最終章 星の夢1


 
 尋問の結果、その後を辿れば首謀者に行き当たりそうな手応えがあった。

 彼女の故郷の領主が自分も被害者を装ってこの話を持ちかけたようだった。

その領主は成りあがり者の小物で、使い捨ての駒のような存在だろう。

そこから真犯人を辿るのは難しいと思っていたが、小物は小物なりに保身に必死だったようだ。

首謀者の手がかりを自ら掴んでいたのだ。だから皇子殺しと言う大逆を犯すのに協力したようだった。
毒殺を行った女官がティアナに感謝して惜しみなく協力した。

企てが失敗していると相手は思っていないから追い詰め易かった。

いずれにしても証拠は近々、レギナルトの前に並べられる予定だ。
 これで陰謀は一掃できるが・・・レギナルトにはティアナとの問題が難問だった。自分の暗殺問題よりもだ!

 花嫁が結婚を承知しているのだから直ぐにでも婚儀を行いたいところなのだが・・・・・・
承諾 それが気に入らないのだ。

 承知したのだから良いじゃないか
と、言う心と それで本当にいいのか?

と、問う心が入り乱れていた。

 そしてあの夜を思い出した。嫉妬に身を焦がし、彼女に無理やり迫った愚かな自分を責めた。

だが自分の下で震えていた白い肌を思い出すだけで体の奥が熱くなるのを抑える事は出来そうにも無い。

甘美な誘惑が耳元で囁く―――彼女の意思など関係無い。

あの夜の続きをしたらいい・・・無理やりに奪うがいいと・・・

 ティアナもあれから何か言いたそうな顔を時々するが、至って従順にしている。

 だから何も問題はないと思うが・・・

しかし時々見せる彼女の問いかけるような視線が決断を鈍らせて、婚儀の件を大神官に指示していなかった。

 一刻も早く彼女を自分だけのものにしたい・・・だが嫌われたくも無い・・・

いつから自分はこんなに臆病になったかと嗤ってしまいたい気分だった。
 一方ティアナは少し安堵していた。

皇子の事だから即日実行に移して、婚礼を挙げると思ったのにその気配が無いからだ。

 大神官にも自分は結婚を承知したと報告したのだが、皇子からは何も指示が無いとゲーゼも
(いぶか)しんでいた。

 覚悟はしているが、もう少し心の準備がしたかったのだ。もう少しだけ―――
 その日は昼から、皇子の元婚約者エリノアのお茶会に招待されていた。

 エリノア達の皇子宮乱入事件
以来、皇子の威光を恐れてか

貴族のご令嬢達からは度々、社交のお誘いがあるのだ。

ティアナも極力行くようにしていた。

自分を知って貰わなくては、変な人物像だけが一人歩きしてしまうと思っていたからだ。

それでもエリノアからの招待は初めてだった事もあるが、何だか会いたくなかった。

皇子はああ言ってはいたが、政略で何人もの妃をこれから持つだろう。

そういう立場なのだから仕方が無いのだが・・・・

きっと彼女は自分の次に皇子妃になる有力候補だと思うと、醜い心が溢れそうになるのが嫌になるのだ。
 ハーロルトを伴って帝都のアウラー公爵邸に行った。美しく整えられた庭園での茶会だった。

軽食と数え切れないお菓子の数々が芸術品のように飾りつけられて、甘い香りが漂っている。

招待客のほとんどが女性だったので、ハーロルトは取り囲まれて大変そうだった。

 エリノアは前回とは別人のようにティアナに接してくれていた。

 ティアナも次第に緊張を解いて楽しんでいたが、どうしてもエリノアに瞳がいってしまう。

取巻きの中で、まるで女王のように気高く美しく輝いているエリノアを見ていると胸が痛くなるのだ。

レギナルトが彼女の薔薇色の瞳を見つめ、美しい巻き髪に手をすべらせる幻が消えないのだ。

 その薔薇色の姫がティアナに微笑みかけた。
「どうなさいましたの?楽しくございませんか?」
「いいえ。素晴らしいお茶会と庭園で、楽しんでおります」
「そう?あちらの東屋の庭園にも珍しい花がありますのよ。是非、ごらん下さいませ」
 さあ、とエリノアに案内されて皆と離れた東屋に向かう。

 ハーロルトもご令嬢達を丁寧に断って距離をあけているが付いてきていた。

 東屋に誰か座っていて影が動いた。

 ハーロルトは素早く剣に手をかけてティアナの側に立ったが、

影から出て来た人物を確認すると彼は後ろに下がり控えた。
「イヴァン!」
「やあ、ティアナ。久しぶりだね」
 ティアナは、はっ、として周りを見渡した。エリノアはいつの間にかいない。
「どうして・・・ここに?」
「どうしてだって?君が会いたいって呼んだのだろう?嬉しいよ」
「違うわ!私、そんな事言って無い!」
「そんなのどうでも良いよ。僕も会いたかったけど、兄上が会わせてくれなかったんだよね。

まあ仕方ないけどさ。でも僕たちは恋人になれなくても友達にはなれるだろう?」
「それは・・・そうだけど・・」
(でも、皇子がイヴァンと会っていることさえ嫌う筈・・・私達の仲を疑うに決まっている。

皇子を怒らせる訳にはいかない・・・)
 イヴァンは何時ものようにピンクの薔薇を一輪差し出すと、にっこり微笑んでいる。

 それを受け取らないティアナに、彼は珍しく無理やり手を掴んで薔薇をもたせた。
「いたっ!」
 薔薇の棘がティアナの指を刺した。何時ものイヴァンなら薔薇の棘を抜いて持ってくる。

でも手渡された薔薇には棘がそのままだったのだ。

 指先からは血がポツリ、ポツリと滲んできて他の指を濡らした。
「―――指、棘が刺さっちゃったね」
 イヴァンはそう言うとティアナのその手を取り、傷口に口づけするように

ペロリと舐めて驚く彼女を覗き込んだ。

 レギナルト皇子と同じ色でも印象の全く違う彼の紫の瞳は見慣れている筈なのに・・・・・
その瞳は妖しく光っていて何故か怖かった。思わず手を払いのけて後ずさった。
「駄目、駄目よ・・・」
「何が駄目なの?良いじゃない。僕たち楽しくやっていたじゃない。

これからも楽しくやろうよ。ねえ、ティアナ?」
「帰って!お願い!」
「・・・・仕方ないな。じゃあ今は帰るね。またね」
 イヴァンは肩を大きくすくませて庭園の木立に消えていった。

 ティアナはイヴァンが残していったピンクの薔薇を見つめ、はっとした。

ハーロルトがこの場にいた事を忘れていた。

彼に口止めしておかないと大変な事になると思った。

ハーロルトは監視では無いと皇子は言ったが、その日の行動は全て報告されているのは知っていた。

イヴァンと会っていたと報告されたら皇子は絶対に邪推して所有権を誇示するだろう。

聞きたくない言葉を繰り返し突きつけられるに違いないのだ。

 ティアナは側に黙して立つハーロルトを見上げた。
「ハーロルト。お願い。今のこと、皇子には黙っていて。お願いします」
「それは・・・」
 ハーロルトは主命に逆らう事は出来ないが、懇願するティアナには同情する。

確かに元恋人のイヴァン皇子と会うのは不味かった。レギナルト皇子の気性なら許さないだろう。
「お願い。ハーロルト、皇子には言わないで」
「ティアナ様・・・それは・・」
 ハーロルトが急に言葉を途切らせ、黙礼した。
 ティアナは後ろを振り向きたくなかった。自然と身体が震えてくる―――

周りが冷たい空気にでも包まれている感じがした。

 その場に相応しい冴え冴えとした声がティアナの真後ろから降り注いできた。
「私に何を言わないで欲しいのか?ティアナ」
 ティアナは振り向けなかった。

 レギナルト皇子は怒っている。イヴァンといた所を見られていたのだ。

 やましい事などしていないのだから堂々としていれば良い。

 そう心に思うと勇気を出して振り返った。凍てついた氷のような瞳と目が合う―――
「・・・イヴァンとは偶然会ったの。本当よ!ちょっと話しただけ・・・」
 これはエリノアが仕組んだ事だった。イヴァンとの事は彼から元恋人だったと聞いたものだった。

さすがにイヴァンは彼女が〈冥の花嫁〉だとは言わなかったので、

エリノアとしてはレギナルトからティアナを引き離す恰好の情報だった。

二人を会わしてその現場をレギナルトに見せる。

以外と早くイヴァンが去って行ったのが計算外だったが、

険悪な雰囲気で成功のようだと、レギナルトの隣で微笑んだ。
「あら、イヴァン皇子はもうお帰りになられましたの?残念ですわね。

お会いになるのを楽しみにされていたのでしょう?」
「えっ?ち、違います」
 ティアナはエリノアに謀られたのだと気が付いた。

 イヴァンはティアナから呼び出されたような言い方だった。

 レギナルトはティアナを見つめたまま淡々と言った。
「エリノア。私はお前を気に入っていた・・・」
 ティアナは胸に矢が突き刺さったようだった。

 エリノアは嬉しさで更に瞳が輝いたが、間近で叩きつけられた次の言葉に凍りついた。
「愚かな女だ!お前はもっと賢いと思っていた。二度と私の前に顔を見せるな!」
 そして彼女に一瞥もなく、ティアナの持つ薔薇を取り上げ地面に叩きつけて踏みつけた。
「エリノア、私にこんな小細工は不要だ!ティアナが他の男となど絶対に有りえない。

出来ないのだ・・・分かるか?ティアナ?お前が心を移すもの達は一人残らず殺してやる!

私からお前を盗むのだから当然の報いだ。そう・・例え、イヴァンでさえも許さない・・・」
 エリノアは弟さえも殺す≠ニ言う皇子の烈しい恋慕に怯え走り去った。

 レギナルトはじりじりとティアナとの間を詰めようとするが、ティアナは一歩また一歩と後ずさる。
 レギナルトは此処に来る前に、例の暗殺首謀者の証拠が全て揃っていたのだ。

皇帝にも承諾を入れて捕縛に行く予定だった。首謀者はやはりと言うしかなかった。

イヴァンの生母、第二皇后ベアトリーセだったのだ。

レギナルトを亡きものとし、イヴァンにティアナを娶らせる。

馬鹿でも考えつく面白味も無い企てだ。

 その時、エリノアから見え透いた罠をちらつかされたのだ。
―――ティアナがイヴァンと密会すると。
考えるより先に足はこの場に向かっていた。

 到着した時は、木立に消える淡いすみれ色の髪が見えただけだった。

本当に少ししか話していないのは確かだろうが、イヴァンと会った事を

自分に内緒にしようとする行為が許せなかった。

今までも隠れて会っていたのでは?とも邪推してしまう。

信頼するハーロルトが彼女の願いを聞いて報告していなかったのでは?とも・・・

あんなに一途に頼まれたら男なら誰でもぐらつくに違いないからだ。
 レギナルトは生垣に歩みを阻まれたティアナの手を掴んだ。その手は薔薇の棘で傷ついていた。

それなのに皇子から無理やり薔薇を奪われた時に、また傷つけて血が滲んでいる。

 レギナルトはその手を自
分の口元に運び、もう片方の腕でティアナを抱き寄せた。

 ティアナは身体中の力が抜けるようだった。

手の平に感じる皇子の吐息と舌ざわりが、先程のイヴァンとは全く違う

しびれるような甘い感覚が波のように押し寄せた。

 それから皇子の顔が近づき、口づけされているのも気付かず夢心地だった。

角度を変えて舌を絡めるように深く口づけされた時、
かすかに広がった血の味で、ふと我に返った。

 いつの間にか軽く閉じていた瞳を、はっと見開いた。

とても長くそうしていたような気がして恥ずかしかった。

野外でしかもハーロルトもいるのに!離そうとしないレギナルトの胸を押した。
抵抗を感じたレギナルトは一層、(いだ)く腕に力を込めて更に深く口づけをする。

レギナルトの感情に任せた激しい口づけは次第にティアナの官能を呼び起こすように優しくなっていった。

彼女にとって今までに無い感覚だった。ふわふわと足が地につかないような酔った気分だった。

見開いていた瞳もまたいつの間にかまた伏せてしまったていた。

 大人しくなった様子を感じたレギナルトは彼女から顔をあげた。
そして陶酔を破る残酷な言葉を耳元で囁いたのだ。
「暗殺の首謀者が分かった。イヴァンの母、第二皇后ベアトリーセだ。今から捕縛に行く。

これで私が死んで、イヴァンと結ばれると言う希望は無くなったようだ。やはり私で我慢するしかないな」
「!」
 驚いて見開いた目の前の皇子は、今の今まで焼け尽くす炎のような感情をティアナにぶつけていたのに、

今は冷淡に嗤っていた。
「私の母も愚かだと思っていたが・・・イヴァンの母の方がもっと愚かだったという訳だ」
「イヴァンは?イヴァンはどうなるのですか?」
 レギナルトは冷めた瞳でティアナを見下ろした。
「また、命乞いか?イヴァンはこの件に関係ない」
 あからさまに安堵したティアナに、レギナルトは腹立ちを覚えた。
「ティアナ、お前は知らないだろうが私と言う皇位後継者が不在の場合は、

皇家の血筋の者とお前が婚姻を結べば皇統は繋ぐ事が出来る。

そう、だから第二皇后が動いた。だが、私もむざむざ殺されて奪われはしない。

またこのような馬鹿げた事を起こさせないように皇家の血筋の命を全て絶たせてもいい・・・・そう、全てだ!」
 ティアナは今までの皇子のイヴァンに対する警戒する理由が分かったような気がした。

言動が度々不可解だったのもこのせいだったのだ。それに皇子は本気だ。イヴァンさえも殺すに違いない。

恐ろしい事を言っているのに、烈しい独占欲を見せるその一言一句に歓喜している自分がいる・・・・

(皇子は子供みたい。気に入った玩具を取られるのを必死に守っているようなものね。

気に入った?私も少しは気に入ってもらっているのよね?)
 レギナルトは驚いた。

何時もなら怯える言葉を投げつけたのに、ティアナは何処と無く嬉しそうに微笑んだのだ。
「私は皇子のものなのでしょう?分かっています。

先日もそう言ったでしょう?私の気持ちを、ま
だ疑われますか?」
「―――いや。お前の国家を思う献身的な気持ちに偽りは無いだろうが、

それは別に私で無くても叶うと言う話をしただけだ。

私で無くても出来ると。例えばイヴァンとでもだ!意味は分かっているのか?」
 ティアナは答えなかった。ただ皇子を見つめて穏やかに微笑んでいるだけだった。
(本気で私で良いと思っているのか?馬鹿な!そんな都合の良い解釈があるものか。

もう自分は狂っているから良いようにしか思って無いのかもしれない・・・

とにかく今は主犯を捕らえるのが先だから彼女の件は明日だ!

最近ティアナに関わると決断力が薄れているような気がしてくる・・・)
「ハーロルト!事の次第は分かったな。ティアナを宮に送り届けたら隊をまとめて皇宮に集めろ!

捕縛には私も同行する。第二皇后は後宮にいる」
「畏まりました」
「あっ、皇子・・・気をつけて」
 レギナルトは口元をかすかに上げて踵を返した。濃藍の長い髪が陽光を弾いて翻る。

 ティアナは不安な気持ちで、去って行った皇子の後ろ姿をいつまでも見つめた。





TOP   もくじ   BACK   NEXT   


感想はこちらまで    ゲストブックへ 
                                              (URLは必須ではありません。お気軽にコメントください)