天眼の王8


 イエランが美羽を攫われたと知ったのはそんなに時間が経っていない頃だった。
見た目には目立たない何重にも張り巡らされた警備を潜って侵入し、脱出した者がいるとは信じられなかった。しかし一撃で眠らされていた警備兵達が次々と見つかったのだ。
路を開けばどうしても空間の歪みを生じ勘付かれる恐れがある。ラーシュは万が一を考えて路を水晶宮の外に繋げた。だから宋はカルムの力が無くなったとは言っても難攻不落と言われるその天眼の城に外から潜入することとなったのだ。流石の宋でもかなり苦労はしたがラーシュの助勢もあって何とか成功したようだった。
イエランは知らせを受け自分の部屋に立っていた。

「お・・・お、王・・・も、申し訳ございません。ミ、ミウ様が・・・」
メラは宋に受けた一撃でまだ目眩を起こしていたが、何とか喋ることは出来た。
ルルナはまだ倒れたままだ。

「メラ!どんな奴が美羽を連れ出した!」
「きゅ、急に襲われたので顔は分かりません。でも手を一瞬見ました。お、男だと思います。も、申し訳ございません・・・申し訳ございません」
それだけ告げたメラは崩れるように倒れ込んでしまった。

「遠見を呼べ!直ぐに侵入経路を割り出して逃走経路を見つけろ!まだ時間は経っていない!」
水晶宮自体が緊迫した。まだ犯人は城の中に居るかもしれないのだ。

(まだ時間はそんなに経っていない。開路を使った形跡も無いのだ・・・大丈夫だ、直ぐに見つかる・・・大丈夫だ、カルムが居なくても大丈夫だ・・・)
イエランは自分にそう言い聞かせた。カルムを黒翔国に遣った矢先の出来事に自分を責めそうだった。カルムが居ればこんな簡単に美羽を連れ去られることも無かっただろう。一応、力ある遠見達には四方を守護させていた。内部からの手引きでも無ければそれらを掻い潜るのも難しい筈だ。それなのに?
イエランが考えを巡らせていると久し振りに見た顔が目に入った。ラーシュだ。度重なる雑事にカルムにとうとう相談する間が無かったラーシュの事を思い出した。カルムの用事が済んだのだろうか?最近見かけなかったが何時の間にか帰っていたようだ。
そのラーシュが話しかけて来た。

「王、僕が路を開いて兄上に帰城して貰いましょうか?」
(カルムが不在だというのを心細く思っていたのを読まれたのだろうか?)
イエランはそう思ってしまった。美羽が関わると何時も精神が揺れてしまうのだ。
イエランはそう思ってもラーシュは彼の心を相変わらず垣間見ることさえ出来ていなかった。
ただ自分の意のままに動かせるカルムを理由付けて呼び寄せたいだけだった。
カルムが黒翔国に遣られたのは想定外だったのだ。おかげで宋を使うことになってしまった。
カルムがいれば難なく美羽を連れ出せただろう。それは間に合わなかったとしても国一番の遠見であるカルムが探して見つからないとなれば誰も疑わない。

イエランはもちろん海翔よりも美羽の方が大切だ。金の天眼の路ならば直ぐに繋がるだろう。
天晶眼を使えばもっと・・・しかしイエランはそれをラーシュに使用させるのを躊躇した。
天眼の力を増幅させる神の遺産を預ける程、彼を信用していない。信用出来ないものに渡すのは最も危険な行為となる。

「許可しよう。直ぐに路を開いてカルムを此処へ―――」

 美羽は見知らぬベッドで目覚めた。どれくらい時間が経ったのか分からない。
それでもまだ頭の芯が重くぼんやとした感じだった。それに飲まされた薬のせいか吐き気を感じる。
薄暗くなり始めた部屋は少し肌寒い。美羽は、ぶるっと身震いし霞む目を凝らして部屋の様子を窺った。窓辺に見覚えある男が佇み窓硝子を息で白く曇らせていた。
美羽は一瞬自分が何をしているのか?どうして此処にいるのか分からなかった。

「ん?何だ。気がついたのか?」
窓の外を見ていた男が美羽に振向いた。油断ならない目をした宋と言う男―――
美羽は、はっと我に返った。

「私、攫われて・・・」
美羽は一言呟いただけで勢いよく跳ね起きた。そして部屋を、ぐるりと見渡し扉を見つけると駆け寄った。しかしその扉を開けることは出来なかった・・・
男が後ろから美羽を軽々と肩に担ぎあげてしまったのだ。

「いや―――っ!放して!」
美羽は必死に手足をばたつかせ抵抗したが担ぐ男の片腕はびくともしない。
そして最初に目覚めたベッドの上に放り投げられた。投げ込まれた美羽の華奢な身体は大きく弾み、天蓋付きのベッドも同時に揺れ動いた。その弾みで美羽のドレスの裾がまくれ上がりすんなりと伸びた形のいい脚が丸見えになってしまった。
普段は隠れているその部分に冷たい
空気が触れ一気に体温が下がる感じだ。
それを隠す間も無く美羽の膝上に男のざらついた大きな手が伸びてきた。

「いや――っ!」
退こうとする美羽を宋は柔らかな彼女の脚をそのまま押さえ込んだ。

「お姫様、大人しくしていてくれないかな?そうじゃないと色々と嫌なことして言うこと聞かせてしまうよ」
「わ、私をどうするつもりですか?ど、どうしてこんな事を?」
「色々と事情があってね。と言うかあんたらの揉め事におれらが巻き込まれたようなもんさ。でもとりあえずあんたは大人しく囚われていてくれないと困る」
「私達の揉め事?私達に何か原因があるのなら何なのか教えて下さい!私が駄目でも王ならどうにかしてくれます!だから返して下さい!お願いします!」
「だから駄目だと言っているだろう。大人しくしないのならこのままこの手を進めてもいいんだ。おれ様の手にかかればどんな女でもおれ無しには生きられないって、いう身体にするのは簡単なことさ。貞淑な妻だろうと深層の姫君だろうとな・・・女は身体に教え込むのが一番だからな」
宋はそう脅しながらどんな女でも≠フ中に麗華はいなかったなと思った。
麗華は宋がどんな手段でも落とさなかった唯一の女だったのだ。誰よりも高慢で誰よりも孤独でそして誰よりも眩しく輝いていた。
その麗華を愛してしまった。本当に面倒な奴を好きになってしまったと思ったが後悔はしていない。
彼女を守る為ならどんな事でもするだろう。今までも李影の命令で汚い仕事は数えられないぐらいやっている。それが一つ二つ増えたとして気にはならない。
しかし何故か天眼の王とこの王女だけは関わり合いたくなかった。
(その気になればこの世界を手に入れるのも可能な天眼の王の彼女に対する想いに感動しているからかもしれないな・・・だが今はその感情を封じ込める・・・)

宋の脅しに美羽は大人しくなった。それを確認した宋が手を放すと美羽は慌ててドレスの裾を下し、膝を抱えるように丸く小さくうずくまって震えた。その動きに合わせていつも付けている雪の花の髪飾りの鈴の音が小さく鳴る。
美羽は不安で泣きそうになりながら心の中でイエランの名を呼んだ。

(イエラン様・・・イエラン様・・・イエラン様、助けて・・・)
暫くして美羽はやっと震えも止まり状況を観察出来るくらい落ち着いてきた。大人しくしていれば宋は何もしてこなかった。心は此処に有らずというような感じで美羽を無視している感じだ。
それでも美羽が身じろぎするだけで鋭い視線が向けられる。もちろん逃げる隙は無いだろう。
もし逃げられたとしても此処は何処だろうかと美羽は考えた。部屋の
中は暖炉があり、天井は低く壁一面にはタペストリーが飾られ床には厚い絨毯・・・見慣れた部屋の造り。天眼国だろうと美羽は思った。
(良かった・・・遠くに行った訳じゃないのね・・・)
美羽は、ほっとしたが見慣れたという感じに驚きを感じた。天眼国独特の室内装飾と思っても美羽は水晶宮しか知らない。庶民の家はもちろんこんなに豪華では無いだろう。となると水晶宮並みの部屋を持つ人物となれば国でもかなりの有力者だ。

(私達の揉めごと?あっ!まさか・・・)
美羽は黒翔国のことしか考えられなかった。やはり心配していたようにこの件は揉めていたのだ。

(だから私を攫った?まさか・・・イエラン様を脅す為?)
美羽は今なら分かる。今までイエランは身を挺して美羽を守ってくれていた。養父に傷付けられた背翼の傷も狼に襲われた傷もその身に移し、どんな遠く連れ去られても駆けつけてくれた。
誇り高い天眼の王が暴漢に足蹴にされたのも、法国で鎖に繋がれたのも全て美羽を助ける為だった。
イエランは美羽の為にならその身を投げ出すことさえ厭わないだろう。美羽は今ではそれが痛いほど良く分かる。このままではまたイエランが危機に陥ってしまうだろう。大人しくしていれば今のところ危害は無いと分かっていても事情を知るこの男に色々聞かなければならないと思った。
美羽は覚悟を決め、勇気を出すように髪飾りに触れた。
その飾りがチリンと小さく音が鳴ると宋の視線が美羽に向けられた。今まで怖くて目を逸らしていた美羽だったが、きゅっと唇を引き結び宋と目を合わせた。

「・・・誰の・・・誰の命令で私を攫ったのですか?」
「それを聞いてどうする?お姫様は何も出来ないだろう?」
「私は貴方の言う通り何も出来ません。でも私を使って王を・・・イエラン様に何かさせるつもりなのでしょう?」
「噂に名高い美姫のあんたが欲しくて誰かが攫ったって思わないんだな。あんたを狙っている者なんて沢山いるだろう?まぁ・・綺麗なあんただけでも価値がありそうだがあんたを手に入れて黒翔国を我が物にしてもいいしな」
「黒翔国には兄様がいるから私を手に入れたって無駄だわ!それに私自身が欲しい人なんて天眼族にいないもの。ここは天眼国でしょう?」
宋がからかうように口笛を吹いた。

「へぇ〜意外と鋭いな。お姫様、あんたの思っている通りさ。まああんたの知りたい人物はもう直ぐ帰って来るだろうからゆっくり話をしたらいい。おれはあんたを攫って引き渡すまでが仕事なんでな。こっちも早く済ませたいんだよ」
宋ものんびりと構えているようで内心焦っていた。
麗華と引き離されたまま居場所がつかめていないのだ。同じ屋敷の中にいると思うのだが迂闊に動いて麗華を危険な目に合わせられない。
思考を読まれる恐れがあるのだ。一旦奥まで無理矢理暴かれた精神はラーシュと繋がったままだった。心眼の・・・それも金の天眼だけが持つ力だ。精神探査された時に印を付けられたようなもので少しぐらい離れていても意識すれば心の奥まで透かして見ると言う。だから宋も麗華を人質にとられている以上何も出来ないのだ。

「やっぱり・・・私は人質・・・どうたらいいの・・・」
美羽はどうしたらいいのか分からなかった。このままではイエランが美羽を助ける為にやって来るだろう。そしてまた大変な目に合わせてしまうのだ。

 それから宋が今か今かと待っていた人物―――
美羽は驚き声を思わず上げてしまった人物が現れたのだった。

「ど、どうして・・・そんな・・・」

 美羽が攫われる前、カルムはイエランの命で黒翔国の天翔城に開路で繋げた路を渡って向っていた。出迎えたのはリネアだ。気丈なリネアだったが長兄の顔を見ると流石に安堵したような顔をした。
「カルム、すまない。私の力が足りないばかりに・・・」
カルムは見慣れない者が見れば思わず、うっとりと見とれてしまうような笑みを浮かべると、いきなりリネアの腕を引っ張り抱き寄せた。そして驚く彼女に唇を重ねた。

「なっ・・・・・ぅ・・・んん」
いきなり捻じ込まれた舌がリネアの承諾も無しに彼女の口腔を探り始めたのだ。
我に返ったリネアが拒もうとするとカルムが心眼で囁いた。

(リネア・・・口を開いて舌を出して・・・言う通りにしてごらん)
(カルム!何をするの!)
リネアも心眼で答えた。リネアの力は念動力と心眼だ。しかし心眼の力は弱く、心眼同士の会話は出来るが普通の天眼の者達と大差ない。例え金の天眼を開いても相手の心の動きが朧気に見えるだけで力の強いもののように鮮明には見えなかった。そして念力は物質に働きかけるというよりも自分自身を早く動かす瞬間移動や飛翔能力に長けていた。心の動きを察知し動くから戦闘能力が高かった。

「くっ・・・・・・うんん」
カルムの圧倒的な心眼の力で言うなりになってしまったリネアに拒む力は無かった。
舌と舌がこすれ合いカルムの唾液が注ぎ込まれる。リネアは自分の胸の先端が、きゅっと硬
く尖る感じがした。それと同時に下半身も熱く疼き出す。半分だけとは言っても血の繋がった兄に欲情を感じるなんてと思うがそれだけカルムの口づけは巧みだった。
しかし溢れる唾液を嚥下させるとカルムは唇を解いてしまった。
呆然とするリネアの頬に唇を寄せて、そっと口づけを落としたカルムは囁いた。

「おまじないだよ」
何の?と聞き返したかったがとにかく驚き過ぎて声が出ない。

「さてと。ミウちゃんのお兄ちゃんを探そうかな」
まだリネアは動けないでいた。心眼を操るものなら分かるこの心を侵食されたような感覚・・・

「カ、カルム・・・今、何をしたの?」
「何って?久し振りの再会を喜んだ口づけだけど?」
リネアは、かっと頬に朱がさした。

「恋人でもあんな濃厚なのしないわよ!」
「へぇ〜リネアの恋人って淡白なんだ。そんな奴、やめた方がいいんじゃない?」
「恋人なんていないわよ!全く、何考えている訳?ふざけ過ぎよ!」
ふざけた調子のカルムに何だか誤魔化されたような感じだが今はこんな事に付き合っている場合では無かった。カルムもそうだろう。すっと真顔になった彼は頼りになる長兄だ。

「で、今の状況は?手掛かりが無いと言うのは本当なのか?」
「ええ、彼の身柄はイエランに言われて預かっていたわ。と言っても監禁していた訳では無いけど出歩かないようにと自重してもらっていた。彼も納得してくれて協力的だったわ。その間に私は引継ぎみたいな事をしていたから殆ど彼と顔を突き合わせていたのだけれど・・・」
リネアが悔しそうに顔を歪めた。
「それなのに攫われた?」
「そう・・・彼が自分で出て行く理由も無いし・・・煙のように消えたのよ」
「煙ね・・・まるで開路を使ったかのように?」
「それも疑ったわ。でも風魔鏡を使った形跡があって空間が歪んでいるから開路が開いたのかどうかも分からないのよ。とにかく神の遺産を使うだけの敵が現れたのは確かね」
二人は無言のまま海翔が消えたと言う部屋へと向った。その部屋は特に争った形跡は無いが確かに風魔鏡の波動が微かに残っていた。

「・・・成程。ところでリネア、君のもう一人の兄のことは聞いただろう?」
「ええ、確か・・・ラーシュとか言った?それがどうしたの?」
カルムがこんな緊急事態にどうでも良い身内の話をするとは思わなかった。今更、兄弟が何人増えようとリネアには関心は無い。共に育ったカルムやイエランに比べると他人に等しいからだ。
カルムは何を言いたいのだろうか?



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