第四章 届かぬ想い6



「ティアナ!」
「う動かないで!動いたらこの人の命が無いわよ!」
 ティアナの首筋にピタリと刃を突きつけられて、皆手が出せない。突きつけられた喉元から血が滲んでいる。
レギナルトは激昂していた様子から一変して、底知れない恐怖を感じる空気を纏っていた。

冴える美貌が更に冷酷さを増し、触れれば凍りつくようだった。皇子の本当の怒りを皆、目の当りにしていた。

乳母であるバルバラでさえも、このような皇子を見た事がなかった。

 そして、彼は相手の愚かな行為を嗤うかのように言った。
「逃げられると思うのか?それ以上その者に傷を付けると言うなら、簡単には死なせない。

何十年と生きたまま責め苦を味あわせてやろう。もちろんお前の家族、親族に至る血の連なるもの全てだ。

その血と苦痛で、今している愚かな行為を償うがいい」
 女官は既に永久処刑にかけられたかのように恐怖した。

 この女が言っていたのは本当の事だった子供
の治療費欲しさと、皇子に対する恨みもあった。

 彼女は皇城にもあがれないような地方の下級貴族出身で平民と変わらない生活をしていた。

貧しくても家族で幸せに暮らしていのたが、仕える領主が変わったと同時に生活は一変したのだ。

 明日の食べ物さえも困るような重税が課せられ、領民は払えないと女子供は売られ男は処刑された。

夫は領主に訴えたが反対に処刑されてしまったのだ。

 領主は重税も処罰も全て神の子である聖なる皇子の勅命であると言うのだ。

それはこの地に皇子の夏の離宮を造る為だと言う。

 領民は土をかじり、血を吐く思いで次第に造営されていく豪華な宮殿を見上げていた。
そして積み重なった恨みを晴らす機会が訪れたのだった。

初め話があった時は上手すぎると思ったが、もう自分達には後が無かったのだ。

計画に乗せられるまま滞りなく進んでいった。しかし、失敗してしまった。

 宣告された処刑から逃れる事は出来ないのなら・・・・・
「私達の恨みを思い知るが良いわ!どうせ死ぬならこのままこの娘を道連れにしてやる!

どうせあの離宮だってこの愛人の為にでも造らせていたのでしょう?

その為にどれだけの人が死んだのか!返して!両親を返して!夫を返して!」
 女官の言っている内容はレギナルトには意味不明だった。自分を恨んでいる様だが離宮とは何の事なのか?

それよりも興奮している彼女は、今にもティアナを突き殺しそうだった。

喉元の刃は柔らかい肌を完全に傷つけている様子で、かなりの血が滴って胸元まで赤く染めていたのだ。
 ティアナは女官の純粋な復讐の憎悪を感じても、私欲の悪意は感じられなかった。

それも何か誤解がある気がした。彼女を救わなくてはならないと思った。

 首の焼けるような痛みに顔を歪ませながら、ティアナは女官に話しかけた。
「お、お子さんの病気は本当なのでしょう?あなたを待っているのでしょう?

私も一緒に皇子にお願いするから命は大切にして。お子さんを悲しませてはいけないわ。

私はあなたを助けたいのよ。だからお願いこれ以上罪を重ねないで。

それに何か誤解していると思うのよ。離宮とか言っていたけれどそれは何?」
「黙って!騙されない。どうせ甘い事言って離した途端、殺すのでしょう!何が誤解よ!

あなた達が搾取した重税で建てている宮殿を領民は見ながら死んでいるのだから知らないとは言わせない!」
 レギナルトはその怜悧な頭脳を働かせたが思い当たるものは無かった。

重税に喘ぐような土地があるとも報告を受けた覚えもなかった。
「最近、宮殿の造営など行っていない。造営するとしてもそれは公共事業として行うのだから

搾取して行うことは無い」
「それなら離宮なんて造ってないのですよね。ほら、誤解でしょ?」
「う、うそよ!領主様が言ったのよ!」
「地方領主ではあるまいし、余分な税を取らなくても宮殿の十や二十、軽く造れる。皇家を馬鹿にしているのか?

馬鹿馬鹿しいのにも程がある。それでこの騒ぎか?

私を殺したがっているやからに良い
ように利用されたようだな」
「そんな・・・私・・・・」
「大丈夫よ。その土地の事は皇子がちゃんと調べて下さるから安心して。

みんなもう死んだりしないわ。そうでしょう?皇子?」
「ああ。どこの馬鹿か知らないが皇家の名を騙って私服を肥やしているのだろう」
 女官は身体の力を無くしたように持っていた短剣を、ポトリと落とした。

 ハーロルトは、女官に飛び掛り手荒く押さえ込んだ。
「ハーロルト、駄目!乱暴にしないで!お願いします、皇子!」
 ティアナは咄嗟に叫ぶ。

 しかし、皇子は女官が落とした短剣を拾いあげ、

刃先に付いたティアナの血痕を指でぬぐいながら冷たく言い放った。
「憐れな境遇と暗殺の罪は別問題だ。それに、お前を傷つけた事も。

ハーロルト連れて行け。詮議に手加減するな!」
 ティアナは悲鳴をあげそうになったが辛うじて口を押さえて呑み込むと、レギナルトに取りすがって嘆願した。
「お願いします。皇子、どうかご慈悲を!お願いします。誤解が生じたのですから!」
「うるさい!黙れ!誤解だろうが何であろうが、皇族を(しい)しようと思う時点で重罪だ!

考える事だけでも極刑に値する」
 頑として譲らないレギナルトにティアナは腹が立ってきた。
「でも、未遂だし。それに原因は皇子の職務怠慢じゃない!

皇子がちゃんと監督していたらこんな事にならなかったわ!」
 言った時はもう遅かった。周りは、シ―ンと静まり返った。

 皇子を狙った罪人を庇うのもどうかと思っているところへ、再び皇子批判なのだから。

 今の言葉に、カッとしたレギナルトは彼女の両肩を掴み、激しく揺さぶりながら怒鳴った。
「言わせておけば、いい気になって!私が悪いと言うのか、お前は!」
「そうじゃなくて、もっと相手の立場も考えてあげて欲しいと言っているの!

罪をおこしても改心出来る人もいるわ。もちろん出来ない人もいるけど、

事情があるなら尚更よ。だから・・・お願い、お願いします・・・お・・・・・・」
 ティアナは失血で目眩をおこし倒れかかり、ふらつく彼女を抱きとめたのはレギナルトだった。

 まだ言いたい事が沢山あるのに言葉が出ない。自分の手が自分の指じゃないみたいに冷たく感じる―――

 眠るようにティアナは瞳を閉じて意識が無くなった。

 レギナルトは瞳を細め彼女を見た。
 腕の中にいるティアナは、雪のように白い顔は青ざめ、細い首から胸にかけて血で染まっていた。

他人にこれ程、温情をかける彼女が愛おしいと思う反面、その他人にかける温情と同じ、

嫌、犠牲的精神
で自分に応じているのかと思うと憎くもあった。
 皇子は腕に抱くティアナを見つめると、厳しい顔から一転して柔らかく微笑みかけた。

 レギナルトはハーロルト達に指示を出し、彼女を抱き抱えたままティアナの部屋へ運んで行った。

それから寝台にティアナを下ろすと枕元に金色の波が広がった。

帝国では珍しい金糸のような髪―――レギナルトはそっとその髪をすくうと指からサラリと滑り落ちる。

見つめるだけで胸がいっぱいになってしまう。ティアナの少し開いた唇にそっと口づけをする。

視線を下に移すと傷付いた首筋の近くには、自分が無理やりにつけた赤い刻印が生々しく浮かんでいた。

それを苦々しく見つめると、今度はその跡に優しい口づけを落とす。
(しかし・・・うかうかしていられない。安全と思っていた此処にも

刺客の手が伸びているのだから油断は出来ない。自分が狙われていると言っても、

今日のようにティアナが何時巻き込まれるのか分からない・・・・・)
 レギナルトは自分の危機よりティアナに危害が及ぶのを恐れた。あってはならない感情だった。

彼女が自分のただ一つの弱点になってしまっている事を認めなければならなかった―――
 ハーロルトは皇子が去った後、皇子のティアナに向けた表情にもおどろいたが、出された指示に耳を疑った。

あの重罪人の減刑だったのだ。

もちろん今から調べる事は色々あるが、大人しく喋るなら拷問はかけるなとも・・・・・
 そしてティアナは朝の訪れと共に目覚めた。

 途中で気を失ったからあの女官がどうなったのか聞きたかった。

しかし、好奇心の強いドロテーは何も訊く様子も無く、朝の仕度の準備をしている。

何時もなら物凄い勢いで質問攻めにするのだが・・・・・
 皇子暗殺などは重大すぎて(きん)口令(こうれい)が出されていたのだった。

 誰も黙して語るものはいない。まるで何も無かったかのようだった。

 引きつる痛みの喉元に手で触れると包帯が巻かれていた。夢では無いのだ。

 皇子の命令は絶対だと言うのなら直接本人に聞くしかない。
「ドロテー。皇子は今どこにいるの?」
「只今、朝食のお時間だと思いますので暁の間かと」
「そう、ありがとう」
 ティアナは寝台から飛び降りて裸足のまま駆け出した。

 ドロテーは驚いて夜着の上に羽織る室内着を持って追いかけた。

 本当に貴族は変わっているとティアナは思う。

朝食、昼食、晩餐と食事をする部屋を変えて、それも皇子宮だと何通りもあるのだから。

自分の部屋で食べたいと言ったらとても驚かれ、バルバラから慣例だからと説得されて従ってきたのだ。

 暁の間は良く皇子が好んで使う、太陽が昇るさまが良く見える大きな硝子扉のある朝食の間だった。

 扉を開ける時にはドロテーが追いついてきた。
「ティアナ様、お待ちください!その格好で皇子にお会いになるのは失礼ですよ!」
「だって、仕度していたら皇子は出かけてしまうもの」
 確かに女官達の仕度は形式だらけで長いのだ。

 ドロテーは大きく溜息をついて、せめて室内着を着て下さいと着せ付けた。

 袖を通すのも時間が惜しく感じながら、扉を開け放った。
中にいた女官達や、既に出仕していたベルツ兄弟は驚いて扉口に立つティアナを見た。

 息せき切って立つティアナの輝く瑠璃色の瞳は大きく見開き、頬は紅潮している。

金糸のような髪は束縛もなく流れてその顔を縁取っていた。

細身の肢体には頼りない薄着の夜着と室内着だけ・・・・

しかも素足で飛び込んできたその姿は、まるで朝露に輝く、ほころび始めた白い薔薇のようだった。
 ティアナは息を整えながら、食事の手を止めてこちらを見るレギナルトに声をかけた。
「皇子!お話しが!」
「・・・・・・・・」
 レギナルトも普段見る事のない彼女の行動的な様子と言うか、眩しい雰囲気に呑まれていた。

 そして、細い首の包帯に滲んでいる昨晩の跡に瞳を細める。
「・・・・その様子だと、食事もまだだろう。一緒に摂りなさい。用意を」
 レギナルトは自分の直ぐ近くの席を指差して、女官に食事の用意を命じた。
「いいえ、そんな事よりお聞きしたい事が!」
「座りなさいと言っている。聞こえなかったか?」
 レギナルトの視線はこちらを向いていなかったが、逆らう事が出来ない響きだった。

 ティアナはおずおずと近づいて席に座った。

 目の前に次から次へと朝食が並べられ、美味しそうな湯気がたっていた。
「あ、あの、皇子」
「・・・・食べなさい」
 皇子はまだティアナと瞳を合わせて話してはいなかった。

 自分も食事を開始して彼女にも食べろと促すだけだった。

 ティアナは皇子とは生活の流れが違うので食事を一緒にする事は無かった。

 昨日の事が嘘のように穏やかな清々しいといっても言いような朝を過ごしているなんて信じられなかった。

 目の前の卵料理がお腹の虫を鳴らした。

 ティアナが、あっと思った時には皇子はこちらをチラリと見て、愉快そうに口元を上げていた。
「早く食べなさい。毒見はしてある。大丈夫だ」
 ガシャンと皿が卓上で鳴る音がした。ティアナが勢いよく立ち上がったからだ。

 レギナルトは諦めたのか軽く溜息をつくと彼女の瞳をとらえた。
「大人しく食事をしてくれる様子では無いな」
 そう言うとレギナルトは手を振って、ベルツ兄弟以外の女官達を退室させた。
「皇子!昨日のあの人はどうなったのですか。私、一緒に助命をお願いするって言っていたのに

気を失ってしまって・・・・皇子!お願いします。まだ間にあいますよね?」
「また、その話か?あの女の為にそんな格好のまま駆けつけたと言う訳か?」
 ティアナは、はっとした。

 夢中だったからドロテーの制止も聞かず来たが、

上から室内着を羽織っていると言っても足元が透けるような薄着だ。

 ハーロルトもエリクも目のやり場が無い様子だ。

皇子は逆に、じっと視線を注いでいる。

 急に恥ずかしくなってきて、返答もおぼつかなくなってきた。
「あ、あの・・・・ごめんなさい。で、でも、急がないと、と思って!」
「相変わらず、他人に親切な事だ。処理はハーロルトに任せた。教えてやれ」
「はい。昨晩は足の傷の手当の後、皇子宮の一室に軟禁しております。

あの者も知っている事は全て話
すと言っておりますから今から尋問の予定です」
「手当て?じゃあ、拷問して無いのね。でも、処刑は?」
「処刑?処刑をするような何かあったのかな?ハーロルト何かあったのか?」
「いいえ。何もございません」
「えっ、だって昨日・・・あっ、助けてくれるの?本当に?」
 皇子は自分の暗殺自体を黙殺してくれるようだった。
「じゃあ、彼女の病気のお子さんも助けてくれますか?」
 分かっているから、と皇子は答える。

 ハーロルトとエリクは信じられない思いで顔を見合わせた。

 暗殺の件は公にする段階では無いのだが、昼間の矢を射掛けた刺客は秘密裏に処刑されている。

聞く内容も無く、見せしめにする必要性もない小物だったからだ。

当然同じ運命を辿る毒殺を試みた罪人が助命されたのだから驚きだ。

しかもこの件が片付けば無傷で釈放されるだろう。
 ティアナはやっと安心して座ると、食事を始めた。

皇子と会話する事は無かったが今までに無い穏やかな、心地良い空気が漂っているようだった。





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