第三章 心揺れて1
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数日が過ぎティアナは体調もすっかり戻っていた。
最近では日課のように両親の墓参をしては皇城を散策している。
今日は皇宮の近くの庭園を歩いていた。
そこは小川や池がある自然の趣を取り込んだような庭で、田舎の風景を思わせる場所だった。
ふと見ると池のほとりで、まだ午前中とはいっても夏の刺す様な日差しの中にも関わらず、
のんびりと魚釣りをしている人物がいた。
近づいてみると頭から日よけのフードを被っているので、顔まで良く見えないが中年の男性の様だった。
ハーロルトが近づいて来ないから危険では無いのだろう。
彼は何時もある程度、距離を置いて警護していて危険だと判断すれば退けるのだ。
その釣り人は服装からすると貴族のようだった。
「こんにちは。何を釣っているのですか?」
貴人は、おや?とした顔でティアナを見たが、ああ、と思ってニコリと笑った。
「普通の川魚だよ」
ティアナは釣り竿を下げているが、釣った魚を入れる魚篭など見当たらないのに首を傾げた。
「釣った魚はどうしているのですか?」
「なに、釣るのを楽しむだけだから又、逃がしてあげるんだよ」
「なるほど。優しいですね」
「ははは、この私を優し過ぎると非難しても良く言ってくれる人はいないよ。
お嬢さんこそ此処で何をしているのかな?」
「優しくて怒られる?変ですね。私は散歩です。
此処は水がいっぱいあって涼しいので・・・一緒に見ていてもいいですか?」
「ああ、構わんよ。何か楽しい話でも聞かせてくれないかな?」
ティアナは隣に座って釣り糸の先を見つめながら、何の話にしようかなと考えた。
先日ドロテーに話して好評だった花祭りの話をしだした。
城下の民衆の祭りなど、貴族は馴染みがないから珍しいようで、この貴人も楽しそうに聞いてくれた。
和やかにどんどん色々な話が弾んだ。
「楽しいね。今度、城下街にも行ってみようかね」
「本当ですか?そう言えばゲーゼ様にもこんなお話していたら、お忍びで行こうか?
と、言っていました。そう言えばその時は私に道案内してとか――」
「ゲーゼが?じゃあ、その時は私も同行しようとしよう。約束だよ。お嬢さん。
うるさい息子がいてね〜なかなか暇をくれないが・・・ゲーゼと企むとするか。
今日も実は息子の目を盗んで、仕事を抜け出したのだけどね」
「仕事をですか?駄目ですよ。ちゃんと仕事をしないと幸せになれません!これは父の口癖でしたけれど」
大神官を呼び捨てにするこの人物はいったいどう言う身分の人なのかと、ティアナは改めて思った。
その答えは向こうから馬で駆けてくる人物から出された。
釣り竿を持った貴人は、やれやれ、と立ち上がった。
「あ〜あ。折角楽しかったのに。ほら、うるさい息子に見つかってしまった」
ティアナは驚いた!息子と呼ぶ馬上の人物はレギナルト皇子だったのだ。
「父上!こんなと―――ティアナ?」
レギナルトも驚いた。ふいに何時ものように居なくなった皇帝を探しあてたら横にティアナがいたからだ。
「レギナルト皇子・・・・父上?では・・・皇帝陛下!」
ティアナは小さな悲鳴とともに飛び上がって深々とお辞儀をした。
皇帝陛下など平民が直接見るなど許されない存在なのだ。
そのうえ許しも無く声をかけてしまった・・・・
「はぁ―バレてしまったでは無いか。何も毎回お前が探しに来なくてもいいだろう?」
「バレた?いったい此処で何をしているのですか!それに私が来なくて
誰が皇帝を引き立てる事が出来る者がいますか!少しはお考え下さい!」
レギナルトは後ろの方へ向かって合図を送り馬車を用意させる。
皇帝は日よけのフードを後ろにやり、顔を出した。
額には皇族の印である宝玉の環をはめ、皇子と同じ紫の瞳が和やかに微笑んでいた。
一国の王と言うような覇気は無いが、温和な人柄が滲み出ているような風貌だ。
「やれやれ、楽しかったよ。冥の姫。もう少し話したかったけど、君の言う通りちゃんと仕事をしようかね。
ああそうだ――先程の約束は忘れないでね。もちろんレギナルトには内緒だからね・・・」
皇帝は最後の方の約束≠フ部分はティアナの耳元でこっそり言って笑った。
ティアナは緊張していたが、皇帝の内緒≠ニ、いう言い方が子供っぽくって思わず微笑んでしまった。
レギナルトは何故この二人が会っているのか?それにとても親しそうにしている様子が無償に腹がたった。
名残惜しそうにする皇帝を早々に馬車に押し込めると、ティアナに腕を組んで向き直った。
「どうして、このような処で父と逢っている?顛末を訊かせて貰おうか?」
憤懣を抑えてはいるがとても威圧的な言い方だ。
ティアナは何故皇子が怒っているのか分からなかった。
「あの、私・・・まさか皇帝陛下とは知らなくて・・・」
「知らなくて媚を売っていたのか?馬鹿な。言っておくが私が嫌いだからと言って父の花嫁にはなれないからな!
血脈は既に私に継承されているのだから、お前の権利は私にある!」
ティアナは、あっ、と察した。皇子は自分が皇帝とそういう関係を狙っていると思ったのだ。
「皇子!ティアナ様は偶然に陛下と会われまして、私も申しませんでしたから
何もご存知なくて、お話しされていただけでございます」
「ハーロルト!お前に話を聞いていない!」
前に出て助けに入ったハーロルトは、レギナルトの勘気に触れ後ろへ退いた。
(陛下は私を知っていたみたいだけど、私は本当に知らないで話しをしていただけなのに・・・・)
それなのにまるで皇帝を狙ったよな言い方をする・・・・皇子の中で
自分はやはり性悪女なのだと思うと・・・とても悲しくなった。
初めて出逢った時を思い出した。
あの時は、一方的に叩きつけられた侮辱に悔しさが先に出ていたが、今日はとても胸が締め付けられそうだった。
悔しくて悲しいのでは無い、つらくて悲しいのだ。
権利≠セと言われた言葉にも何故か傷付き胸が苦しくて痛むのだ―――
その痛みと共に涙が溢れ出した。
「わ、わたし、そんなつもり・・・ないし・・どうしていつも・・・・そんな風に・・い、言うのですか?・・・」
今日はいつものティアナと違った。
変わっていく自分の運命を悲観するのは止めて強く生きて行こうと両親に誓っていた。
泣き虫に変わりはないが、気持ちはハッキリ言う勇気は生まれていた。
勇気と言うよりも自棄に近いが――――
「お魚釣って・・・・楽しそうだなと思って話かけて・・・フード被っていて顔見えなかったし・・・
話し始めたら愉快なおじさんだなと思って話していただけで・・・・
わ、わたし・・・そんな風に言われるような事していません!て、撤回して謝って下さい!」
ティアナは子供のようにしゃくり上げ泣きながらも主張し続けた。
肩を震わせながら大粒の涙をこぼしていてもしっかりとレギナルトを見上げる。
側で見ているハーロルトは彼女の涙と皇子に向かって言った言葉に、見るからに動揺していた。
レギナルトは息を呑み、彼女の目線から瞳を外せなかった。
自分が怒るといつもはうつむいて何も言わなくなるのに、今日は健気にも口答えしているのだから・・・・
ティアナの唇は小刻みに震えて、少し開くとギュっと下唇を時折噛みしめては震えを抑えている。
蒼白な顔とは逆に噛んだその唇は、赤みをおびていた。
先日、無理やり奪ったあの感覚が甦り、レギナルトはその唇を奪いたい衝動にかられた。
―――だが激情を抑えるように大きく息をした。
(全く何を考えている?父との仲を勘ぐるなど・・・彼女が関わると調子が狂ってしまう・・・
些細な事で自分の感情を制御できないとは・・・独占欲丸出しの子供のようではないか?呆れてしまう。
独占欲?#n鹿な・・・そうなのか?何時も苛立つ原因は?あれを自分だけのものにしたいと?)
レギナルトは、まだ涙を流しながら、じっと此方を見る彼女から思わず視線をはずした。
そんな少女では無いと分かっているのに自分でも訳が分からない激情に駆られて
傷つけてしまった事に後悔する。
「すまなかった・・・許してくれ。お前は全く悪くない―――
私がどうかしていた・・・頼むから泣き止んでくれ。どうしたらいいか分からなくなる」
ティアナは皇子に勝利した。勇気を持って主張した甲斐があった。
それに皇子が自分の話をちゃんと聞いてくれるのだと思うと尚更、嬉しくなって涙が出てくるのだ。
「どうしてだ?謝っただろう?頼むから泣き止んでくれ」
レギナルトは他の女の涙など冷たく無視するのだが、ティアナにはそういう気持ちにならないようだった。
本当に困り果てたように懇願した。
暫くしてやっと止まった涙に、大の男達は深い安堵の息を吐いたのだった。
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