・・」
「このまま?」
抱きとめたから二人はまるで恋人同士のように抱き合っている。
「お願い・・・コラード。今・・目が見えていなのよ・・・」
「!」
「お願い、気付かれたくないの・・・」
コラードは肩越しに後ろのレンをそっと見た。いつも慈愛に溢れる翠の龍の端整な顔が険しく怒気すら含んでいる感じだった。もちろん初めて見る表情だ。
(翠の龍?)
コラードは不思議に思ったがクレアの事が先決だった。支えるように肩を抱きなおすと、レンにも聞こえるようにクレアに話しかけた。
「クレア、まだ時間はあるだろう?本当に真面目だな、こんなに早く来るなんて。ちょっと話しがあるから部屋に連れていってくれないか?」
「ええ、いいわよ」
クレアも痛みを堪えながら答える。
二人が去って行った方向をレンは静かに見送りながらも、その瞳は嫉妬に揺れていた。今改めて二人を見ればただの親戚とは思えなかった。サードが以前言っていたように恋人同士なのかと疑ってしまう。思えば思う程、胸が苦しく今まで感じたことが無いような妬みが湧いてくるようだった。
その後ろから仔細を知らないサードがやって来た。
「レン、おはようさん。あれっ?クレアは?珍しいまだ来てないのか?やっぱり昨日の事が原因か?だいたいせっかちなんだよ!いきなり求婚するか?普通?だいたいだなぁ〜恋の順番と言うやつは―――」
サードは振向いたレンの形相に、ぎょっとして言葉を呑み込んでしまった。
「黙りなさい、サード。彼女は先ほど来ました。ただコラードが話したいことがあると言って直ぐに連れて行ってしまっただけです」
「はぁ〜何だって!あんたそれ指を加えて見てたのかよ!何、弱気になってんだ、馬鹿じゃ無いのか!あいつはクレアの事、好きなんだぜ!今頃、何の話をしているんだか。それこそ求婚でもしてるんじゃないかよ。レン、何やってるんだ!早く行って邪魔してこい!」
サードは怒って、レンの背中をドンと押した。
レンはそれで暗く沈みかけた想いから引き上げられたようだった。
「―――本当に貴方の言う通りです。昨日断られて、私としたことが弱気になってしました。力ずくで取り戻して来ます」
「そうだ、その意気さ!」
レンは鮮やかに微笑んだ後、顔を引き締め去って行った二人を追って行ったのだった。