翠の龍U 翡翠の想い2


 翌日からクレアは誰もが憧れてその反面怖がられる部署である翠の龍付の看護婦となった。
憧れるのは当然だろうが、怖がられるとは当然ながらサードだろう。

「おいっ、お前!レンを狙っているだろう!」
診察に必要なものを用意しているクレアにサードが噛み付いて来た。
クレアはちょっとびっくりしたような顔をしたがあの何時もの笑みを浮かべた。

「狙ってる?私がレン様を?」
クレアはそれだけ言うと笑った。そして笑いを引いて静かに微笑んだ。

「私は狙ってなんかいないわ。そんなこと出来ないもの」
(出来ない?何が?)
サードは意味が分からなかった。聞き返したが笑って誤魔化された。
クレアの視線はレンを追っていて、狙っているとしか思えないのに態度はそうでは無いのも変だった。あくまでも彼の部下という態度を崩さない。
何時もの女達のようにしなだれかかったり、甘い言葉を吐いたりなどしないのだ。
何時も淡々と仕事をこなしていた。そしてサードに対しても他と変わらない態度なのだ。
だからクレアが着任して日にちが経つと言うのにサードは彼女を追い出す糸口も無く、もんもんと日数が過ぎていた。
これにはレンも驚きを隠せなかった。

「クレア、サードから何もされていませんか?」
「え?何って何ですか?」
「えっと・・・暴言だとか・・・」
何時もそうだったからレンはそう言った。

「暴言ですか?そんな事ありませんよ。とても良くしてもらっていますし、優しいですよ」
「えっ?良くしている?まさかでしょう?」
レンは聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまった。

「はい」
クレアは微笑んだ。何時もの澄んだ穢れの無い微笑み。

レンは再びクレアと言う人物に興味を覚えたのだった。彼女は龍としての力は殆ど無いが傷付いた患者に対する献身的な心根は素晴らしいものだった。あの文句ばかり言うサードが何も言わず、彼女の手伝いさえしているのがまた驚きだったのだ。



 そんなある日―――
「おいっ、こんなのちゃっちゃと治せないのか?」

サードが不満気にクレアに言った。
今日は青天城近くにある城直轄の治療院の手伝いに行っていた。レンの同行が無い日はここに来て仕事をしているのだ。そこに何故かサードもよく引っ付いて来る。
早く直せと言っているのは、仕事中に足を踏み外して骨を折り運び込まれた患者の事だった。

「・・・・サードさん、私の力ぐらい貴方なら分かるでしょう?私は情けないけどかすり傷ぐらいしか直せないのよ。レン様とは違うわ」
しかし大げさに患者は泣き叫んでいた。

「あんたの力はやっぱそんなもん?」
「そうよ。残念ながらね」
クレアは患者にすまなそうな顔をして沈んでいた。
一家の大黒柱だろうと思える患者が仕事に暫く行けなかったら大変だろうと思ったのだ。
今日は他に地の龍もいなかった。龍と言っても名ばかりの役立たずの自分だけだったのだ。
こんな時、本当に情けなくて涙が出そうになる。
そんなクレアを見たサードがぶっきらぼうに言った。

「オレが力を貸してやる!」
「えっ?」
クレアは驚いてサードを見た。
サードは気まずそうな顔をしながら、ぼそぼそと言った。

「ほらっ、早くしろや!」
サードが左手を差し出していた。その腕には金の珠紋が浮かび始めていたのだ。
綺麗な金色の光り―――クレアは引き寄せられるようにその左手に自分の右手を重ねた。
すると
あり得ないような力が自分に漲って放出したのだった。
宝珠を使う事などクレアは当然初めての経験だった。
まして地の龍にとって最高と言われる炎の宝珠の力は凄まじかったのだ。身体中を駆け巡る熱い光りに恍惚となったクレアは、自分の微弱な力が何倍にも高められるのを見た。
あっという間に足を骨折していた患者は元通りになっていたのだ。

自分から抜けていくサードの力の余韻に酔いながらクレアの瞳が喜びに輝いた。

「凄い!サードさん!貴方は最高の宝珠よ!凄いわ!」
「な、何だよ。おだてたって何も無いぞ!」
「ううん!凄い!凄いわ!何故、レン様は何故貴方と契約しないのかしら?不思議だわ!」
「おっ!お前、そう思うか?」
「うん、そう思うわ!絶対に凄いと思うもの!」
「そうか!そうだよな?」
うん、とクレアもサードの力の片鱗を見て興奮して喋った。
素晴らしい事だと本当に思ったのだ。
レンの力とこのサードの力が重なればとても素晴らしいと思った。
手放しで褒められて、レンとの事も認めてくれるクレアにサードは敵愾心を無くしているようだった。彼女がレンに対して特別な感情を持っているとサードは感じたが、それを行動に示さないのでついつい忘れがちというのもあったようだ。
いずれにしてもクレアの勤務日数は歴代一位になっていた。

「今日はもうこれで終了だな」
上機嫌のサードは診療所の手伝いを終えて、後片付けをしだしたクレアに話しかけた。

「ええ、本当に今日はサードさんが居てくれたから早く終わって良かったわ。医師としての腕も良いから助かったし、宝珠の力も使ってくれてありがとう」
「ふん、恐れ入ったか!オレ様は優秀なのさ!」
「うん、凄いわ!」
手を叩いて褒めていたクレアは軽い目眩に襲われた。
いきなりぐらついた彼女をサードが受け止める。

「おいっ!大丈夫か!」
「・・・・えっと・・大丈夫・・・」
クレアの顔は大丈夫と言うような顔色では無かった。

「あんた、どこか悪いのか?」
クレアは、はっとしてサードにすがっていた身体をぐっと引き上げた。

「あはっ、大丈夫、ちょっと疲れただけよ。だって!ほらっ、宝珠の力を使うなんて初めてだったじゃない?だからね」
「へぇー意外と体力使うんだな」
「そう、そう」
何でも無いように微笑んだクレアだったが、やはり疲労は本当で足に力が入らず再びぐらついてしまった。

「お、おいっ!」
サードが慌てて彼女を支えた。

「サード、大きな声を出して何かありましたか?」
「おっ、レン、丁度良かった!こいつが倒れてしまってよ」
レンが自分の仕事を終え、今日は龍が不足していると聞いていた治療院の様子を見に寄った所だった。

「だ、大丈夫です・・」
「かなり衰弱していますね。何をしたのですか?」
レンはクレアの脈を取りながら聞いた。
クレアは頭がふらふらするのにレンに手を持たれていると思うだけでもっとクラクラしそうだった。

「本当に大丈夫です。久し振りに力を使ったから疲れただけで・・・」
「力?龍力を?」
彼女の力は弱く使うことは無い。確かに滅多に使わない場合、慣れていないから使えばそれなりに疲れるだろうが・・・それにしても疲れ方が異常だった。

「はい、サードさんが手伝ってくれて、本当に凄くて私感動しました」
「えっ?サードが宝珠の力を使ったのですか?」
「ふん」
サードは気不味そうにそっぽを向いたが、レンは信じられなかった。
サードは宝珠の力を使うのを基本的に嫌っている。昔、龍に不当に扱われた経験で嫌っているのだ。
だから龍に心を開かないし使わせない。彼の力を使った事があるのはレンとカサルアだけだった。

(それをこの子と?)
どうした心境の変化なのか?

「サード、貴方がその力を使うのは助かりますが力加減はしてやって下さい。そうでないと普通の龍なら廃人になりますよ」
「げっ!それ、ほんとか?」
「ええ、貴方の力は強すぎるのですから、余分な力まで出させてしまうのです。私や天龍王のようにはいきませんよ」
サードはそれを聞いて少し申し訳なさそうな顔をした。

「サードさんは全然悪くないです!私の力が弱いせいだし。ごめんなさい!それに、患者さん、仕事を休まなくてよくなったって喜んでくれたでしょう?サードさんのおかげだわ。私だけだったら添木をするぐらいしか出来なかったのだからねっ」
「でもよぉ・・」
女性に慰められているサードというのもレンは初めて見た。
しかもあの傍若無人なサードが、しゅんとして反省しているのだ。レンは微笑んだ。

「いずれにしても今日は二人共、良く頑張りましたね。クレアは私が回復させましょう」
クレアは目を丸くして驚いた。

「いいえ、とんでもない!お疲れのレン様にそんなことして頂く訳には参りません。寝れば治ります!」
「レンなら大丈夫だって!そんなの力を使ったうちにならねぇよ」
そのサードの言葉にもレンは驚いた。
以前、怪我をしたと言った看護婦に吐いた言葉とは大違いなのだ。あの時は怪我をしたのも計算の内だろうとか、レンの力を使うなど勿体無い唾でも付けておけとか言っていた。

(クレアは本当に不思議な人ですね・・・)
彼女の内側から輝く何かを感じる。それが何かと思いながら早速クレアに力を注ぎ込み始めた。
レンの瞳の色と同じ翡翠色した輝く力が優しく彼女を包んでいく。
自分に流れ込む心地良い力にクレアは逆に失神しそうだった。

レンは力を放出し始めて可笑しいと感じた。注いでも、注いでも活力の源がいっぱいになった感じがしないのだ。手応えが無さ過ぎた。それでもある程度力を注いで引いた。

「レン様、さすがですね。もう、元気一杯になりました!ありがとうございます!」
「・・・・・本当にもう大丈夫ですか?」
はい、とクレアは元気良く答えて微笑んだ。
爽やかで清清しい朝の空気を思い出すような何時もの笑顔だ。
珍しく不確かな手応えに不安を感じたレンだったが、彼女の様子を見ると大丈夫だろうと思ったのだった。この時、レンは彼女に巣食う病魔に気が付かなかったのだ。
強力な痛み止めを飲む代償として身体中が衰弱し疲労していた。しかし飲まなかったらその痛みで狂うかもしれない。薬を飲んで衰弱していく身体に鞭打って働くか?薬を飲まずにその痛みに耐えて寝て暮らすのか?どちらにしても選べるのは右か左だ。それで選んだのはレンと共に働く事だった。

(だからこれくらい平気!)
これくらい大丈夫。自分はまだ大丈夫だ、とクレアは心の中で繰り返した。



「クレア――っ」
「コラード!お帰りなさい!」
コラードが遠出の任務から帰って来た。
クレアがここに来て間もなくの出発だったのでコラードは心配で堪らなかった。
身体はもちろんサードに苛められていないかと。しかしクレアから届く手紙にはそんな事は一行も書かれていなく、無事にやっているということだった。一目散に彼女のところへ駆けつけたコラードだったが、クレアの明るく生き生きとした笑顔にほっと胸を撫で下ろした。

「大丈夫かい?もう慣れた?」
「うん、みんな親切だから大丈夫!」
「君の大丈夫っていう言葉は信じられないからなぁ〜いつも」
「もうっ!コラード怒るわよ!」
ぷぅーと頬をふくらませたクレアはふざけて言う従兄を叩いた。

そんな様子をサードは遠くから見て横にいたレンに向って言った。

「ふ〜ん。やっぱり二人は恋人同士と思うか?オレはてっきりレン狙いと思ったけどなぁ」
「サード、いい加減になさい。私の周りにいる女性達が皆、私を狙っている訳では無いでしょう?考え方が偏っています。それで貴方が迷惑になる訳でもないでしょうに」
「はぁ〜オレは大迷惑さ!あんたはオレを全然相手にしてくれないのに、女ってだけであんたの特別になれるじゃないか!だから嫌なんだよ!」
レンは溜息をついた。サードとの契約を延ばしている理由はそれなりにあった。それは―――


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