第二章 囚われて1


 
 ティアナは結局まる三日、意識もほとんど無く寝込んでいたが四日目の朝、熱も落ち着き目覚めた。

身体中が痛くてこのまま死んでしまいたかった。目覚めれば辛い現実が待っているのだから・・・・

重たい瞼を開けて周りを見渡せば夢じゃないと思い知らされる。

見た事も無い立派な寝具と大きく広い豪華な室内。

そして上品なお仕着せの服を着た女官達が立ち動いている・・・・場違いなのは自分だけ・・・・
 ティアナは何もかもおかしくなって乾いた笑声をあげた。運命が呪わしい―――
初めての恋を失い。次は両親。そして憎い男に一生囚われるのだから―――
 レギナルトはこの三日と言うものバルバラから面会謝絶を言い渡され、

やっと四日目の朝、部屋に通してもらうことが出来た。

入室するとティアナは寝台に半身起き上がったような状態でもたれていた。

寝台の大きさが一層、彼女を儚く感じさせる。

 そして虚ろに笑っていた・・・・レギナルトはまた苛立ちを覚えた。

 大神官はああ言っていたが女の機嫌をとるつもりは無かった。

皇帝がもう一つよく使う言葉でいえばどうにかなる≠セ!
 
「何を笑っている?」
 ティアナは、はっとした。

 いつの間にかレギナルトがすぐ側に立っていたのだ。

諸悪の根源を目の当りにして
目眩(めまい)をおこしそうだった。

 しかしその憎い相手の姿に息を呑んだ。

金糸、銀糸を使った手の込んだ衣装はもちろんだが、

濃藍色の髪と紫の瞳を際立たせて額に輝くのは、皇族の印である宝玉の環―――

 そして相変わらず傲慢な態度の男。
(やっぱり皇子だった・・・・) 視線を落とし黙りこんだ。
 レギナルトは自分を無視する彼女をこちらに向かせようと手を伸ばした。

 するとティアナはビクリと大きく身体を揺らし、ガタガタと怯えて震え出したのだった。

ティアナは怖かった――身体の自由を奪われた冷たい指の皇子を思い出したからだ。

あの時つかまれた手首が痛む気がした。なぞられた頬と首への冷たい感触が甦ってくる。

 側に控えるバルバラが、ジロリと睨むのでレギナルトは伸ばしかけた手を引いた。

 皇子は軽く溜息をつくと気を取り直し、後ろで控えていた医師に昨日申し付けた結果を聞くことにした。
「診察の結果は?」
「はい。性交渉の有無までは分かりかねますが、ご懐妊の兆候は見られません」
「情事の有無などどうでもいい。私との婚儀の前に、快楽におぼれた挙句、

他の男の子供でも身ごもっていたとしたら困るだけだ。そういう輩の女達は沢山いるからな。

それを聞いて安心した――ご苦労だった」
 ティアナは今の会話に心臓が止まりそうだった。

いや、一瞬止まったのだろう血が逆流するように激しく脈打つ。

寝ている間にそんな事を調べられていたのだ。

(なんて恥知らずな!彼はやっぱり私の事を神の前で誓う前にそんな事をするふしだらな女と思っているの?)

 いくら高貴な身分と言っても許される事と許されない事ぐらいある。

イヴァンが大好きでも、両親に顔向け出来ないような行為をするなんて考えた事も無かった。

もちろん彼から求められた事もあったが、キッパリと断っていた。

 でも悔しいのに、この皇子には言い返せない勇気が無い自分が恨めしかった。

悔しさに涙が溢れそうになったので瞼をきつく閉じた。
「皇子!今のお言葉は女性に対して大変失礼でございます!」
 それは女官らしき人物から発せられた。ハッキリとしたもの言いに一同注目した。
 彼女は女性にしては背が高く意思の強そうな美しい若い娘だった。
「お前は?見かけない顔だが」
 身元は慌てて間に入ってきたバルバラが答えた。
「皇子。申し訳ございません。まだ作法が成っていなく、お許し下さいませ。

私の姪でドロテーと申します。ティアナ様の侍女にと思って呼び寄せました」
「あら、伯母様。ここでは悪い事を悪いと申し上げてはいけませんの?」
「そうではありません!お前の言った事は間違ってはおりません。作法を言っているのです。

皇族に許しなく唐突に話かけるのが悪いと言っているのです。さあ、皇子にお詫びを申しあげなさい」
「話しかける許しを頂いてないけど、お詫びは申し上げて宜しいの?伯母様?」
「またそんな屁理屈を!申し訳ございません!皇子」
 バルバラは無理やりドロテーの背中を押してお辞儀をさせた。

 二人の会話にティアナは涙が引っ込んで、思わず笑ってしまった。

 レギナルトはその小さな笑い声に、はっとして彼女を見たが、瞳が合った瞬間、ティアナはまた黙り込んだ。
 ティアナは皇子の鋭い瞳を見て急に心配になってきた。

自分の気持ちを代弁してくれた彼女が、暴君の彼にどんな仕打ちを受けるのか

考えただけでも恐ろしくなったのだ。
 彼女の心配を他所にレギナルトはあっさりと自分の非を認めた。
「バルバラもう良い。無作法に話かけた云々より、お前達は私を非難したいのだろう?」
「その通りでございます。ドロテーが申し上げなければ、私が後ほどお諌めするつもりでございました。
人となりは雰囲気を見れば分かります。礼節をもったご家庭でお育ちなさった感じのお嬢様に

不埒な疑いを持つなどとんでもございません!」

 レギナルトは彼女がそんな女では無いと思い始めていたのに、心とは裏腹な言葉が出てしまったのだった。
「・・・・私が悪かった。取り立てて彼女の事だけを言ったつもりは無かった。

一般的な確認をしたつもりだった。嫌な思いをさせてすまなかった――許してくれ」
 ティアナは驚いた。傲慢な男、いや傲慢なのは当然だろう

この帝国で最高位の位置にいるのだから当然と言えば当然。

矜持(きょうじ)も遥かに高いだろう。それなのに悪いと思えばあっさりと認める度量の広さに感心した。

 ドロテーもそう思ったのだろうそんな顔をしていた。
 ティアナは自分の返事を待っているような彼を、チラリと見て小さく頷いた。
 レギナルトもそれを確認して安心したのか、以外と長居する事なく退室して行ったのだった。
後日、バルバラがドロテーに誇らしく話しているのを洩れ聞くと、

ほとんど政務をしない皇帝の代行を務めているらしく皇子はとても忙しいそうだ。

だから皇子宮に帰る事なく皇城中枢部の政務庁で寝泊りする事が多いらしいが、

今はティアナが来てからは毎日、皇子宮に帰って来るとの事だった。
皇子は出かける前と帰って来たら必ず顔を出しに来た。

 ティアナはまだ体力が戻らないので眠ってばかりいるから、皇子が来ても寝たふりをして話す事は無かった。

だが瞳を閉じていても、彼の圧倒的な存在感を肌で感じてしまう。

時々、じっと自分を見つめるような視線を感じる時もあり、

好奇心で瞳を開けてしまわないように息を潜めて耐えていた。

退室する音を聞いて、ほっと息を吐く始末だ。

 ドロテーは分かっているみたいだが、何も言わない。

お互いまだ打ち解けてはいないと言うよりも、本当に話す気力も無いぐらい眠たいのだ。
 レギナルトは、この時期は特に忙しく毎日に帰る時間も惜しい筈なのに、

何故かティアナの様子が気になって今に至っている。

回復をみせない病状に苛立ちを感じていた。精神的なものだと医師達は口を揃えて言うのだ。

彼女が何かから逃れようとして心身に支障をきたし、しかも生きる意欲を失っているので回復を遅らせていると。

それは間違え無く自分から逃れたいのだろうと思う・・・・そう感じるから尚更、苛立つのだろう。
 レギナルトは今日もティアナの部屋に足を運ぶが・・・何時も眠っている。

呼吸が止まっているのでは無いか?と思うぐらい静かだ。

時々心配になって覗き込んでは、すっかりバルバラ二世の様になったドロテーの咳払いで顔を上げる始末だ。

彼女が今にも消えて無くなりそうなので毎日確認しないと気がすまないのだと思う。

大事な花嫁なのだから当たり前と自分に言い聞かせているが、その思惑に気持ちはしっくりこない。

まあ、いずれにしてもゲーゼが毎日様子を聞いて煩いので、早く回復して欲しいものだと思うのだが――――
 ティアナはここに連れて来られてから随分日にちが過ぎているように感じていたが、まだ十日ぐらいだった。

まどろむ意識の中で大事な事を思い出したのだ。

両親が命を落としてまで採ってきてくれた誕生日の贈り物の存在を。
(確かあの時、一緒に運んでもらっていた鉢植えの花!何で今まで忘れていたのだろう。

早く取りに行かなくては枯れてしまう!父さんと母さんが最後に贈ってくれた花なのに・・・)

 皇子には頼みたく無かった。両親を処理≠オたような冷血漢には――――。

 思いだして吐き気がしてきた。そう彼は処理≠ニ言った。

人間と思えない残骸と成り果てた両親だったからか?まるでゴミのような言い方だった

(父さんと母さんをどうしたのだろうか?)

 聞くのは怖かった――――
 目標が出来たティアナの回復は早かった。医師達も目を見張ったぐらいだ。彼らも安堵した。

何故なら回復しない彼女に苛立つ皇子から処罰が下りそうで、内心生きた心地がしなかったのだ。
 ティアナは機会を狙った。

体力作りと言って宮殿の中を歩き大体の場所の確認も出来たし、

運が良い事に食料を買い付ける為に定期的に馬車を出していると聞きこんだ。

皇城は入るには厳しいが出るのは簡単なので、その荷馬車に隠れて脱出する計画を立てた。
 その機会は待たずして訪れた。珍しくドロテーはバルバラの用事でいなかったのだ。

しかも荷馬車が出る時刻で丁度いい。

 早速、荷馬車の籠の中に身を潜め何事もなく荷馬車は城を抜け、街の繁華街へと向かった。

 家人が買い付けに気をとられている間にこっそりと荷台から降り人混みに紛れた。
成功だ!自分の鼓動が家人に聞こえるのでは無いかと、

心臓が飛び出るような気分で荷台に隠れていたから達成感もひとしおだった。

汗ばむ額をぬぐいながら自宅へ急ぐ。何時も店先の道にいっぱいだった花はもちろん無い。
近所の人達に見つからないように勝手口から入った。

まだそんなに日にちも経って無いのに、とても懐かしく涙があふれてきた。

すぐそこから母親が出てきそうだったし、鼻歌を歌いながら食事が出来るのを待つ父親が座っているようだった。

 ご馳走が並んでいた食卓は何も無く片付いている。嫌な予感がした――――

 家の中が綺麗過ぎるのだ。何もかも処分されているように――――
急ぎ店先に出た。

あの時見た悪夢のようなものは一切無かった。血で染まっていた床さえも染み一つ無いのだ。

店内は空っぽで時間が止まっているようだった。

何もかも両親と同じく処理されたのだと絶望して膝に力が入らず崩れるように床に座り込んだ。
その時、視界の端に白いものが映った。

這うようにして店の隅にある普段は水をはって切花を入れる器の中を覗いた。

 そこに目的の鉢植えを見つけた!しかも枯れないようにしてくれたのか、

水を入れた中に鉢ごと入れてあったのだ。渓谷に咲く花だからだろうか?

水に強いらしく根腐れもしていない。そのうえ水のおかげで初夏の暑さにも耐えたようだった。

あの時蕾だった花は可憐な花びらをいっぱいに広げていた。

こんな完全な形で手にする事が出来るとは思っていなかった。

日にちも経って植物が生きているとは思っていなかった。枯れた状態でも良かったのだ。

もしかして球根だったらまだ根は死んでいな
いかも、と言うわずかな希望だけだった。

 ティアナがそっと大事な宝物でも扱うように鉢をすくい上げると、花と花が触れ合って鳴るのか?

優しい音が鳴る。まるで子守唄でも聞いているような心地良い音だ。

どこかでこの花を見て、この音を聞いたような気がした。

あっ、と思い出した。誕生日に夢みた野原に咲いていた花だった。
幸せにおなり と言われた夢の・・・・    
「幸せになんかなれない・・・・」 
 ティアナは声に出してそう言うと涙が流れるに任せた。ほっとして気が抜けて目眩がする。

最近までほとんど動く事がなかった体力の無い身体は、もう限界で立つ事も出来ない。

此処(ここ)に来る事ばかり考えていて帰る手段は全く考えて無かった。
(帰る?私・・・・戻るつもりだったの?) 
そう思っていた自分に驚いた。このまま逃げる事が出来たら良いのにと思う。

でもあの皇子から逃げる事が出来る訳が無い。

(門まで行ったらドロテーを呼んでもらおう。まだ皇子は政務中だし、大丈夫よね?

少し、少しだけ眠りたい・・・・)
ティアナはそのまま床にゆっくりと横たわったのだった。





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