第一章 名の無き地2
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その後、皇子一行は領内に不案内の為、背に腹はかえられなく
侯爵家に使いを出しその城に向かったのだった。
その忘れ去られたこの土地に、只人さえも滅多に近寄らないのに刑罰より何十年経ったとはいえ
皇族のそれも最高位である皇帝に次ぐ皇位継承者が訪れるなど一大事に他ならなかった。
現在のファネール侯爵は病気がちの気弱な領主で、その先触れの知らせに恐れ戦き助言を求めたくて
一人娘であるヒルデガルトを呼んだ。だが、その頼りの綱であるヒルデは外出していたのだ。
一方、皇子達の行く手に妖魔が二体現れていた。
その妖魔は突然、皇子一行に襲い掛かって来たのだ!
レギナルトは妖魔に怯える馬を乗り捨て〈闇の聖剣〉を抜き放って構えた。
一体は後ろ足が異様に長くて醜くまるで蛙のように飛び跳ね、
もう一体は長く太い腕で猿のように自在に木々の枝や廃墟の屋根をすばしっこく渡って霍乱していた。
「ちっ、エリク!弓で奴らの足を止めよ!」
聖剣を使えばこのような小物の妖魔など瞬く間に仕留める事はできるが、ここは禁忌の地。
聖剣のような派手な大技を使えば直ぐに分かってしまう。
そう皇族が来ているなど領民に知られては政治的に後々不味いのだ。
弓隊が連射するが一向に当たらない。
レギナルトは不甲斐無い弓隊に舌打ちした。
「エリク!私に弓を!」
レギナルトは、聖剣を大地に突き立て弓を構えて連射した。行く手を阻み本体を射掛けていく。
その速さと正確さは見事だった。剣の腕前は当然だが、弓も流石と言うしかない。
戦闘中とはいえエリクは久しぶりに見た皇子の弓の腕前に、感嘆の口笛を鳴らしてしまったぐらいだ。
そして皇子に足止めされた妖魔達は兵士達の剣にかかって息絶えたようだ。
ところが一行が隊列を整え始めたその時、
大きな音と共に隠れていたのだろう三体目の妖魔が襲い掛かってきたのだ!
大きな音、それは廃墟の巨大な石柱が皇子目掛けて倒れる音だった。
人とは比べものにならない怪力を持つ妖魔が狙って倒してきたのだ。
レギナルトは体勢的にも間合い的にも避ける事は難しかった。
間が悪い事に彼の周りには誰もおらず庇うものさえいなかったのだ。
視界が石柱で暗く遮られレギナルトは死を予感した。その時浮かんだのはティアナの泣き顔だった。
(泣くな、ティアナ。泣くんじゃない!)
皇子がそう心で呟いた時、背中に強い衝撃を受け雪で凍った地に滑るように転がった!
その直ぐ後に大地を大きく震わせ石柱が雪を舞い上げながら地に落ちた。
「皇子―――っ!」
駆け寄るエリクが見たものは、皇子を庇うように倒れている見知らぬ年若い令嬢だった。
豊かな漆黒の黒髪が皇子の身体に広がり、皇子を庇った際に
頭でも打ったのだろうか気を失っている。身なりからすると貴族のようだった。
レギナルトは起き上がりその令嬢を助け起こした。
その顔はこの地に降り積もる雪のように白く美しかった。
「皇子、ご無事で?」
「ああ。この娘がいなかったら危なかった」
「危ないどころでは無いでしょう!確実に冥の国行きですよ!」
「・・・・そうだな。私も一瞬そう思った。妖魔は?」
「片付けました。馬鹿力がとりえだけのようでしたから。
それにしても知能などあまりあるように思えませんでしたが見事な連携でしたね」
「全くだ。それよりもこの娘の手当てだ!」
「そうでした!皇子の命の恩人ですからね。このような場所では手当ては満足に出来ません。
もう直ぐ侯爵家の城でございます。急ぎましょう」
そして一行はファネール侯爵家の居城に着いた。
そこは半世紀以上も忘れ去られた一族のものとは思えないような豪奢な城だった。
一歩入った城内も寂れた様子も無く壁も天井も輝いていた。
通された部屋も田舎とは思えない洗練された豪華なものだった。
だが、よどむ空気を肌に感じるのだった。例えるならば流れの無くなった水が腐ったような感じ―――
もともとファネール領は良質の地下資源の宝庫で侯爵家は帝国貴族内でも有数の資産家だった。
そもそもそこが失脚の発端ともいえた。自らの財力を誇示し驕っていたのだ。
そして神に等しいとされる皇家よりも上であるとばかりの態度を度々とったのだった。
その当時のファネール当主は愚かと言えよう、なぜならどのような理由があっても
皇家に逆らうこと即ち、滅亡しか無いのだから・・・・
ファネール侯爵は皇家と何度も姻戚関係があり、皇家に迫るかのような財力を持ち、
政務や商業の要所に深く関わっていてまさか簡単に排斥されるなど夢にも思わなかったのだ。
だが、それは甘かった。
先王は若くして帝位に付き、誇り高く気性も激しかった。その若さを軽んじた侯爵が甘かったのだ。
皇帝は若いゆえなおさら廷臣にそのような者をのさばらせる筈などなかった。
まして数千年に及ぶ聖なる皇家の血脈の重みに敵う訳など無い。
下された罰はファネールの抹消だった。
登城名簿、貴族名簿、地図地名、ありとあらゆるものから全て
ファネール と言う名前が帝国から消えたのだ。
そして皇帝は告げた。
――――名声、財力があろうともそれを誇示する場所が無ければ無用の長物であろう?
王になりたければその狭き地でのみでなるがよい。余はもうそちの名を忘れよう――――
帝国から捨て去られた一領地など存在自体難しいと思われた。
しかし文字通り存在が消されただけで領地や資産はそのままだったので
自領だけで十分に生活は出来た。
人々は安堵しこの罰の意味を本当に理解していなかったのだ。
だが、他の領地や人と関わることも無く閉鎖された地での生活は
精神的な苦痛を与え続けることとなった。もちろんファネールを出る事も許されない。
いや、許されないのでは無く他領に上手く逃げ込んだとしても、
もしファネール出身と知れれば存在しないものとして扱われる。
当然ながらそれでは生活が出来ないのだ。
ただ野垂れ死ぬしかない。まさしく先王が意図した通りになったのだ。
年数が経つにつれ本当の恐ろしさを知った貴族達は
若き皇帝に更なる忠誠を誓い、もう二度と侮る者など出なかった。
この時が止まったかのような城内でレギナルトはファネール侯爵に不承不承、謁見を許した。
侯爵はガタガタと見るからに震えながら深く低頭したまま、レギナルトの言葉を待っていた。
皇族に先に話しかけてはならないからだ。
忘れられた身の上で皇城へ登城する事など無いとはいえ宮廷作法は教え込まれているようだった。
それに長きに渡り外界から遮断されていて現在の世情も全く分からない。
ただ、曽祖父より聞かされた見たことも無い皇族に対する恐れだけが彼を苛んでいるようだった。
レギナルトは低頭し続ける侯爵を横目に眺め哀れに思った。
(哀れ?馬鹿な・・・愚か者の末裔に哀れみをかけるなど・・・)
ふと、思う。
(ティアナならすぐ庇うであろうな・・・・)
もう十分でしょう? 許してあげて と、ティアナが眉をひそめ
瞳を潤ませながら胸元で両手を合わせ、自分に願う姿が瞳に浮かぶ。
(・・・全く、かなり私も毒されている・・・・)
レギナルトが微かに微笑んだ。
横で注意を払うエリクが皇子のその表情に驚いて瞳を見張った。このような場で?
皇子は 冥の花嫁 が現れるぐらい皇家の血が薄まった中で、
稀に現れる祖先の血を濃く受け継いだものだった。
それで冥界人のように整いすぎる貌のせいもあるが、冷徹で無表情なさまは見るものを恐れさせる。
父である皇帝でさえも逆らえない雰囲気があるのだ。
先ほどまでその表情をしていたのに、その場の空気まで和らいだかのように微笑んだのだ。
(これが、皆が言っていたティアナ様効果か?)
エリクはハーロルトやドロテーが言っていた事にようやく納得した。
ドロテーが言っていた。
『最近の皇子は表情が柔らかくなられて良く笑っていらっしゃるのですよ』と―――
政務を執る時の冷徹な皇子、まして妖魔を駆逐する峻烈な皇子からは想像が出来なかった。
オラール王国でも皇子らしくない一面を見たが、政治的に微妙なこの場で微笑むなど信じられない。
先王と同じくレギナルトは刑罰に厳しいのだ。
容赦ない裁決は聞く者さえ震えあがらせる。それは当然なのだ。
王政者は寛容さも必要だがそれだけでは大帝国を秩序よく治めることは出来ないからだ。
絶対権威の皇家があって成り立つ平和。
ファネール。その絶対皇家に逆らった一族は未来永劫、生き地獄を科せられている。
その一族に関わりを持つこと自体、微妙だ。いろんな意味に解釈することが出来る―――。
エリクの視線に気付いたレギナルトは緩んだ口元を再び引き結んで、
消え入りそうな侯爵に話しかけた。
「私は長居するつもりは無い。明日の朝にでも出立する。帝都へ抜ける道をあないいたせ。
それとこの地の娘だと思うのだが、妖魔との一戦で怪我を負わせてしまった。
今、治療をさせているが意識が戻ったら家族のものに連絡してくれ」
「ははっ―――。しょ、承知致しました」
ファネールはやっと面を上げて伏し目がちに、恐る恐るレギナルトを見た。
真っ直ぐな濃藍色の長い髪、冴える美貌の額には皇家の印である環が輝き、
紫水晶のような瞳の皇子。堂々たる王者の輝きに溢れていた。
その皇子の流す視線の先の寝椅子に先程の怪我人が寝かされ、
皇子随行の医師により手当てを受けているようだった。
「! ヒルデガルト!」
侯爵は悲鳴に近い声で叫び、駆け寄った。
レギナルトとエリクは顔を見合わせた。
「ヒルデ! ヒルデガルト―――っ! なぜ」
「侯爵、見知っているものか?」
エリクが取り乱す彼に尋ねた。
侯爵が答えようとした時、横たわっていた令嬢が身じろぎをして声を出した。
「お父様?」
「ご令嬢か?」
エリクは驚き、レギナルトを見た。皇子は無表情で黙っている。
「はい。わたくしの一人娘でございます。ああっヒルデ大丈夫か?」
ヒルデの代わりに医師が答えた。
「おみ足を捻っておいでで腫れておりますので暫く歩行が困難でしょうが、
大人しく養生すれば程なく治ります」
見るからにほっとした様子の侯爵だったが、ヒルデの様子に蒼白となった。
「お父様? どちらにいらっしゃるの? ここは暗くて良く見えなくてよ!」
彼女はしっかりと瞳を開いているのに目の前にいる父が見えていない様子なのだ。
そしてヒルデは半身起き上がって暗闇で物を探すかのように手をさ迷わせると、父を捉えた。
「あら? 近くにいらっしゃるのね。なぜこんなに暗いの? あっ! 見えてきた・・・
えっええっ――っ、なぜ! 霞むの? お父様―――っ。きゃぁ―――っ、
わたくしの、わたくしの目がおかしい!」
ヒルデは悲鳴に近い声をあげて両手で顔を覆った。
エリクは再び皇子を見た。眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
そして、再度診察をする医師に言葉をかけた。
「診たては?」
「目に異常は見当たりません。ですから頭を打たれた弾みで頭の中に何らかの支障が
出ているのではないかと思われます。私の力では詳しくは分かりかねます。
帝都のベッケラート殿であれば何かお答え出来るのではないかと思われます」
「ベッケラートか・・・・」
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