第二章 囚われて4

 
 
 大神殿は正確に言えば皇城の中から城外に繋がっていて立ち入り禁止区域はあるが、一般の民衆も参拝できた。

規模は大きくまるで城の中にまた城があるような感じだ。

それでも各政務機関と有力貴族達の控え室と、後宮を擁する皇帝の皇宮の方が遥かに大きい。

皇城は大きく分けて皇宮、神殿、第一皇子の為の皇子宮とそれらを繋ぐ庭園。

簡単だがその大きさと規模で移動は主に馬や馬車を使う事が多いようだ。
 ティアナは馬車でやって来た。清々しい神殿内で(ひざまず)いて(しばら)く祈りを捧げる。

両親の冥福を祈っていたのだ。

 気持ちがおさまりようやく立ち上がった。
今日こそ両親の行き先を確かめようと決意していた。

花の件で察したがハーロルトが、あの場を処理したのだろうと思った。

答えを聞く覚悟が出来なくて来る間も彼に聞けなかったが、神殿に来て少し勇気を貰ったような気がした。
訊ねようとした矢先、大神官ゲーゼの一団と出くわした。さすが皇城の通用路のだけある。

雲の上の存在でもある大神官と間近でお会い出来るなんて、とティアナは幸運に頬を紅潮させたが、

彼女より興奮していたのは大神官ゲーゼの方だった。

ハーロルトが護衛についている少女がすぐ〈冥の花嫁〉と察知したからだ。
 ゲーゼは厳しい顔に満面の笑みを浮かべて話かけてきた。

周りにいた神官もハーロルトも普段の大神官らしからぬ表情に驚いていた。
「これは、これは本当にお元気になられたのですね。

何度かお見舞いに伺いましたが、皇子がお許しにならなくて心配しておりました」
「えっ、私のことご存知なのですか?」
「もちろんですよ。此処では人の目がございますから私室までどうぞ。

甘いお菓子もございますから、ささ、どうぞ」
 ティアナはほとんど強引にゲーゼの私室に連れて来られてしまった。
そして座らされた目の前の卓上には、お茶とお菓子を並べさせて

自分は向かい側に座りニコニコ微笑んでいる。

 ハーロルトが後で教えてくれたが、大神官が笑ったのを見たのは初めてだったぐらい

笑わない方だと言う事だった。

だけど始終、嬉しそうに微笑みながら何故かレギナルト皇子を褒め称える昔話を

聞かされ続けたのだ。中にはそれは褒めているの?≠ニ首を傾げる話もあり、

後ろで立っているハーロルトも時々苦笑していた。
 そしてやっと最近の話になってきたようだった。
「そうそう、姫様の今生でのご両親は、誠にお気の毒でございましたな。

お寂しいでしょうね。お悔やみ申し上げます。私も冥福を毎日祈っております」
「えっ、大神官様がですか?父達の事知っているのですか?」
 ゲーゼは、おや?と言う表情をしたかと思うと、またニッコリ笑った。
「誰も姫様に教えませんでしたか?ご存知だから此処においでかと思っておりました。

ご両親は私が手厚く葬って此処の聖墓地に埋葬しております。のうハーロルト?」
「はい。その節はご足労おかけ致しました」
「ま、まさか本当ですか?皇子は 処理する と言っていてそんな事一言も・・・・」
「はあ・・・何時もお諌めするのですが、言葉の配慮が足り無い方でして、誠に情けない限りでございます」
 ゲーゼは大仰に額に手をやって嘆き、ハーロルトは補足して話しを続けた。
「ティアナ様はあの状況でしたからご存知無かったと思いますが、

私もあの場におりまして皇子より指示があり、その日のうちに取り計らいました。

皇子はあのような御気性ですので何かと誤解されるかと思いますが理不尽な事は決して致しません」
 ティアナは信じられなかった。

あの人を人とも思わない様な皇子がそんな手配をしてくれたとは考えられなかったのだ。

それも大神官に埋葬させるなど皇族並みの最高の弔いをだ―――
 その後、両親が埋葬された聖墓地に案内してもらい墓標に伏して気が済むまで泣いた。
 やっと皇子宮に帰り着いたティアナは湯殿に投げ込まれてしまった。

涙でグチャグチャになった顔を
見たドロテーがそうしたのだ。

彼女の判断は正しかった。熱いお湯に浸かっているだけで悲しみが溶けていくようだった。

今頃きっと彼女はハーロルトを捕まえて問い詰めているに違いない。

その様子を思い浮かべると楽しくなってきた。
(今日、皇子は早く帰って来るのかしら?早く帰って来たら良いのに・・・早くお礼が言いたい。

?そう言えば皇子と会うのが待ち遠しいのは初めて・・・だいたい何時も怒ってばかりで怖いのだもの・・・・

ちょっと笑ってくれたらとても素敵だと思うのに・・・)
 そう思ったティアナはふいにレギナルトが笑った顔を想像して、うろたえた。
それからティアナは長湯のしすぎと、外出の疲れもあって寝台に逆戻りしてしまった。

 しかし、レギナルトが帰って来た時には寝台で半身起き上がってはいた。
皇子は何時ものように入室してくるなり、怒ったような口調で言った。
「具合が悪いのか?調子にのって出歩き過ぎたのだろう!」
 ティアナはちょっとムッとしたが、大神官が言葉の配慮が足りないと嘆いた姿を思い出して、

逆に微笑ましく思ってしまった。
「大神殿に行って大神官様とお会いしました」
「ゲーゼと?話したのか?」
 ティアナは笑いをこらえてコクリと頷いた。
「それは最悪だな。長かっただろう?」
「はい。お一人でずっと一時間以上は喋っていらっしゃいました」
 レギナルトは眉を寄せたかと思うと、それは堪らん、と言って声をあげて笑いだした。

 初めて見た皇子の笑った姿に驚いき、ドクンと胸が高鳴った。

 ちょっと笑った良いのにと思っていたが―――想像より遥かに素敵だったのだ。

 ドロテーが皇子とは返事しかしていない、と指摘されたのを思い出したので頑張って会話を続けてみた。

 いつも怖がって黙していたから分からなかったが、会話をしてみると以外に話し易かった。
「ゲーゼの話は長いからな。止めさせるのにコツがある」
「コツ?」
「ああ、途中で全て承知した、と言って終わりにすればいい」
「承知?全部分かっています。と言うのですね・・・だけど今回は無理だったと思います。

全部、皇子を褒め称える内容でしたから。大神官様は本当に皇子の事がお好きなのですね」
 レギナルトは嫌そうな顔をした。

ゲーゼの考えそうな事が今の話を聞いて手に取るように分かった。いわゆる印象回復作戦だろう。

(まったく余計な事を!おしゃべり爺が!)
「それと大神官様からお聞きました。両親の事。ありがとうございました。感謝します――」
 レギナルトは改めてティアナの顔を見た。そう言えば泣いたように目元が腫れている。
「―――また泣いたな?まだ精神的に不安定だったから伏せていたのに。

全く!あの爺の口を封じるのを忘れていた。あんなおしゃべりな爺は早いところ永遠に口を封じたくなる!」
 ティアナはそうだったのかと納得した。

確かにもっと早く聞いていたら自分の急激な変化に怯えている最中に

両親の死をまた思い出して嘆くと心がもたなかっただろう。

 それにしても大神官に子供みたいに悪態つくレギナルトの違う一面を見たティアナは、

いつの間にか楽しそうに笑っていた。
 レギナルトは明るい彼女の笑い声に意表を突かれた。

今朝の笑顔もそうだが、本来はこのような笑顔が良く似合うと思った。

 貴族の女達が扇の下で妖艶に笑うのと違う・・・邪気の無い笑顔がとても魅力的だと・・・

 今なら今朝、何故苛立ったのか分かった気がした。自分だけに向けられるこの笑顔が欲しかったのだ。

 ―――そう思えば思う程、感情と言う名の獣が檻の中で目覚め始めたような気分だった。
「・・・・ゲーゼもたまには役にたつ。いつも私といる時は泣いてばかりだったが・・・

初めて笑ってくれたな・・・それがいい」
 レギナルトは寝台の端に腰掛けティアナを覗き込むように、低く囁きかけた。

唇は軽く微笑みを刻み、いつもは冷たい光を放つ紫の瞳が熱をおびて揺らめいているようだった。
 ティアナはいきなり訪れた親密な空気と皇子の様子にどぎまぎして鼓動が異常なほど高鳴った。

間近に迫るレギナルトの姿は、彼が全く意識すること無いのだがゲーゼが評した


はた迷惑な魅力 全開だったのだ。

 皇子からは強烈で圧倒的な男を感じた。うぶな娘ならひとたまりも無いだろう。

 ましてティアナは先日、皇子がもっと間近に迫った事を思い出して身体が、カッと熱くなった。

 無理やりされた激しい口づけ―――男の力の前にはどうする事も出来ず、支配されてしまった。

それを思い出すだけで何故か?嫌悪では無く身体の奥が疼いて熱くなるような気がする。

前は力ずくで身動きが取れなかったが、今は何もされていないのに動けない。

 ―――何故なのか?ティアナは分からなかった。
 長い指に指輪を幾つかはめたレギナルトの片手が、ティアナの顔に近づいてきた。
 ティアナは また口づけされる と思い瞳を固く閉じたが、

恐怖より先に意識が遠くなって気を失ってしてしまった。
 突然、グッタリと気絶したティアナに驚いたのはレギナルトだった。
「なっ!いったいどうした!」
 今まで静かに控えていたドロテーは大きく溜息をつくと、

ティアナの肩まで上掛けを引きあげ、そっぽ向いて話しだした。
「お許しいただいてないので、独り言です!ご自分が女性に及ぼす力をお考えにならないで

不用意にお顔をお近づけになるからです。体調も悪いのに!」
 レギナルトは片眉を上げた。
(私が近づいたから気を失ったとでも言うのか?)
「随分の言いようだな、ドロテー?」
「ティアナ様は皇子がいつもお相手なさっている様な姫君達とは違います。

()とも(、、)思って(、、、)なく(、、)てもあの様に迫られたら堪りません!ティアナ様には礼節をお持ちください」
 バルバラ二世は返上してゲーゼ二号だとレギナルトは思った。

迫るなどしてもいないのに迷惑な話だった。

自分は只、可愛らしく微笑む彼女の顔に触れてみたかっただけだったのだ。

だが心の奥からは違うだろう?∞もう一度あの唇に触れたかったのだろう?≠ニ言う声が聞こえる―――

 レギナルトは馬鹿な事だ≠ニ、その声を打ち消した。
(――しかし()とも(、、)思って(、、、)なく(、、)ても か・・・本当にこの侍女は何時も痛いところを突いてくる・・・)

 そう思ったレギナルトはドロテーに仕返しを思い立って意地悪く微笑んだ。

寝具を整えているドロテーの腕を掴み、クルリとこちらに向かせ顎をとらえると、ピタリと顔を近づけた。
「どうだ?ドロテー。証明してみてくれ。気を失いそうか?」
 突然襲ったはた迷惑な魅力¢S開の皇子に、さすがのドロテーも真っ赤になって、口をパクパクさせた。

レギナルトは手を離すと満足そうに笑った。
「はっはははは、良く分かった。今度から気をつけよう」
「皇子!」




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