第一章 花嫁3

 
 デュルラー帝国・
(おう)(じょう)内にある大神殿。
ここは帝国の神事を行う場所でもあり、冥界からの託宣を受ける聖域である。
この帝国は魂魄の導きと再生を司る冥界人を神と呼び信仰していた。そして皇族は建国より続く冥界神の血筋を自負し、国民から絶対の忠誠と尊崇を得ているのだ。
逆にオラール王国は魂魄の創造と誕生を司る天界神を信仰し、王族は天界神の血筋を誇りにしている。古来より永々と続く変わらない三界の絆である。

その大神殿の託宣の間に、第一皇子が呼ばれていた。
託宣の間は大神官と皇族しか入室を許されない神殿の最奥に位置し、外は陽光の差す昼だと言うのに其処はまるで静寂な夜を思わせる。天井の終わりが何処までなのか分からないぐらいに一面に星の様な小さな光が煌いていて異空間のようなのだ。

祭壇らしき場所に灯される蝋燭の火が細く長く数本揺らめいていた。
その静寂を破って、初老の大神官ゲーゼが、
(おごそ)かに重々しく話しだした。
「託宣が出ました。本日〈冥の花嫁〉がお目覚めになりました。御慶び申し上げます。殿下の御世に大いなる繁栄の証でございます。直ぐお迎えをお願い申し上げます」
皇子は大神官の言葉に息を呑んだ。
〈冥の花嫁〉は伝承にあるもので、存在は誰でも知っている。しかし数百年ごとの割合で降臨すると言っても、人生百年と満たない人間にとって縁遠い夢物語にしか思っていないからだ。
まさか自分の時代に現れるとは思ってもいなかった。
皇子は厄介な、と言う気持ちを隠す事なく大神官に尋ねた。

「それで、その〈冥の花嫁〉が、私の花嫁になると言う訳か?」

「もちろんそうでございます。皇位継承者と婚姻を結び時代の継承者を生む事によって〈沈黙の地〉の封印も堅牢(けんろう)となり、この国は磐石(ばんじゃく)となるのですから」
「花嫁は突然現れた訳でも無いのだろう?隠していたな?」
「はい、左様でございます。この事は皇帝陛下のみにお伝えしておりました。十数年前、誕生された時に一度、啓示の兆しがございましたので目覚めの時を待っておりました・・・」
皇統の存続を第一に考え皇家の婚姻を司る神官らが、既に何年も前に成人した皇子の婚儀を執り行なわないのを不思議に思っていたがそう言う事情があったのだ。

「成程。どうりでお前達が私の婚儀をのらりくらりしていた訳だ。ところで冥の花嫁と婚姻しなくても良いとかは有りか?」
少々の事では驚かない大神官も、皇子の投げやりな問いに目を剥いた。

「何をおっしゃいますか!博識な殿下なら皇家の歴史はご存知の筈でしょう?〈冥の花嫁〉を娶らなかった時代は血が薄まり封印を制御する事が出来ません。そうなれば妖魔が国内に溢れ存亡の危機に直面し、次の花嫁が降臨するまでそれが続くのです。帝国の安寧の為・・・これは皇家の義務でございます」
〈沈黙の地〉に封印された〈虚無の王〉は消滅した訳では無い。閉じ込められているだけで完全な封印の時でさえも、その隙間から地脈を通じて人を食らう妖魔を生み出すのだ。
封印の強化は百年ごと聖剣を用いて行われていた。その聖剣を使える力は冥界からの血筋を継ぐ皇帝と皇統を継ぐ第一子のみに受け継げられている。
だから血が薄まると聖剣を使う力が弱まるのだ。それゆえ、皇家の血脈の維持は重大だった。

「わかった。要するに私には拒否権は無いと言うことだな?そして、さっさとその花嫁を娶り、子を生ませれば良いだけだろう?どんな女が(きさき)となっても一緒の事なのだから、その〈冥の花嫁〉とやらにすれば良いだけの事・・・」
「皇子!今〈冥の花嫁〉は何も知らず人として生を受けておりますが、もともと冥界神が未知なる力で、自分の娘を人界の親に授けたもの。神の娘でございます。くれぐれも礼節を持って接してくださいますよう。そして承知(、、)させて(、、、)くださいませ(、、、、、、)。また聡明なる皇子はご承知でしょうが〈冥の花嫁〉が第一子をお生みにならなければ意味がございませんので、姫君がたとのご関係はご節制くださいますよう重ねてお願い申し上げます」
皇子は
閨房(けいぼう)にでも見張りを置きそうな大神官の言い様に辟易(へきえき)した。しかも、こういう事情なら今までも女性関係は見張られていたに違いないと思った。思い当たることも度々あったような気もする。
ここは早く切り上げて退散する事が得策だと思い、口早に最後の質問をすることにした。

「すべて承知した。ところでその娘の居所は分かっているのか?それと〈冥の花嫁〉という証拠は?」
「はい。場所は分かっております。伝承に()りますと〈冥の花嫁〉は17回目の誕生の日を迎えると、皇位継承の証と同様、皇子の玉体(ぎょくたい)と同じ場所に同じ刻印が現れている筈でございます。それでお確かめ下さい」
「わかった。後で場所はハーロルトに詳しく伝えてくれ」
大神官は返事の代わりに深々と頭を下げた。

 
 大神官が託宣を受けた時、ティアナはまだ夢の中だった。最悪な日から一ヶ月以上過ぎても宣告されたように、イヴァンからは全く連絡は無かった。
恋に夢中だったティアナは馬鹿な事に、彼の連絡先も訊いてなくてどうしようにも無かったのだ。
あの兄が邪魔をしているだけだと、イヴァンを信じようと思うのだが―――
毎日悩んでは寝苦しい夜を過ごしていた。
夢は
何時(いつ)も悲しいものばかりだったが、今見ているのは違っていた。それは静かな夜で見上げれば満天の星空。あの野原だと思うのだが、神殿は朽ちてなく白く輝く支柱が並んでいるのだ。そして大地には見た事ないような花が咲き乱れ、優しい音が心地よく聞こえ芳しい香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。
いつも野原に行くと無償に懐かしさを感じていたが、ここはもっと何故か心惹かれるのだ。
どこだろうと見回していると支柱の影から寄り添う二人の人物が現れた。
ハッキリ見えるのに二人の輪郭を感じ取れず、ただ安らぎに満ちた儚く美しいイメージしか感じられない。何か言っているようだが聞き取れない。しかし、唯一聞こえた言葉でティアナは目覚めた。

それは幸せにおなり≠ニ言う言葉だった。

夢から目覚めた時、辛い毎日だったティアナにとって今日の夢は誕生日の朝に相応しい神の啓示のようで、久しぶりに気分が晴れるような気がした。この気分を持続する為にもクヨクヨ考え込む前に、起き上がって急いで着替え仕度を始めたのだった。
最後の仕上げに何時ものように髪を左右に振り分けて編むと部屋を後にした。
それから朝食の美味しそうな匂いを辿って行くと、両親がいた。

「おはよう。父さん、母さん。ごめんなさい母さん、寝坊してしまって手伝わなくって」
「いいわよ。今日は誕生日なんだから」
「そうだ、そうだ。今日のティアナはお姫様なんだから、何にもしなくていいぞ」
「そお?ありがとう」
両親は何時になく明るい娘の様子に、安堵した。
本人は何も言わないがこの頃とても沈んでいる様子だったので心配だったのだ。原因は分かる気がするが本人が言わないのを聞く訳にもいかなかった。
「そうだ、ティアナ。今日は店を閉めて母さんと、ちょっと出かけてくるから」
「えっ、今日?」
「あら、大丈夫よ。誕生日のご馳走はその前に作って行くから」
「お前がびっくりする様な贈り物を用意しに行ってくるからな」
「もう、お父さん!秘密に行った方が、もっとびっくりするのに!直ぐ言うんだから」
「わあ、楽しみ。何だろう?」
「それはな〜」
「お父さん!」
父さんは母さんからピシャリと叩かれて口を押さえていた。
本当に今日は楽しく良い事ばかりだったが、天気が悪そうだった。
ティアナは今にも雨が降りそうな空を見上げて、今日は家の中で本を読む事にした。

読書に夢中になっていて昼もずいぶん過ぎたようだった。
一冊読み終えたところで、大きく背伸びをしてご馳走の点検をしに行った。
窓を見ると外は、ぽつり、ぽつりと雨が乾いた石畳に染みを作っている。
本降りになる前に父達が帰って来ると良いのにと思う。

その時、外が急に騒がしくなり閉めた店の戸を慌しく叩かれた。
店の入り口が大きな扉だから住まいに通じる勝手口は見落とされたのだろう。
ティアナは慌てて扉の
(かんぬき)を引いて開けると、何人かの男達が立っていた。
何か運んでいるようで目の前の布が滑り落ちた。それに視線を落す。

鼻につく異臭―――
ティアナは膝がガクガクと震え、その場うずくまり吐いた。
彼女が見たものは無残にも引き裂かれた両親と思われる肉塊だったのだ。

「父さん、母さん・・・どうして・・・・」
それ以上、声が出なかった。男達は静かに遺体を置くと、説明し始めた。

「親御さん達は、何でも旅人に聞いた珍しい花を採取しに来たらしくってね。一応止めたんだがね。取りに行くと行っていた渓谷は最近妖魔がうろついていたから・・・帰りが遅いんで心配になって見に行ったら・・・何て言ったら・・残念な事で・・・」
そう言うと、今にも咲きそうな白い蕾を沢山付けた花の鉢を置いて男達は去って行った。
採取した花が両親の近くで踏み荒らされている事も無く落ちていたらしい。

運んでくれた人達はその渓谷の近くの住人のようだった。
警備隊の守護が届かない田舎に行くにしたがって妖魔と遭遇する確立は高くなる。
安全な都会に住んでいる者は危機感に欠けるのだ。感情にしても違う。危険と隣り合わせの住民達は連帯感が強く、妖魔に関しては親身になってくれる。
しかし、都会の者達は妖魔に関わると不幸を呼ぶと言って忌み嫌うのだ。その証拠に親しくしていた近所の人達も、
(わざわい)が自分達にも及ばないようにと門扉を固く閉ざして誰ひとり出て来ない。
外はまるでティアナの心を映すかの様に急に暗雲が立ち込め、暗くなったかと思うと空には
幾筋(いくすじ)もの(いかずち)閃光(せんこう)が走り雨音が激しくなってきた。
ティアナは声無くただ涙だけを流し、呆然と両親の遺体の前で座っていた。
再び外が騒がしくなっても反応しなかった。
雨の音を消すような馬のいななきと、幾つもの
馬蹄(ばてい)の音に剣の鞘が触れる音がした。閉じてあった店の扉が乱暴に開き、雨よけの黒い外套を頭からすっぽり被った人達が四、五人入って来たようだった。
その中央から進み出た人物は、店内の様子に一瞬立ち止まったが、外套を脱ぎ捨て腕を組んだ。
ティアナにとって目の前の出来事は、ただ瞳に映っているだけで意識は無く何の感情も浮かんでいなかった。だが外套の中から現れた顔を見止めて意識が蘇ってきた!
目の前に不遜なまでに立ち、自分を見下ろしている男は忘れもしないイヴァンの兄だった。

「いったいどうなっている!説明しろ!」
(何?何を言っているの?断りもなく踏み込んで、説明しろですって?)
ティアナは悲しみに震えながら、信じられない思いで瞳を大きく見開いた。

側に付き添っていた騎士らしい男が、遺体を検分してレギナルトに報告している。

「中年の男女。遺体の損傷からすると妖魔によるものと推測されます」
レギナルトは舌打ちし、面倒な、と一言呟き問う。

「お前の両親か?」
「・・・・・・・・・・・」
彼は答える様子の無いティアナを一瞥したが、先程の男に何か指示を出す。

そして彼女の両肩を掴み無理やり立たせると、襟元に手をかけて服を裂いたのだ。

「!」
ティアナは彼の無法な仕打ちに、怒りよりも恐怖を覚え蒼白になった。

レギナルトは裂いた服の間から覗く左胸を
凝視(ぎょうし)すると、つまらなそうに(わら)い、ティアナに向かって温かみの欠片(かけら)さえも無い声音で淡々と告げた。
「ここの場所を聞いて正かと思ったが・・・最悪だ・・・お前を〈冥の花嫁〉と承認した。私の花嫁となってもらう」
ティアナは自分が狂ってしまったのかと思った。彼の言っている意味が理解出来なかった。

(冥の花嫁?私が?彼の花嫁になる?冥の花嫁!)
それは少女達の間でよく語られる夢物語だ。
自分は、本当は〈冥の花嫁〉で、皇子様が迎えに来て結婚する日がやって来るのだと―――



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