天眼の王14![]()
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「おれの頭ん中読んだのなら分かっただろう?あんたの指図は受けない。麗華を此処へ連れて来い!アイツの安否を確認しないことにはこのお姫さんをあんたの自由にはさせない。おっと、天眼の王と長兄殿も動かないで貰おう」
「い、言う事を聞かないのならあの女の命は無い!分かっているだろう!」
予想外の宋の反抗にラーシュは脅しをかけた。
心眼を持つ者は言葉に念を乗せ、心に直接働きかける暗示のようなものとなる。それを真言呪と呼ぶ。それは無いものを有ると思わせたり、出来ないものを出来ると思わせたり色々だ。
心を操るまでも無く言葉だけで翻弄することが出来るものだ。
しかしカルムがその呪に念を送り遮断したようだった。
もちろん宋を心眼で支配するのは容易いがそれでは力が半減してしまう。それよりもその間に隙が出来、人質を奪い返されてしまう確率の方が高かった。
今はカルムが宋を支配しないように妨害するのが精一杯だ。
「だから連れて来いと言っているだろう?人質の安否も確認できないで言う事を聞く馬鹿はいない。無事が確認出来たのなら幾らでもあんたの言う事を聞いてやる」
美羽は宋のその言葉に落胆した。二人の約束で彼は味方になってくれると言うことだった。
完全に信用していなかったとしても期待はしていた。
「疑り深いね・・・分かった。連れてこさせよう」
ラーシュは仕方なく折れ、麗華を見張っている者に心眼で命令を送った。
しかし、それが上手くいかないのか心眼では無く声を荒げて命令し出したのだ。
「離れないのなら足を切ってでも連れて来い!」
「おいっ!何を言っている!麗華に傷でも付けてみろ、只じゃ済まないぞ!」
宋が麗華の危険を感じて直ぐに怒鳴った。
切り札の美羽を持つ宋がこの場では立場的に一番強い。しかしその宋の弱みを握っているラーシュが彼の要求通りに麗華の安否を証明出来ればその立場は逆転する。
「くっ・・いい気になるなよ。あれの命を握っているのは僕なんだからな」
ラーシュは麗華が何からか離れないと言っていた。
それに大人しくしく、じっとしているとも言っていた―――何故?
(離れない?何から?)
宋は焦る気持ちが抑えられなかった。
だから美羽を縛める腕にも突きつける刃物にも力が入ってしまう。
「あぅ・・・」
その強い縛めに美羽がうめき声をもらした。その小さな声はイエランの顔色を変える。
「美羽!」
飛び出そうとするイエランをカルムが押さえた。
「イエラン、焦るんじゃない。ラーシュ、彼女ごともう一人も連れて来たらいいだろう?隠す必要も無いことだし」
「確かにね。あれの利用価値はもう無くなったから用は無いしね」
カルムとラーシュだけが分かっている会話だったが、その利用価値の無くなったと言われた人物が運び込まれた。
「兄様!どうして此処に!」
美羽はこんな場所に居る筈の無い海翔を見て驚きの声を上げた。
海翔を攫ったのはラーシュだった。
イエランを支配出来なかったラーシュは直ぐに動いた。会議の議題だった黒翔国の譲渡問題に目を付けたラーシュはその渦中の人物海翔を手に入れようとしたのだ。
突然開路で現れた金の天眼の心眼攻撃に海翔は風魔鏡を自分に発動させそれを防いだのだ。それは他の攻撃も防ぐが自分も封じてしまう結果となり、自分でそれを解く事も出来ない状態となったようだ。人形のようになってしまった海翔だったがラーシュはそれならそれでと利用価値を認め連れ帰ったのだ。
隠すには最適な場所でもあるカルムの離宮へと―――
このラーシュの迅速な行動に支配された振りをして監視をしていたカルムも舌を巻いた。しかもラーシュの思惑通りに海翔の行方不明は混乱を招き、その間に法国まで手を伸ばして今に至っている。この機転の速さは恐ろしいものだった。少しでも気を抜けば全てラーシュの思い通りになっただろう。
「麗華!」
宋は麗華の姿を見つけて叫んだ。彼の元配下は従順にラーシュに従っている。人形のような海翔を運び込んだ後ろから麗華が大人しく付いて来ていた。もちろんその周りは麗華を何時でも傷付けられる男達が囲んでいる。海翔が床に放り出されるとその側に麗華は蹲るように傅いた。心を閉ざしたかのような麗華に宋の声は届いていないようだ。
「麗華・・・それは違うだろう?麗華!そいつは李影様なんかじゃない!麗華!」
風魔鏡の力で海翔の身体は発光している感じで肌も髪も白っぽく輝いていた。
李影と双子だった海翔が麗華には気を狂わせた程、求めた李影に見えているのかもしれない。
退行した記憶に李影への想いは無かった筈だ。それなのに彼女は覚えているのだろう。
以前のように触れる訳も無く、声をかけて貰うのを傅いて側で待つ・・・
宋は胸が張り裂けそうだった。死んでしまった者に負け続けている自分が情け無かった。幾らでも待つ自信はあっても現実を形で見れば挫けそうになる。
そんな心の弱まりを見逃すラーシュでは無かった。今までの焦り顔から一転して嗤っていた。
「本当に哀れな男だな?しかしこれで気が済んだだろう?女はこの通り無事だ。もちろんお前の行動一つでそれも怪しくなるけどね。どうする?」
「麗華!李影様はもう死んだんだ!麗華!もう過去を見るんじゃない!麗華、おれを見ろ!」
宋はラーシュを無視して叫んだ。そうしないと記憶の退行だけでは無くなりそうな気がしたのだ。
何処までも李影を追って行きそうな予感・・・死の予感だ。
「カルム様!彼の大事な人を助けて下さい!」
美羽は宋の腕の中で叫んだ。カルムなら麗華を脅かす男達を心眼でどうにかしてくれると思った。
「煩い!煩い女は嫌いだ。大人しくするんだ!そうしないとお前の兄も殺すよ」
ラーシュは苛々と美羽を脅した。自分の思い通りにならないから腹が立つのだろう。
「大丈夫だよ、ミウちゃん。お兄ちゃんは風魔鏡で守られているから誰も害する事は出来ないよ。だからラーシュもただ攫うぐらいしか出来なかったんだからね」
カルムが心配する美羽を安心させるように言った。
「直ぐそうやって邪魔をするんだね。でもこの男をどうする事も出来なくても他の男達もどうすることも出来ない。そうだろう?兄さん?だから何も出来ない。さあ、姫君を此方へ連れて来い」
強い力で完全に支配されたものに他から干渉する事は出来ない。だからカルムでさえもどうすることも出来ないのだ。
促された宋だったが動かなかった。
ラーシュが舌打ちをしたと同時に麗華の周りの男達が跪いていた彼女を無理矢理立たせた。
「やめろ!」
宋の叫び声と麗華の服が破ける音が重なった。
窮屈そうだった服が裂けると豊満な胸が弾むように飛び出してきた。
「自分の立場が分かっていないんだろう?この間の続きをしても良いんだよ。男達に嬲られるのを見たいかい?それとも肌が赤く血で染まる様に寸刻みに切り裂こうか?」
イエランは宋がラーシュに下るのは時間の問題だと思った。他人事では無い・・・次は自分達の番だろう。
(次はカルムの手遊びぐらいでは済まされない・・・美羽がそうされるとしたら迷わず言う事を聞くだろう・・・カルムには悪いが私の為に金の天晶眼を探したかもしれないが、美羽を失うことになるぐらいなら私はどうなろうと構わない・・・美羽さえ無事ならば・・・)
「ラーシュ、無益な事はもう止めろ!お前の勝ちだ・・・私をどうとでもするがいい」
「イエラン!」
カルムが直ぐに駄目だと言うようにイエランの腕を掴んだ。
「カルム・・・もういい。私達の負けだ。その男はお前の言う事を聞くだろう・・・そして次に美羽を使う・・・私がそれに逆らえないのは分かりきった事だ」
「イエラン、駄目!駄目です!私はそんなの望んでいない!それなら――」
美羽は必死に異を唱えたがイエランから鋭く睨まれて言葉を途切らせた。
「私に誓っただろう?美羽。約束は違えるな・・・」
美羽の途切らせた言葉はそれなら私が死にます≠セった。質となっている自分が死ねばイエランは自由に動け助かるのだ。しかしそれをするなと約束させられている。
「でも!貴方がいない場所で私は生きたく無い!私だって・・・私だって貴方と同じ気持ちです!勝手に決めないで下さい!」
「美羽・・・」
ぽたぽたと大粒の涙をこぼしながら自分の気持ちを、はっきり言う美羽にイエランは驚いてしまった。しかも自分の方が彼女より想いが強いのだと思い上がっていたことに気が付いた。
美羽も自分と同じ気持ちなのだと・・・
「大丈夫だよ、イエラン。彼女は死なせやしないよ。僕のものだからね。神託によれば彼女は天眼の王のものなんだろう?女は嫌いだが国の繁栄の為に鳥小屋で飼ってやるよ」
イエランはラーシュの言葉に我に返った。それを感じ取ったカルムは密かに微笑んだ。
(そうだよ。イエラン、諦めるのはまだ早い・・・君が死んでミウちゃんの命は助かっても彼女には苛酷な未来しか無いんだからね。早まっては駄目だ・・・)
イエランの諦めかけた朱金の瞳が一瞬で燃え上がったようだった。
「美羽を誰にも渡しはしない。彼女は私のものだ―――」
イエランの威圧にラーシュは思わず一歩後ろに引いてしまった。
「な、な何を・・・強がってもこっちに女がいるんだからな!宋、分かったなら早くその女の指でも切り落とせ!そうしないと同じようにお前の女にもするよ!」
宋は弾かれたように肩を震わせると持っていた刃物を握り替えた。
「そうだ、やるんだ。まずは両手の指・・・十本。イエラン、どこまで強がっていられるかな?」
「だ、大丈夫です。私は大丈夫・・・イエラン、卑怯者の言うことは聞かないで。私を殺す事は出来ないのだから・・・少しくらい痛くても私は大丈夫・・・」
美羽は震える声でそう言うと微笑んだ。
「美羽・・・」
イエランは美羽の想いに感動してそれ以上言葉が出なかった。怖いだろうに心配をかけまいと大丈夫だと微笑む美羽が愛おしかった。
しかし覚悟した美羽に宋の刃が止まったままだ。
麗華の為なら殺せと言われたら躊躇なくやると言っていた宋だったのだが―――
麗華の心が更に遠くなった今、宋はもう望みが無いのかもしれないと気弱になってしまった。
それならば麗華が望んだように李影のいる死の国に行かせた方が良いのかもと迷う・・・
瓦礫に埋もれる李影を追おうとする麗華に術をかけ眠らせた後、どうにか連れ出したが目覚めた彼女は李影の後を追って何度も死のうとした。それを力ずくで止め続けた結果、悲しみに押し潰された麗華は記憶が退行してしまったのだ。
(麗華・・・お前はもう・・・おれを見てはくれないのか?)
宋は迷った。ラーシュの言う事を聞いて犬に成り下がっても麗華を守れるならそれでもいいと思っていた。ラーシュの役に立つ限り麗華は安全だろう。
しかしその麗華がもう宋を見てくれないのなら・・・
この先待ち続けても希望が無いのなら・・・
解き放ってやるのも選択かもしれないと宋の心は揺れた。
その思いは当然ラーシュには筒抜けだ。麗華が宋の弱みにならないのなら立場は一気に逆転してしまうだろう。それで無くてもイエランとカルムが隙を狙って緊迫した状態だ。
その時麗華の悲鳴が響いた。その声に宋が自分の想いから我に返って彼女を見た。
宋の迷いを断ち切るようにラーシュが麗華の左腕に短剣を突き立てさせたのだ。
「麗華!」
「考えている暇は無いよ。さあ、どうする?女の死か服従か?僕の迷いは無いよ。お前が逆らえば僕の負け・・・その時はお前の女も道連れにするだけだ」
ラーシュも死か勝利のどちらかだ。だが緊迫した中で事態は一転した!
それは男達の断末魔と一緒にやってきたのだった。その声に一同が注目した目の前で無駄の無い線を描きながら短剣の刃が光っていた。
その光りの線に触れた男達が次々に倒れているのだ。それは・・・
「宋!お前、何やっているの!こんな馬鹿らしい脅しに付き合っているなんて恥ずかしいと思いなさい!脅しても脅されないって言う鉄則忘れた訳?」
宋は信じられなかった。今、目の前で悪態をつきながら自分の周りにいた男達を鮮やかな短剣さばきで倒しているのは麗華だ。彼女が腕に刺された短剣を抜き取り逆襲したのだ。
裂かれた服を恥らうことなく艶かしい上半身をさらしたまま彼女は立っていた。
高飛車な口調に挑戦的な瞳をした高慢な態度。男の欲望と征服欲を疼かせる―――以前の麗華だ!
愛を渇望していた麗華―――親の愛情を受けぬまま売られ、近付く男は全て彼女を性欲のはけ口の対象にしか見ない者達ばかりだった。彼女に愛を囁く者はそれを目的とした偽りの言葉だった。
間諜として兇殺者として偽りの自分を演じていた麗華だからこそ真実の愛に飢えていたのかもしれない。だが真実の愛を李影に求めたかった訳では無い。もちろんそうなれば良いと思った事もあっただろう。しかし李影は麗華をそういう対象には見なかった。
それが逆に彼女にとって心休まるものだったようだ。潔癖な穢れ無き主―――
男に汚れた自分が嫌悪されたとしても麗華は気にしないようにしていた。李影の周りで世話をすることを許されていたのは男を知らない乙女だけ。それはそれで李影を尊く感じ、彼に目をかけてもらうだけで麗華は自分がまるで浄化されている感じさえしていた。しかしその潔癖な主が美羽だけ特別だったのだ。麗華はそれを見た時から自分の中にあった李影への想いが崩れるようだった。
そして李影の死―――
心の支えのようなものを失った麗華は記憶を退行させて悲しい現実から逃れていた。心を硬く閉ざしていたようなものだ。しかし宋の愛情に触れそれが次第に軟化し始めていたのかもしれない。
麗華が望んでも手に入らなかった愛される喜び・・・
麗華のその微妙な時期に人質として此処に連れて来られ、李影とそっくりな海翔を見た時、何かを思い出しそうになった。そしていきなり刺された刃の傷みで一気に覚醒したようだった。心が退行していてもその時の記憶はそのままだ。
「―――麗華なのか?本当に?」
宋は信じられず喉から絞り出すような声で聞いた。
「宋!何呆けているの!天眼の王が狙っているわよ!」
宋が動揺した隙をイエランが窺っていたようだ。しかし彼女の一言で美羽を奪い返す隙を見出せない状態となってしまった。宋を脅していた対象が牙を剥いた今、均衡が崩れた。