天眼の王17


「美羽!」「ミウちゃん!」
二人の声が下から聞こえたが美羽はもうイエランしか見ていなかった。

「美羽、駄目だ!来るな!」
イエランも叫んだが美羽は羽ばたきを止めなかった。
侵入者を感知した枝が美羽に向って伸びて来た。鋭く尖った枝が彼女に突き刺さるかと思った瞬間、ピタリと止まった。
王以外の侵入を拒む神の遺産が美羽には作用しないのか?

「あなたの金の天晶眼はここにあります。だからお願い!私のイエランを返して!」
枝は美羽の周りを窺うように動いている。そして彼女にそっと触れたり離れたりを繰り返し、金の天晶眼にも触れて来た。

「ごめんなさい・・・寂しかったでしょう。この子も此処に戻りたかったのよ。勝手に持って行ってごめんなさい。もう二度と離れ離れしないから許して」
美羽はまるで意思のある者に話しかけるように言った。

樹に生っている天晶眼が不思議な色を放ち音が鳴り始めた。美羽には何か歌っているように聞こえる。不思議な音律と何故か懐かしい言葉・・・美羽はいつの間にか声に出して歌っ
ていた。
「ミウちゃん?それは神語・・・古代語。彼女は話せるのか?」
「嫌、美羽はそんな言葉は知らない筈・・・」
しかし美羽は難解な古代語を正確に発音しているようだった。多分、正確だと思うだけだが・・・失われた言葉や文字を解読出来ても発音となれば難しかった。
法国で仕掛けを発動させていた呪文のような単純なものばかりでは無いのだ。

その美羽の歌声に従って狂ったように伸びていた枝が収縮し一本の樹に戻り始めた。それと同時にイエランに絡み付いていた枝も、するすると解けだした。その枝の一つが美羽の待つ金の天晶眼に絡んで取ると歓喜のような音が響き、樹全体が光り輝いた。そしてイエランに絡んでいた最後の枝が解けた。

「イエラン!」
「美羽!」
落下するイエランに美羽が手を差し伸べた。大の男と一緒に飛べる程、美羽の翼は強く無い。
イエランの落ちる速度を遅くするぐらいだ。それでも二人は構わず抱き合った。
美羽の両翼が羽ばたき、ゆっくりと二人は抱きあったまま落下して行った。
美羽の真っ白な羽が舞いそれが天晶眼の輝きに浮び上がった様は美しく幻想的で、まるで神代が復活したかのような光景だ。神々に愛された白き翼を持った者達が住んでいた世界―――

(美羽・・・)
海翔は眩しいものを見るかのように美羽を見た。異端と言われ続けた妹・・・それを哀れと思ったことは無かった。むしろそう呼ばれるのを歓迎していた・・・彼女が忌み嫌われれば嫌われるだけ嬉しかった。
そして海翔は自分だけを頼らせるように仕向けたと言ってもいいだろう。美羽を自分だけのものにしたかったのだ。しかし今その美羽がすがっているのは自分では無いのだ。

(美羽・・・これで本当に最後だ・・・)
「カルム殿、もう風魔鏡を止めても宜しいかな?」
「ええ・・・我々が外に出れば必要は無いかと・・・彼女に危害は及ばない様ですし・・・」
カルムはこの不思議な出来事を消化出来ずにいた。何故、美羽が扉を開く事が出来たのか?
何故、美羽に死が与えられなかったのか?
イエランもそうだがカルムも神代の伝承など信じていなかった。
白き両翼の天の使い―――美羽が本当にそうなのか?

(天の使いとは・・・神の使い?)
その仮定が真実ならば納得出来るものだ。神の遺産は神々の所有していたものであり、神の使いならそれを使う権利があると言うものだろう。

カルムが色々と考えを巡らせている間に美羽が大きく羽ばたき、二人共足から下へと無事に降り立った。しかしイエランは両足を地に着けても立つ事が出来ず意識も朦朧としているようだ。

「カルム様!イエランが!」
美羽はイエランを必死に支えながら助けを呼んだ。駆け寄ったカルムはぐったりとしているイエランを美羽の反対側から支えた。

「ミウちゃん、大丈夫だよ。少し力を使い過ぎたうえに天眼の力も随分吸い取られていたからだろう。安静にしていれば時機に回復するよ」
「本当ですか?本当に大丈夫ですか?」
青ざめているイエランが段々と冷たく重くなっているようで美羽は心配で堪らなかった。

「心配しなくても大丈夫、大丈夫。イエランは頑丈だから明日には目を覚ます・・・」
カルムは明日と言った後、黙ってしまった。美羽の心が明日という言葉に揺れたからだ。イエランが目覚めるまでの時間―――それは海翔との約束を果たすには都合が良いものだ。

「カルム様・・・イエランを宜しくお願いします。私は少し・・・用事がありますから・・・」
イエランは気を失っているから美羽の声は聞こえないだろう。それでも美羽は誤魔化すように用事があると言った。そしてイエランを支えていた両腕を、そっと離した。

カルムは一瞬迷った―――美羽が嘆いたとしても海翔をこの場で殺すかどうか?今これをどうにか回避しても海翔が美羽を諦めない限り先々必ず出て来る問題だ。美羽の嘆きや国の体面よりも卑怯者と謗られてもイエランのことを思えばこの場で海翔を殺すのが一番だろう。
カルムの非情な顔が出かかった時、美羽が微笑んだ。

「カルム様、本当にごめんなさい・・・」
「謝らなくていい・・・私は・・・」
イエランが直接海翔に手を下せば美羽との間に溝が出来るだろう。しかし自分なら美羽に恨まれようと嫌われようと関係無いとカルムは思った。

「僕を殺す?」
カルムの様子を窺っていた海翔が平然と言った。心眼の持ち主では無くとも考えられる選択肢だろう。

「条件を呑んだふりをして協力させ用が済めば殺して終わり・・・と言う感じ?」
「違うわ!兄様!私はちゃんと約束は守るわ!」
「可愛い美羽・・・君は良い子だね。カルム殿、美羽を差し出すだけで全て丸く収まるのに僕を殺して事を荒立てることは無いでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「カルム様、本当にごめんなさい。駄目だとも良いとも言えないと分かっているのに・・・見て見ぬふりをお願いして・・・」
カルムはまた彼女の清らかな心に負けた・・・

「・・・本当に視力と共に天眼の力も無くなっていたらどんなに良かったかと思う・・・見え過ぎる眼はいらない・・・イエランが目覚める前までに戻っておいで・・・君がいないと不審がるだろうから・・・」
美羽は頷くと海翔と共に立ち去った。
青ざめていても安堵したように眠るイエランをカルムは見た。このまま騙し通せるか自信が無かった。しかしそうしなければ平和な世は終りを告げるだろう。

(ミウちゃん、君は間違っているよ・・・)
 
 そう・・・美羽は選択を間違えた。
一枚ずつ衣服を脱ぎながら近付いて来るのは兄の顔をした知らない男だ。
覚悟していたのにも関わらず美羽は後ずさりしていた。そして壁際に追い詰められた美羽は纏っていたイエランのマントの端を掴まれた。ぐいっと強く引かれると簡単に巻きつけていただけのマントは、あっという間に解けてしまった。美羽の白い裸体が海翔の前にさらされてしまい隠せるものは両手ぐらいしか無い。しかしその手も身体を隠す間も無く海翔に掴まれてしまった。

「美羽・・・」
熱っぽい声で名を呼ばれた美羽は耳を塞ぎたかった。
兄のような声を出す知らない男の声を聞きたく無い。

「綺麗だよ、美羽・・・君を僕のものに出来るなんて夢のようだ。妹だと思っていた頃も、その後も何度も夢描いていた・・・」
「い、一度だけでしょう?兄様のものになる訳じゃないわ」
「・・・憎らしいことを言う。その一度がどういうことになるのか分からないだろう?」
「えっ?」
「美羽、僕の子を産むんだ。異種族同士より同族の方が当然孕み易い・・・もちろんそうなるように深く繋がって注ぎ込もう・・・君と天眼の王を別つ種をね」
「兄様と私の子供?そんな・・・」
美羽はそこまで考えていなかった。天眼国に連れて来られた当時のイエランは義父との仲を疑っていたので手を出して来なかった。生まれる子がどちらか分からなくなるとか言っていた・・・既に妊娠しているのなら腹から出たら殺すとも言っていたのを美羽は思い出した。あれは敵国黒翔の前王とのことだったとしても状況的には変わらない。美羽はこの秘密は絶対に守り抜こうと決めていた。
しかしもし本当に海翔との間に子が出来てしまっ
たら・・・生まれ落ちた子の額に天眼が無く、背に翼があったら・・・想像するだけで美羽は身震いしてしまった。激昂するイエランが生まれたばかりの赤子を引き裂くような悪夢。裏切りを形で見せられた誇り高いイエランは美羽を許さないだろう。嫌われるのは覚悟していた・・・でもこんな形になるかも・・とは思ってもいなかった。
そしてその裏切りが自分の為だったと知った時・・・イエランはそれ以上に傷付くに違いない。

「・・・駄目・・・彼を助ける為だったと気付かせたら・・・」
「そうだね。男なら自分の為に好きな女が犠牲になってしまうより裏切られた方が気持ちは楽だろうね。女を責めるだけでいいからね。良いところに気がついたね、美羽。だから一度じゃない。裏切りの色を濃くする為にも君は二度目、三度目と僕に願う筈だ」
「ち、違う・・・」
「違わないよ、美羽・・・僕の可愛い美羽・・・さあ、僕に懇願してごらん。抱いて欲しいと・・・天眼の王を裏切らせて欲しいとね」
美羽は違うと言って溢れる涙を落とした。

「泣いても駄目だよ。今日はそれにほだされないからね。さあ、美羽・・・僕を憎むがいい。愛しい男から引き裂こうとする僕を心の底から憎むんだ」
海翔は美羽の両手を束縛したまま彼女の耳元で囁いた。
熱い息がかかるくらいの距離―――首筋に熱い刻印を受けた。きっとこのまま犯されるだろう。
それでも美羽は海翔が言うように兄と慕ったものを憎むことなど出来なかった。

「・・・で・・きない・・・にい・さま・・を憎むなんて出来ない・・・」
海翔が驚いたように瞳を見開いて顔を上げた。

「どうして?何故?憎めばいいだろう?」
美羽は、ぽたぽたと涙を落としながら首を振った。

「兄様だもの・・・私のたった一人の家族・・・」
「そう言えば僕が諦めると思っているのか?美羽?なら兄として妹のお前を犯そう・・・そうすれば憎悪が生まれるだろうか?さあ、美羽!僕を憎み拒絶するんだ!」
「いや―――っ!」
海翔の怒号と美羽の叫び声が重なって響き渡った―――


 その頃、意識不明に陥ってしまったイエランは私室で老医師ロエヌの治療を終えたところだった。
カルムの予想通りで大事に至らなかったようだが、数日は身体が動かせない状態だ。
一安心したカルムだったがまだ目覚める筈の無いイエランの身動きする気配に息を潜めた。
ゆっくりとイエランは瞳を開いた―――

「・・・美羽・・・」
イエランが最初の発した言葉は美羽を呼ぶものだった。しかしまだ意識は朦朧としている。
このまま目覚めてしまえば彼女がいないと気が付いてしまうだろう。カルムは天眼を開いた。

(イエラン、すまない・・・もう少し眠っていて貰うよ)
弱っている状態のイエランにカルムの心眼は利く筈だろう。ところが・・・
再び瞼を落とし始めたイエランが、カッと目を見開いたのだった。

「カルム、何故・・・私に心眼を使う?」
「・・・イ、イエラン・・・」
カルムの滅多に見ない狼狽にイエランは更に意識を集中し始めた。
そうなればカルムの心眼でも侵入は難しい・・・
イエランは瞼を上げるのさえも気だるさを感じ、瞳を動かすのも意識して動かさなければならなかった。
そして周りを見た時―――美羽がいない?

「カルム、美羽は・・・どうした?どこ・・・にいる?何か・・・あったのか?まさか・・・天晶眼の樹の・・・仕掛けで彼女に何か・・・」
言葉を一つ、一つ、発するにも痛みを伴う。意識が無くなるまで美羽は無事だった。しかし気を失ってからの事は分からなかった。ただ王以外を拒絶する天晶眼の樹があの後、美羽を見逃したのかどうか?

そのイエランの疑いが見当違いでカルムは助かった。

「そうなんだよ。でも大丈夫だよ、イエラン。命に別状は無いからね。だけど今は安静にということだから別室で寝かせている」
これで騙せればいいのだが・・・とカルムは思いながら嘘を言った。
しかしイエランが身動ぎしだした。起き上がろうとしているのだ。

「何をやっているんだ!イエラン!まだ動いては駄目だ!」
動こうとしても動けない筈だった。恐らく指一本動かすのもつらい筈だ。しかしイエランは歯を食いしばって鉛のように重たい身体を動かそうとしているのだ。

「駄目だって言っているだろう!」
カルムが起き上がろうとするイエランの肩を押さえ込もうとした。
その瞬間、イエランが呻き声を上げた。

「ほら、神経が過敏になっているんだ。少し触れられるだけでも刺されるように痛む筈・・・だから手も肩も貸してあげられないよ。だから大人しく寝て。回復すれば好きなだけミウちゃんと会えるだろう?ほら、寝なさい」
だがイエランはカルムの忠告を聞かなかった。

「美羽・・・のところに行く。無事な顔を見る・・・まで・・・安心出来ない・・・」
「だから大丈夫だって言っている!お前は自分のことを考えればいい!」
「・・・語尾が変わっている・・・何故止める?何を隠したいんだ・・・」
「何も隠してなど――」
カルムの嘘などイエランの強い意志の前では通用しなかった。何を言ってもイエランは美羽を探しに行くだろう。

(最悪だ・・・イエランが辿り着くまで時間がかかるだろうから終っていたらいいが・・・)
カルムは美羽の白い肌を思い出しそれは無いだろうと否定した。長年降り積った想いを叶えている上に男なら誰でも欲するあの身体を早々手放さないだろう。カルムもあの時、イエランの想い人だと強く念じていなければ自分も美羽の白い肌に溺れそうだった。

(やはり殺しておくべきだった・・・彼女の為だけでは無い・・・国の行く末の為にも・・・)
しかし今更どうすることも出来ない。
今は只、海翔が約束通りにしてくれていることを祈るしか無かった―――



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