天眼の王15


 宋を脅迫していたラーシュはこの時点で負けた。
しかしイエランが勝利した訳では無い。全ての鍵を握る美羽は未だ宋の腕の中だ。
麗華がその二人に近付いて来た。手には何人もの男達を殺した短剣が握られている。
美羽が危険なことに変わりは無くイエランは動けなかった。
ラーシュは己の野望が崩れ愕然とした隙にカルムが天眼を開き、取りあえず勝手に動けないようにだけの拘束を施した。

近付く麗華を美羽は綺麗だと思った。彼女を初めて見た時は只、怖くて仕方が無かった。綺麗な顔は焦りと憤りに歪んでいたからだ。そして法国で再び出会った時、イエランを探していた美羽を助けてくれて・・・何故か悲しげだった。だが今の彼女は本当に綺麗だ。自信に満ち溢れ内側から輝いている。

宋も正気に戻った麗華・・・というよりも以前とは何処か違う彼女に気が付いた。そしてその麗華に心が騒ぐようだった。

「こんにちは。また会ったわね?お互い凄い格好ね」
麗華は美羽にそう話しかけた。二人共衣服は裂かれ胸のふくらみは半分外気にさらしている状態だ。
美羽はその言葉で自分の姿を思い出して、かっと顔を赤く染めた。

「・・・まるで生娘のようね・・・李影様もそれで惑わした?天眼の王も・・・そしてあの男も」
麗華の艶のある声を低めると瞳を細めた。
危険を察知したイエランが動こうとしたがカルムに止められてしまった。
イエランはそれでも引き止めたカルムの手を剥ぎ取ろうとしたがカルムがそっと囁いた。

「大丈夫だ。複雑な心だが危険は感じない。でも完全に間合いに入っているから刺激しない方がいい」
麗華の心が見えているカルムはそう判断したようだ。
一歩踏み出していたイエランは麗華の血塗れた刃を見て歯軋りをしながら踏み止まった。

その彼らが見守る中、麗華の話しは続いていた。

「似ているからと言って李影様とあの男を間違えるなんて馬鹿な真似したものだわ。李影様の仇なのに―――」
イエランは、はっとした。
法国の影の支配者だった李影の配下だった彼らにとって復讐するなら今だろう。
それに彼女が言うあの男とは海翔のことだ。この女の言う通り海翔が李影を裏切らなければ天眼国の軍勢の強襲も無く、李影が命を落とすことも無かったかもしれなかった。

「でも・・・そうしてしまったのは全てお前の為。お前を守る為、そして手に入れたい為・・・何もかもお前の為に李影様を裏切った。実の兄弟を・・・違う?」
麗華の復讐の相手が海翔では無く美羽に矛先が向いてきた。

「違う!美羽は悪くない!あれは私との取引に応じただけだ!」
カルムから大丈夫だと言われてもイエランはそう思えず声を上げた。
麗華は美羽を庇うイエランを、ちらりと見て問いかけた。

「―――さしずめ黒翔国を返すとか?」
「その通りだ。これは天眼の王と黒翔の王となる者との間で交わされた取引であって彼女は関係ない」
「・・・・・やっぱりとても愛されているのね。誰もが欲しがる常春の楽園を手放しても構わない程に・・・」
「違う!私が助かる為だ!彼女の為じゃない!」
麗華が鮮やかに笑った。

「そんな嘘、子供でも信じないわ。彼女の為で無いのなら王自ら単身で敵地に赴かないでしょう?それに最強の天眼の王が簡単に獄に繋がれる訳ないわ。全部この女の為――認めたら?」
イエランはそれを認める訳にはいかなかった。認めれば復讐の対象が美羽になってしまう。復讐の相手を選別しているかのような今の状況でそれだけは避けたかった。
しかし美羽は自分の為にイエランがまた窮地に陥るのを只見ている事など出来なかった。

「いいえ!私が悪いのです!私のせいで兄を追い詰め全ての歯車が狂い始めてしまった・・・私が・・・私が全部悪いのです。だから・・・だから!」
卑怯な手で黒翔の王となった高暁の魔の手から美羽を守ろうとした海翔が毒を盛り、彼の男としての機能を奪った。そのことにより高暁の性的な嗜虐性が増し、美羽も苦しんだが天眼の女達を攫って来ては散々慰み者にした。その結果、怒った天眼国に逆襲されたのだ。
麗華の言う通り全ての発端は美羽にあった。

「違う!美羽、黙っていろ!女、主の仇は私だ!彼女は関係ない!」
「・・・本当に羨ましいわね・・・」
「え?」
美羽は麗華の聞き取れなかった呟きは以前も聞いたことがあった。彼女はその時と同じような顔をしている。少し泣きそうで悲しい顔だ。でも直ぐに静かに・・・穏やかに微笑んだのだった。

「戦いを挑めば勝者か敗者のどちらかにしかならない。李影様はその戦いに負けた・・・もっと早く神の扉の鍵がお前だと分かっていれば天眼の王と出会う前に難なく奪えた。高暁の馬鹿な遊びを李影様がもっと強く止めていれば天眼国は今まで通り沈黙して二人は出会う事は無かった・・・天眼の王とお前が出会ってしまったばかりに・・・こうだったら、ああだったらと考えて、終わってしまったことをどうこう言っても仕方が無いのにそう思ってしまう・・・」
「美羽は違う!彼女は鍵では無い!勝手に間違ったのは奴の方だ!天眼には法国と対になる神代から伝わる碑文がある。それは彼女を示すものでは無い!美羽のような白い翼の持ち主と天眼の王との間に生まれる白き翼を持つ子がその鍵となる者だ。私と美羽との間の子がそうなる確率は低いのは分かるだろう?異種族同士の場合、種族の印は男側になるのだから双子なら分かるがそれでも種が分かれるのは極稀だ。だから今後現れるかもしれない白い翼を持つ男と、女の天眼の王という組み合わせが最も有効だろう。いずれにしてもその鍵とやらは今は存在していなかったのだ!」
麗華は初めて聞いた真実に一瞬驚いた顔をしたが次第に笑い出した。

「くっくく・・・あははは・・間違えだった?くくっ・・・李影様があんなに夢描かれていたのに全部本当に夢だったなんて・・・お可哀想な方。非が此方にあるとしても・・・あの方が崩された扉に絶望して自ら助かる道を選ばなかったとしても・・・お前達があの方を殺したのに変わりは無いわ。私はそれを許さないし、忘れはしない――」
麗華の強い意志が伝わる言葉が途切れた時、緊張が走った。
彼女にとって復讐を果たすには絶好の機会だ。手の内にあるイエラン最愛の美羽を殺せば良いだけだ。
だが切り札の美羽を殺せば麗華達も只では済まないだろう。
待っているのは当然―――死だ!

麗華は宋を、ちらりと見た。法国から勝手に連れ出された挙句、李影を追って死にたいのにそれを腕づくで止められ良い迷惑だった。しかも記憶が後退したのを良い事に勝手なことばかりされていた。
麗華の心にままごと遊びのような小さな家での生活が過ぎった―――
相変わらず調子だけ良い男との暮らしは楽しかったと思う。
何も分からないのを良い事に勝手に身体を弄くって自分の好きな様に色々淫らな事を教え込まれたのは腹立つものだったが・・・あの時は嫌では無かった。
宋は時折、愛を囁き・・・悲しい顔をしていた。それが今なら何故だったのか分かる。どんなに尽くしても愛を囁いても麗華の心に届かなかったから嘆いていたのだろう。

(私が死ぬのは構わない・・・しかし・・・)
麗華はそう思いながら本当にそう思っているのだろうか?と疑問に感じた。

(宋・・・)
宋を道連れにはしたくない気持ちが湧きあがる。それと同時に自分も死にたく無いという思いが、ふと過ぎった。
その時、沈黙していたカルムが口を開いた。

「取引をしよう。彼女を無事に此方へ帰してくれるなら君達に今後一切、我々は干渉しないと約束する」
「そんな交渉が成立すると思っている訳?こちらが有利なのに私達に益の無い条件を呑むと思うの?」
麗華は嘲るように言い返したがカルムは、ふっ、と微笑んだ。

「思うね」
「・・・・・これだから心眼を持つものは嫌い。勝手に覗き見して嫌らしい」
「嫌われるのは慣れているからね。それで?」
「私は疑り深いのよ。当然でしょう?」
「まあ・・・そうだろうね。ではこうしようか?真言呪で誓おう。だから約束を違えた時の条件は好きにしたらいい」
「カルム!」
イエランは二人の駆け引きを黙って聞いていたがこれには異を唱えた。心眼を使う者が言葉に念を乗せて暗示をかける真言呪。力が強ければ強い程、その暗示の強制力は強くなるのは当然だ。それで誓うと言うのは自分自身にそれをかけると言うことになる。

「天眼の王は反対みたいね?やはり嘘なのかしら?」
「ごめんね。弟は心配性なだけだよ。それで条件は約束を破ったら私が自分で命を絶つ、でどうだろう?」
「そうね・・・でももう一つ。このお姫様を殺す、と言うのも付け加えて貰おうかしら」
麗華が持っている短剣をクルクル回しながら愉快そうに言った。
「了解。その条件で行こう」
「カルム!お前!」
勝手に美羽の命さえも条件に入れたカルムにイエランは掴みかかった。

「イエラン、約束を守れば何でもないことだよ。怒らない、怒らない」
カルムは全く気にしていない様子だった。麗華の定まった心を読んでいるから余裕なのだが、相手が自分達を信用して貰わなければ事態は進まない。

「麗華?いいのか?」
宋は正気に戻った麗華の言動に驚いてばかりだ。李影の死を乗り越えたかに見えるのは復讐する相手が目の前に揃っているからだと思っていた。彼女がそう望むなら共に果てても良いだろうと考えていた・・・それが変な方向に向っている。麗華はまたそんな宋を、ちらりと見たが直ぐに視線を戻してカルムの真言呪の誓いを聞いていた。そしてそれが終ると完全に宋に向き直った。

「さあ、宋、さっさと帰るわよ」
「帰るって?何処に?」
「お前が今度は記憶無くなった訳?あの家に決まっているでしょう!私は心配なのよ。蜂蜜の蓋をしっかり閉めたかどうか・・・蟻に集られたら頭にくるわ!」
「麗華・・・」
宋は信じられなかった。正気の彼女が一緒にあの家に帰ると言うのだ。夢を見ているとしか思えなかった。心眼を操る王兄が見せる幻かと・・・宋の両手がだらりと下がった。美羽がようやく開放された。

「美羽!」
イエランが声を上げると同時に素早く駆け寄り美羽を引き寄せた。

「美羽、大丈夫か?美羽・・美羽」
私は大丈夫だと美羽は言いたかったが強く抱きしめられて声が出ない。

「イエラン、そんなに強く抱いたらミウちゃん窒息死するよ」
カルムのその声さえも耳には入って無いようだ。カルムは溜息をつくとまだ呆然としている宋に向って言った。

「やれやれ。君達にはお詫びをしないといけないね。一族のゴタゴタに巻き込んでしまって申し訳なかった。そして協力感謝するよ。ありがとう」
「確かにいい迷惑だったけれど、その言葉後悔しないようにね。私は李影様を殺したお前達を許した訳でも復讐を諦めた訳でも無いのよ。今は好条件じゃない?私達に干渉しないって誓ったばかりなんだから此方から狙い放題だわ。馬鹿ね」
麗華の言う通りだ。イエラン達から麗華に危害を加えることが出来ない。優秀な兇殺者達を野放しにするようなものだ。しかしカルムは気にしていない様子だ。

「どうぞ、ご自由に」
「―――本当に心眼は嫌らしいわね。宋!何、ぼうっとしているのよ!行くわよ!」
宋は麗華に引っ張られてようやく我に返った。そして、さっさと先に歩く彼女の後を追いかけた。
その後ろ姿を見送り終わったカルムが振り返ると肩をすくませてぼやいた。

「あのね、イエラン。まだまだ問題は山積なんだけど・・・」
イエランと美羽の熱烈な口づけが続いていたのだ。風魔鏡が発動したままの海翔に今の所押さえ込んでいるラーシュにそれぞれ視線を巡らせる。そして麗華が築いた死体の山―――

「う〜ん。遠見しているつもりじゃないけど天眼開いていると、やっぱり見たくないものまで見えるなぁ・・・眼の保養はミウちゃんだけどね」
イエランの動きが急に止まった。そして美羽との口づけを解くとカルムを、ぎろりと睨
んだ。そして美羽を自分のマントの中に隠してしまった。
「なんだ?聞こえていたんだ。それなら返事してくれないかなぁ〜それに隠したって視えるんだけどね」
「天眼を閉じろ!」
「はい、はい。でも金の天晶眼の件を片付けてからだよ」
イエランは、むっとした顔をしたが、自分のマントを肩から外すと美羽に巻きつけさせた。天眼を開くカルムの前では布一枚など無意味だが気分的に無いより良い。

「美羽、もう暫くこのまま待て。直ぐに終るから」
「はい・・・あの・・兄様は大丈夫でしょうか?」
海翔の安否を早速心配する美羽を見るのはイエランにとって面白く無い。その様子をカルムは愉快そうに眺めていたがイエランの代わりに答えてやった。

「ミウちゃんは風魔鏡が使えるでしょう?」
「え?私が?ですか?」
「そうだよ。黒翔の王族だから使える筈だからね。だから大丈夫。でもそれは後でね。今は他国には極秘の神の遺産の件に取り込み中だからね」
カルムはいつもの口調で軽く言った後、顔を引き締めた。
そして彫像のように立っているラーシュを見たその時だった。急に部屋の中がグニャリと歪んだかのように見えた。そして目の前に天眼で異空間を繋ぐ開路のような空間が生じたのだ。
そしてその空間の先に見えたのはカルムでさえも初めて見るもの・・・
イエラン以外当然見ることの無いもの・・・
天晶眼の扉の内側・・・神の遺産である天晶眼の樹がある場所だった。そして驚く間も無くその向こう側から天晶眼の樹の枝が無数に伸び、イエランに巻きつき引き込んだのだ。
それは一瞬の出来事だった―――



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