天眼の王13


「―――カルム、分かったのか?これ以上戯言を続けると言うのならその両手を切り落としてやる・・・」

イエランの声がラーシュの哄笑の中、淡々と静かに響いた―――

「―――なぁんだ。やっぱり気がついていたのかい?まぁ・・・そうだろうね。気が付かなかったらこの離宮なんて跡形も無く消し飛んでいるだろうし」
ラーシュの嗤いが止まった―――
イエランの謎の問いにカルムが答えたからだ。今は美
羽を犯すこと以外、カルムには何も命令していないのだ。支配下にある筈のカルムが美羽の上から起き上がり、まるで何も無かったかのように衣服を整えている。しかしその額には金の天眼が完全に開いていた。
「なっ・・・」
ラーシュは呆然とカルムを見た。今は只、その姿を見るだけで心の欠片さえも感じられなかった・・・

「何を知りたかったのか知らないがやり過ぎだ!」
「相手は金眼だろう?流石に真面目にしないと騙せないのだから仕方がないよ。ちょっと触っただけじゃないか」
イエランの憤りにカルムは肩をすくませて何時ものように調子良く答えていた。

「ちょっとだと?それがか!触り過ぎだ!冗談じゃ無い!」
イエランは腹を立てているがカルムを疑いつつも信じていた。だからカルムが言ったように離宮を吹き飛ばしてしまいそうな怒りを辛うじて抑えたのだ。それでも美羽が息を乱し誰にも聞かせたく無かった切ない声を上げる度にカルムの意図などどうでも良くなりそうだった。美羽の裸体を見るだけでも首を落とすとまで言っていたのに、それに触れたのだから許せるものでは無い。更に自分以外の男の手で感じている美羽を見るのは耐えられないものだった。

「あんなに感じさせて・・・っ」
イエランは悔しい思いに顔を歪ませた。天眼を開いているカルムにはその表情が見える。

「ふぅ〜そんな風に気持ちを顔に出してくれると私も苦労しなかったよ。黒翔から帰って来た時はミウちゃんが攫われても冷静を装うから正直焦ったよ。ラーシュがミウちゃんを使えないって思ったら彼女が危険になるだろう?だから余計な事を言って君を怒らせたけれど・・・お蔭で内臓がやられた。まだ痛いし・・・いたたたっ」
カルムはあの時女は奪った者勝ち。美羽は奪った男の所有となる≠ニ言ってイエランを煽って怒らせた。カルムの言う通りにラーシュの誤解を解かなかったらイエランの弱みとならない美羽はどうなっていたのか分からない。
ラーシュの行動の速さは目を見張るものでカルムが後手になってしまうものもあったのだ。

「ほらっ、これ返す!」
カルムは持っていた天晶眼をイエランに向って投げた。

「天晶眼を簡単に出すんじゃないよ。こっちはラーシュには渡したく無いと思っているのにほいほいくれるから冷や冷やしたよ」
カルムはラーシュから奪われる懸念があった天晶眼を持ちたく無かったようだ。それな
のにイエランが美羽の探索の為に押し付けたものだから冷や汗ものだった。運が良いことにラーシュが見せかけの芝居を続けようとしていたのでそのまま持つことが出来て奪われずに済んだ。
「でもまぁ〜役得かな?ミウちゃん可愛かったし。あっ、怒るなよ、感じて貰わないと君が狼狽してくれないだろう?ラーシュを油断させるにはそうしないと駄目だったからね。それにミウちゃんがあんなに感じたのは仕方が無いよ。これでも彼女の記憶を読んで君の真似をしてみたんだよ。ねぇ〜ミウちゃん、イエランとしているみたいで良かったでしょう?」
美羽は倒れ込んだ床から重く感じる身体を起こしてカルムを見上げた。感じ過ぎてまだ立てる状態では無いが取りあえず裂かれた服を胸元で掻き合わせた。

「カ、カルム様?」
美羽は二人の会話の意図が掴めず戸惑ってしまった。しかし今のカルムはいつもの彼のように感じる。

「ま、まさか・・・正気なのですか?そ、そんな・・・い、いつから?」
美羽はうろたえて顔を赤く染めた。カルムの言う通り美羽に与えられた愛撫はイエランに似ていた。
だから余計に感じてしまったのだ。しかしいつ正気に戻ったのだろうか?

「ふふふふっ」
カルムは愉快そうに笑った。本当にいつものカルムだ。

「ば、馬鹿な・・・何時の間に・・・」
ラーシュは驚愕したまま聞いた。今の今までカルムの心の内は見えていたのだ。命令に動かされ黒翔の王女を欲望の対象にしか見ていなかった筈だった。
問われたカルムは愉快そうに微笑んでいた顔から、すっと無表情になった。

「最初からだよ・・・初めから君の支配は受けていない」
「なっ!馬鹿な・・・」
「確かにラーシュ、君の心眼は強い―――でも私には及ばなかっただけだ。君は私の表層意識にしか侵入出来なかったし、それをわざと支配させていたと言う事だ」
「な、何故?」
ラーシュの問いは当然だろう。
イエランもその一点だけが腑に落ちないものだった。ラーシュの企みは単純でカルムがその気になれば直ぐに防げるものだった。それをあえて此処まで混乱させた理由が分からない。
イエランの無言の問いかけを感じ取ったカルムは肩を竦ませた。

「イエラン、そんなに睨まないで欲しいな。これでも苦労したんだよ。ミウちゃんを巻き込んでしまったのは計算外だったけど関わってしまったから有効に使わせてもらったけどね。最初はそのつもりじゃ無かったからミウちゃんはいいとして用心の為にイエランやリネアまで粘膜接触したし」
「粘膜?接触?」
美羽の反芻にカルムが、くすりと笑った。

「ミウちゃん、私と粘膜接触しただろう?口づけのことだよ」
「え?あっ、あの時?」
カルムは頷き、イエランは嫌な顔をした。

「あれは私の一部。何でも良いのだけれど・・・あの時は唾液を体内に入れそれを媒体として私の支配下に置き心眼を防ぐ遣り方だよ。金の天眼ともなれば防ぐ術は少なくて試しにやってみた訳。この手を使ったのは初めてだったけど上手くいって良かった。そうでないと簡単にイエランの弱点が暴かれるし。それよりもミウちゃんが操られたら手の打ちようが無いだろう?それだけは避けたいからね。でも、結局ミウちゃんを巻き込んでしまったから失敗だったようだ・・・でもお蔭で早々に知りたい事は分かったから成功かな?」
「だからそれは何だ!何を知りたかったんだ?此処までするからには余程のものだろう?そうでなければ覚悟してもらう!」
ぺらぺらと得意そうに喋るカルムに苛立ちながらイエランは再度問いかけた。

「やれやれ短気だなぁ〜」
軽く受け流したカルムだったがまた表情がガラリと変わった。愉快そうな顔から一転して冷たく凍るような空気を纏ったようだった。

「もちろんこれは天眼国の存亡に関わる―――それはイエラン、お前に関わる問題だ。天晶眼・・・これが新たに生らないと言うのを聞き直ぐに王家に伝わる古文書を調べた・・・原因となる文が記されてあった一枚の頁だけが抜け落ちていたようだった。前後の文面に関係なく綺麗に抜け落ちていた。私が天眼で透視していた場所にたまたま紛れ込んでいたのを見つけたから分かったようなものだ。一枚だけ浮いた感じに挟まっていたのを引っ張り出して見ればそれだった。たぶん最近の歴代の王達も分からなかっただろう。イエラン、天晶眼で絶対に取ってはならないものがあったと言うのは知っていたか?」
イエランは少し考えて首を振った。王族で管理する天晶眼だがそれを取るのを許されるのは王だけだ。イエランが王位継承者として決まった時に父王からの口伝を受け、知識としてその古文書も読んでいた。しかし抜けていた頁があるとは思わなかったのだ。

「それは樹から離れても永遠に消え失せない金色に輝く天晶眼らしい。これは天晶眼を生み出す樹の核となるようなものと言うのか・・・雌雄で言えば雄。これが無くなれば天晶眼が生らないらしい・・・その金の天晶眼を失い更に生る天晶眼が減れば樹自体が飢えて求める・・・」
不思議な神の遺産は謎が多かった。しかしそんな原理があるとは・・・

「最近使い過ぎたのは認めるが・・・それで何を求めるんだ?」
イエランの問いにカルムが静かに答えた。まるで死の宣告をする神にも似ていた。

「求めるのは失った金の天晶眼―――もしくはそれと同等の天眼の王」
「私?」
「そう・・・金の天晶眼とは天眼の王が贄となったものらしい。樹は雌、強い雄を求めて子を生す・・・だから贄になれる資格を持つ天眼の王にだけあの扉は開かれる・・・」
イエランは当然初めて聞く内容だった。

「馬鹿な・・・そのような大事なものが抜け落ちていたとは・・・信じられない・・・」
「確かに・・・父も知らなかったのだろう。それに平穏な時代で天晶眼も必要としなかった。それなのによりによって取ってはならない天晶眼を取った・・・」
「まさか、父が?」
カルムは頷いた。そしてラーシュに視線を移す。

「私は母の記憶から思い出したものがあった。それは母の妬ましい思い出の一つ・・・父はなかなか結婚を承知しないラーシュの母親を振向かせる為にその珍しい天晶眼を贈って求婚したらしい。心眼を持つ彼の母親に自分の偽りの無い愛をその天晶眼で視るがいいという感じかな?まぁ・・あの父ならやりかねないかな。母は悔しさに数日眠れなかったみたいだ。有事でも無いのに貴重な神の遺産を・・・それも珍しい色のそれを自分以外の女に与えたのだから第一子を産んだ母としては悔しかったのだろう。私が物心ついた時にその積年の恨みが鮮明に視えた・・・」
カルムの母はハーン家。いわゆる王族の出身だった。自尊心が高く何事にも自分が一番ではないと気が済まなかった。国内でも指折りの美女だったカルムの母を寵愛していた王だったが、移り気で破天荒な性格は次の女性を求めた。気が強く気位が高いカルムの母に飽きた王はまるで正反対の儚げで楚々とした雰囲気のラーシュの母へと寵愛は移ったのだ。しかしその後はリネアの母、そしてイエランの母へと移りしかも嫌がる相手を屈服させるのが趣味のようだった。そして寵愛を失った者はまるで見向きもされなかったのだ。その中でラーシュ達親子はカルムの母の恨みを一身に背負ってしまったのだった。

「・・・城を去って行ったラーシュの母の行方を探しだそうとした矢先に都合良くラーシュが現れた・・・生きていたとは思いもしなかった。しかしいきなり天眼で攻撃されて正直驚いた。しかも心眼だろう?侵される振りをして逆にラーシュを探った・・・驚いたことにラーシュから天晶眼の気配を感じるのにそれが何処にあるのかが掴めない。私でも破れない強い封印が施されているような感じだった。だから精神を無理矢理抉じ開けても情報は読み取れないかもしれない。それならラーシュが油断して気を緩ませる時期を狙った。それには望みのものを手に入れさせるのが一番だろう?」
「天眼の王座か?それでラーシュを泳がせ邪魔な私を追い込んで勝利を確信させたかったと言う訳か・・・それならそうと早く言え」
「言える訳ないじゃないか。言っただろう?ラーシュは私と同じ金の心眼だ。私の方が若干勝っているとは言っても迂闊には動けない。イエラン、君なら状況を読めるだろうと信じていたよ」
ラーシュは二人の会話をただ唖然と聞いていた。自分が全て操っていたと思っていたのにそれさえもカルムの謀だと言うのだ。信じられなかった。

「君達を巻き込まないように他も試したよ。ラーシュ本人が駄目なら母親を探った。天晶眼を使って・・・しかし結果は不明。金の天晶眼は母親の記憶から抜け落ちていた・・・・可哀想なラーシュ。お前は本当に不憫な弟だ・・・」
カルムはラーシュの支配範囲から外れる黒翔で、海翔の探索では無くそれに力を注いだようだった。
カルムにとって黒翔行きは願ってもないものだったのだ。心配だったリネアにも心眼を防ぐ術が施せて探索も思いっきり出来るからだ。ラーシュの生い立ちをその母の記憶から読み取っていた。母の歪んだ愛を押し付けられ続けた弟を哀れに感じたのだ。

「ぼ、僕をそんな目で見るな!天眼の王が全部悪い!母が狂ったのもお前の母親が僕を殺そうとしたのも全部奴のせいだ!」
「そうだね・・・父が全て悪い。そして母達も・・・だから私は理不尽な大人達から妹や弟を守った。ラーシュ、本当に君を守ってやれなくて・・・すまないと思っている・・・」
カルムは視力の無い藍色の瞳を伏せて言った。
下から見上げる美羽はカルムが泣いているのかと思ってしまった。王座を狙ったラーシュを責めるのでは無くただ哀れんでいるだけだった。しかしカルムの想いはラーシュの気持ちを逆撫でたのだ。

「うるさい!今更昔を振り返ってもどうにもならない!僕は天眼の王になる!それだけだ!」
「天眼の王になれと言ったのは母親だろう?」
カルムのぽつりと言った問いにラーシュは、さっと顔色を変えた。

「な、何を?」
「君は自分でそうなりたいと思ったことは無い筈だ。母親の想いが今の君を動かしている・・・知らず知らずにその思考に支配されているんだよ」
「ち、違う!違う!」
興奮したラーシュは喚き散らした。そして叫んだ。
「宋!その女を捕らえろ!」
イエランとカルムが、はっとした時は遅かった。
手練の兇殺者はどんな状況でも獲物から目を離さず一番近い位置で狙っているのだ。宋は当然誰よりも早く美羽を奪い飛び退いた。もちろんその手には刃物が握られている。

「美羽!」「ミウちゃん!」
「はははっ、良くやった!さあ、二人とも天眼を閉じてもらおうか?言っておくけど彼は法国一の使い手だよ。何か仕掛ける前に女の息の根は止まるよ」
ラーシュの言う事に間違いは無いだろう。美羽の首にピタリと当てられた刃物はそれを物語っている。しかし無表情だった宋が、にやりと微笑んだ。
その瞬間、宋の思考を読んだラーシュが顔色を変えたのだった―――



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