冥の花嫁8

 

 その知らせは大神官クレヴァーによってもたらされた。
昨晩より何かにとり憑かれたかのように皇宮に詰め、政務をし続けていたナイジェルはその言葉に耳を疑った。

「な・・何?もう一度・・・もう一度申してみよ・・・ツェ・・ツェツィーリアが死んだ?」
ナイジェルは何かの聞き間違いだと思った。クレヴァーがとうとうもうろくしたのかと嗤いが出た。
いつもより更に年老いたかのような様子の大神官は鎮痛な面持ちで答えた。

「・・・・・・ご自分で毒を飲まれたご様子だそうです・・・見つけた時には既に・・・」
昨日の激しい拒絶―――

冥の花嫁で無くなった彼女へ、そんな役目や義務に関係無くツェツィーリア自身を愛していると伝えたかったのに言葉さえ聞いてもらえなかった昨日。
今更、愛を告げてどうにかなる関係で無い現実を思い知らされた。分かっていたがどうしても自分の気持ちを伝えたかった。告げた後は彼女が許して心を開いてくれるまで幾らでも許しを乞いたかった。
しかし激しい拒絶にあい、初めて自分が他人に対して許しを乞うその勇気が無くなってしまったのだった。昨晩は一睡もせず仕事に打ち込み、その不安な気持ちを打ち消そうとした。
今日、再び勇気を持って彼女と会うために・・・それなのに・・・・

(死・・・死んだ?ツェツィーリアが?死・・・・)
ナイジェルの手や足が指先から冷たくなっていく・・・身体中が震え立っていられなかった。鼓動が乱れ、遠くで耳鳴りがする。クレヴァーの言う事が信じられなかった。
よろめきながら痩せたクレヴァーの肩をつかんだ。言葉が出ない。

「誠に残念でございます・・・後宮では大変な騒ぎでございましたから、遺体は既に大神殿に運んでおります」
ナイジェルはその言葉を聞いてもまだ信じられなかった。
足は大神殿へと向う。神殿の冷たい回廊には死者を送る香がむせ返るように漂いまとわりついてくる。その回廊が長く永遠に辿り着けないかとも思った。嫌、辿り着きたく無かったのが正直な気持ちだろ
う。その向った場所は静かで夜を思わせるような空間が広がっていた。香と共に死者に手向けられた花々の香りが入り口まで漂っている。
そして祭壇の前に安置された棺の中にツェツィーリアを見つけた。
彼女は白い花のしとねに横たわり、純白のドレスを身に纏っていた。いつもそれを見れば胸が苦しくなった瑠璃色の瞳は閉じられ、金糸のような髪で縁取られた顔は本当に眠っているようだった。

「―――ツェツィーリア・・・・」
ナイジェルは優しく彼女の名を呼んだ。
頬に触れ唇に口づけをした。それらはまるで彫刻のように硬く冷たかった。

「何故?こんな事に・・・そんなに私が嫌だったのか?ツェツィーリア答えてくれ・・・」
もちろん彼女が答える筈が無かった。
しかし代わりに棺に付き添っていたイレーネが淡々と答えた。

「貴方は彼女を道具のように扱われました。用が無くなったら捨てる・・・わたくし同様都合のいい物として・・・わたくし達にも心があります。それなのに無理やり都合だけを押し付けて・・・これは冥神が与えた罰ですわ」
ナイジェルは違うと言えなかった。確かにイレーネを利用し、最初ツェツィーリアも子を産む道具としか思っていなかった。非難されても返す言葉が無かった。

(冥神の罰―――確かにそうだ)
ツェツィーリアをそこまで追い詰めて子と彼女を亡くした。
こんな愚かな者はいない。彼女が心を開くまで自分を愛してくれるまで待てば、こんな事にはならなかったのかもしれない。全ての原因は自分の傲慢さだった。

「クレヴァー・・・」
ナイジェルはツェツィーリアから視線を外さず、後ろに控えていた大神官を呼んだ。

「はい。此処におります」
クレヴァーは力なく言葉を発する主君の声が聞こえるように進み出て控えた。

「・・・・愚かな私が冥の花嫁を道具のように扱ってそれを苦に花嫁は自害し冥神の逆鱗にふれたと後世に記せ・・・もう二度とこのような悲劇が起こらぬように。皇室秘事には・・・そうだな・・・花嫁から結婚の承諾を貰わねば冥神の怒りに触れ子が授からぬとでも書くように・・・そのような当たり前のことさえ驕っていた私には分からなかった・・・・」
「陛下・・・・確かに承りました・・・」
クレヴァーは涙した。孤独な皇帝が初めて愛に気が付いた時には遅かったのだ。
重苦しく長い沈黙がその場を支配していた。
まるで時間が止まったかのように誰も身動きひとつしなかった。
暫くして
ナイジェルが棺の中のツェツィーリアを優しく見つめながら話しかけ始めた。
「ツェツィーリア・・・まるで花嫁衣裳を着ているようだな。とても良く似合っている・・・私の花嫁・・・その存在を聞かされた時から既に私はお前に恋していたのだろう・・・」
イレーネは、はっとした。やはりと思った。

ナイジェルはまるで二人だけの世界のように語り続けている。

「――自分の気持ちに気付かなかった私は随分酷いことをしてしまった。嫉妬という初めての感情に振り回されて・・・言い訳にはならないな・・・愛していた。頭がおかしくなるくらい愛している。嫌・・もう狂っているのかもしれない。子が流れたと聞いた時よりも、その子の為にお前の命が危なかったと聞いた時の方が恐怖を覚えた。そしてお前を危険な目にあわせた哀れな私達の子を憎んだ。皇統を継ぐ者の最大の義務であったものよりもツェツィーリアお前の方が大事だった。そう思う私は皇帝失格だろう・・・愛しているツェツィーリア・・・愛していた・・・・」
廃位されても仕方が無いとさえ思ったもの・・・国の未来よりもこれから流されるかもしれない多くの民の血よりも一人の女の命の方が重いと感じる自分だった。

「・・・・・・これは夢?幸せな夢・・・月のように遠くてつかめない大好きな人・・・紫色の瞳の・・・・声もだけど顔まで優しそう・・・」
ナイジェルの時間が止まった――

(夢なのか?)
それならなんと残酷な夢だろうか?

(神が与えた罰か?こんな幻を見せるなんて・・・)
それともとうとう気がふれたのだろうか?ツェツィーリアの狂おしいほど愛しい瑠璃色の瞳が開いているのだ。しかも自分を好きだと言って微笑んでいる。知り合った頃のような微笑で―――

「ツェツィーリア!」
ナイジェルの強く呼びかけた声を聞いた彼女が不安そうな顔になった。

ナイジェルは確かめようとツェツィーリアの頬に触れた。
彼女はビクリと震えるといっそう不安な顔になった。

「な、何?夢・・夢じゃないの?」
ナイジェルも頬に触れた指が震えだした。幻でも夢でも無い現実のツェツィーリアをその指は感じている。ナイジェルはまるで壊れ物でも扱うようにそっとツェツィーリアの顔を両手で包んだ。
伝わってくる柔らかな温もりに瑠璃色の瞳が大きく開く。

そしてツェツィーリアはナイジェルの宝石のような紫の瞳から、一筋涙が落ちるのを見たのだった。

父皇帝が崩御した時でさえ涙する事の無かった孤高の皇帝ナイジェルが初めて流した一筋の涙―――

何も言わずナイジェルはツェツィーリアを棺からすくい上げ抱きしめた。
その腕の力が増していく―――全てを呑み込むかのような力強い抱擁。

「あっ・・」
そして口づけ―――

ツェツィーリアは夢の中でナイジェルの告白を聞いていた。幸せな夢だと思っていた。自分は毒を飲んだのだから死んだ筈だった・・・・何故?

「ん・・・・・んっ」
ツェツィーリアは何故か考える余裕が無くなってきた。
ナイジェルの愛情に満ちた口づけが貪るように深さを増し息さえ継げないのだ。
ツェツィーリアはもうただ呆然とされるがままだった。自然と開いてしまった口に侵入している舌が口腔の中をかき回しては、ツェツィーリアを翻弄している。
「うん・・・・・んんっ・・・」
愛される喜びの甘美な酔い――もう何も考えられなかった。でもナイジェルの痛いほどの愛を感じた。

驚き見守るクレヴァーの隣でイレーネは微笑んでいた。

「大成功でしたわ」
「成功?何がでしょうか?」
「ツェツィーが飲んだのはわたくしが毒だと言って渡した仮死状態にする薬でしたの。ツェツィーの為にも陛下のご本心を確かめたかったのです。ツェツィーは本当に陛下の事を愛していましたから・・・もし陛下のお心が彼女になければ生まれかわったと思って生きるようにと言うつもりでしたのよ。わたくしも陛下が彼女の事をあれほど想っていられるとは思っておりませんでしたから嘆く姿を見ていて少し胸が痛みましたけれど・・・まあそれは、わたくしを離縁して頂く慰謝料とさせていただきましょう」
イレーネはそう言い残して微笑みながら愛を確かめ合う二人を残し去って行った。

 その後、イレーネとの婚姻を解消したナイジェルはツェツィーリアを冥の花嫁では無く普通の娘として娶り盛大な婚礼を行なったのだった。民はこの婚礼に熱狂した。皇帝が長年連れ添った皇后を退けてまで愛した娘が、地位も財産も無い一般の娘という事にだ。
血筋を最も重要視する皇族がそんな娘を選ぶことなど今まで無かったからだろう。若い娘達など突然自分が冥の花嫁≠ニなって皇子が迎えに来ると云う夢物語のような話より、ずっと身近で夢のある出来事に感じていた。
ツェツィーリアが冥の花嫁だったという事実は一部のものしか知らなかったせいもある。
もちろんイレーネにたいする皇帝への批判は密かにあった。
しかしそれよりも人が変わったかのようなツェツィーリアにたいするナイジェルの深い愛情に皆口をつぐんでしまったのだ。

そしてツェツィーリアはナイジェルとの間に女児を出産した。
その子の胸には当然、星の刻印は無かったがその生まれた日に大神官クレヴァーは神託を受けた。
冥の花嫁誕生の知らせだった。十七年後その皇女に星の刻印が現れる―――

皇女の夫候補達に皇帝ナイジェルは宣言する
冥の花嫁の承諾無しには婚姻できぬ。これは冥神の威令なり≠ニ―――

神の名のもと勝手な約定を追加した皇帝だったが冥界の神々は微笑んでいるだろう。

  

 そして時代は廻る―――
「ティアナ?何を見ている?」
熱心に足元を見ながら歩いている彼女にレギナルトは問いかけた。

「ほら、見てください。キラキラ石が輝いているのですよ。お昼に何度も通っていたのに気づきませんでした。皇子は知っていましたか?」
彼女は顔をあげてにっこりと微笑んだ。レギナルトもつられて微笑む。

「ああ、これは夜に光る宝石を埋めてあるからだ」
宝石と聞いてティアナは驚いた。そしてまた熱心に眺めだした
「赤に黄色・・・えっと緑に・・・・」
今日は満月の夜だった。所用があって出かけたが思ったより遅くなってすっかり夜になっていた。
でも月夜を散歩したいというティアナの希望で城内を歩いているところだった。
彼女は夢中になって石畳の宝石を見ている。何がそんなに楽しいのかとレギナルトは思った。だがティアナのする事は何でも可愛らしいし自分に新しい感覚を教えてくれる。昔からあるこの道に何を感じているのだろうか?ティアナは自分には考えられない発想を時々するから面白い。

ティアナが顔をあげて輝くように微笑んで弾むように言った。その笑顔が眩しい。

「ねえ皇子。こうして見ていると夜の花園みたいですよね?」
(夜の花園?彼女はこの道をそう感じるのか・・・・花園か?)

レギナルトはふと何かを思い出しそうになった。

「前もそう言っていたな?」
「え?私が?」
ティアナは首をかしげて考えてみた。そう言われればそうかも・・・・
でもこれを見つけたのは初めてだし・・・?それにふと言葉が出た。

「でも、残念・・・紫の石が無いわ。私好きなのに・・・」
「それも聞いた事があるな」
私が?と困ったように考え込んでいるティアナの顔に、レギナルトが口づけを落とした。

「明日にでもこの道に紫の石を埋めさせよう」
ティアナはとんでもない事をさらりと言う皇子に仰天した。何時もそうだ。

「えっ!そんな駄目です!宝石なんでしょう?贅沢過ぎます」
こんな何でも無い事が贅沢だと言うティアナが可愛らしくてレギナルトは微笑んだ。
どんな事でも叶う立場にいるというのに何時まで経ってもこの性格は変わらないらしい。

「何故?好きなのだろう?」
大好きな皇子の紫色の瞳が優しく揺れ、ティアナは真っ赤になってしまった。
宝石のような紫の瞳を持つ皇子。他のどんな色の宝石よりもその色の宝石が一番好きなのだ。

「・・・皇子は意地悪です。私が何故それを好きか知っているのに聞くなんて・・・」
レギナルトの唇が端だけ意地悪くふっと上がった。

「そうか?そうだな。私が青・・・嫌、瑠璃色が好きなのと同じと言う訳か?」

ティアナは耳まで真っ赤に染まってしまった。
レギナルトは小さく笑いながら彼女を腕の中に包み込むと、赤く染まった耳朶を甘く噛んで囁いた。

「次の満月までにこの道にお前の望む石を埋めよう。そしていつも月が満夜(みつるよる)は共に此処で過ごそう・・・約束だ」
それからレギナルトは恥ずかしそうに小さく頷くティアナの顎を持ち上げた。
薔薇色の唇が誘うように開いている。
レギナルトは微笑み、その可憐な唇にそっと甘い口づけを落とした。
夜の花園がまるで風に揺れるように煌いていた夜だった―――




あとがき

 無事ハッピーエンドに持ち込めました。ははは・・・この話を書き始めたきっかけはレギナルトよりもっと好みの冷た〜い感じの主人公を書きたくなって始めたのです。(ラシードの後もそうなってレギが出来上がった訳ですが・・・)そこで新作の構想もありましたがキャラがレギとかぶってしまうのにちょっと抵抗を感じて、いっそのこと前世物でいこう!となりました。ちょうどいい素材がありましたから(笑)しかし!それはヒロインが死んでいる設定にしていた・・・・それって悲恋?私は悲恋ものは嫌いなんです。小説にしても漫画にしても主人公が最後に死ぬ設定だったら読み返す気力もなく、買って読んでしまったのを呪ってしまう性分でして、最後になんだかんだ言っても、どうのこうの言ってもハッピーエンドじゃないと嫌なんです。しかも生まれかわったら幸せに〜とかいうパターンさえ嫌い!!じゃあどうすんの??だったのですけどなんとか犠牲は出てしまいましたが無理やり(?)主人公達は幸せな道へもっていきました・・・はははは。かなり無理やり(笑) そして現在の二人に繋ぐ〜〜この宝石を散りばめた石畳の道は双方のシーンで書きたかったのですよ。ほほほほ・・・・金持ちっていいですね(う〜っとり)
最近この国ってオイルダラーの国かと思ってしまいます(オイルダラー = 金持ち王族←私の変な誤解?)



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