天眼の王11![]()
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自画自賛をしながら事の顛末を想像していたラーシュがイエランの視線に気が付いた。
目の前のカルムを通り越し自分を見ているのだ。
「僕に何か?」
「・・・・・・・・・」
イエランは沈黙している。
ラーシュは勝利を確信していてもイエランの心が読めない分だけ不安はあった。
(大丈夫だ・・・もし露見したとしても切り札を持っているのだから奴は何も出来ない・・・)
そう思い直したラーシュは微笑みを浮かべた。
「何がそんなに可笑しい?今は笑むような状況では無いだろう?」
イエランの声は低く平静を装っていても憤っていることは明らかだ。だが、この気圧されるような存在感は王座を狙うラーシュにとって目障りだった。しかしそれらも何れ自分の前に瓦解し跪くのだと思うと嗤いが出て仕方が無いのだ。
もうお前の時代は終わりだ!と早く言ってやりたい気分だった。
「―――そんなに王になりたいのか?」
イエランは更に声を低くして唐突にそう言った。
「!」
ラーシュは息を呑んだ。イエランが自分の野心に気がついているとは全く思っていなかったのだ。
虚を衝かれて言葉を無くしてしまった。
「確かにもう一人兄がいるとは思いもしなかったが・・・兄と姉・・・カルムとリネアは前に決着をつけている―――その時に居合わせ無かったとしても王座を望むのなら何故正面から来ない?王の子らは平等に権利がある。此処では最も力の強い金の天眼を持つ者が王となる。私の力が劣るのなら王座から退くだろう。だが、そうで無いのなら私は認めはし無い。そして卑怯な手を使って王になっても認める者は誰もいない!」
「は・・はは・・・何を?僕が何をしたと?」
ラーシュは焦ってそれだけは取りあえず声に出した。
そう言いながら次に自分はどう出たらいいのか思考を巡らせ始めた。
「あの日の違和感―――七家の者達のらしくない言動。精神への関与に対する揺らぎのようなものがあの場に違和感をもたらしていたのだろう。その金の天眼がそれを可能に出来るのなら全ての疑問が解ける。そう・・・その心眼がカルムより勝っているとしたら・・・」
イエランは目の前のカルムに、ちらりと視線を流しただけでラーシュを見据えた。
カルムは無表情のまま、ぴくりとも動かない。
「何故そう思う?」
落ち着いて来たラーシュは肯定も否定もせずに平然と問いかけた。切り札を持っている以上焦ることは無いと再び思い直したのだ。
「―――どう考えても水晶宮への外部からの侵入と脱出は内部から手引きしなければ不可能だ。例えカルムが居なくとも優秀な遠見が四方を守護していたのだから有り得ない。密かに侵入するのならその守護を一時的に解かせるしか方法は無い筈だ。それを可能にするには一つ目はその遠見が仲間だった場合。そして二つ目は遠見を心眼で操るしか無いだろう。このどちらか・・・しかし一つ目は無い筈だ。カルムを黒翔国へ向かわせたのは私の独断で代行の守護も急な選抜だった。だからそこに仲間を入れるというのは不可能だろう。となれば二つ目―――そこでカルムに問いかけた陽が落ちて暗いから遠見は出来ないか?≠ニ。答えはそうだな≠ニ―――出来ない≠ニ言った。カルムは心眼と併用するのだから闇夜でも遠見が出来る筈だ。暗くなったからと言って普通の遠見のように探せなくなる訳では無い。考えられるとしたらカルムは操られているのではないか?と言う疑念だ。操られて力が劣り出来ない≠ニ言ったのか、カルムの真の力を知らないお前がそう答えさせたかのどちらか・・・カルムを支配する程の力があれば遠見の一人ぐらい簡単に操れるだろう。そうでなければこんな幼稚な計画を可能に出来る訳がない!」
ラーシュは、かっと頭に血が上った。疑いをもたれ簡単に鎌をかけられた挙句、幼稚な計画と罵りを受けたのだ。自尊心が大きく傷ついた。
もう色々と考えるのは止め田舎から出て来た控えめな兄と言う仮面をラーシュは脱ぎ捨てた。
「ああ、そうだ!カルムは僕の言いなりさ!カルム、天晶眼を持って此処に来い!」
ラーシュの命令を受けたカルムは天晶眼を握ったままイエランの手の届かないところへヒラリと飛びのいた。二対一・・・しかも相手には天晶眼。しかしイエランは天晶眼を恐れたのでは無く迂闊に仕掛けて行けなかった。美羽がどういう状態なのか何処にいるのかさえ分からないのだ。それに・・・
(カルム・・・いったい何を考えている?)
イエランはカルムが本当にラーシュごときに支配されているとは思えなかった。しかし操られているとしか考えられない事例はあっても違うと言えるものは何も無いのだ。
「どうした?かかって来ないのか?出来る訳無いか・・・もし僕に傷を付けたら、お前の大事な、大事なあの女を僕の倍以上痛めつけてやる。何でも命令を聞く優秀な兇殺者を側に置いているからね」
「―――彼女はこの離宮に居るんだな」
得意そうに声を張り上げるラーシュにイエランが鋭く指摘した。
「なっ!何故それを!」
「心眼で人を動かすにはある程度の範囲が決まっている。普通なら精々目の前にいる者達ぐらいしか動かせまい。もちろん金の天眼になればその範囲も広がるだろうが・・・お前は誰も信用していない筈。そうなれば切り札は近くに置きたいのが心理というものだ」
「ふふふ、そうだね。だけど遠くに置こうが近くに隠そうが効果は一緒だろう?余裕たっぷりの顔を見せても無駄だ。嫌・・・その顔が気に入らない。あの女が泣き叫んでもそんな顔をしていられるのかな?」
イエランは、さっと顔色を変えた。用心して喋っていたつもりだったがラーシュを刺激し過ぎたのだ。
「待て!彼女には何もするな!」
「はははっ、本当にあの男と同じ反応をするんだな?」
「あの男?」
「法国の薄汚い鼠さ。宋とか言う」
イエランは以前手際良く美羽を攫った男を思い出した。あの手練の男が絡んでいるのなら美羽を攫うのは動作も無いことだっただろうと感じた。しかし同じ反応とは?
(その男も脅されているのか?)
「うっ・・・」
宋が急に頭を抱えて唸った。
「あの・・・大丈夫ですか?」
「ああ大丈夫だ。奴から命令が頭の中に来ただけだ。あんたを連れて来いってな・・・行くぞ」
美羽は両手を胸の位置で強く握りしめて、こくりと頷いた。宋は行くぞ≠ニだけしか言わない。
それでも二人の間で交わしたものがある。自分達の大事な人の為に今はその時を待つのだ。
一応形だけ宋に短剣を首に突き付きられたまま美羽は呼ばれた部屋へと向った。形だけとは言っても宋は本当の味方では無い。彼の恋人を盾に取られたらその刃は迷い無く美羽の細い首を掻き斬るだろう。美羽はその鋭く光る刃を見つめた。
(私は死ぬのは怖くない。怖いのはあの人が傷つくことだけ・・・)
美羽は自分がどんな事になったとしても怖く無かった。愛するイエランが傷つくことだけが怖いのだ。そして呼ばれた扉の向こうにイエランが既に居るとは思わなかった。開け放たれた扉の内側にはもう何日も会っていなかったイエランが居たのだ。
今までも何度も何度も危機に陥った時に必ず助けに来てくれた。
今回も同じだった。でも今は昔とでは想いが全く違う。
「イエラン!」
美羽は心の底から叫んだ。ラーシュの謀を知ってからイエランが脅されてもう既に何かされているのでは無いかと不安で仕方が無かった。無事な様子と再会の嬉しさが声に出た。いつもは名を呼ぶのが恥ずかしくて王とだけ言ったり名前は様付けで呼んでみたりしていた。
今は自分でも驚くくらいすんなりとイエランの名を呼んでいたのだ。
イエランは美羽の無事を確認し少し、ほっとしたような顔をした。彼にしては珍しい表情だ。
しかし直ぐにその表情は厳しい顔へと変化した。美羽の無事を確認出来ても今からが問題なのだ。
美羽を人質に取られていては身動き出来ない―――
(やはりこの男か・・・迂闊に動けないな)
イエランは美羽を後ろから片腕で縛め短剣を彼女の首元に当てる宋を確認した。ラーシュの命令一つで美羽をどうとでも出来る体勢だ。機会を窺ったとしてもこの男の様子なら隙は見出せ無いだろう。
刃を向けられて恐怖にさらされている美羽が心配だった。
「美羽、直ぐに助けてやる」
「イエラン、駄目!」
美羽が駄目だと首を振った。宋が短剣を素早く胸に当てなおさなければ傷ついていたところだ。
イエランの助けると言う言葉はそのままこの卑怯なラーシュの言いなりになると言う事だ。
美羽は自分の為に誰よりも誇り高いイエランにそんなことをさせたくなかった。
猛牙の地で暴漢の言いなりになり膝を屈し足蹴にされていたのを思い出した。
あの時も卑怯な男の足で地面に顔を押し付けられながら直ぐに助けてやる≠ニ言うと唇の端を少し上げて微笑んだ。今も同じだ。心配するなと言うように微笑んだのだ。
美羽は言葉が出なかった。イエランに駄目だと言っても無駄だと思った。
それでも心の中で祈るように言い続けた。
(イエラン・・・駄目・・・駄目。何もしないで・・・お願い、お願いだから・・・)
「ふふっ、さて、どうしようかな?もっともっと苦しんで精神を疲弊して貰わないとね。そうだな・・・やはり」
ラーシュは愉快そうに言いながらイエランと美羽を交互に見た後、カルムに視線を留めた。自然と嗤いが込み上げてくるようだった。イエランを痛めつける最も効果的な方法をラーシュは思いついたのだ。
「ふふふ・・・兄上、お願いがあります。そこの女を今直ぐこの場で犯して下さい」
「なっ!馬鹿な!」「えっ?そんな!」
イエランと美羽がまさかと言うように声を短く上げた。しかし当然それは戯言では無い。
命を受けたカルムが囚われの美羽に近付いて来た。
「やめろ!カルム!」
「動くな!」
咄嗟に動こうとしたイエランをラーシュが止めた。
「少しでも動いたらその女を一瞬で廃人にしてやる」
精神に干渉出来る心眼は力が強ければ容易く心を壊すことも出来る。ラーシュは美羽の精神に干渉出来ないのを隠してイエランを脅した。
「くっ・・・」
イエランは唇を噛み締め踏み出した一歩を元に戻すしか無かった。
猛牙の王子が美羽を犯そうとしたのを遠見で見た時、怒りで水晶宮を吹き飛ばしそうになったことがある。それが今目の前で展開されようとしているのだ。あの時は手も声も届かない場所でどうすることも出来なかった。しかし今はこんなに直ぐ近くにいるのに同じく何も出来ないのだ。
あの時、美羽は誇り高く死を選び取っていた。また同じ選択を絶対にさせたくなかった。
「止めろ!王座が欲しいならくれてやる!だから彼女に手を出すな!」
イエランの吐き出した言葉に美羽は驚き駄目だと首を振った。
「駄目です!駄目!貴方は誇り高い天眼の王・・・こんな卑怯者に屈しては駄目です!」
美羽は叫んだ。自分の為に何もかも捨て去ろうとするイエランを止めたかった。
美羽は知っている。天眼の人々は若き王のイエランを恐れ敬い誇りに思っているのだ。
そんな彼らから王を奪い卑劣な男を王座に就かせる訳にはいかない。
(私の為にそんなことは出来ない・・・絶対に!)
「また性懲りも無く僕を卑怯者だと言うのか!」
「そうよ!卑怯者よ!」
「美羽!止めるんだ!」
イエランはラーシュの神経を逆撫でするような美羽の言動を止めようとした。短気なラーシュを怒らせて美羽を窮地に落としたくない。
「美羽、もういい。私は王座に未練は無い。お前と引き換えられるのなら喜んで誰にでも差し出せるぐらいのものだ。だから美羽、心配しなくていい」
「い・・・嫌・・・駄目です。駄目・・・」
美羽は堪えていた涙が溢れてきた。もう言葉が出なかった。はらはらと頬を濡らす涙が落ちるだけだ。
「はははっ、傑作だなぁ〜それ本気だろうけど・・・お断りだ。誰が見ても明らかな勝利じゃないと皆が納得しないだろう?臣下が居並ぶ中で負けて貰うよ。でもわざと負けて貰っても困る。皆も馬鹿ばかりじゃないだろうからね。僕の完全な勝利の為にはもっと心に傷を負って貰うよ」
ラーシュの意見は正しい。イエランが無条件に王位を譲ったとしても臣下達は認め無いだろう。
力あるものに従う種族なのだから彼らが認めなければ王にはなれないのだ。
それに王にしか開かれない天晶眼の扉も認めるかどうか?
「さあ、兄上。お願いしますよ」
ラーシュが愉快そうにカルムを促した。
結局、イエランは王座を退くと言っても言わなくても同じだったのだ。精神と比例する力を削ぐにはイエランの心に傷を負わせる。美羽はどちらにしてもイエランを痛めつける為のものでしか無かった。
そうなると助ける術が無く、そうかと言って美羽に耐えろとも言えない。イエランも自分自身この状況に耐えられるか自信は無かった。怒りで全身の血が煮えくり返っているのだ。
ラーシュの指図を受けた宋は美羽を開放したが、その代わりにカルムが彼女を壁際に追い詰めていた。
美羽はかたかたと震えながら退いていたがカルムの手が触れる位置に来ると一度瞳を閉じ、それからゆっくりと瞳を開けた。その澄んだ青い瞳はカルムを通り越しイエランを見つめていた。
「・・・私は・・・大丈夫です。こんなこと・・・何でもありません。私はもう何人もの男達から汚されているでしょう?それに一人増えたとしてもそんなに変わりません。だから心配しないで下さい」
イエランは内心驚いた。
美羽が何人もの男達から汚されている≠ニ根も葉も無いことを言ったからだ。確かにそれに至る一歩手前まではあったとしてもイエラン以外に美羽の最奥を許したものはいない。イエランが最初であり他には誰からも汚されていないのだ。美羽はそう言う振りをして自分を犯してもラーシュが思うような効果は無いと思わせようとしているのだろうか?とイエランは思った。
しかし口から出任せを言っても心眼を操るラーシュが美羽の嘘を見破ってしまうだろう。
だが・・・ラーシュは美羽の心が読めない。
知らなかった事実に舌打ちした。男達を誑かす淫乱な女だとか噂は色々聞いていたが実際見た美羽はそんな風に見え無かったのだ。イエラン以外の男から汚されるからこそ効果が大きいのに噂通りもう既に散々汚されていたとなればその価値が下がる。それに美羽が泣き叫び傷付かなければイエランへの影響も少なくなってしまうだろう。計算違いもいいところだ。
「売女め!」
毒づくラーシュにイエランは不審を感じた。
(・・・まさか・・・美羽の心を読めない?)
それは有り得ないだろうと思った。カルムは何時も天眼を開いていなくても美羽の心が自然と読めてしまうと言っていた。
(それなのに美羽の嘘を信じている?何だ?この不可解な点は・・・)
イエランは分析する上で腑に落ちない点が幾つかあった。それがもし考え通りだとしたらある一点を除き不可解な点は全て無くなる。
(しかしこれが間違っていたら・・・)
もしも見当外れだったとしたら美羽を危険にさらすこととなる。決断を躊躇っているのか決断したからなのかイエランは動かなかった。