第三章 心揺れて2

 
 ティアナの日課の墓参にはもう一つ日課があった。
多分、日課にしているのは相手の方だと思う。彼
女が墓参に訪れると見張っているかのように、大神官が現れお茶の時間になってしまうのだ。皇子に教えて貰った コツ はまだ使いこなせていない。
皇子の話も底をついたようで、色々な話が綴られるが話題豊富でティアナは結構楽しみになっていた。

皇帝との約束の件も早速、皇帝から彼に話したらしく次の日に持ち出され、ティアナは内心引きつっていた。まさか右に皇帝、左に大神官を伴って城下町巡りをする羽目に陥るとは思いにもよらなかったのだ。嬉しそうに話す大神官は本気のようだ。
聞いていたハーロルトも目を白黒させている。警備に頭を悩ませたのだろう。
偉い人達なのに困った人達だとティアナは思った。
そんな呑気な大神官から驚く話が飛び出たのだ。

「ところで皇子が今、大変でして困っているのですよ。それはもう悪い評判でして」
「えっ?皇子がどうしたのですか?」
「おお、聞いて下さいますか、心優しい姫よ。実は貴女を無理やりかどわかして閉じ込めていると・・・噂は尾ひれが付いて皇宮で今や皇子は卑劣な誘拐犯ですよ」
「それは・・・半分当たっていると思いますけど・・・」
「ああぁ〜姫よ。それはおっしゃらないで下さい。本当に何故あのような無体を働いたのか、私も皆目検討がつきません。皇子に代わってお詫びいたします」
確かに大神官はイヴァンの件を知らないので、レギナルトの行動は理解出来ないのだ。

ゲーゼは不味い、不味いと思いながら話を続けた。

「いずれにしても貴女が〈冥の花嫁〉とは皆知りませんから、貴族達は醜聞として取り沙汰しています」
「でも私、こんなに自由に歩き廻っているのに?ねえ、ハーロルト?」
「私はティアナ様の警護で余りそのような話を聞いておりませんが、エリクからの情報では確かにその様に申しておりました。それにティアナ様が皇城で貴族が集まる場に、全くお出になっていないからだともエリクは申しておりました」
今のハーロルトの言葉に、ゲーゼは何か閃いたようで顔を輝かせた。
ティアナは嫌な予感がした。

「そうだ。皇子と二人で仲良く夜会に出席して頂きましょう!そうすれば無理やりとか、閉じ込めて無体な事をしているとかの噂は消えましょう?」
「大神官。それは妙案でございますね。最も効果的です」
「や、夜会!」
少女なら一度は憧れる夜会。皇宮の豪華な大広間で音楽が奏でられ、豪華な食事に着飾った貴族達が優雅に踊る。

(でも皇子と仲良くだなんて無理!)
「早速、陛下に申し上げて適当な夜会を開催して頂きましょう」
(ええええっ!陛下に言うって!)
「大神官、そう言えば問題が・・・皇子は夜会がお嫌いでございますよ」
「そうか!そうであった。困った・・・おお、そうだ姫、助けると思って貴女がご希望されてください。皇子に是非夜会に行きたいわ≠ニおっしゃって下さい」
「ええええっ!私がですか。無理です。絶対無理!」
そう押し問答している処に、いきなり扉が開く音がして一同注目した。
大神官の私室に先触れも無く入って来られるのは、この国で数名しかいない。
入って来たのは話題の中心人物レギナルト皇子だった。

ゲーゼに用事があり呼びつけたが
ただいま火急の用事にて後程 との返事があり、直接確かめに来たのだ。火急の用事 に検討はついていたが、やはり当たりだった。
(この爺!忙しいのに自分は呑気に茶でも飲んで、ティアナと話などして!)
「楽しそうだな?ゲーゼ?それが 火急の用事 か?至急来いと伝えたはずだが?耳が遠くなったか?」
「おや?至急でございましたか。それは失礼いたしました。私は冥神に仕えるものでございますので、姫とのご用は大事でございます」
「ゲーゼ様!お仕事だったのですか?駄目ですよ、行かれなくては。私知らなくて長居してしまって、ごめんなさい」
「お前は謝らなくていい。どうせ、つまらん長話を聞かされていたのだろう」
「そのような事はございませんぞ皇子。それこそ殿下のお話をしておりました。姫がお可哀そうで・・・・まだ夜会にも連れて行ってあげてないとか?若いお譲さんなのにお可哀そうに 行ってみたいわ と嘆いていらっしゃいまして・・・」
(えええ!私、言ってない!)

驚いたのはティアナだった。
大神官は可哀そうだと目元を押さえて涙ぐむ素振りまでしている。

レギナルトは思いにもよらなかったと言うようにティアナに訊ねた。
「夜会に行ってみたいのか?」
「あ、あの・・・・」
ゲーゼが皇子の後ろに回りこみうん≠ニ言えと合図している。

「あ、あの・・・大丈夫です。皇子はお忙しいから、行きたい時はハーロルトと行きます」
ゲーゼは駄目!と手で合図するし、ハーロルトは指名を受けて仰天している。

レギナルトはティアナの答えにムッとして、即答した。

「ハーロルトと?必要無い。夜会は私が連れて行く!それでいいだろう」
「決まりですな。姫、宜しゅうございましたな。それならば、皇子のお相手が街の娘と言う訳にはまいりませんから、私の遠縁のものとして皇子の処には、行儀見習いに来ている事に致しましょう」
貴族の婦女子は、格上の貴族の邸で淑女教育を受けるのが一般的なのだが、レギナルトはゲーゼの
遠縁 と聞いて、嫌な顔をして心の中で悪態をついた。
(爺の遠縁の娘など絶対預かりたくも無い!)
「そ、そんな設定なんて、すぐ嘘だって分かってしまいます!」
「大丈夫でございます。私と皇子がそうだと申すものに、否を言うものなどおりません」
それなら皇子の悪評も違うと言って黙らせたら良いのに、とティアナは思った。

大神官はまた長々と話し出したが、皇子の何時もの切り札でその口は一旦閉じられる。

「ゲーゼ、もういい。全て承知した。夜会の件は至急対処するから政務に戻らせてくれ」
ティアナはクスリと笑いながら仕事を邪魔しないように、二人を残して退室した。


 行動の早い皇子は夜会の日程を一週間後に決めてきた。
夜会は度々催されると言っても盛夏の時期、貴族達は避暑に地方の別邸で過ごすのが通例で、この時期に夜会を催すのは異例の事だった。その為、招待客は都に残っている貴族や、街の有力者を中心とした小規模なものだ。それでも今回は皇帝主催。招待されれば名誉な事であり、話題は十分だった。

ティアナは夜会の準備で忙しくなった。バルバラからは淑女の礼儀作法を習い、大神殿の日課はゲーゼの皇宮での礼儀作法の講義と変わり、とても目まぐるしい毎日を過ごしていたのだ。
唯一楽しい事と言えば、ダンスの稽古だった。講師はエリク。
ハーロルト自身かなり踊れるのに教えるのは苦手らしく、彼曰く、女性の扱いに手馴れたエリクが適任と、その時間は交替した。

 瞬く間に一週間が過ぎ、夜会当日となった。
昼間から準備でティアナの部屋では大賑わいだった。身体は磨きあげられ香油を塗られ、髪は何時間もかかって宝石を編み込みながら結い上げられる。バルバラが張り切って陣頭指揮を執っているのだ。
最後の仕上げは豪華なドレスの着付けだった。一人で着るのは絶対無理な代物で、着装しながら宝石の付いた飾り紐を丹念に絡めて着付けていく。上半身は身体の線にピッタリとしているが、腰から足元にかけては豪華な生地を何枚も重ね、動くとフワリと広がって揺れる。
胸の刻印を隠す為、胸元はあまり開いたものを選んでいなかったのが返って、彼女の持つ雰囲気にとてもあっているようだった。
さあ用意は整った。
ゲーゼの「夜会名誉回復作戦」の幕開けだ――――



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