第二章 囚われて3
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ティアナは昨日、本当に反省した。連れ戻された宮では、バルバラとドロテーが心から心配していたからだ。
ドロテーは皇子がその場にいるのに『皇子に内緒に出かけたいなら私がちゃんとするから!』
と言ってバルバラに怒られていた。
嬉しくて申し訳なくて涙があふれて、ドロテーと一緒に泣いてしまった。
気がつけば皇子はいつの間にかいなくなっていた事を思い出した。
聞けば皇子は謁見を中断して駆けつけたから戻ったとの事だった。
そう言えば昨日の皇子は礼服を着ていて、普段の服装と違い権威を象徴するかのような立派な装いだった。
その姿のまま城下に現れたのだから目立って仕方がなかった。
道行く女性達は馬上の皇子の姿を見上げては、顔を赤らめて倒れそうだった。
確かにイヴァンがおとぎの国の皇子なら、レギナルトは物語に出てくる竜を斃す皇子のようだと思った。
いつものようにレギナルトが現れたが、今日は連れがいた。
しかも二人なのだがその人物は鏡で映したかの様にそっくりだった。
長身の皇子とほぼ同じぐらいの年恰好で、やはり皇子と同様、体格も騎士の風体で
短髪の黒髪と黒い瞳は精悍さを引き立たせていた。
だが、その風貌は貴族的で秀麗だ。
そして、ただ一つ違うところは一人の右目尻に小さなほくろがあるだけだった。
レギナルトが彼らを紹介しだした。
「近衛隊長のハーロルトと、副隊長で双子の弟エリクだ。ハーロルトは今日からお前の護衛にあたってもらう」
ティアナは道理でと思った。彼らの服装まで一緒だったからだ。
近衛兵の制服だろう紫紺に金に縫い取りの長衣を着ていたのだ。
近衛兵は貴族で構成される皇家直属の軍で、主に皇城の警備と皇族を警護していた。
若い二人が隊の代表を名乗っているのは名門と言うだけでなく、かなりの実力があるのだろう。
「私の護衛?」
「そうだ。昨日のようにふらふら出て行っても困るからだ」
ティアナはカッと頬に血がのぼった。
(護衛とは名ばかりの見張りなんだ!)と思ったが、声に出せ無かった。
「それはティアナ様の監視の為ですの?」
「ドロテー。私は声をかけるのは許してないが?」
「失礼致しました。なにぶん田舎育ちでございますので、なかなか風習に馴染めなくて!」
レギナルトは深々とお辞儀をする彼女を横目で見やると、大きく息を吐いた。
「監視のつもりじゃない。身体が治ればいつもも此処にいる訳でないだろう?
外に出るなら危険だから護衛を付けるだけだ」
「外に出ても良いのですか?」
ティアナは信じられないと言う顔で聞いた。
「・・・・私がお前を囚人のように扱うとでも思っていたのか?馬鹿らしい!」
頷くだけのティアナに代わって、やっぱりドロテーが大仰に返答してくれた。
「当然でございます。皇子はティアナ様に十分そう思わせるような態度でございましたから。
しかし誤解と分かりましたので、ティアナ様もご安心なさって
無茶はなさいませんでしょう。ねえ?ティアナ様?」
ドロテーの最後の方は、若い年頃の娘らしくティアナに向かって片目をつぶって言った。
バルバラニ世は健在だった。レギナルトは彼女の無礼な物言いを怒るのも虚しく続けて言う。
「ハーロルトが一緒なら皇城内は大概何処でも入れる。自由にするがいい――」
再び名指しされたほくろが無い方が進み出て、一礼した。
「初めまして。ティアナ様。冥の姫の護衛、申し付かりまして大変光栄でございます」
「ハーロルト様。こちらこそどうぞ宜しくお願いします」
「どうぞ、ハーロルトとお呼び下さい―――その花は確か花屋にあったものでは?」
ハーロルトはティアナの側にある花の鉢を見止めたようだった。
「ええ、そうです。昨日取って来たのですけど・・・?」
「まだ咲いていましたか。それは良かった」
ティアナは、あっ、と思った。
「もしかして、この花を水に入れてくれた方ですか?」
「はい。切花は仕方が無いと思いましたが、それは鉢植えでしかも
非常に珍しい植物でしたので、一応そのように配慮させて頂きました」
「本当だ!これは珍しい。〈星の夢語り〉だ!」
今まで畏まって立っていたエリクが話に入ってきた。
不躾な態度に生真面目なハーロルトはエリクを窘めた。
初めて聞く花の名前にティアナは聞き返した。
「星の夢語りですか?」
「はい。母が好んで以前持っておりましたので存じておりますが、
冥界に咲く花ではないかと云われる珍しいものです。
昔は貴族の観賞用として流通しておりましたが、最近ではほとんど入手できない代物です」
「そんなに珍しいものだったのね・・・・」
ティアナは両親と最後に交わしたビックリするような贈り物≠ニ、言っていた会話を思いだした。
悲しいのはもちろんだが、今は嬉しさで胸がいっぱいになった。
そしてこの花を助けてくれたハーロルトに感謝して微笑んだ。
「ありがとうございました。この花はとても大事なものだったのです。
もう駄目かと思っていたのに、本当にありがとうございました」
ティアナの春風のように優しく微笑む姿に、その場にいたものは釘付けとなった。
まともにあびたハーロルトは、完全に魅了されて返答さえ忘れている。
レギナルトはまた何時ものように苛立っていた。何故か無性に腹が立って仕方が無いのだ。
ティアナがハーロルトと親しげに会話するのを苦々しく聞いていたが、
最後に極上の笑顔で締めくくられた時は――もう我慢の限界だった。
とりあえず怒鳴りたい気持ちは抑えた。何と言って怒鳴りたいのか分からないのにだ!
誰に声をかける事なく猛々しく踵を返すと、その場から去って行った。
慌ててエリクが後を追う。
「皇子は急にどうしたの?私また何か怒らせるような事した?」
ティアナは恐る恐るドロテーに聞いてみると、彼女は得意満面で答えてくれた。
「嫉妬ですよ!ティアナ様がハーロルト様と仲良く話していましたから」
「仲良くって!」「仲良くだって!」
ティアナもハーロルトも同時に言って顔を見合わせた。
「はい。あの会話でも十分そのように見えたと思います。
何故ならティアナ様はいつも皇子とはお話なさいませんでしょう?
ほとんど返事だけで。それなのに他の男性の前では微笑んで話されるのだから、私の勘では絶対嫉妬ですね〜」
「ちょっと待って!嫉妬なんて好きな相手にするものよ」
「もちろんそうです。皇子はティアナ様に首っ丈ではございませんか!」
「えええっ―――そんなことある訳ないわ!私がその、認めたくないけど
〈冥の花嫁〉だから自分の所有物だと主張しているだけよ」
ドロテーは、あらっ、と言う顔をした。
「い〜いえ。私の勘は外れないのですよ。私も皇子の事は前々から伯母から良く聞いていましたし、
世間一般の評判も良く知っていましたけど、此処に来て驚いたのなんのって!
ティアナ様に関してはそれらを覆すような感じですよ。そう思いません?ハーロルト様?」
仲良くと言われ事に少なからず戸惑っていたハーロルトが、ドロテーの標的となった。
「確かに君の言う通りだね」
「どう言う通りですの?それだけでは分かりませんわ。ねえ〜ティアナ様」
「いや、その。申し訳ない。このような話は苦手で思ったような言葉がでない」
本当に困った様子のハーロルトにティアナは助け舟をだした。
「ハーロルト、本当に皇子宮の外に出てもいいになら私、大神殿に行ってみたいのだけど。
皇城側からも行けるのでしょう?」
「畏まりました。お供いたします」
ハーロルトは助かったとばかりに手配しに退室していった。
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