第一章 花嫁4



「私が〈冥の花嫁〉?嘘・・・・」
 レギナルトは説明も面倒とばかりに、今度はいきなり自分の首元の服に手をかけると

一気に下へ引き裂き、胸元を広げたのだ。
「これが証明だ」
 大きな雷鳴と共に閃光が走り、照らし出された逞しい左胸には銀に煌く星のような刻印があった。

 ティアナはそれがどういう意味なのか?

彼が何を言いたいのか分からなかったが、レギナルトがめぐらす視線に誘われるまま、

無残にも裂かれて露になっている自分の胸元に視線を落とした。
「なっ!」
 彼女の左胸。正確に言えば膨らみ始める場所に・・・・レギナルトと全く同じ形の刻印を見つけたのだ!

異性の手が誰も触れていない、その白い柔肌に印された証―――震える指でそっと触る。

でもこれが何を意味するのか分からない。
「こ、こんな痣。今まで無かったわ・・・ど、どうして・・・・」
「それはもちろん〈冥の花嫁〉として目覚めたからだ。さあ行くぞ!」
 レギナルトはそう言い放つと、ティアナの腕を荒々しく掴んだ。

 次から次へとおこる変事に、頭も心も追いついていかない。

それなのに今度は何処かに連れて行こうとする彼にティアナは怯えた。
(彼は何と言った?私と結婚すると言わなかった?私が本当に〈冥の花嫁〉なら

皇位継承者の花嫁?まさか・・・彼はイヴァンの兄なんだから只の貴族のはず・・・・)
 彼女の疑問は直ぐ明らかとなった。

 レギナルトに付き従う男達が、彼の事を
皇子 と呼んだのだ。
(皇子!そんな馬鹿な・・・彼が皇子なら弟のイヴァンも皇子・・・・)
 信じられない思いでこれ以上開く事が出来ないくらいに瞳を大きく見開き、腕を強く引く彼に弱々しく抗った。

 逆らうのは恐ろしかったでも・・・・
「は、放してください。両親を弔わないといけないのに・・・何処にも行きません」
「弔う?街中捜しても妖魔に食われた身体を弔う為に力を貸すものなどいるものか。

遺体の処理は指示した。お前は私の花嫁だ。
(おう)(じょう)まで一緒に来てもらう」
「処理・・・・」
 なんて冷たい言い方なんだろう。確かにこんなに損傷の激しい遺体は誰も相手にしてもらえないと思う・・・・

神に仕える神官さえも弔ってくれないだろう・・・・
 否応なしにレギナルトはティアナを引きずるように連れて行く。
「皇子、雨足が強くなってまいりましたから、馬車を手配致します。(しばら)くお待ちを」
「よい、構うな。このまま馬で駆けたほうが早い」
「しかし、花嫁様が濡れますが・・・」

 レギナルトはティアナを冷たく見下ろした。

そしていつの間にか血で汚れた自分の手を、彼女の頬から首筋へと滑らせた。

 ティアナはその瞬間、動けなかった。ぬるりとした血の感触と皇子の冷たい指に怯えた。

今にもその指が喉元に食い込むのでは?と思った。
「お前は血だらけだな・・・ハーロルト、馬車は無用だ。血が流れて丁度良かろう!」
 レギナルトはそう言い放つと、再び力弱く抗うティアナを無理やり横抱きに抱えて騎乗した。

 駆ける速さと容赦なく叩きつける雨に、ティアナはほとんど瞳を開ける事が出来なかった。

初夏といっても身体の体温は雨で奪われ、歯が噛み合わないぐらいガタガタと震えてきたが

馬から落ちないように必死だ
った。

レギナルトはもちろん片腕でしっかりと彼女を支えていたが信用していなかったのだ。緊張で疲れ果てていた。

皇城が間近に迫った時にはもう限界だった―――

みんな嘘だと思いたかったのに平民が通る事を許されない皇城の門をくぐると、

絶望に押しつぶされて、とうとう意識を手放してしまった。
 ガクリと力を無くした彼女をレギナルトは騎乗してから初めて見た。

ティアナは腕の中で揺れる身体にも伝わるくらい怯え震えていたが、

今は全てを預けて眠ったように気を失っている。

白い小さな顔と薄く開いた唇は、憐れなくらい血の気が無く青ざめていた。
「・・・・・・・・・・」
 レギナルトは皇城内にある(おう)子宮(じきゅう)に入り彼女を女官に預け、自分は足早に自室に向った。

それを追いかけて着替えや飲み物を持ってくる女官達を全て部屋から追い出した。

何故か無償に苛立ちを覚えるのだった――――。

 雨で重くなった服を乱暴に床に脱ぎ捨てると、寝台に身体を投げ出した。

濡れて一層艶やかに光る
()(あい)の髪が整えられた寝具に染みを作っていた。
(冥の花嫁だと!あの女が!冗談じゃない。

この目で確かめるまで信じられなかったが・・・いったいどうやったらこういう筋書きが出来る?

あの女はもう男を騙す振りもせず女の頂点、第一皇后だ!)
 腹立たしい思いに寝返りをうち、顔に濡れて貼りつく髪を煩わしくかきあげ、ふと思った。
振り? 本当に清純な振りだったのだろうか?)
 レギナルトは今日の彼女の様子を思い浮かべた。儚げに震える姿を――――
 両親があのような状態で、なお自分を作るだろうか?それは考えられない。

そこまでするなら性悪を通り越して魔性だ。それともまさしく魔性で同情を引く為か?

しかし、自分が〈冥の花嫁〉と知っても態度が変わる様子は無かったではないか?

今日も最初に見た印象のままだった・・・保護欲を掻きたてられるような楚々とした優しげな少女・・・・
(まさか本当はイヴァンの方が彼女を弄んだのか?あのイヴァンがそんな事をする

性格で無いのは十分知っている。あれから帝都に帰る事なくアデーレと楽しく過ごしていると聞く。

イヴァンは周りに流され易く、良く言えば素直。悪く言えばその場の感情で動く浅慮な面がある。

それでもイヴァンに全く悪気が無いから気にとめる事も無かったが・・・・
 彼女のあれが演技でないなら二人はその時、本当に愛し合っていたと言うのだろうか?

私が二人を引き離さなければ逆にアデーレの方が捨てられていたのだろうか?)
 ティアナが涙で濡れた瞳でイヴァンが好き≠ニ言っていた言葉を思い出し、

何故かさっきより苛立ちが強くなった。
(いずれにしても今日はどうかしている。全く自分らしくもなく、

あんな女の事で感情を制御出来ていないのだから・・・・)
 レギナルトは明日に直ぐ持ち越そうとする父である皇帝のようにしたくなかったが、

今日ばかりは
全ては明日だ! と決めた。
 それから彼はそのまま寝入ったようで、目覚めは何時もより遅かった。

すっかり夜も明け朝の鍛錬を怠った事に舌打ちした。

女官達を呼び身支度を整わせた。

出入りする女官の中に、昨日ティアナを預けた女官長バルバラの姿を見止め声をかけた。
「あれはどうしている?」
「高熱を出されまして先程医師が帰ったばかりでございます」
「熱?具合が悪いのか?」
「診断では雨による身体の衰弱と精神的なものだそうでございます」
 バルバラは批判的な声で答えた。

彼女は下級貴族の出身だがレギナルトの乳母で、この皇子宮を取り仕切っている存在だ。

女性を尊重する事が少ないレギナルトが認める一人でもある。
「・・・・部屋は何処だ?」
「今、薬で眠っていらっしゃいますから、お部屋にご案内する事は致しかねます。

そもそも雨の中を馬で駆けてくるからでございます。まるでさらって来たかの様ではございませんか?

皇子とあろうものが情けのうございます」
 レギナルトはこのバルバラの苦言(くげん)が苦手だ。

彼女が〈冥の花嫁〉だと知ったら信心深い彼女の事、何と
(いさ)められるか考えるだけで頭が痛くなった。
「それに、大神官が御目通りを願っていらっしゃいましたので御案内中でございます」
(また面倒な。私の許しも無く目通りさせるとは・・・バルバラにとって

大神官は神の使いのようなものらしい!優先される訳だ!)
 程なく大神官が現れたが、レギナルトは気にする事なく朝食を摂りながら彼の話に耳を傾けた。
「皇子、どういう事でございますか?あれ程くれぐれも礼節を持ってとお願い申し上げたのに、

狼藉者
のようなお振る舞いで挙句の果てに〈冥の花嫁〉をご病気にさせるなど」
 横で控える女官長バルバラの息を呑む姿がレギナルトの視界に入った。
 神殿の情報の速さをこの時ばかりは恨めしく思う。
(本当に厄介な・・・・)
「急ぎ連れてくる様にと言われたからそうしたまでだ。それよりもゲーゼ、婚儀の日はいつになったか?

お前の事だ、もう決めているのだろう?」
「もう冥の姫様にご承知頂けたのでございますか?」
「承知?何の話だ」
「申し上げたではございませんか。〈冥の花嫁〉に殿下とのご結婚を、

ご承知頂いて下さいと。そうでなければ御成婚できません」
 今の話に驚いたレギナルトは食事の手を止めた。
「馬鹿な!そんな話は聞いていない。いちいち相手の気持ちを確かめる必要も無いだろう?

子さえ
産ませれば良いのだから。見返りに女なら誰でも羨む第一皇后になれる。

政略結婚の様なものなのだから気持ちなど全く必要無い!」
 ゲーゼは驚き、声を低め皇子だけに聞こえるように話す。
「ご存知無かったのですか?皇家秘事を?それが〈冥の花嫁〉に限っては必要なのでございます。

今の皇子のお考えは身分の高いお方であれば至極ごもっともでございます。

昔やはり同じく只、血脈を繋げる為の子を産む道具のように〈冥の花嫁〉を扱われた皇族がいらっしゃいました。

悲嘆にくれた花嫁は自害され、その仕打ちに激怒された冥神は盟約こそ破棄なさいませんでしたが

付け加えられました。花嫁の合意がなければ子は授からせないと・・・神とて子の幸せを願う親でございます。

それからと言うもの当然の如く国家の存亡は不安定となりました。神の子と言えど私達と同じ感情がございます。

降臨された花嫁のお心をとらえる事が出来なければ危機に陥るという訳です。

このような基本的な事を今更、ご説明しなければならなかったとは思ってもおりませんでした。

もっとあの場で詳しくご説明さしあげていれば・・・後悔するばかりでございます」
 厳格な顔を更にしかめさせて長々と話す大神官。

 それを苦い薬でも飲むようにレギナルトは聞いていた。
 〈冥の花嫁〉の記述は自分には関係ないものとして皇家に伝わるような秘事まで紐解いてなかったのだ。

それにあの場で説明されたとしても手遅れだった。

既に二人は最悪の状態で出逢っていたのだから・・・レギナルトは苦々しく神殿跡地の事を思いだした。

しかも昨日の考えが正しければ一方的に自分が彼女を傷つけたという事になる。

今更機嫌をとって承諾させるのはかなり厳しい状況だ。

それに女の機嫌をとるなど考えるだけで気分が悪くなる―――
 悲観した大神官はとんでもない事まで言い出した。
「皇子、貴方様になびかぬ女人(にょにん)はおりません。神にその身を捧げた神官でさえもになっています。

私はいつも彼女達の懺悔を聞いておりますから良く知っております。

どうぞ、そのはた迷惑で無駄かと思っておりました女人殺しの魅力を用いて、

冥の花嫁のお心をお
(つか)み下さいませ。私も皇子が無事成就するよう神殿あげて祈祷(きとう)いたします」
 レギナルトは大神官の無礼な言い様に怒りを通り越して呆れた。
(神官の女達の事など知らないうえに、はた迷惑で無駄な女殺しの魅力?

私が好んで女達を口説いて廻っているような言い草!どんな懺悔を聞いたらそんな話になるんだ?

女関係について時々引っかかる物言いをしていたゲーゼの言動の背景は、はなはだ良くわかった!

それよりも気になる事は・・・)
「ゲーゼ、全て承知した。〈冥の花嫁〉について私の知識が無かった事は認めよう。

そこで問題が生じる事に気がついた。〈冥の花嫁〉は皇位継承者と結婚するとされるが、

逆に彼女と婚姻を結べば誰でも皇位を継ぐことが出来るとも一般的に思われていなかったか?」
「そうでございます。全てが間違えでもございませんが皇家の秘事でございます。

後程、書物をお届け
致しますのでご確認下さいませ」
「真実よりも一般の考え方に問題があると言っている。皇家の秘事で公開出来ないのなら尚更、

皇位簒奪を
(たくらむ)ものに彼女が狙われるのでは?
「それは・・・確かに。そう考えられますな」
「そう、だから彼女の事は(おおやけ)に発表しないように。

とりあえず私が見初めて連れて来た娘ぐらいにしているのが良いだろう」
「それは妙案でございます。もしや皇子はそこまでお考えになられて無法者のように姫君を扱われましたか?

まさかあのような扱われ方をされる御方が〈冥の花嫁〉だとは皆、思いますまい。

おお、そうでございますね。見初めて無理やり連れて来たとしか思いません」
「ゲーゼ。嫌味はもういい。今後、彼女は丁重に扱うからもう下がれ」
「礼節を持ってでございますよ、皇子」
 レギナルトは分かったと手を振って退室を命じた。

大神官が去っても、バルバラが今にも苦言を並びたてたそうにしている。

今日は朝からどんな政務よりも疲れると思い、溜息をつくのだった。




          
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