第四章 届かぬ想い3

 
 
 いつもの墓参で大神殿を訪れた時、大神官ゲーゼがとても上機嫌で、いきなり今日がお忍び決行日だと告げた。

 驚く間もなくどこから手に入れたのか?一般的な庶民の服を出されて

ハーロルトと一緒に着替えさせられてしまった。

 ティアナは下町の娘風で貴族風のようにスカート丈は長く無くて働き易い様に丈は短く袖も短かかった。

 ハーロルトは
佩剣(はいけん)するので下級警備兵の様な服装だった。

 押し込められた質素な馬車には皇帝陛下が、やあ、と手をあげた。

 皇帝と大神官は頭から被りもののある田舎の質素な神官風だった。
「こ、皇帝陛下!本当にいらっしゃったのですか!」
「もちろんだよ。こんな機会はなかなか無いからね」
「あっ!お仕事は?レギナルト皇子には?」
「仕事?それは大丈夫。優秀なレギナルトがいるからね」
 ティアナとハーロルトは顔を見合わせた。
僭越(せんえつ)ながらレギナルト皇子には黙って出て来られたのでしょうか?」
「もちろんだよ。のおゲーゼ。あやつに見つかると煩いからな」
「さようでございます。何かと我らの楽しみを邪魔されますから」
「し、しかし、警護が」
「おや?君がいるから大丈夫だろう。剣の腕前は帝国一、二を争う近衛隊長なのだから問題は無い。

それに警護を連れて歩いたらお忍びにならないではないか」
「そういう訳には参りません」
「ハーロルト。皇帝陛下のご命令である。異を唱える事は許されませんぞ」
 ハーロルトも大神官から皇帝命≠出されたらこれ以上抗う事は出来なかった。

まるで一年分の不幸でも訪れたかのような顔になってしまった。
 馬車は大神殿側からの門を通り、難無く皇城から出て繁華街に辿り着くと、そこからは徒歩で廻る事になった。

 繁華街は何時来ても多くの人で賑わっている。

広い道には連れの二人からすれば珍しいものが色々売ってあり、

所々では大道芸人が人を集めて喝采を受けていた。

人混みを除けながら皇帝は興奮気味に話しだした。
「ここは何度か通った事があるが、こんなに道が狭いとは思わなかったよ」
「それは、陛下がお通りになられる時は両側に皆控えておりますから。

あっ!陛下!人混みにお入
りになられないで下さい」
「これ、陛下と呼ぶでない!ティアナ、何だったかな?私みたいなのを呼び方は?確か〜おじ・・・・何とか言う」
「えっ?おじさん?ですか」
「そうそう。おじさんだ。ハーロルトもそう呼ぶがいい」
 絶句するハーロルトをティアナは気の毒になってきた。

 その時、ハーロルトを呼び止める声がして振り向くとエリクだった。
「やあ、ティアナ様のお供?珍しいね、ハーロルトがこんな所にいるなんて」
「こんにちは、エリク。今日は休暇ですか?」
 エリクは慣れたもので、簡素な服装で周りに溶け込んでいた。

 ハーロルトの話しでは頻繁に城下町で庶民と混じって遊んでいるらしい。

貴族の若様とは思えない行動だが、そのおかげで情報網はかなりの成果をあげているようだった。

仕事と遊びの一挙両得だとエリク本人は自慢しているようだ。
「ティアナ様。ご無沙汰しております。えっ!」
 エリクは、二人の側に立つ皇帝と大神官に気が付き、慌てて臣下の礼をとろうとして皇帝に止められた。
「これ!不要ぞ。早く立ちなさい。目立つではないか」
「へ、陛下。大神官様まで。いったいどうなっているんだ!ハーロルト?」
 エリクは、さっと周りを見渡し警備体制を確認した。
「無いよ。エリク、私だけだ・・・」
「そんな!ば、馬鹿な!」
「お忍びで、警備不要だそうだ」
 また珍しいものでも見つけてフラフラと寄っていく貴人達を、目で追いながらハーロルトは答える。

 エリクは呆れたが、近衛としては放っておく訳にはいかない。
「じゃあ、俺も同行しよう」
「助かる。私一人では精神的に持たない・・・あっ、それと陛下の事は

おじさん と呼べとのご命令だから。そのようにしてくれ」
「・・・・苦労しているな、ハーロルト・・・」
 エリクはハーロルトの肩をポンと叩いて気の毒そうに言った。
 奇妙な五人組みは目立たない格好をしていてもエリクが加わった時点で、注目を浴びる結果となってしまった。

一人でも目立つ容貌が二つ揃って並ぶのだから注目を集めてしまうのは仕方ないのだ。
 昼食はティアナお勧めの店に入り、皇帝も大神官も嬉しそうに色々尋ねながら食べていた。

ティアナも丁寧に食べ方や材料の説明をしている。

そこは新鮮な海鮮料理を出す店で庶民の味処だったが、二人
共味には大満足の様子だった。
 二人の料理を褒め称える様子を見たエリクは、面白そうにハーロルトに耳打ちした。
「なあ、まさかここの店主を皇家料理人で召抱えたりしないだろうな?」
「・・・・・もう、私は何されても驚かない自信はある」
「ははは、確かに。それは言えるな」
 食事も終わりその店を出た所で、全員驚いて飛び上がってしまった。
 簡素な服を身に纏ったレギナルト皇子が激昂した形相で立っていたのだ。
「父上!どういうおつもりですか!このような場所に無断でお出掛けになるなど!

城下の間諜から連絡を受けた時は呆れました」
「ああ〜失敗したか。折角うちの間諜を使って

皇子のところを妨害するように言っておったのに。全く使えぬ奴らだのう」
「ゲーゼ!お前の間諜だったのか!散々邪魔したのは」
「まあまあ。レギナルト良いではないか。そうだ一緒にどうだ?楽しいぞ。ティアナが色々案内してくれるし」
 レギナルトの視線が自分に移ってティアナはドキリとした。
「あの・・・・皇子も良ろしかったらどうぞ」
「・・・・・・・・・・」
 ティアナは答えを聞く前に、名物のお菓子を売り歩く声を聞き、慌ててその売り子を追いかけて行った。

ハーロルトも助かったとばかりに彼女に付き添って行く。

ティアナはそのお菓子を交渉しながら買っているようだった。
「姫様、大変良い表情されていますでしょう?最近、塞いでいたご様子でしたから。

気晴らしでもと思ったのでございますよ」
 ゲーゼが神妙な顔をしてレギナルトに言った。
 ティアナは駆け戻ってくると、買い求めたお菓子をそれぞれ手渡した。
「はい、皇子もどうぞ」
 そしてニコリと笑う。
 レギナルトは差し出された菓子とティアナの顔を交互に見つめ受け取った。

指がふれる―――

ただそれだけなのに菓子など捨てて、その手をとらえたかった。

こんな親しげな態度の彼女は初めてで思わず勘違いしそうだ。
「ティちゃん。もう、満腹で入らないよ」
「あら、おじさん大丈夫よ。もう一つ欲しいって思うぐらい美味しいのよ。

すぐ売り切れる人気なのよ。だからここに来てこれを食べ無いなんてもったい無いわ」
「ティちゃん?おじさん!どうなっている!ハーロルト」
「あの、皇子。陛下が身分を隠すからあのように呼ぶようにご命令なさいまして・・・・」
「ティアナをティちゃんと呼ぶ必要は無いじゃないか」
「さあ、私も何がどうなっているのか最初からその呼び方でしたから」
 レギナルトは即刻連れ帰るつもりだったが、ティアナの生き生きとした様子に連れ帰るのは諦めた。

生まれ育った街にいる彼女は生命に満ち溢れ輝いていた。初めて見る姿だった―――

きっとこんなティアナをイヴァンは見初めたのだろうと思うと悔しくなる。
「ティちゃん、あそこは宝石商のブラントの店だろうか?」
 皇帝が指さしたのは、皇家御用達の看板を下げた豪商の立派な構えの店だった。
「そうですね。私は入った事ありませんけど」
「ほお、城に持参してくるより種類が色々あるでは無いか。どれ、ティちゃんに今日の礼で何か求めよう」
「それは良いですね。私もそうしましょう」
「そんな!いいですよ。こんな高級なもの。頂けません!」
 ティアナの止めるのも聞かず、皇帝と大神官はさっさと入って行った。

澄まして立っていた店員は怪訝な顔をしていた。貴族相手の店なのに場違いな服装の人物が入ってきたのだから。

田舎神官二人に美少女の服装は普通だし、美青年三人はバラバラな服装―――

しかも田舎神官達が高級品を断りも無くベタベタ触りだしたから堪らない。
「ほら、ティちゃん。この腕輪はどうじゃな?」
「いいえ、こちらの方が豪華で良いのでは?」
「いいです。私は必要ないですから」
「美しい女人は、より美しく着飾るのが務めだよ。私の息子にも困ったものだ。

こんな可愛いお嬢さんに何も用意してあげないなんて。ほら名誉挽回してお前も選んであげなさい」
 レギナルトは大きく溜息をつき宝飾品を手に取った。
「この碧石が入った方がティアナの瞳とあう。ゲーゼそれは派手過ぎて駄目だ!

ああっ違う、違う。これと、これを合わせる方が良い。どうだ?ティアナ?」
 ベルツ兄弟は怖いものでも見ている気分だった。

 皇子が無関心である女性の宝飾品を選んでいるのなど当然見た事などない。

帝国の頂点に位置する三人があれこれ店で立って選んでいる図など今後、絶対見る事が無いだろうと思った。
 店員は追い払いたいのに彼らには独特な迫力があって、

自分達では手に負えないと判断して店の主を呼びに行った。

 店主のブラントは変な客ぐらい対応出来ない店員を叱責して奥から出てきた。

 最初に見えたのは、入り口に注意を払っているハーロルトとエリクだった。

 ブラントは慌てて再び奥に引っ込むと助けを求めた店員を叱りつけた。
「この馬鹿が!あれは有名なベルツ兄弟だ!伯爵家は大得意様だぞ!この大間抜けが!良く人を見なさい!」
 再びブラントは、満面の笑顔を浮かべながら表に出て来た。
「これは、ベルツ様。伯爵様には何時もお世話様になっております。

わざわざ此方までお出掛け頂かなくても私の方からお持ち致しましたものを。何かお探しものでも?」
「いや・・・・私達では無くて・・・」
 歯切れの悪いハーロルトの答えと、店内奥へ向けた視線を怪訝に思って視線の先をブラントは見た。

顔が見えるのはティアナだけで、他の三人はブラントからは背中しか見えなかった。
(おや?あのお嬢さんは何処かで見たような?)
「もし、お嬢さん」
 呼ばれてティアナが顔を上げたが、レギナルトも振り返った。
「レ、レ、レギナルト皇子殿下!」
 ブラントは驚いて腰を抜かしたが、更に大神官と皇帝が振り返ったから、もう気絶しそうだった。
「だ、大神官様ととと、こ、皇帝陛かかか―――」
「ブラント。少し寄らせてもらっているよ。この()に贈り物をと思ってね」
「ははい―――っ。ど、どうぞごゆっくり」
 ブラントはティアナが先日の夜会で見た、皇子ご執心の令嬢だった事を思い出した。

それにしてもどうした訳かとハーロルト達に尋ねてみた。
「お忍びである。ブラント、分かっているだろうが他言はならぬ」
 ハーロルトは噂好きの商人に無駄だと思っても一応警告した。

明日になったらこの状況がどんな話しになるのか考えるだけで恐ろしかった。
 宝飾の選択はレギナルト皇子の政務と同様の手腕で、完全に皇子が主導権を握り手早やかった。

グズグズ不平を言う年配者の意見はスッパリ斬る。

 その小気味好い高飛車な態度にティアナは呆れたが笑いが込み上げてきた。

 笑いを堪えながらティアナはレギナルトに話しかけた。
「皇子、皇宮では何時もそんな風にみんなをバッサリ斬っているのですか?」
「・・・・・・・・・・・」
 レギナルトはまた、じっ、とティアナを珍しいものを見るように見た。

本当に勘違いしそうだと思った。彼女が自分に好意を持っているかのように錯覚してしまいそうな態度だからだ。
「―――ああ。繰言(くりごと)を言うものと、昔話をするものは容赦しない」
「クスッ、お可哀そう。陛下も大神官様も、いつも皇子の標的になってしまいますね」
「哀れなのは私の方だ!聖剣で叩き斬られないだけ良いだろう?」
 皇子のその答えでティアナは我慢できず笑い出してしまった。三人の会話が目に浮かぶようだった。
無邪気な笑顔はレギナルトを魅了する。思わずほのかな期待をしてしまいそうだった・・・・

しかし・・・弟イヴァンの顔がチラつき、その期待は迷宮の中に閉じ込まれる。
レギナルトは、ふっと微笑むと思いを断ち切り完全に感情を抑えて話しだした。
「さあ、父上、ゲーゼ。もう十分でございましょう。どうぞ帰城を」
 丁寧で有無を言わせない感じの言い方をするレギナルトには逆らえない雰囲気があった。
皇子は選らんだ宝飾品の数々を手際良くブラントに指示すると、

名残惜しそうにする皇帝と大神官を帰途につかせた。
 ティアナは大神殿に帰り着替えを済ませたが、ゲーゼに聞きたい事があったのだ。

今なら勢いで話せそうな気がしていた。
「あの、ゲーゼ様。少し、お聞きしたい事があるのでお時間宜しいですか?」
「どうぞ。皇子の邪魔が無かったらもっと遊べたのですから構いません」
「ありがとうございます。あのハーロルト、大神官様と二人で話したいので席を外してもらえますか?」
「はい。承知いたしました」
「ハーロルト、私達が隣の続き部屋に行くから此処でゆっくりしているがよい」
 ゲーゼはそう言い残して、ティアナを伴って隣の小部屋の客間に移った。





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