天眼の王3![]()
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イエランと美羽が恋人達の時間を過ごしている間、王宮では不満が渦巻いていた。
カルムがその場では黙らせたと言っても後から不満が膨らむのは仕方が無いだろう。
天眼の雪と氷の国とは正反対の常春の国――
喉から手が出る程欲しかった黒翔国を大義名分で手に入れたのに返還すると言うのだ。
いずれはこの地を捨て、常春の国に移り住むのを夢見た天眼族は多いだろう。
それを?何が何だか臣下達、特に七家の主だった者達は納得出来なかった。
「カルム殿、我らはやはり納得出来ない!説明を聞きたくても王はあれからあの姫と一緒に部屋から一歩も出られない!」
「王にも休息は必要です。その話しは三日後にと言われましたでしょう?貴方がたも今は休息をとられたらいい」
「休んでいる暇などない!」
カルムは誰にも悟られないように心の中で溜息をついた。
七家には事の発端となったアルネの父が当主であるドーラ家、最年長の当主がいるオーベリ家。そして臣下に下った王族で構成されるハーン家。その今の当主はもちろんカルムだ。他には穏健派のトールス家、過激派のヴァリ家、女傑の当主アグレル家、つい先日当主の急死で代替わりしたばかりのエイセル家と王を支える存在としてその地位を保っている重臣の彼らの意見は強い。
そのヴァリが皆を代表するかのように声を張り上げて訴えていた。カルムとそんなに年が変わらないその男は野心家で大人しい父親を早々に隠居させヴァリ家の当主に納まっている。カルムと年が近いせいで何かと張り合いたがるがだからと言って王家に弓引くものでは無かった。
「まあ、落ち着いてヴァリ。王のご決断に我らは意義を唱えるのでは無く、理解し支えるのが役目でしょう?王は深いお考えあってのことでしょうから」
(イエランは深い考えなんか無いだろうなぁ〜)
とカルムは心の中で思いながらもやんわりと諭すように言った。
陽気な顔のカルムは身内以外見せることは無い。一般的には思慮深い控えめな性格で通っている。
「はっ!どうだか!神託の乙女に子を産ませることは大切かもしれないがあの姫に惑わされているんじゃないかと言う評判だ!あれだけの美しさなら正直惑わされても頷ける!黒翔国をその色香でねだったに違いない!王はもうあの女に夢中だ!そうでしょう?ドーラ殿?可哀想なアルネのことなんか王はもう心の片隅にも残っていない!」
ドーラはさっと青ざめ、カルムを窺った。公表はされなかったが彼が利用されたとは言っても美羽を暗殺しようとしていたのを心眼で暴かれている。それからと言うものドーラはすっかり老け込んでしまって大人しいものだった。
「言葉が過ぎますぞ、ヴァリ殿」
穏健で常識派のトールスが自分より歳若いヴァリを諌めた。
「俺は皆が心で思っていることを代表して言っているだけだ。平和主義のトールス殿、貴公もそう思っている筈だ。今来ていないオーベリ殿もアグレル殿もだ!もちろんエイセルの坊やもそうだろう?坊やなんかあの女のおっぱいが吸いたいだろうがな?はははっ」
「ヴァ、ヴァリ殿!」
からかわれた最年少のエイセルは真っ赤な顔をして怒った。
その時、大きな溜息が聞こえてきて皆が、はっとして振向くとカルムが薄っすらと微笑んでいた。
今度は心の中では無く皆に聞こえるように大仰に溜息をついたのだ。
彼のその笑みを見たドーラは恐怖に顔を引きつらせた。
「ヴァリ、貴方が皆の心の声を代表してくれなくていいです。私はそうしようと思えば幾らでも出来ます。感情を逆撫でする言葉など無用。今から貴方を含め視ましょうか? 」
心眼で心の隅から隅まで視られるのはおぞましい。天眼族はある程度、力の差はあるが自分達の心を読ませないように防御することが出来る。それでも金の天眼となればそんなものは通用しない。カルムの力を上回るようなイエランぐらいにならないと無理な話しだ。だから彼の金の天眼の前では嘘偽りなど通用しない。後ろ暗い所が無くても生理的に嫌なものだ。強気のヴァリもそれは同じようだった。
「―――み、三日後に納得のいく答えを貰えるのなら今日はもういい!」
「はい。では皆さんも三日後に、いえもう二日後でしたね。では後ほど――」
カルムはいつものように微笑んで皆を送り出した後、独り言は呟いた。
「まったく頭痛い・・・奴らを黙らせるのは一苦労だよ。イエランは黒翔国なんかミウちゃんと比べるとどうでもいいだろうけどね・・・やれやれだ」
万事任せろと言ったものの骨の折れる仕事だった。それでもイエランの今まで一度も願った事の無い私事は叶えてやりたいのだ。
しかしまだこの時まで天眼国の行く末を左右するようなものが現れるとは夢にも思わなかった。
それはトールスが連れて来た男によってもたらされた―――それは金の天眼を持つ男の出現だ。
金の天眼は王の子にのみ現れる王族の印。
だから現王のイエランはもちろん長兄のカルムに姉のリネアがその天眼を持つ。
王として選ばれなかった金の天眼達は子を成しても金の天眼にはならない。どういう訳か天晶眼の間の扉が開く王として認められた者だけがその金の天眼を継承出来るようだった。
だからトールスが同行した者はイエラン達の兄弟と考えられる。歳から察するとカルムの直ぐ下ぐらいでリネアとイエランの兄にあたる感じだ。カルムには覚えがあった。
初めて出来た弟と言う存在―――いつの間にか姿が見えなくなり流行り病で死んだと聞かされた弟。
「まさか・・・ラーシュ?」
「カルム兄さん、覚えていてくれたのですね。そうです。貴方の弟ラーシュです」
「ラーシュ・・・何故?」
カルムは信じられなかった。死んだと聞かされたのは子供の時の事だ。
それが今になって?しかしカルムの見えない瞳にはその成長した姿は見えないが心眼は昔の懐かしい波動を感じている。死んだと言われていた弟ラーシュに間違いはない。
「兄さん、僕はね。兄さんの母上に命を狙われたらしい。俗に言う権力抗争かな・・・それで気の弱かった母は僕が死んだと嘘を言って逃げたそうです。気まぐれな王の寵愛を競うより僕と小さな幸せを望んだ・・・僕から言えば愚かな母ですけれど・・・僕は幼かったからすっかり此処での事を忘れて母と二人で暮らしていました。異常なまでに他人との接触を母は嫌い、もちろんこの額の天眼の色の意味など教えらませんでした・・・」
カルムも幼かったがラーシュの母親はよく覚えている。と・・・言うよりもカルムの母親がかなり敵愾心を燃やしていたから印象強かった。ラーシュの母親は心眼の持ち主だったが儚げで美しく優しい柔らかな物腰は天眼の王の心をとらえその寵愛はカルムの母から移ってしまった経緯があった。
カルムも実母がラーシュを狙っていたのは知っていた。しかし幼くてどうすることも出来なかったのだ。だから次に生まれてきたリネアやイエランを守ろうと誓い守り抜いた。
守れなかった最初の弟のことはずっと後悔していたのだが・・・
「母が最近になって話してくれたのです。それでようやく自分が何者なのか分かりました。でも今更どうしたらと思っていましたが・・・」
「そうなのです!カルム様。偶然出会ったわたくしは驚きました。金の天眼は紛れも無い王の子の印。直ぐにお連れしなければと参上した次第で」
王家に忠義者のトールスは興奮気味だ。
「トールス、良く知らせてくれました。礼を言います」
カルムはトールスを労ったがあくまでも冷静だった。彼のように手放しで浮かれることは出来ない。
カルムには未来は読めないが嫌な予感だけが渦巻いた。可哀想な境遇に育ってしまった弟を温かく迎えたいのは山々だが・・・そのラーシュの心が読めないのだ。カルムはトールスが色々と彼に話しかけて盛り上がっている間に後ろを向くと密かに天眼を開いてみた。
(・・・え?視えない?まさか・・・)
その時、カルムの天眼に大きな力の圧力がかかった。
「うっ・・・」
彼の天眼の力を弾き返す更なる心眼―――ラーシュはカルムを上回る程の心眼を持つようだった。
心眼の力は心の奥を見透かす・・・そして力が強ければその心を隷従することも出来る。
カルムは彼の心に侵入し逆に支配されてしまったようだった。
ラーシュは、にやりと微笑んだ。
(最強の心眼を持つとか言われている割には簡単・・・後は・・・)
「さあ、兄さん、僕を皆に紹介して欲しいな。もちろん弟のイエランだったかな?その子にもね」
王をその子呼ばわりしたのにトールスは、ぎょっとしたが人懐っこく、にっこり笑うラーシュに直ぐにほだされた。その額には一瞬開いた金の天眼は消えている。
(馬鹿な男だ。心眼で操る程でも無いな・・・)
一番厄介だと思っていたカルムを支配することに成功したラーシュはその他の地盤固めに向ったのだった。もちろん彼の目的は王となること。心眼を持つ母親から金の天眼を封印されてその力が使えるようになったのは最近だ。只の心眼が金の心眼を抑えることは当然無理な事だった。ふとしたきっかけでそれが解け母親の心を読んでしまったのだ。トールスとの出会いは偶然ではなく、すんなり水晶宮へ入れるように仕組んだものだった。
(僕が馬鹿な母のせいで此処から消えなかったら絶対に王になっていた筈だ!天眼の王はこの僕が相応しい・・・)
ラーシュはまだ見ぬイエランを妬み闘志を燃やしたのだった。
そして会議をすると約束したその日の朝、カルムがイエランの部屋の扉を叩いた。
返事は無かったが入るとイエランの気配が部屋でした。
「おや?良かった。ちゃんと起きていたんだ。てっきり寝室の扉まで叩かないと出てこないかと思ったよ。ミウちゃんはまだベッドの中かなぁ〜無理させたんじゃない?駄目だよ。女の子は壊れやすいんだからね」
ベラベラと陽気に喋るカルムを完全に無視したイエランは呼び鈴を鳴らしていた。
「あ〜無視するんだ!お前がミウちゃんとイチャついていた間にお兄ちゃんは苦労していたのにさ。本当に可愛くないんだ!」
「お前に可愛がられたくない。いつもの壊れ難い男でも構っていろ」
「あっ、そんな事言うんだ!相手は男ばかりじゃない!綺麗な女の子だっているんだからな!」
「綺麗?見えないのに?顔なんかどうでもいいだろう?要するに上手かったら何でも良いとか前は言っていたじゃないか」
「なんだ、なんだ?少し前までそんな話題に乗って来なかった癖に、ちょっと自分が大人にでもなったような意見を言って、気に入らないな!」
「遊びの時間は終っただけだ。カルム、お前は長兄なのだからいい加減に落ち着いたらどうだ?」
「自分だけ良い子ぶるわけだ。ミウちゃんに言いつけようかなぁ〜イエランは興味が無いっていう顔をしてお兄ちゃんの恋人達を食べていたんだよって」
「カルム、それはお前が無理やり――」
「ああ〜そんなこと言うんだ?お兄ちゃんは恋人のいない可哀想な弟を助けてあげようと思ったのにさ。だいたい初めての時から可愛くなかったけどね。女の子達なんか君に夢中になったし・・・うぅ・・・今、思い出して腹が立ってきた!」
「男の方は手を出していないだろう」
「そういう問題じゃない!」
不特定多数と同時に付き合うカルムは男でも女でもどちらも相手をしていた。そこで女に興味を示さなかったイエランを気にして色々と手ほどきしていたようだ。女に対して淡白な弟を無理やり自分の恋人達とのベッドの上の戯れに引きずり込んだりしたことも何度となくあったらしい。
そうこう言い合っている間に召使い達がやってきてイエランの仕度を始めた。カルムはそれを近くの椅子に腰掛けて待った。そして召使い達が出て行った後、この二日間の出来事を話しだした。
「それで黒翔国の返還は皆が皆納得出来ていないよ。黙らせてはいるけどね・・・このまま王の権威で押し通すのも可能だけど・・・」
「・・・そうだろう。納得出来ないのが大半だろうな」
「だいたい見当はつくけど・・・何があってそうなった訳?」
「美羽の兄と取り引きした。法国を攻める為に風魔鏡の力を止めさせた」
「やっぱりね。急に風魔鏡の力が消えて良く見えたから・・・もしかして?と思ったけど・・・確かにそれだと早く効率的とも言えるね。でもそれでは七家は納得しないだろうな。取引にしては代価が大き過ぎる・・・」
カルムの言う通りだった。美羽の気持ちを知らなかったあの牢獄でイエランは決意した。誰にも言えない彼の本心は美羽を自分の鎖から解放したいだけだった。あの時は彼女の幸せを願いそうしただけだ。その為なら黒翔国などくれてやっても悔いは無かった。
奥の寝室の扉の開く音がした。
「あの・・・兄様は?」
美羽が心配そうな顔をして現れた。二人の話しが聞こえたようだ。既に黒翔国へ戻って行った兄海翔がどうしているのだろうかと心配になった。
「・・・お前は心配しなくてもいいから部屋に戻って寝ているんだ」
「でも・・・」
「イエラン、そんなに無碍に追い払わなくてもいいだろう?ミウちゃんはお兄ちゃんが心配なんだろうしね」
カルムは美羽のいる方向に向って同意を求めるように言った。
そんなカルムを見るとイエランは彼の視力が無いというのを時々忘れそうになる。
(今は見えなくて幸いだ・・)
扉の隙間から半分だけ姿を現した美羽は今の今までイエランに愛されていたのだろうと証明するように肌は薔薇色に上気し、潤んだ瞳は甘く夢見るようだった。こんな彼女を見れば男なら誰もが欲しがるだろう。イエランの胸中はどうしようも無い独占欲が心を占める。
そして美羽が兄と呼ぶ血の繋がらない海翔―――
(奴の為に美羽は狂王の虐待に耐えてきた・・・ただ兄を守る為・・・)
イエランは力も何も無い美羽がどれほど苦しんだかと思うと、今でも死者の国から高暁を引きずり出して切り刻みたい気分だ。そしてその原因だった兄海翔を許した訳では無い。美羽の為に・・・美羽が悲しむから全て白紙にしただけだった。だからその海翔が窮地に陥ろうが知ったことでは無い。
(知ったことでは無い・・・と言いたいところだが・・・)
イエランは美羽の心配そうな顔を見ると嫉妬が膨れ上がるが・・・それと同時に彼女を安心させなければと思う心がせめぎあうのだ。
「・・・・・・美羽。心配するな」
イエランの重ねて言うその一言に美羽は少し安堵したが本当だろうか?と確かめたかった。イエランの本心は分かり難い・・・
美羽は寝室の扉の影から完全に姿を現すとイエランに向って歩み出した。慌てて袖を通した夜着は薄く美羽の肢体を隠しているようで隠していない。つんと尖った胸の先端をくっきりと見せて、そこから流れるように落ちる薄い布は微妙に見えそうで見えない具合の透かしで逆に裸体より官能的だ。
イエランは納まっていた筈の欲望が疼きだした。着ている本人は一枚布をまとった安心感でそう思っていないだろう。イエランは自分を簡単に欲情させる彼女の無意識に発する色香を恨めしく思う。
「美羽・・・」
イエランは、ちらりと横にいるカルムを見た。天眼を開いている訳でないから見えていないだろう。
安全と思っている兄にもこんな姿の美羽は見せたくないものだ。その想いが揺れたのだろうか?
「何?イエラン?ミウちゃんがそんなに可愛いの?天眼で見てみようかな?」
カルムが、にやっと笑って言った。
「見るな!」
「へぇ〜よっぽどなんだぁ〜」
「煩い」
「?あの、何か?」
素足で近付く美羽が立ち止まった。二人の会話の意味が分からない。
「何でもない。お前は部屋に戻れ。向うはリネアが対処しているから心配する必要は無い」
「リネア様が?」
美羽はイエランの姉リネアの名前が出て、ほっとした。有能なリネアのことだから彼女に任せていれば海翔は大丈夫だろうと思ったみたいだ。
しかし見るからに安堵する美羽を見たイエランは海翔には消えぬ嫉妬を感じた。
(美羽は兄としか見ていないとしても奴は違っていた・・・)
意外とあっさり身を引いた海翔をイエランは信じていない。海翔が再び家族という武器を手に本気で美羽を口説き出したらと思うと不安が広がるのだ。美羽の兄妹愛が海翔の想いにほだされて男女の愛に変わったら・・・と思ってしまう。
(・・・そう感じてしまうくらい美羽は奴のことばかり・・・・・いっそ)