天眼の王10![]()
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「ミウちゃん、ラーシュはね。とても可哀想な身の上だったのだよ。私の母に命を狙われて隠れ住まなければならなかった。私は弟を守ることが出来なかったのをずっと後悔していたんだ。だから今、その償いをしようと思っている・・・」
「カルム様、意味が分かりません!そのことで何故私を攫う必要があるのですか?何故?」
「君は分からないかもね・・・天眼族じゃないから。私達はより強い者が天眼の王となる。だから兄弟同士で争うのは当たり前のことだよ。そしてより力のある者がその下の者を支配する。最も単純で納得いく方法だろう?でもこの可哀想なラーシュはその機会も与えられずに難なくイエランが王となった・・・同じ金の天眼を持ちながら不公平だろう。だから少しその不公平さを平等にする為に協力している訳―――ミウちゃんもそう思うだろう?こう言うのは平等にって」
美羽はカルムがつらつらと喋る内容を納得する事が出来無かった。
恐ろしく歪んだ考え方としか思えないのだ。美羽は分からないのは当然だがこれはラーシュの考え方で、カルムに言わせているだけだった。
「王と・・・力が強い者が王となるのならイエラン様と堂々と競えば良い話でしょう?不公平だからと言って私を攫って王を脅迫でもするのですか?それは卑怯者のすることです!不公平だとか言う前に王になる資格は無いと思います!」
美羽はイエランがラーシュと争わず楽をして王となったような言い方をされて腹が立ってしまった。
「あはははっ、お姫様の勝ちだねぇ〜卑怯な手を使わないと王様には勝てないって訳さ。不公平だとか平等だとか言う前に正直に言ったらいいのにな?力不足だってよ」
宋は美羽の言葉に胸が空く思いで思わず言ってしまった。
もちろんカルムは平然としていたがラーシュは顔を真っ赤にして震えながら怒っていた。
「よ、よくも馬鹿にして!薄汚い法国の鼠の癖に!お前、自分の立場を忘れていないか?その口が利けないようにしてやってもいいんだぞ」
宋は、ふんと鼻を鳴らしただけで馬鹿にしたような顔をしたままだ。
「ああ・・・忘れていた。法国の間諜は拷問するのも受けるのも慣れていると言う話だったね?お前にしても無駄か・・・ならこの制裁はお前では無くあの女にしてやろう」
宋のにやけた顔が一瞬のうちに青くなった。
「ま、まってくれ!おれが悪かった!おれが悪いんだからあいつに手を出さないでくれ!」
ラーシュは愉快そうに嗤い出した。
「聞こえないなぁ〜確かあれは男のものを欲しがって煩かったよな?同じく熱くて硬かったら何でもいいか・・・火掻き棒なんか泣いて悦びそうだ」
ラーシュは暖炉の中で赤くなっている火掻き棒を引っ張りだし薄気味悪く嗤った。
「向うの部屋にも暖炉はあったし・・・今、直ぐにでも突っ込ませようか?」
「や、やめてくれ・・・何でもする。何でもするからあいつに手を出さないでくれ・・・二度と馬鹿なことも言わない・・・お願いだ・・・頼む・・・」
宋が床に両手をついて懇願しだした。それを満足そうに見ているラーシュが恐ろしい。
美羽は宋が巻き込まれたと言った意味がやっと分かった。彼は仲間では無く恋人を人質に取られて加担しているのだ。残忍な養父でさえも思いつかなかったような残酷な事をしようとするラーシュに怯え、そして宋にイエランの姿を見てしまった。
(今みたいに脅されたら?)
ラーシュの持つ真っ赤になっている火掻き棒を、ちらりと美羽は見た。見ただけでまだ当てられてもいないのに悲鳴がでそうになり口を両手で塞いだ。涙がその両手をぽたぽたと濡らす。
「おやおや、こちらのお嬢さんは聞いただけで泣き出してしまったみたいだね。ねえ、カルム兄さん」
ラーシュが、くすくす笑い出した。
「そうだね。ミウちゃん、大丈夫だよ。イエランがそんなことさせないからね。大丈夫・・・」
カルムの言う大丈夫はイエランが彼らの言うことを聞くと言う事なのだと美羽は思った。
美羽が泣いたのは怖いからじゃない。イエランを想って泣いたのだ。
自分の為に心を痛めそしてその身を傷付けるのも厭わないイエランを思い浮かべて泣いた。
「まあ、ご挨拶はここまでにしようか。まだ君には大人しく身を隠して貰わないとね。と言う訳だから監視は頼んだよ。何だい?その顔、まさか連れて来て終わりなんて思ってないだろう?」
「待ってくれ、もちろん何でもする。一度、彼女に会わせてくれ!そうしないと煩いだろう?大人しくさせるから」
「それは大丈夫。彼女、大人しいものさ。まるで時が止まっているかのように、じっとしている」
「それはどう言うことだ!あいつに何かしたのかっ!」
宋が目を剥いて食って掛かった。
「怖いなぁ〜何もしていないさ。あんな汚らわしい女、触れるのも嫌だからね。だからお前は言う通りに動いていればいい。用が無くなれば返してやるよ。はははは・・・」
ラーシュは嗤いながら出て行った。続いてカルムも踵を返したが美羽がその腕を引いた。
「カルム様!」
カルムは美羽が言葉にしなくても気持ちは読んでくれる。
しかしそれが届かなかったのか手を振り解かれて去って行ってしまった。
そして扉は閉まっただけで鍵がかかった様子は無い。美羽に希望の光りが射した。
「鍵・・・鍵がかかって無い。抜け出せるわ」
喜ぶ美羽の後ろから宋の溜息が聞こえてきた。
「鍵をかけないのはその必要が無いからさ。遠見の王兄がいる・・・そしてこのおれが監視しているんだ。無理だろうが」
美羽は振向いた。
「あなたも脅されているのでしょう?だったら一緒に逃げて人質になっている人を助けましょう」
少し考えるような顔をした宋だったが再び溜息をついた。
「あのね、あの男は心眼の持ち主だ。それにこの離宮の主もな。おれらの考えは筒抜けな訳よ。例えこの部屋から抜け出せたとしても思考は読まれるのだから先回りされる。逃げられるなんて思わない方がいい」
宋は自分の言った言葉に、はっとした。
「ちょっとまてよ・・・」
宋は何かを言いかかったがいきなり変な呪文を唱え始めた。
驚く美羽の目の前で小刀を抜いた宋は自分の指先を切りつけ血を絞り出した。そしてその血を使って自分の額に印を描き出したのだ。法族が使う不思議な術の一つだろうが美羽は彼が何をしているのか全く分からなかった。しかし額に描き終えた印が光って消えると宋がその答えを喋り出した。
「これは心眼の力を遮って違うものを見せる幻術だ。もちろん金の天眼には子供騙しだが奴らが今、天眼を開いて無いことを祈ろう」
「あの・・・どういうことなのですか?あなたは何を?」
「奴が言うようにあいつが大人しくしているなんて絶対におかしいんだ!精神が不安定だから長い時間放っておけないんだからな。それなのに大人しいなんて有り得ない。どうなっているのか・・・・おれはあいつの為と思って大人しく従っていたが奴は信用ならない」
あいつ≠ニは宋の囚われていると言う恋人のことだろうと美羽は思った。卑劣なラーシュが何をしているのか見当もつかない。もちろん美羽も同じく、どんなことをされるのかも分からない状態だ。
「―――そこでだ、お姫さんに聞きたい事がある」
「私に?ですか?」
「ああそうだ。考えたんだ・・・何故あんたをあの男は心眼で操っていないんだろう?ってな。王の兄を操っている奴の力なら簡単な事だろう?」
「カルム様を操る?でもカルム様は――」
「そう天眼国一の心眼の持ち主だった筈だよな?奴はそれを意のままにする力があった」
「意のままに操るって?」
宋が情けない顔をした。
「あんた天眼国にいるのに本当に何も知らないんだな?心眼は使いようによっては他人の精神を支配出来る。もちろんそれが使えるような力の持ち主はそうそういないがね。おれ達の術も似たようなもんだが精神力が強いものにはかかり難い。力の源でもある精神が強い天眼族は特にな。今の王もその厄介な心眼を持つ兄に勝っていたから王座に就いているんだろう?それだけ精神面が強い訳さ。要するにおれの考えだと真正面からではあの王に敵わなかったあの男は、あんたを使って王に精神的な痛手を負わせようとしているのさ。そうすれば心眼は天眼国一と評判だった長兄に勝る奴なら簡単に勝てるだろう」
イエランと初めて出会った時のことを美羽は思い出した。
それに雪山での狼の群れや法国での戦い・・・
垣間見た金の天眼の威力は強くカルムはイエランが最強だと言っていた。
だからイエランはそんなに弱く無いと言いたかったのだが・・・
「私は・・・私はあの人の足枷・・・」
「足枷?そうか・・・そう感じるんだな。おれはそう思わないが他人や本人はそう思うのか・・・」
宋は呟くようにしんみりと言った。
「あなたも大事な人の為なら何でもするのでしょう?」
「おれはあいつを重荷なんか思っちゃいない。どちらかと言えば守るものがあるから強くなっていると思っている。昔ならこんなヤバイ事に首突っ込んだりしないさ。適当に誤魔化して逃げている。でも守るもんがあると困難なことでもしようとする気になっちまう―――だからあいつの為ならあんたを殺せと言われたら躊躇なくやるぜ。もちろんどんなことでもな」
宋の答えはイエランの答えと同じのような気がした。美羽はどうしたらいいのか分からなかった。
しかしこのままではイエランが罠にはまってしまう。せめて裏切り者がラーシュだと知らせたい。
そして信頼するカルムが危険なのだと教えたかった。
「話を戻すが、王の弱み・・・これが何故、おれからの情報なんだ?奴はおれから初めて知った様子だった。今思えば可笑しい・・・王は無理だったとしても支配化にある長兄やましてお姫さん、あんたなんか見放題だろう?それに・・・」
美羽はぶつぶつと宋が言っている意味が分からない。
「あの・・・どういう意味なのですか?」
宋は不安そうな顔をしている美羽を見た。天眼の王を狂わせる美しい容姿―――
男なら誰でも征服したいと思わせるだろう。
「あんたを心眼で操ればこんな手の込んだことをしなくても、お姫さんが王を殺せばいい。特に閨の中なら王も丸腰だし、ましてやあの最中ならあんたの身体に夢中で無防備もいいところだろう?となれば・・・短剣で一息に心の臓を突くなり、口移しで毒を盛るなりどうでも出来る・・・何故やらない?」
美羽は以前自分にかけられた傀儡の術を思い出した。あれは自分の意思に関係なくルルナを絞め殺そうとした・・・それと同じことだろうと思うと恐ろしくなって来た。
「わ、私がイエラン様を殺す?そんな・・・」
「そうさ。あんたは言われた通りに動くだけだからそうなる。だがそうしていない――となると奴はあんたを操るのはもちろん、心の中を見ることさえ出来ないとしか考えられないな。信じられないが・・・」
「でも、カルム様は私が声に出して言わなくても全部分かっていました。カルム様より力が強いなら何故?」
「な?可笑しいだろう?しかしはっきりしている事はあんたと王の心は読めない。支配されている王の兄からあんた達の情報も読まれていない感じだ。と言うことは可能性として・・・お姫さん、あんたの考えも行動も読まれない・・・」
宋が段々と声を低くしながら言った。
「じゃあ、私が逃げても分からない?」
「それは無理だ。遠見が出来る王の兄がいるからな」
「カルム様が・・・」
美羽はカルムが敵だとは思いたく無かった。しかし敵に回したら簡単にはいかないのも分かる。
「何れにしてもこの術も長く使っていると怪しまれるから解くが、とにかく機会を待つんだ。奴は勝利を確信して勝ち急いでいる。絶対に隙が出る筈だ。それにあんたは切り札だから早々に殺すなんて事は無いだろう。死んだ方がマシな事をされたとしてもな・・・」
宋が暗い顔をして言った。美羽も当然先刻の残酷なやり取りを思い出した。言う事を聞かせる為にどこまでするのか想像出来ない。美羽は恐ろしくなって震えた。
「・・・だから奴が油断するのを待て。その時が来たら考えて動くんだ。おれはそれまで味方出来ないからな」
「味方してくれるのですか?」
美羽は驚いて聞き返した。
「ああ、危険を冒してでも突破口を開けないと不味い気がするんだ。何時もヤバイ橋を渡って来た勘だがな」
ラーシュ言われるまま従っていた宋だったが麗華の異変を察知し勝負に出たのだ。これが露見すれば麗華の命は無くなるだろう。しかし今でも彼女がどうなっているのか分からないのだ。
それこそ死んでいるのか生きているのかさえも分からない。ラーシュの洩らした大人しいと言う意味が死を指しているのでは?とも思ってしまうのだ。
(麗華・・・)
宋は術を解く前に美羽に与えた助言を悟られないように強く彼女の事を想い心に上書きをする。
瞳を閉じ、強く強く心に思い描く―――
競い合っていた法国時代。初めて交わった情熱の一夜に農村での長閑な日々・・・
目の前で精神統一をする宋を見ながら美羽は少し心強くなった。
敵だった男を完全に信じた訳では無いが恋人を想う心に共感した。目的は違っていても大事な人の為と言うのは同じなのだ。だから宋の言う通りに機会を待とうと思った。
そしてその時が来たらイエランの為に自分が出来ることを精一杯やるのだ。
その頃、イエランは水晶宮での指示を終えカルムの離宮に来ていた。彼もリネア同様、遠見するカルムを手伝えることは何も無い。ただ邪魔をせずに見守るだけだ。それにまだ遠くに行っていない気がして以前より何故か焦りは無かった。だから冷静に分析し考える事が出来る。
(―――水晶宮にどうすれば侵入出来、美羽を攫うことが出来るのか?それを可能にする条件は?彼女を攫う目的で最も考えられることは?海翔の拉致とは関係しているのか?それとも無関係なのか?)
少ない情報の中でイエランは考えた。そして弾き出されたその答えは?
イエランは遠見で精神を集中している最中のカルムに声をかけることはしない。
しかし今はあえて声をかけた。
「・・・・カルム、どうだ?何か手掛かりはあったか?もう外は陽が落ちて暗いだろう?遠見は出来ないのでは無いか?」
問いかけられたカルムは金の天眼を、すっと閉じイエランが座る方向へ向いた。
「今のところまだ何も。確かに月も無い夜だから探すのは難しい・・・」
「・・・・ならば夜明けを待つしかないか?」
「そうだな」
ラーシュは二人の会話を気に留めること無く聞いていた。カルムの答えはそう言うように操っている。今のところ切り札を早々に出すよりも探索を長引かせてイエランの焦りと不安を最大限に煽るつもりだった。そして精神が疲労して弱りきったところに更に追い撃ちをかける。
(さて、どうしようかな?奴の目の前で自分の女をじわじわと切り刻んでやるか?それとも下賎な男達に陵辱させるとか?)
ラーシュは考えるだけで、もうイエランに勝った気分だった。だから思わず顔が緩んでしまう。
法国の王にでもなれる程の実力を持つ男が心を病んだ淫乱女の為に動き、五大国最強の天眼国を統べる王が人形のように綺麗なだけの女に入れあげている―――
ラーシュはこの二人の男達が愚かにしか見えなかった。だから何にも左右されない自分が誰よりも強いと信じていたのだ。