冥の花嫁2


  月明かりだけが頼りのその場所には、整った顔立ちの男が立って冷ややかに此方を見ていた。
ただ整ったという形容だけでは物足りなかった。
その人物の月光に冴える姿を、ツェツィーリアは呆然と見つめた。
彼の瞳は今探していた紫の宝石のようだった。胸がト
ンと高鳴った。
この 城では見かけない人物だった。この場所で堂々と歩いているのだから怪しい人物では無いと思うのだが・・・
それも此処に居るということは皇城に居住を許されたかなり身分は高い貴族に違い無い。
しかしそれなら今日は夜会に出席している筈だった。
皇后の祝賀会なのだから・・・・でも着ているものは上等だが夜会服では無い。
誰なんだろう?とツェツィーリアは首をかしげた。
その人物は彼女がまだ会った事の無い皇帝ナイジェルだった。
彼は時々、ツェツィーリアを夜見かけていた。何故か気になってしまった。
身元は彼女の服装を見れば分かった。皇后の宮の侍女服だったからだ。
しかし名前までは分からないし、そこまで知る必要性も感じなかった。だが・・・何故か目が離せなかったのだ。
今日も楽しげに下を向いたまま歩いているのを怪訝に思い、かけるつもりは無かったのに声をかけてしまった。
顔を上げ、間近で見たその少女は美しかった。弱光に照らされた淡い金糸のような髪。
それに縁取られた顔は夢見るように愛らしく、その瞳は何色だろうかと思った。
(藍?青?ああ・・たぶん・・・瑠璃色だろう)
驚いて自分を見上げている彼女を見て、ナイジェルは会った記憶は無いが自分を知っているのだろうか?と思った。
「――返答は?」
ツェツィーリアは、はっとした。
「し、失礼しました。まさかこんな場所に誰かいるとは思わなくて・・・・あの・・石畳の夜の宝石を見てて・・・」
「夜の宝石?ああ・・・これか・・」
ナイジェルは気にする事も無かった足元を見た。
当たり前の風景で今まで気にも留めて無かった道だったが、確かに先人が造った贅沢なものだ。
「素敵ですよね?まるで夜の花園みたいだと思いませんか?」
少女はにっこり笑った。
その畏まらない様子にナイジェルは彼女が自分の事を知らないのだと察した。そういう感覚は久し振りだった。
当然だが誰もが自分に平伏した態度なのだから彼女が新鮮だった。
ツェツィーリアも只の侍女とはいえ、皇后に仕えていて貴族は見慣れているから平気だった。
失礼の無いように対応出来る。
だが正直、この謎の人物から問われると、胸がドキドキして何も考えられなくなって素顔が出てしまう。
恥ずかしくなって再び下を向いて、聞かれても無いのに続けて喋り出した。
「今日は満月だし、宝石も綺麗に輝いているでしょう?ほらっ、赤に青に・・・白でしょ?やっぱり紫は無いみたい・・・」
ツェツィーリアは可愛らしい顔をしかめてナイジェルを見上げた。
 ナイジェルは黙したままだった。自分のこの胸に広がる感覚は何だ?と問いかけていた。
彼女を見ていると何かがざわめいているのだ。例えば――無色だった自分の周りが鮮やかに色づくような感覚?
この娘は危険だと心の中で点滅する――何が危険なのか?何故なのか?ナイジェルは分からない。
しかしナイジェルはその後も、ツェツィーリアを夜の城で探した。
今日もあの道で石を探しているのだろうか?それとも水面に映った月を眺めているのだろうか?それとも・・・・
見つけたら一言二言話しをして別れる。
たったそれだけの短い時間だがナイジェルの乾いた心に何かを残していった。
ツェツィーリアも夜になるとその時々現れる謎の人物を探してしまう。
今日は来るのだろうか?会ったら何を話そうか?と―――
お互い名前も名乗らず静かな夜を共有しているだけなのに、同僚に言わせればはそれは恋だ≠ニからかった。
そんなものじゃないとツェツィーリアは思う。それでも心は夜が待ち遠しいのだった。
「ツェツィーは最近、とても輝いているわね?何か良いことでもあったのかしら?」
イレーネは聞いた。
彼女の事情を知っている侍女がツェツィーリアの代わりに答えていた。恋人が出来たのだと。
ツェツィーリアは真っ赤になって違うと答えたが、聞き入れてもらえなかった。
「まあ、そうなの?それでどんな方なのツェツィー?」
ツェツィーリアの初々しい様子を微笑ましく思いながらイレーネは聞いた。
また本人じゃない者が答える。何度か後を付けたけどその日に限って現れなかったと―――
ツェツィーリアはそんな事をされていたのかと驚いて、尚更真っ赤になってしまった。
本当に微笑ましい様子にイレーネは少し羨ましく感じたが、彼女には幸せになって欲しかった。
そしてある夜、イレーネが何気なく外を見ているとツェツィーリアが出かけていた。
皆が言っていた夜の逢瀬かと微笑んだ。
イレーネはふと心配になった。大事なお気に入りの侍女の相手はちゃんとした人物なのだろうかと―――
そっと後を付けてみた。
見失ったかと思って帰ろうとした時、彼女の軽やかな笑い声が聞こえた。

イレーネは微笑んでその方角を注視した。

少し離れた場所だったがツェツィーとその相手は此方からはよく見えた。

微笑を浮かべていたイレーネの顔が一瞬のうちに凍りついた―――

その相手はナイジェルだったからだ。

間違いはしない。片時もこの男を忘れる事は無いのだから・・・・憎くて酷い自分の夫。

イレーネは許せなかった。主人である自分に黙って、夫を盗ったツェツィーリア。
可愛い顔をして、従順な侍女を演じながら、陰では夫に省みられない私を嘲笑っていたのか?

目の前が怒りで真紅に染まりそうだった。こめかみの血管がドクドクと脈打つのが分かる。
ナイジェルの他の女達にこれほど怒りを覚えたことは無かった。
ツェツィーリアを信頼していただけに、その裏切りは許せるものでは無かったのだ。

イレーネは激しく燃える怒りを胸に秘めその場から立ち去った。

自室に戻ったツェツィーリアにイレーネからの呼び出しが待っていた。

こんな夜更けに珍しいと思いながらツェツィーリアは皇后の寝所へと向かった。

そして扉の前で立ち止まると中へ声をかけた。
「失礼致します。ご用を承りに参りました」
「お入りなさい」
イレーネの声がいつもと少し様子が違うのを感じた。

静かに扉を開いて中へ入ったと同時に、左右から男達の手で拘束された。
口は塞がれ悲鳴も封じ込められてしまったのだ。驚くツェツィーリアの前にはイレーネが立っていた。
彼女が今まで見た事も無い冷たく残忍な顔をしたイレーネだった。

イレーネは静かに嗤った。

「ツェツィーリア。何故?と言う顔をしているわね?何故こうされるか?あなたは分かっている筈でしょう?」
ツェツィーリアは必死に首を振ろうとしたが、男に押さえつけられて動けなかった。

「知らないとでも言っているの?」
ツェツィーリアは今度、縦に首を動かそうとした。イレーネが何を怒っているのか見当がつかない。

イレーネは顔を醜く歪めた。

「この大嘘つきの恥知らず!わたくしは許しませんよ!絶対に!さあ・・・もう二度とあの人の前に出られないようにしてあげるわ・・・おやりなさい!」
あの人?イレーネの言っている意味がツェツィーリアには全く分からなかった。

理由さえ聞かせてもらえないこの状況で、今度は左右から押さえ込んでいた男の手が伸びてきた。

イレーネは何かを命令しているのだ。

何を?と思った瞬間、その男達の手で服が引き千切られたのだ。
「きゃあ―――っ!」

左右の男達をツェツィーリアは見た。それは庭師の兄弟達だった。
前々から彼女に言い寄っていた評判の悪い二人だった。

二人の顔を見れば、今から何をされようとしているのかツェツィーリアは十分わかった。
全身の血の気が引くようだった。
床に押し倒され、口から手が離れたかと思ったら裂かれた服の切れ端を詰められた。
「う・・・・ううっ・・・っ」
抗おうにも男二人に手足を押さえ込まれているのだから無駄だった。
涙だけが束縛もなく自由に流れる。涙で霞んだ視界に蔑みの目で見下ろしているイレーネが見えた。

男達の荒い息が肌にかかり、荒れてごつごつとした指が胸を乱暴に掴んで弄んでいる。
「ううっ・・・・うっ・・・う・・やっ」
ツェツィーリアは恐怖で身体がこわばった。

「はあ・・はあ・・兄さん俺が先でいいか?」
「馬鹿やろう!なんでお前が先なんだ!俺が先だろうが!」
「早くしてくれよ・・・俺もうたまんねぇ・・・」
男達はもどかしそうに自分達の服を脱ぎ始めていた。
その手が離れた隙にツェツィーリアは逃れようと起き上がったが直ぐに後ろ髪をつかまれ引き倒されてしまった。

「逃げるんじゃねぇよ」
ツェツィーリアはもう駄目だと諦めた時、大きな音と共に扉が開いた振動を感じた。


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