翠の龍U 翡翠の想い4


 二人はレンと共に震龍州に来ていた。もちろんサードも。
その地で以前流行った奇病の原因を突き止めて治したことがあったが、それと似たようなものが数件出たとの報告があったのだった。

「成程。同じであれば対処法は分かっておりますし、広がらせないように出来ます。お任せ下さい」
患者を診ている医師達から状況を聞いたレンは安心するように言うと、鎮痛な顔をしていた医師達は、ほっとして笑顔になった。

それから診察を始めたレンは前回同様の奇病の原因である種子を発見したのだった。

「間違い無い。同じですね・・・しかし何故また・・・」
何故と思うよりも他の指示を急がねばならなかった。そんなに昔では無いから関わった者達もいるが知らない者もいる。レンは説明し出した。

「これは植物の胞子が体内に入って寄生し精気を養分として吸って成長するものです。ですから放っておくと命に関わります。しかし熱に弱いから原因となる親樹が見つかるまで、飲み水や食べ物は必ず熱を通して下さい。そうすればこの胞子は死に寄生しません。急いで皆に知らせて下さい!そして患者は私の所へ集めるように」
レンはそれから親樹がありそうな場所を指示して他の者に当たらせた。今回は経験もあったので発見が早く、まだ初期段階で集められた中に重病人は少なかった。

「これなら大丈夫そうですね。クレア」

レンが患者を診ながら手を出して薬を要求した。

前回の時から同じ事が起きてもいい様にと研究して薬を作っていたのだ。この奇病は寄生する胞子の許容範囲が超えるまで精気を与えて枯さなければならない。それはかなりの龍力を使わなければならないもので大変な治療法だった。以前はアーシアの力を借りて何とか出来たものだが一歩間違えれば力の使い過ぎで自分の命さえ落としかねないのだ。だからこれに代わる薬を作ったのだった。これがあれば術者にも負担がかからない。

硝子の瓶に入った液体の薬をクレアは薬の鞄から取り出しレンに渡そうとした。
しかしその直前にダーラがわざとクレアにぶつかってきたのだった。
あっと思った時は遅く、その瓶が手から床に落ちて割れてしまった。

「きゃ――っ、クレア!何てことするの!大変!」
ダーラはわざとらしくクレアを非難した。
レンは後ろを向いていたのでダーラの行動は分からなかったが、サードは後ろで見ていたから怒鳴り声を上げた。

「何、クレアのせいにしてるんだ!お前が――」
食って掛かろうとするサードをクレアが止めた。

「サードさん、水の龍を探してきて!」
「何?」
「急いで!!」
「お、おう・・」
サードは彼女の勢い負けて慌てて出て行った。
クレアは砕けた硝子に気をつけながら、流れ出す薬をせき止めて綿に液体を含ませる処置をしだした。レンも成程と思い手伝い始めたが、二人に無視されたダーラは面白く無く苛々と横で立っていた。

「連れて来たぜ!」
サードが水の龍を連れて戻って来た。彼らは水のような液体を操るのが得意なのだ。だから流れた液体だけを集めて不純物と分離させてもらった。空中に液体が舞い新たに用意した瓶へと収められていく。
全てが終わるとクレアは、ほっとして瓶の蓋を閉めた。

ダーラは直ぐにレンの傍に寄って来た。

「良かったですわね。それにしてもクレアって本当に迷惑な人ですよね?」
「お前!レン、こいつのせいじゃ無いぞ!その女は――」
サードが怒鳴りかけたのをクレアが止めた。そして代わりに大きな声で怒ったのだった。

「ダーラさん!私にどんな事をしても構いません!でも、患者さんの迷惑になるような事はしないで下さい!この薬はこれ一つしか無いのは知っていましたよね?それがどんな結果を招くと思っているのですか!私達には患者さんの命を預かっているのですよ!」
「な、何よ!自分が落とした癖に私が悪いみたいに言うなんて!レンさまぁ〜この人酷いこと言うのですよ〜」
クレアは彼女がレンに泣きついてすがった。

「このっ!お前がクレアにわざとぶつかっただろうが!」
「きゃっ、こわぁ〜い。レンさまぁ〜」
甘えるダーラをレンは見下ろした。

「私は自分が見ていないことで非難はしません。でもクレアは自分の失敗なら直ぐに謝る人です。だから彼女の責任では無いのだけは確かです」
ダーラは、さっと顔色が変わった。

「私が悪いとおっしゃるのですか?」
「そうは申しておりません。クレアは悪く無いと言っているだけです」
「クレアが悪く無いなら私が悪いということじゃないですか!酷い――っ」
ダーラは泣き叫んで今日の仕事を放棄して走り去ってしまった。

「はん、その上、仕事は放り投げかよ。そんな女さ!レン、もっとガツンと言ってやれば良かったのによ」
レンは大きな溜息をついた。
サードでは無いがダーラに良い感情を持てなかったのだ。裏表の激しい彼女は周りの評判も悪く苦情も多数きていたが、クレアが何かと庇っていて大きな問題にはなっていないようだった。
そのクレアが怒ったのを初めて見たから驚いてしまった。何度かダーラの意地悪らしきものに勘付いてはいたが、彼女が何も言わなかったので様子を見ていたのだ。
彼女なりに穏やかに対処しているところに変に間に入ってこじらせてもと思っていた。
しかし今日の彼女はとうとう怒ったのだ。
ダーラの浅はかな行動で助かる命を失う危険もあっただろう。命の大切さを感じ、それを守るのを誇りとしているものの言葉だった。それが遊びの感覚でいるダーラとの違いだ。

「クレア、助かりました。直ぐに機転を利かせて処置してくれたので薬も蒸発しなくて良かった」
「いいえ、私こそ申し訳ございませんでした。かっとなって(いさか)いましてすみません。大事なものは小分けして運ぶべきでした。反省しております」
クレアは自分も配慮が足りなかったと反省しているみたいだった。

「おいっ、あんたは全然悪く無いんだぜ!ちょっと怒ったからまともかと思ったらそれだもんな。呆れるぜ!レン、こいつな、あの女から道具抜かれてても自分がもう一度点検しなかったから悪かったとか言ったんだぜ。そして今なんか小分けして無かったから悪かったって?馬鹿だろう?」
「ちょっとサードさん、馬鹿は無いでしょう?」
「いいや、あんたは馬鹿だ!」
レンは仲の良い二人に少し妬けながら微笑んだ。
(妬ける?サードに?それともクレアに?)
ふと湧いた自分の感情にレンは戸惑った。
(サードが彼女を気に入っていつものように追い出さないからいいと思うのに・・・何故?)



 そしてその日の夕方、一通り患者の様子も落ち着いた頃、またクレアは困った事態に陥ってしまったのだった。いつもポケットに入れていた薬の小瓶が無いのだ。

(えっ?どうして?えっと・・・)
昼の休憩の時にエプロンを更衣室で外して食事をした。その時に落としたのだろうか?
その場所に確かめに行ったが見当たらない。

(そう言えば・・・あの時・・・)
疑いたく無いがダーラをその近くで見ていた。飛び出して行ったままだったから気不味いのだろうと思って声はかけなかった。
ダーラを探した。仕事を放棄していたが帰った訳では無く近くをウロウロしている様子だった。

「ダーラさん!待って!」
「何よ!まだ何か文句があるの?」
「いいえ、お聞きしたいことが・・・私のこれくらいの小瓶知りませんか?」
「何よ!私が盗ったとでも言うの!」
まだそこまで言ってもいないのにダーラは憤慨していた。そうだと言ったのも同然だろう。
クレアは困ってしまった。遠出をしているので薬はあれしか無いのだ。しかし彼女が素直に出すものでも無いだろう。また言い争ってもそれが何かと問われれば答えたく無いものだ。

「・・・・いいえ。何処かに落ちているのを見て無いか聞いただけです。大事なものだったので。ご存知なければいいです」
諦めて踵を返したクレアの背中にダーラの嫌な笑い声が追いかけた。

「そう言えばぁ〜見・た・か・も?」
クレアは振向いた。意地悪な笑みを浮かべたダーラが勿体付けている。

「どこで?」
「どこだったかしらぁ〜あっ、そうそう。あそこだったわ。さっき行った向こうの崖の方で見・た・か・も・・・何故こんなところに落ちているのかしら?って思ったわ」
崖?長雨の影響で土砂崩れが多く発生していて立ち入り禁止の場所だった。
本当にそこに彼女が捨てたのか分からないが、明るいうちに確かめるだけでもとクレアは思った。
そこへ向う彼女をダーラはまた意地悪く微笑んで見送ったのだった。

 震龍州は調度品から建物に美術品と様々に加工出来る光石の大産地だ。その危険地区はこの石を掘り尽くしてしまった廃鉱地帯だった。

「うわ〜結構危険っぽい。何処に捨てたやら・・・あれっ?あそこは・・・」
クレアは人が屈んで入る位の洞穴の入り口を見つけた。
何となく其処にありそうな予感
がしてクレアはそこに入ってみた。中は立ち上がっても十分広い空間だった。すると予感的中で入って直ぐ薬の小瓶を見つけたのだった。
ほっとしてポケットにしまった所に後ろから人の気配を感じて、びくりと振向いた。

「ああ、やはりクレアでしたか」
「レ、レン様?」
「驚かせましたね、すみません。親樹の件で気になることがあったので近くまで来ていたのですが、貴女が此処に入って行くのを見かけたので追い掛けて来ました。此処は危険だから出ましょう」
確かに危険だ。今にも崩れそうな感じだった。レンがそれを言いに追い掛けて来てくれたようだった。
しかし、クレアが返事をする前に地面が揺れ出した。

「危ない!」
レンが揺れる彼女をすくい上げたが、外に出る事が出来ず洞窟の奥へと逃れた。
彼らを追いかけるように入り口から土砂が流れ込んできた。音と揺れがしなくなったが完全に入り口は遠く塞がれてしまったのだった。
クレアはレンにしがみ付いたまま呆然としていた。

「大丈夫ですか?クレア?」
レンの声を聞いたクレアは、はっとしてしがみ付いていた手を放した。

「は、はい・・・もしかして私達、閉じ込められてしまったのでしょうか?」
近場は暗いが驚いたことに奥の方は明るかった。しかし外の明るさとは違っているようだった。
レンもその方向が気になっているようだ。クレアを腕から下ろしながらそこを見ていた。
彼はこのほのかな明るさに覚えがあった。

「レン様?」
「クレア、もしかしたら親樹かもしれません。以前この近くに原因となった樹があったのですが、とても生命力の強いものでしたから、何年もかけてまた根を張ったのかもしれないのです」
発生した地区が近くだったのでレンは気になったのだ。
生育する条件の温度は氷点下の筈だがここは以前のような氷室では無い。考えられるとすれば生命力の強いこの種はここの土地に順応したのかしれなかった。そうなると厄介なものだ。足元を見ればその胞子を運ぶ湧き水もあった。長雨で気温も低いこの時期に一気に広がったのだろうか?

「うわぁ〜きれい」
クレアが感嘆の声を上げた。
レンもほのかな光りを放ちながら、ふわふわと浮かぶ綿毛の付いた胞子を見た。懸念は当たりだった。
危険な植物とは思えないそれは思わず触れてしまいたくなるような様子で優しく獲物を誘うのだ。

「やはり・・・クレア、これが親樹です。くれぐれも胞子を口の中に入れないように。ここは危険です。向こうに行きましょう」
レンが手を差し伸べた。足場が悪いからだろう。
クレアはドキドキしながらその手に自分の手を重ねた。その手がとても温かかった。

「手が冷たいですね?寒いですか?」
「いいえ、大丈夫です」
本当は少し寒かった。龍は体温調節が出来る。しかしクレアはそれが出来る程の力が無かった。
無いと言うか余分な力を使う訳にはいかない。そんな力は残されていないのだ―――



前回の胞子事件のエピソードは此方より 本編「光りの街1」

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