天眼の王16![]()
![]()
「きゃぁぁ―――っ!イエラン!」
美羽の悲鳴が響いた時にはイエランを引き摺り込んだ空間は直ぐに閉じ、まるで何事も無かったかのような部屋に戻っていた―――
「・・・あれは天晶眼の樹か?そんな馬鹿な・・・もう時間切れだったのか?」
「カルム様!あれは何ですか?イエランは何処に連れ去られたのですか?カルム様!」
呆然とするカルムを美羽は揺さぶった。
「カルム様!あれが先程言われていたものですか?天眼の王を贄として欲するとか言われていたあの話ですか?」
「私は間に合わなかったのか?――」
「カルム様!探されていた金の天晶眼は何処にあるのですか!まだ間に合うのでしょう?間に合いますよね?」
(間に合う?まだ?)
カルムは、はっと我に返った。
「そうだ!諦めるのはまだ早い!」
カルムは床に転がる天晶眼を拾い上げた。イエランが引き込まれる時に落としたのだろう。
それを、ぐっと握りしめるとラーシュに向かい合った。
「金の天晶眼は樹から離された時からその場所へ帰りたかった・・・だから贈られたラーシュの母の心に働きかけたのだろう。王となって樹のもとへ≠ニ言う暗示。天眼の王にしか入れない場所に帰るには持ち主が王になって貰わなくてはならない。しかし彼女が王となるのは天地が逆さになっても無理だった。でもラーシュには可能性があった。母親は金の天晶眼に導かれるままラーシュにそれを託し始めたのだろう・・・だからラーシュも知らない間に支配されていたようなものだったと思う・・・」
「カルム様、それでその金の天晶眼は今どこに?」
「此処・・・」
カルムの指差した場所はラーシュの天眼だった。
「どうやって此処に融合したのか分からない・・・しかしラーシュの金眼の中に隠れていた。だから探しても見付からなかった筈・・・金の天眼・・・しかも心眼に守られていたのだから容易に気配を感じることが出来なかった」
「天眼の中に・・・あっ、ま、まさか天眼をくり貫くのですか?」
美羽が眉を寄せて言った。カルムの口調がいつもと違って冷たい・・・天眼族の誇りでもあり致命傷ともなる眼を取ればどうなるのか・・・種族の違う美羽でさえも想像出来た。
「ラーシュにあんなことされたのに命請い?」
「そ、そんな言い方、カルム様らしくありません。だって血の繋がった弟さんでしょう?兄弟なのに駄目です!カルム様はお優しいから絶対に後悔すると思います。それに金の天晶眼に操られていたとか言われたでしょう?それなら尚更です!」
「ミウちゃん・・・君は・・・」
口調と同じく冷ややかな表情をしていたカルムだったが美羽の言葉に、ふっと顔を和ませた。
二人の弟のどちらかを見捨てなければならないとしたらそれはラーシュだと直ぐに決めた。
天眼国の王はイエランしか考えられない。しかし心の奥底ではまたラーシュを見捨てるのか?と責める声もしていた。守れなかった弟ラーシュ―――
いつも心の隅で燻っていた想い―――
カルムは天眼でラーシュの天眼を視た。無防備になってしまった状態の今ならその二重になった金眼が良く視える。しかも金の天晶眼はまるで意思を持っているかのようだった。
意思が本当にあるのなら心眼で語りかけることが出来るかもしれない・・・
カルムは駄目で元々だろうと開き直り、その金の天晶眼への干渉を試みることにした。
「ありがとう、ミウちゃん。諦めずにやってみよう」
カルムはそう言うと全開の力を天晶眼に乗せラーシュの天眼に向けた。見えない無数の糸で結び付いていたような金の天晶眼とラーシュの金眼をカルムが一本、一本、解くようなものだった。
それはカルム自身の神経さえも擦り切ってしまうかのような精神力を酷使するものだ。
その膨大な力の放出にカルムの手の中にあった天晶眼が砕け散ってしまった。
そしてそれと同時にカルムが、がくりと崩れ床に膝をついた。
「カルム様!」
美羽が悲鳴を呑み込みカルムの名を呼んだ。カルムはまるで全力疾走でもしたかのように肩で息をしていた。美しく整った顔は苦痛で歪み真っ青だった。
「カルム様!大丈夫ですか?」
「ああ、何とかね・・・それにどうにか出来たようだ」
美羽はカルムが見つめる先を一緒に見た。ラーシュの額に開く金の天眼はそのままだがそこからまるで涙がこぼれるかのように同じ色の天晶眼が、ぽろりと落ちて来たのだ。きらきら輝く瞳のような天晶眼が床に落ちて美羽の足元に転がった。
「ミウちゃん、それを拾って。私が持つと余計な力を使ってしまうから持っていて。さあ、急ごう。イエランが贄になってしまう前に・・・」
美羽は金色に輝く天晶眼を見つめ、これでイエランが助かると安心したがカルムの顔は厳しいままだった。少しも安堵した様子が無いのだ。
美羽がその訳を知ったのは二人が天晶眼の間に到着してからだった。
神の遺産への扉は天眼の王にだけ開かれる―――
無理に開いても王以外は拒絶され、侵入者には死が与えられると云うものだった。
カルムは無駄と思いつつ扉を押したがやはり全く動かなかった。開いたとしてもイエランを助け出すまで自分の命が持つかどうか・・・
「カルム様、どうしたのですか?まさか・・・開かないのですか?」
美羽は未知なる扉とカルムを交互に見て言った。
その扉は周りの壁と同じく透明な氷か水晶のように見えるが内側は全く見えない。美羽はこの不思議な部屋に初めて入るのに初めてのような気がしなかった。今思えば法国のあの部屋も初めて見た気がしなかった。そんな事を思いながら無意識にカルムの横からその扉に手をそっと伸ばした。
ヒヤリとした感触が手のひらに感じたと同時にその扉が音も無く開いた―――
「まさか・・・嘘だろう?」
カルムの藍色の瞳にはその様子が映っていても見えてはいない。美羽が触れただけで難なく開き始めた扉を天眼で見ていた。カルムは破壊力の強い者達を集めてこの扉を壊そうと思っていた・・・有り得ない事に見えない瞳を大きく見開き声を無くした・・・
すっと開いた扉の中は霧の中のように真っ白だった。そこへ導かれるように足を踏み入れようとした美羽だったが我に返ったカルムに腕を引かれ止められた。
「駄目だ、ミウちゃん!中には王しか入れない。他の者が入れば死んでしまう仕掛けがしてある」
「でも行かないとイエランが!」
カルムの手を振り解こうとした美羽が振向いた。
「分かっている。でも君は行かせられない・・・私が行く。金の天晶眼を私に」
美羽は首を振りながら手に持っていた天晶眼を握り締めた。
「だ、駄目です!中に入ったら死ぬのでしょう?カルム様が死んでしまう!」
「私のことはいい。だが君は死なせられない。さあ、それを私に」
「嫌です!」
「渡すんだ!ミウ!」
美羽は初めてカルムを怖いと感じた。彼の冷たく刺すようなものが美羽の意識を支配しようと無理矢理押し入って来たのだ。もちろんそれは心眼を使ったものだろう。真言呪より強力なそれに美羽は抗う術は無い。しかしカルムに死んで欲しく無いのだ。
(だめ――っ!誰か助けて―――っ)
その時だった。
美羽達が入って来た入り口の扉が大きな音をたてて開き、目も開けられない強風が天晶眼の間でうねった。そして急にそれが納まるとそこには風魔鏡を発動させたままの海翔が横たわっていたのだ。
「兄様?」
「・・・君が風魔鏡を呼んだのか?」
「私が?・・・そうかも・・・」
美羽は心の中で助けを呼んだ時、何かが応えくれたのを感じた。それが黒翔の神の遺産風魔鏡だったのだろうか?
「・・・ミウちゃん、この風魔鏡の術を解いてみて。風魔鏡はあらゆる力を相殺する力があると言われている。もしかしたらこの部屋にも有効かもしれない・・・」
カルムの少し元に戻った様子に美羽は、ほっとした。しかし・・・
「でも、私・・・使い方を知りません。黒翔に居た頃は触ったことも見た事も無かったので・・・」
美羽は役に立たない自分が情け無かった。異端の姫と言われた日々を思い出す・・・しかし気弱になっている場合ではないのだ。美羽は、きゅっと唇を噛み締め俯きかけた顔を上げると心で強く念じた。
(風魔鏡!私を助けて!)
使い方など知らない。でも・・・海翔の守護を止めてと願った。すると美羽の望んだ通りに海翔から発動していた力が消えた・・・白く輝いていた光りが消え海翔が目覚めたのだ。
「兄様!」
「美羽?ここは・・・僕は何をして・・・」
海翔の意識は混乱しているようだった。しかしカルムの金の天眼を見た瞬間、ラーシュを思い出した。
「そうだ!金の天眼の奴に襲われて!」
「兄様、そのことは後で説明するから今はイエランを助けて!」
「天眼の王?」
美羽の様子からすると彼女が風魔鏡を自在に使うのは難しいだろうとカルムは思った。そうなれば海翔に協力を仰がなければならない。弱みを見せたくないが今はそうするしか無いだろうと思った。
「私は王兄カルムと申します。カイト殿、説明する暇が無くて申し訳無いが協力願いたい。あらゆるものを弾くと云う風魔鏡であの先の空間に防御璧を張って頂きたいのです」
「兄様、お願い!」
「美羽・・・」
美羽は海翔にすがって懇願した。海翔は何が何だか全く分からないがとにかく緊急を要することだということだけは分かった。二人の様子からするとイエランの生死に関わるのだろう。何から身を守りたいのかも分からないが風魔鏡なら海翔をラーシュの心眼から守ったようにどんなものにもその力を発揮するに違いない。
「―――無条件でそうしろと?」
海翔がまた美羽の知らなかった顔をしていた。
前に兄妹じゃないと言って唇を奪われたあの時と同じ顔だ。
「兄様・・・」
カルムは風魔鏡を持っている海翔の真意は読めなかった。
「カイト殿、我々は貴方と黒翔国にはそれなりに便宜を図ったと思いますが?」
「負けた国が偉そうに条件を言うのかと思っているのだろう?私が法国で協力しなければ天眼の王は今では無く、あの時既に命は消えていた。その時の協力条件が黒翔国の返還・・・そして美羽を手放すだった・・・美羽は自分の意思で付いて行ったのだから其方に非は無いとしても・・・今回は何を条件に出す?」
「―――何をお望みで?」
カルムは焦る気持ちを抑えて冷静に返した。
「望み?それは前回言っている。そうでしょう?カルム殿?」
海翔とカルムが無言で見合った。
前回の望みとは?美羽は、はっと思い出した。カルムが言っていた海翔が美羽を欲しがると言う仮定・・・
「私・・・私なの?兄様?」
「駄目だ!ミウちゃん!」
カルムは美羽を庇うように引き寄せた。
それを面白くなさそうに見た海翔は懐から何かを取り出した。それは両手の平ぐらいの大きさで鏡のように姿を映し出すものでは無く硝子細工のような円盤だ。平らな面自体が輝いているだけで透過して見えない―――黒翔国に伝わる神の遺産、風魔鏡だ。
「美羽、私はあれからずっと後悔していた。何故あの時、無理矢理にでも連れて帰らなかったのかと・・・でも君の気持ちを思えばそれが出来なかった・・・」
「兄様・・・私は・・・」
「君を諦めないといけないと思っている。しかし想いは日増しに募って苦しい・・・美羽、一緒に黒翔に帰ろうとは言わない。でも、一度だけ・・・一度だけ君を抱かせて欲しい・・・抱くと言う意味は分かるだろう?兄妹では無く、男と女としてだ。そうすれば君を諦める」
「一度だろうともそんな条件は呑めない!」
「カルム様、待って下さい!」
「ミウちゃん、イエランが聞いたら絶対に承知しない!こんなのは駄目だ!カイト殿、彼女以外の条件を願いたい!」
「まるで天眼国さえも差し出しても良いような勢いだ・・・」
イエランならそうするだろう。しかしカルムはそれを決める権限は無い。国を守り美羽以外の条件で折り合わなければならないのだ。
「兄様・・・本当に一度だけですか?」
「駄目だ!ミウちゃん!一度だろうが二度だろうがイエランは許さない!そんな条件を聞いたら駄目だ!」
一度で済む訳が無いとカルムは思った。それで想いを断ち切るどころかそれを増長する結果となるだろう。そして美羽を一度でも汚された事をイエランが許す筈も無い。そうなれば本当に懸念していた国同士の戦争となる。今度は奇襲で被害を最小限に留めたようにはいかないだろう。
しかし美羽はイエランのことしか頭に無かった。それにカルムが犠牲となるのも嫌だった。
今はとにかく自分が出来るものならどんなことでもしたかった。
それが例え兄と慕って来たものに身を委ねるとしても・・・
イエランにそれで嫌われたとしても・・・
「兄様、お願いします。協力して下さい」
「駄目だ!ミウちゃん!」
「―――美羽、君は本当に素直で可愛い・・・おいで」
海翔がそう言いながら美羽の腕を掴んだが、カルムが彼女を引き寄せたまま譲らなかった。
「カルム様、イエランには黙っていて下さい・・・」
「私が黙っていても隠し通すことなんて君には無理だ!イエランが知ったら・・・」
「怒るでしょうね・・・許してくれないかもしれない・・・でもいいです」
曇りの無いイエランを想う純粋な心に・・・カルムを気遣う優しい心にカルムは抗えなかった。
美羽を掴んでいた手が下り海翔に引き寄せられて行くのを只見ているしかなかった。
「美羽・・・」
海翔が美羽の名を呟やくと顔を近づけて来た。口づけも覚悟していたが海翔の唇は美羽の、きゅっと結んだ唇を通り過ぎ頬に触れただけだった。イエランとは違う温かな唇が慈しむように触れただけ・・・
(兄様?)
「とにかくあの扉に向こうに風魔鏡を発動させれば良いのでしょう?」
海翔はそう言いながら美羽から手を離し風魔鏡の面を霧の中に向けて発動させた。風魔鏡が一瞬七色に輝きその光りが霧を払うかのように広がった。そして見る間に白い靄が消え扉の中が見え始めた。
異様に伸びた天晶眼の樹の枝が部屋中を覆いまるで樹海のようになっていた。
初めからこういうものなのか?それとも異常なものなのか?中に入ったことの無いカルムには分からない。それでも尋常ではない雰囲気を肌で感じた。
「あっ、あそこに!」
美羽が指差した先に枝が巻きついたままの状態のイエランが高い天井に縫い止められていた。しかし金の天眼を開き身体に巻きつく枝を引き千切っているようだった。それでも後から後から絶え間なく枝は伸び彼を取り込もうと巻き付いている。
「イエラ――ン」
「美羽?」
イエランは枝と枝の隙間から美羽が駆け寄って来るのが見えた。ここは王以外に死をもたらす場所だ。
「美羽、来るな!来るんじゃない!」
イエランは顔にへばり付く枝を弾きながら叫んだ。
駆け寄る美羽の他にカルムも居たその向こうには海翔が光る何かを持って立っている。枝の勢いが少し弱まりかけその場はギリギリと軋むような不快な音が響いていた。神の遺産の力がぶつかりあっているのだ。その相殺された道を美羽とカルムが進んでいた。
美羽はその不快音の他に悲鳴のようなものを感じていた。
(声?何?)
それはイエランが枝を引き千切る度に聞こえる感じがした。しかしそれを確かめるよりもイエランを助けるのが先だ。しかしこの金の天晶眼をどうしたらいいのか分からない。
(あっ、また悲鳴・・・)
「止めて!イエラン!この子達を傷付けないで!」
美羽は堪りかねて叫んでしまった。イエランを襲っている樹なのに思わず庇ってしまったのだ。
美羽は背翼を広げた。真っ白な大きな翼がふわりと広がり羽ばたき始めた。イエランの側に行こうとしているのだ。
「美羽、駄目だ!上まで防御出来ていないんだ!」
海翔が叫んだ!
だが美羽は金の天晶眼を掲げて舞い上がっていた。