第三章 心揺れて3
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レギナルトは皇宮に既に朝から詰めているので、皇宮まで同行するのは皇子からの指令で
ハーロルトとエリクとなった。
彼らは近衛兵の正装で普段の濃色と違って白を基調とした華やかな装いだ。
鏡で映したかのような容姿は二人で並ぶと迫力がある。
その彼らを両側に伴ってティアナが皇宮内に現れた時はどよめいた。
ベルツ伯爵のご兄弟ですわ!=@
まあ、お二人が一緒なんてお珍しい=@
レギナルト皇子もおみえですし、本当に今日は珍しい事ばかり=@
あの御令嬢は?
お美しい方。お見かけした事ございませんはね?
と、ヒソヒソと小声で窺うものもいれば、ハーロルトとエリクの姿に熱い視線を送り、
ティアナの存在に嫉妬する女性陣。
ティアナを見る男性陣はと云うと、呆然と見つめ賛美した。
ティアナは艶やかに着飾る貴婦人達と全く正反対で、周りの眩いばかりの光りの中で
清楚で儚げな雰囲気が相まって人外の美しさを醸し出していた。
レギナルトも彼女らが現れた時、視線を向けたまま固まってしまった。ただ盛装したティアナを凝視していた。
もともと美しいと思っていたが、彼女ぐらいの容姿は幾らでもいる。しかし、こんなに美しかっただろうか?
毎日見ていた筈のティアナを違うものでも見るようだった。
いつの間にか横に立っていたゲーゼがレギナルトに密かに話かけてきた。
「素晴らしいですな。姫はこれからどんどん美しく成られますぞ。
星が告げるかの君は目覚めと共に、冥の世界に安らぎをもたらす煌く星々の如く、
そのお心を映すようにお美しくご成長されると云われでおりますから。
皇子は早く姫のお心をお捉えくださいませ。
そうでないと公の場に出られたからには不埒ものが現れないとも限りませんぞ」
レギナルトは大神官の話しの後半部分に憤った。
確かに彼女を見る男達の様子に、胸の奥から湧き上がる自分でも不可解な思いが彼を憤らせた。
信頼しているベルツ兄弟が側に付き添っているのでさえも疎ましく思うのだった。
ゲーゼを無視し、こちらに向かって来るのを待ちきれず三人の前に足早に進んだ。
皇子が通れば人々は控えて波が引くように道が自然と出来ていった。
そしてティアナ達の前で立ち止まった時は、かなりの注目を浴びていた。
「遅かったな。ティアナ。二人ともご苦労。もう下がって今宵は自由に楽しむがいい」
ティアナは盛装した皇子の姿に胸が高鳴り、息が止まりそうだった。
皇宮内は夢のように豪華に輝き、宝石のような貴族達が彩りを添える中で、誰よりも目を惹いた。
でも・・・・また怒ってる?(本当にいつも怒りん坊なんだから!)
ティアナは何時もの事だと諦めると、練習した通りにドレスの裾を両手でフワリと広げて優雅にお辞儀した。
「レギナルト皇子、本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございました」
声も可愛らしい とざわめく周りに、レギナルトは瞳を細めると密かに舌打ちする。
それから皇子は頷くと、さあ、と言ってティアナの手を掴むと、
ベルツ兄弟より彼女を奪うように連れて行った。
それからは大騒ぎだった。もちろん静かにだ。貴婦人達は扇の下でヒソヒソ喋る。
あれが噂の娘だと
しかし、大神官の根回しと、レギナルト皇子が彼女を片時も離さない仲睦ましい様子に
噂は落ち着いてきたようだった。
逆に皇子を独り占めにするティアナに、嫉妬の視線が注がれ始めた。
ティアナは別に仲睦ましくしているつもりは無かったのだが、
これは皇子の名誉回復の為と再三、大神官から言われていたので大人しく彼に従っていた。
皆も遠巻きで様子を窺っているので、本当に二人っきりの気分だ。それは仕方ない事だろう。
皇子から話しかけなければ誰も話す事は許されず、同伴のティアナももちろんその対象になっているのだから。
そのレギナルトに話かけた貴婦人がいた。
目を見張るような宝飾とドレスに身を包んでいた。かなり高貴な婦人であろう。
「ご機嫌よう。このような場所でお珍しい。久方振りなこと。ご健勝だったかしら? 」
「―――はい。前回お会いして二年ぶりかと」
「あら、そう。ではまたお逢い出来る日まで失礼」
レギナルトは軽く頭を下げて貴婦人が目の前から去るのを待つ。
ティアナは誰だろうと気になったが、自分から話かけるのは無作法なので、
好奇心いっぱいの顔をして皇子を見上げながら彼の袖をちょっと引っ張ってみた。
今の貴婦人と出遭ってしまって不機嫌になっていたレギナルトは、
ティアナのその可愛らしい仕草にふと心が軽くなった。
「今のは、私の産みの親だ」
「お母様?それでは皇后様」
「そう。私を産んで実姉の第一皇后を押しのけ、第一皇后になった幸運な女だ」
自分の母親のことを語っているとは思えないレギナルトの冷淡な話し方に、
ティアナはドロテーが教えてくれた話を思い出した。
それは今の皇帝が皇子の頃、妃は一人で良いとのことで側室も持たず、
代々皇后を輩出していたアウラー公爵家より第一公女ベアトリーセを娶った。
しかし何年経っても、子を授かる事が無く過ぎ、結局、第二の后を迎える事となった。
それで選ばれたのが不幸にも実の姉妹であるアウラー家の第二公女イルゼだった。
イルゼはすぐに懐妊、レギナルトを出産した。
その後すぐに姉のベアトリーセも身ごもりイヴァンを産んだが当然、第二皇子。
あと一年、妹イルゼが嫁がなければと無念の念が強く姉妹の確執が始まったのだ。
皇帝もベアトリーセを憐れに思い寵を厚くするのでイルゼは面白く無く、
皇帝の寵を巡る姉妹の争いは過熱していった。
姉より容姿に劣るイルゼは、我が子レギナルトさえも顧みず自分のことばかりを構っていたとの事だった。
幼い頃より母親に見捨てられ、女の醜い姿を見続けたレギナルトが、
女達を卑下して見るようになったのは当然かもしれない。
ティアナは皇子が気の毒に思った。恵まれた高貴な人でも、ごく普通の幸せさえ無いのだから―――
皇子の横顔を見ながら孤独な寂しい人だと思った。
結婚も愛してもいない自分としなければならず、本当に可哀そうな人だと―――
そして何故か皇子を少しでも慰めてあげたいと思ってしまった。
夜会も中盤にさしかかり皇帝もベアトリーゼ皇后と現れ、華やかさが増していく。
そしてまたティアナはレギナルトの袖を引く。
皇子は、フッ、と微笑んでティアナを見た。
「お前は、私の許し無く直接話すのを許す。袖を引かなくても自由に話すがいい」
ティアナは摘まんでいた袖を、パッ、と放し真っ赤になった。
「あ、あの・・・・皇子は踊らないのですか?」
「・・・・・・・」
先程もエリクが群がる令嬢達を振り切って、練習の成果をとダンスの申し込みに来たが、
レギナルトの無言の撃退にあってしまった。
今度ばかりはレギナルトは自分のティアナに対する独占欲を認めなければならなかった。
夜会の前半は男女二つの輪を作り相手を変え廻りながら踊っていく種類だった。
実際、そう思っているものは多かったとは思うが、レギナルトは誰も彼もがティアナを狙っている気がした。
彼女の柔らかい優しく壊れそうな手をそんな男達に握らせるなど許せなかったのだ。
ティアナはエリクから皇子は皇宮一の踊りの名手だと聞いていた。
夜会嫌いで披露されないから勿体無いとも言っていた。
「あの、夜会嫌いなのに連れてきて頂いて、申し訳ございませんでした」
レギナルトは大きく息を吐く。
「夜会はご婦人方が面倒だから嫌いだが、今日は悪くない。
お前と一緒だから・・・曲が変わった。踊ろう―――踊って頂けますかティアナ?」
レギナルトはそう言うと優雅にお辞儀をした。後半の個別で踊る種類に変わったのだった。
二人で中央に進み出る様子を見た周りはどよめいた。
夜会で皇子が踊るのは珍しいが踊っても前半のダンスだけで、後半で踊ったのは見た事が無いからだった。
令嬢達は羨望の眼差しをティアナに向けた。
痛い程の視線を感じながら、ティアナはステップを踏む。
もともと踊るのが大好きで練習の成果もあって難なく踊れた。
評判通りレギナルト皇子は素晴らしく、フロアーを滑るように軽やかに優雅なステップを踏んでいった。
「皇子!お上手ですね」
「お前もなかなかなものだ。以前習っていたのか?」
「貴族の方のダンスは初めてですが、踊りは好きでお祭りとかで踊っていました」
「そうか。では今日は祭りと思って、倒れるまで踊ろうか?」
「本当ですか?ありがとうございます!」
そう答えて晴れやかに笑う彼女が眩しかった。
レギナルトは一曲が終わるのが早すぎるとさえ思った。
一曲終わる度に周りから拍手が沸くが、他に申し込ませる暇を与えず、
レギナルトはティアナを誘って踊る。
いよいよ最後の曲の前奏が流れだし、レギナルトの足がピタリと止まった。
さっと近くいたエリクの顔を見る。エリクは頭を横に振った。
最後の曲は難度の高い踊りを要するもので、これを踊りきる者も少ないものだった。
普通、夜会に選曲される種類のものでは無いのだ。
ティアナを妬み、恥じをかかせようとした誰かの差し金だろう。
レギナルトはエリクに、これはティアナ教えたか?と聞いたのだ。
それを確認しダンスフロアーから出ようとすると、周りのから、皇子達のダンスを催促する拍手が響いてきた。
企んだものが煽っているようだった。
「姑息な真似を・・・・見つけ次第、登城名簿から削ってやる!」
恐ろしい悪態をつくレギナルトにティアナはそっと耳打ちした。たぶん大丈夫だと。
そうしている間にも前奏が終わった。フロアーにいるのはさすがに数人。
ティアナが曲に合わせて踏み出したステップは正確なものだった。
レギナルトも驚いた。今までの踊りより踊り込まれて、最高の出来だった。
まるで背中に羽根があるかのように軽く回る姿に皆、釘付けだった。
終わった後、皇帝から賛辞と褒美を贈られたぐらい素晴らしかった。
夜会も無事終わり帰宅の途についたティアナは、珍しくレギナルトも馬では無く馬車に同乗していた。
短い距離と言っても狭い馬車の中、普段なら緊張を張り巡らせるところだが、今晩は違っていた。
二人共、夜会の余韻が抜けてなく和やかで上機嫌だったのだ。
「しかし、あの曲が演奏され始めた時は腹が立ったが、
エリクから習ってもいないのに良く踊れたものだ。どうしてだ?」
「イヴァンから教わって、いつも野原で踊っていて。
イヴァンたら初めは、私を困らせようとして始めたのだけど・・・・あっ」
ティアナは口をつぐんだが遅かった。レギナルトの顔は見る間に怒気をのぼらせた。
「イヴァン・・・・」
ティアナをこの皇城に連れて来てから初めて、彼女の口から弟の名前が出たのだ。
お互い極力この話題は避けていた。二人の間に最も心に重く圧し掛かるものだからだ。
特にレギナルトが、自分の心に気付かず一番恐れているのはこのイヴァンの存在だった。
イヴァンと彼女が抱きあいながら踊るのが目に浮かんだ。
あの微笑も・・自分の腕に預けられた柔らかな身体の重みも・・・・本当は自分のものでは無かったのを思い出した。
どれだけの時を二人は過ごしたのだろうか?
あの踊りを完璧なまでに踊れるほど二人は寄り添っていたのだと思うだけで
レギナルトは彼女を今この場で、どうにかしてしまいそうな衝動を感じていた。
何をしたいというのだ?と自分に問いかける間に馬車は宮に到着し、
二人は重苦しく黙ったまま別れるのだった。
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