天眼の王9


 リネアはいつもの様でいて、いつもの様でないカルムを不安に感じだした。しかしその話題はあっさりと終ってしまった。
「―――まあいい。早速遠見を始めようか」
そう言って遠見を始めたカルムの手の中の天晶眼が七色に輝いている。天眼の力を増幅させるこの神の遺産は遠距離の遠見はもちろんだが見ようと思えば道に転がる小石さえも見える。それよりもカルムが優れている点は心眼との連動で誰もが気に留めない記憶の跡を追うことが出来るのだ。探し出すものを誰かが見ていれば・・・もしくはそれに関わったものがいればその記憶を読み容易に跡を追う。

遠見が始まればリネアは何も手伝うものは無かった。ただ精神集中が出来るように邪魔をせずにこの脅威の力を見守るだけだ。
 そしてその力を解放したまま一昼夜が過ぎようとしていた。
どれくらいの力を使ったのか?驚いたことに天晶眼が砕け散ってしまった。天晶眼は樹から離すと数日もすれば効力が無くなり砕け散ってしまう。それに許容範囲のようなものがあるようで大きな力を使えば使うだけ消滅するのも早まる。
連れ去られた美羽を探す時に同じように天晶眼は使われたがそれは数日使っていた。
それほど今回の追跡が困難だったのだろうか?

「・・・馬鹿な・・・分からないなんて・・・そんなことが・・・」
疲労の影が濃いカルムは独り言のようなものを呟いた。

「カルム・・・大丈夫?やはり貴方でも難しい?」
リネアの声にカルムは、はっと我に返った感じだ。そしてまるで素早く仮面を被ったように微笑んだ。

「流石に私もこの大陸中を見渡すことは出来ないからね。少し時間がかかるだろうね。ミウちゃんの時も時間かかったしね」
リネアは確かにそうだと思ったが天晶眼が余りにも早く消えてしまったのに疑問を感じた。何かが可笑しい・・・何が?リネアがその疑問を問いかけようと顔を上げると、カルムの藍色の瞳と目が合った。その瞳は見えない筈なのにリネアは、ぎくりとして背中に冷たい汗が流れるような感じがした。

「リ・ネ・ア」
カルムの薄く整った唇がゆっくりと動いて名を呼んだ。それが声に出されたものなのか直接頭に響いたものなのか分からなかった。

「だ・い・じょ・う・ぶ―――大丈夫だから・・・」
続く言葉にリネアは思わず頷いていた。今、訊ねようとしていたことも何だったのか忘れてしまった。頭の中に霞みがかかったかのようだ。
カルムがリネアの気持ちを読みとり彼女の疑問を忘れるように心眼を使ったのだ。

「リネア、疲れたから少し休んでから探索は続けさせてもらうよ。いいだろう、リネア?リネア」
リネアは何度か呼ばれた事で正気に返った。

(私・・・今、何していたの?)
カルムが心配そうな顔をしている。

「リネア、君もずいぶん疲れているようだね。少し休んだらどう?何ならお兄ちゃんと一緒に寝ようか?優しく抱っこしてあげるよ」
「ば、馬鹿!もう小さな子供じゃないのよ!それに抱っこですって!冗談じゃないわ!私は貴方の便利な抱き人形じゃないんですからね!」
「ははははっ、酷いなぁ〜あの子達を人形扱いだなんて。まるで色情狂みたいな言い方しなくたっていいだろう。確かに誰かが側にいないと眠れないけれど・・・今はそれどころじゃ・・・ないな」
カルムは欠伸をしながら部屋の中にあったベッドへ倒れ込んでしまった。力の使い過ぎだろう。
リネアは呆れたように溜息をつくと無防備に寝転がったカルムに上掛けをかけてやった。

「それにしてもこんなになるまで力を使うなんて珍しいわね・・・そう言えば私・・・何か聞こうと思ったのだけど・・・何だったかしら??」
リネアは頭をひねったが何も思い浮かばなかったので大事なことでは無かったのだろうと思い直したのだった。

 それからカルムが回復するまで丸一日かかってしまった。しかし続きの探索を始める前に来訪者が現れた。イエランの命を受けカルムを急ぎ連れ戻す為にやって来たラーシュだ。
「初めまして。会えるのを楽しみにしていたよ」
ラーシュはそう言うと妹となったリネアに向って人懐っこい笑顔を浮かべた。水晶宮から路を繋げたままだから金の天眼が開いている。
紛れも無く自分達と血が繋がっている証拠だろうとリネアは思った。

「こちらこそ初めまして兄上」
リネアは一応兄と呼びながらも他人行儀な挨拶だけ交わした。
ラーシュはリネアを初めて見たが初めてと言う気がしなかった。リネアは母親の記憶に存在する彼女の母親と瓜二つだからだろう。ラーシュの母は王の寵愛が征服欲を掻き立てるリネアの母に移って行く
のを見ていた。嫉妬という念に刻まれたその記憶はラーシュにも鮮烈に伝わっている。
王の愛を失い先妻からは子供の命を狙われた母だったが・・・その忌まわしい原因の一つでもある女の血を引くリネアを我が意のままに操れば胸が空く思いだろう。ラーシュは微笑みながら天眼軍を掌握すると言うリネアを操ろうとしたがその心に侵入出来なかった。

(またか!弱いとはいえ心眼を持つからなのか?いや・・・カルムには出来た・・・どうしてこうも操れない者が出てくるんだ!)
ラーシュはどんどん狂って行く自分の計画に憤った。嫌悪する母の為とは思わないがリネアを自分の前に跪かせたかった。そして許しを請う彼女をいたぶり思いっ切り泣かせてみたいという幻想まで抱いていた。しかしそれは断念しなければならないようだった。時間が無い今はカルムを手の内に戻すことだけとなってしまった。

(でもまあいい。カルムは天晶眼を持っている筈だ。それを使って再度イエランを・・・)
だがこの計画も壊れたと直ぐに判明した。天晶眼は既に失われていたのだ。ラーシュの策略は再び修正しなければならなくなってしまった。

 その頃、イエランは心を落ち着ける為に天晶眼の間の最奥にいた。王しか入れない天晶眼の生るその空間は心が落ち着き、思考が冴え渡るような気がするのだ。
「ずいぶん使ったな・・・」
イエランは、ぽつりと呟いた。美羽の為、貴重な神の遺産を湯水のように費やした。
平穏な世が続いていたせいか今まで天晶眼は鈴なりに生っていた。しかし今では疎らな感じだ。
それでも千切ればその場所に再び芽が出るように天晶眼が生り始める。使えるような大きさになるには数年を要するとは言っても絶えることなく成長するのだ。
しかしそれが今止まっている・・・これは多量に一気に使った反動なのか?それとも他に原因があるのか?それに気が付いたイエランはカルムに相談していた最中だった。
カルムは珍しく顔色を変えたがイエランは美羽のことでそれどころでは無かった。
美羽を取り戻し黒翔国の案件が済めばこの件を考えようと思っていた。それなのにまた美羽が攫われてしまったのだ。イエランは自分の不甲斐無さに腹が立って仕方が無かった。海翔の事を心配する美羽を見たく無いと言う、ちっぽけな嫉妬の為に彼女から目を離してしまった自分が許せなかった。

(美羽・・・)
イエランは、きらきらと不思議な色で輝く天晶眼を見上げた。
例えこの神の遺産が最後の一つになったとしても美羽の為に使うだろうとイエランは思った。
神の遺産や国の存亡よりも自分の命よりも何よりも美羽が大切だった。そう思う自分は本当に天眼の地を統べる王に相応しく無いだろうとイエランは思った。

「美羽、今どこにいる?どこに・・・」
イエランは自らが探すことが出来ない悔しさに唇を噛み締める。誰かに託さなければならないことが情けなく悔しい・・・美羽、美羽と心の中で叫んでも彼女には届かない。
ふと頭に過ぎったのは美羽の白い肌だった。上気し薔薇色に染まるその肌は柔らかで手に吸い付くようになめらかだ。その肌を征服した証を紅く残す度に美羽は小さく震えた。痛いのか?と聞くと潤んだ瞳で首を小さく振る。それがまた愛おしくて肌に唇を寄せ、舌を這わせてはきつく吸ってしまった。

(あの跡を付けたのは何日前だったか・・・それが消えてしまう前に取り戻してやる。もう二度と他の男の跡など付けさせはしない)
目的は分からないが美羽を攫ったということは彼女の命を奪う者では無いというのだけが救いだった。
しかし美羽が目的ならば・・・・

(彼女を前にして指を銜えて見ているだけの馬鹿な男はいないだろう・・・)
そう思うイエランは正体さえ分からない首謀者を八つ裂きにしたい気分だった。
見知らぬ男に組み敷かれ泣き叫ぶ美羽の姿が浮んでは消える・・・・・・


「お・・王・・・王・・・・イエラン!」
カルムが自分を呼ぶ声にイエランは我に返った。
今はカルムがもう直ぐ到着すると聞き天晶眼の間から出て待っていた所だった。その間に白昼夢に囚われていたらしい。

「・・・カルム、戻ったのか。内容は聞いているな?早速だが直ぐに始めてくれ」
「心配しておりましたが・・・意外と落ち着いているのですね」
二人だけでは無い場所でのカルムの話し方は表用だ。
前回も美羽が水晶宮から攫われた時もこんな感じに落ち着いて見えたがそう見えただけだった。心の中は灼熱の炎のように燃えていたのだ。
今もそんな感じだろうが見かけに騙されているラーシュは予想外で苛立っていた。

(最初は焦っていたようだったのに今は平然としているなんて・・・あの女が弱みの筈だろう?まさか脅しに使えない?無駄足だったのか?)
無駄だったのかと思い始めたラーシュの横でカルムの発言は続いていた。
「王も今回はお覚悟なさったのですね。以前もそうでしたが犯人はミウ姫を狙っていました。前は運良く救い出せましたが・・・」
「何が言いたいカルム」
「いえ、いつの時代でも女は奪った者勝ち。王がそうだったようにミウ姫は奪った男の所有とな――ぐっ、ごぼっ」
カルムは最後まで言葉を出せずその代わりに血を吐いた。

「カルム、お前といえどそれ以上言えば二度と口が利けぬようにする。無駄口を叩かず彼女を探せ!」
静かに座っていたイエランの額に金の天眼が開いていた。その力をカルムにぶつけたようだった。
只の癇癪だがカルムに煽られ抑えられなかったようだ。カルムの失言で今は誰が見ても分かるようにイエランは憤りを燻らせていた。
それとは逆にラーシュの顔が見る間に輝きだした。

(やっぱり奴の弱みはあの女に間違いない!やれる・・・やれるぞ!)
ラーシュは確信を持った。
そしてあとあれがあれば心強いと思っているところに、イエランがそれを出してきたのだ。
手のひらに乗るぐらいの真鍮で出来た箱を取り出したイエランは、カルムの立つ方向へ向ってその箱を二人の間にある円卓の上で滑らせた。それは見掛けより重たいような音を出しながら滑りカルムの近くで止まった。

「カルム、それを使え。足りなければ言ってくれ」
カルムは音のした方向に手を彷徨わせ、その箱を見つけると手に取り蓋を開けた。
見なくても分かっていたが一応開けると中には天晶眼が一つ入っていた。それを指で触って確認して再び蓋を閉め卓上に戻した。

「これは必要無いと思います」
カルムは直ぐに断ったが、ラーシュはしまったと内心舌打ちした。カルムを支配下に置いているとは言ってもカルムの喋る言葉を全て管理している訳では無い。思考を支配していても怪しまれない為に、その場の状況で深く考えず適当に会話するようにしている。
だからラーシュが心眼で操る前にカルムは答えてしまったのだ。

「先立って渡したものもあるが二つ同時に使えば効果も倍になるだろう?時間がない、そうしてくれ」
イエランは与えた天晶眼がもう既に使い切っていることを知らなかったがそういう理由で用意したようだ。ラーシュにとっては好都合だった。

「二つ使うなら足りませんね。確か・・・兄上、黒翔国で既に一つ使い切ったのでしょう?」
横から会話に入って来たラーシュの言葉にイエランは内心驚いたが余計な事は言わなかった。天晶眼の力は極秘であり効力の持続や許容範囲など当然極秘中の極秘だ。天晶眼をこんな短期間で使い切る程、カルムが何をしたのかイエランは想像出来なかった。
ただ嫌な予感だけが胸を過ぎる―――

「・・・カルムが必要ないと判断したのなら正しいだろう。しかし一応それだけは預けておく。任せたぞ」
「・・・・承知致しました。集中したいので場所を移させて貰います」
抑揚無く喋るカルムに違和感を覚えたが移動する場所を聞いたイエランは納得した。それ以上最適な場所は無いだろう。美羽の探索の時にも使われた場所だ。
そこはカルムの遠見の力を最大限に発揮出来るようにと造られた彼の私邸。水晶宮の敷地内にあった離宮を改造したものだ。これにより水晶宮は昼夜問わず鉄壁の守護を受けている。


 ―――そして美羽は信じられないものを見た。
「ど、どうして・・・そんな・・・」
自分を攫えと命じた人物はもう直ぐ帰って来ると宋は言った。
そして現れたのは先日会ったばかりのラーシュ。
そしてその後ろには信じられないことにカルムがいたのだ。
美羽の連れ込まれた場所は水晶宮から目と鼻の先―――カルムの離宮だった。
部屋から飛び出せば直ぐに分かっただろう直ぐ近くに水晶宮がそびえていた筈だ。
宋も初めラーシュが路を繋げた時、自分の目を疑った。麗華が連れ去られようとした部屋には天眼国のそれも王族にしか使う事を許されない色を使ったタペストリーが掛けてあったのだ。しかも調度品はどう見ても宮殿仕様だった。そうなれば水晶宮か王の実兄カルムの離宮しか考えられなかった。
案の定、その読み通りで美羽を攫った後はとりあえず水晶宮の外へ脱出し、ラーシュの用意した路を使って再びこの離宮へと舞い戻った次第だ。

「カ・・カルム様・・・どうして・・・」
美羽は信じられないと言うように首を振りながら、やっと声を絞り出した。しかし答えは無い。
美羽は無言のカルムの様子が変だと思った。とても違和感がある・・・美羽は自分に使われた傀儡の術を思い出した。自分の意思に関係なく動かされたあの感覚・・・どういう風にするのか知らないが隣にはその術を使う法国の者もいる。美羽は宋を、はっと見た。

「傀儡・・・」
「傀儡?冗談じゃない。おれは無関係だ!それにこっちはあんたらのお家騒動に巻き込まれて腹が立ってるんだ!」
宋は不愉快な顔をしてそう主張した。

「へぇ〜カルムが裏切ったと思わないんだ?」
宋を疑っている美羽にラーシュが愉快そうに言った。

「カルム様は・・・カルム様はイエラン様を裏切りません!絶対に!イエラン様もカルム様を信じています!」
必死に言う美羽に向ってラーシュが馬鹿にしたように、パチパチと手を叩いた。

「麗しい兄弟愛?僕には味わえなかったものだね。でも今は兄上が僕に味方してくれるから拗ねないことにするよ。そうだろう?カルム兄さん?」
美羽は静かに微笑むカルムを見つめた。嘘だと言って欲しかった。何かの間違いだと・・・

しかしカルムの答えは美羽が期待したものとは違っていたのだった。



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