第三章 愛のかたち3


 行き先は彼の診療所では無かった。

帝都の中心は皇城だがそれを囲むかのように一般の民が住む街が広がり、

更にそれらを囲むように貴族達の帝都の屋敷が連なっている。

その屋敷の中でも一際大きな屋敷の前で馬車が止まった。
 ベッケラートはティアナを抱きかかえたまま、その屋敷の中へ入っていったのだ。

ドロテーは、ぽかんと、口を開けてその屋敷を見上げた。

皇子宮と大差無い豪奢な造りと大きさだった。
「此処はいったい・・・・・」
 立ち尽くすドロテーにベッケラートは立ち止まって叫んだ。
「おーい。彼女!こっちだ、迷うなよ」
 ベッケラートは我が物顔で奥へずんずん進んで、ある一室に入るとティアナを降ろした。

それからこの屋敷の召使らに何やら指示を出し、自分は別室に消えて行ったのだ。
 残されたティアナとドロテーの前に運び込まれたのは衣装箱だった。

その中にはドレスが一揃い入っていた。

しかもそのドレスにふんだんにあしらわれているのは宝石の中でも貴重な真珠だった。

遠い星の瞬きのように上品に慎ましく輝く海の宝石だ。

それに合わせ
た宝飾品ももちろん真珠を使っている。
「す、凄い・・・ティアナ様。私、初めて見ました。この宝石。幻の奇跡と言われているものですよ。

なんて素晴らしいんでしょう。これで支度をしてもいいという事でしょうか?

何が何だか分かりませんが、取りあえず時間もございませんから仕度致しましょうよ」
「え、ええ、そうね。後で先生に事情を聞きましょう」
 ティアナの仕度が整った頃合いを見計らったかのように扉が開いて、見知らぬ人物が現れた。

ここの主だろうか?帝国貴族の華麗な正装をしたその男性は、

ご婦人達が色めき立つような大人の魅力を漂わせている。

きりりとした精悍な容貌に印象的なのは切れ長の意思の強そうな深海の色をした双眸だ。
 ドロテーが思わず魅入ってしまって頬を染めたぐらいだった。
 その男性は、にっ、と笑って二人に声を掛けた。
「終わったみたいだな。お譲ちゃん、良く似合っているよ。

それなら皇子もいよいよ観念するかもな」
 この声にこの喋り方、
「べ、ベッケラート先生! 先生ですか?」
「そうだけど。何か変?ひっさしぶりだからなぁ〜こんな格好」
「い、いいえ、素敵です。あの、もっとお年の方だと思っていたので、驚いて・・・」
「うわっ、ひっどいなぁ〜お譲ちゃん。これでもまだ独身の男盛りなんだけどなぁ〜

青二才の皇子やベルツの坊やには負けんよ。と、言う訳で婚約者もいない

可愛そうなこのオレと一緒に行って頂けますか?」
 ベッケラートはそう言うとティアナの前に跪いて礼をとった。
 彼のお調子者のような口調に、ティアナは思わず吹き出して笑いながら、

宜しくお願いします、と言って返礼をした。
 ティアナはもちろんドだがロテーは最近田舎から出て来たからベッケラートの正体を知らなかった。

彼は帝国でも三大公爵の筆頭にあたるベッケラート公爵家の嫡男だったのだ。

ベッケラート公爵家は帝国の建国時代から続く、第二の皇家と言われる程の勢力を持っており、

皇家の剣とも盾ともなり共に歩んできた家柄だった。

皇家はベッケラート家を友とも呼び、兄弟とも父とさえも呼ぶ間柄なのだ。

ヘルマンは嫡男だが持って生まれた医術の才能を優先し、

公爵家は弟に任せっきりで気ままな生活をしている。

だから滅多に表立った宮廷行事に出ることは無いのだ。彼は知る人ぞ知る宮廷一の貴族なのだ。
 正体を知ったドロテーは納得した。真珠の生産販売はベッケラート家が独占している。

だからこのような代物が出来るのだろうと思うのだが、それにしても・・・・・
「先生、あっ、失礼致しました。公爵様」
 ドロテーの問いかけにベッケラートは嫌な顔をした。
「よせよ〜公爵って呼ぶのはよ。堅苦しいのは御免だ」
「そうですか。では先生、いくらベッケラート公爵家とは言ってもこの衣装一式は、

急に用意出来るような代物ではございませんでしょう?」
「ああ、毎年妹の誕生日の贈り物として用意していたものだからな。丁度良かった」
 贈り物と聞いたティアナはそんな大事なものを貸してもらえないと言った。
 だがベッケラートは何処か遠くを見ると穏やかに微笑んだ。
「いいんだ。本当はいつまで続けるべきかと思っていたし、

お譲ちゃんに着てもらって踏ん切りがついた」
「続ける?お兄様からの贈り物とかは楽しみにされていると思いますよ。

止める必要なんて無いでしょう?」
 不可解な彼の返答にティアナは首を傾げながら聞き返した。
「それは生きていたらの話だな。今は迷惑がっているかも知れない。

死んだ者の姿を何時までも偲び過ぎるのは、かえって妹の魂を現世に

引き止めてしまう様な気がしてね。もう十年経ったのだからオレも前に進もうと思う」
 ベッケラートは笑いながら妹は生きていたらティアナと同い年だとも言った。
 簡単な弔いとは思えないようなこのドレス一式を見れば、

亡くなった妹をベッケラートがどれだけ愛していたのかが伺い知れる。

それに彼が医師としての道に進むことを確定付けたのは妹の死が原因とも云えた。

あらゆる手を施したがとうとう助けることが出来なかった。

その当時はどうする事も出来ない不治の病だったのだ。

その己の未熟さを呪い、医術を探求し続けることとなり今に至る訳だった。
 ティアナは大事な家族を亡くした気持ちは痛い程良く分かっている。

彼女自身も両親の死を悲しみ毎日のように墓参し続けているからだ。

考えてみればそんな自分の事を両親は心配しているのかも知れないと思った。同じなのだと思う。

 瞳を閉じると跪いてその妹姫の為に祈りを捧げた。安らかにと―――
 真珠の光りがその祈りと共に冥界まで届くようだった。
「ありがとう、お譲ちゃん。さあ、では出陣するか!あの傲慢な奴の鼻をへし折ってやりにな!」
 ベッケラートは片目を瞑ってティアナに右手を勢いよく差し出した。
 それぞれの思いが交錯する夜会の幕開けだった―――
  
 ファネール復帰が早急に決まったのは、もちろんゲーゼがエリクに約束した件だった。

皇統を継ぐ皇子の命を救ったのは大きな功績であり、

永久追放を撤回するに値するものとして皇帝は命を下したのだ。

それは不承不承そうしなければならない状況だったたからだが、

同じするならエリクらが動き易いようにと異例の速さで処理されたのだった。
 そのお披露目を兼ねた帝国の正式な夜会も決定され、

招待状が届いた貴族達はその準備に大慌てだった。

もちろんティアナにはまだ知らされていなかった。
 主賓であるヒルデガルトは準備に余念が無かった。

まるでこうなる事が分かっていたかの様にファネールより持参していたのだ。

それらは長年隠遁生活を送っていたとは思えないような品々だった。

さすがに帝国一の財力を誇っただけのことはあるようだ。
 そんな最中、ベッケラートがヒルデガルトの治療薬を携えて皇子宮を訪ねた。

 そしてレギナルトが見守る中、診察は始まった。

先日の様に丁寧に目を洗い、小さな硝子の薬瓶に入った液体を数滴、彼女の瞳にたらした。

そして瞳を数分閉じさせた間に説明をし始めた。
「先日、目を洗った液体を調べたらな、驚いた事に最近では滅多にみない、

ある野草の反応が出てね。寒い地方にしか無いものだが
どう(・・)いう(・・)偶然(・・)

その汁が目に入ったものか?全く検討がつかない。

それとこの症状は一時的なものが殆どだが
()()()持続(・・)して(・・)いる。

でも早く分かって良かった!こんなものを
常用(・・)していると本当に目がつぶれてしまうからなぁ〜

あっ、常用じゃ無いな。
不思議(・・・)と持続していただけだった。

まあ、いずれにしても中和剤を作ったからこれで治るから安心しな!
 ベッケラートは軽口を叩きながら、ヒルデとイルマの様子を密かに伺っていた。

彼の言葉の所々で小さくだが反応していた箇所があった。
(やっぱり、故意か?)
 そうだ、偶然など有りえないのだ。

 彼女が倒れた場所にその野草が生えていて、それが偶然目に入ったとしても視力を奪う程では無い。

煎じたものか、生のまま絞り出した汁かを直接、目に入れない限り有りえないのだった。

しかも初診では目の異常は無かった。

後に故意的に使用したとしか考えられない。


見えない と言っていたのは本人だけだったからだ。
 レギナルトもベッケラートの謎かけのような物言いに気が付いた。

だがそんな嘘は女達の常套手段であり特別に関心は無かった。

彼の気を引く為に病気になったりする者など沢山いたから珍しくも無かったのだ。

しかし、自分のせいで目が不自由になっていたと思っていたので、

その責任が無くなったと言う点では腹が立つよりも喜びの方が勝っていた。
「さすが帝国一の医師。これで見えないなど言うことは無いと言うことだな?どうだ?

ヒルデガルト譲、見えぬと言うことは無いな?」
 レギナルトは大げさにわざとらしく念を押すように言った。
 ヒルデは観念したようで小さく頷いて返事をした。

 彼女は命の恩人でもあるが、
冥の花嫁 で無ければ

有無を言わさず二度と皇子の目の触れる場所に出る事は許されなかっただろう。
「ご苦労だったベッケラート。もう下がって良い」
 ベッケラートは軽く頭を下げ退室しようと扉に手をかけたが、

急に何か思い出したかのように、あっ、と言って振り返った。
「忘れるところだった!そら、皇子!」
 ベッケラートはそう言うなり、レギナルトに向かって何か箱のような物を投げたのだ。

軽く投げられたそれをレギナルトは片手で受け取った。

 それは上質の革張りの宝飾品の箱の様だった。

その蓋を開けてみると女性用の髪飾りが納められていた。

しかもその細工は大小の真珠を使ったもので、まるで真珠で出来た花のようなものだった。

特に大粒の真珠は見事で、その一粒は万の真珠に匹敵する程の貴重なものだ。

海の至宝と言う呼び名に相応しい一品だろう。
「それ、頼まれていたものが仕上がっていたんで持って来たけどさ、

どうせ忘れているんだろう?注文したことなんてな」
 ベッケラートは頭をかきながら言ったが、

レギナルトは手の中のそれを再び見ても全く記憶に無い物だった。
 ベッケラートは皇子の返答など待たずに勝手に話を続けた。
「でもなぁ〜そんなもん皇家ぐらいしか買い手はいないんでね。

かる〜く宮殿が建つぐらいするからさ。と、言う訳で忘れてしまったもんは

仕方無いけど一応預けておくんで、もし使ったらその時は金払ってくれな」
 じゃあ、宜しく、と彼は言って扉の向こうに消えてしまった。
 手の中に残されたその真珠の(かんざし)をレギナルトは繁々と見つめた。
(私が頼んだだと? これを? 馬鹿な! 誰に贈ると言うのだ! まさか・・・)
 その時、金糸のような髪をしたティアナの姿が頭の中を過ぎった。
 ヒルデガルトは宮殿が建つぐらいの宝飾品と聞いて皇子の手元を見ようと近寄って来た。

しかしレギナルトは素早く蓋を閉め、それを懐へしまい無言でその場から去って行った。

何故か無償にティアナに会って確かめてみたくなった。

兼ねてより彼女の行動は逐一報告させている。

今日もあの場所へ来る筈だと、その場へと足は向かっていた。
 大神殿の聖墓地へ―――
 しかし、そこで見たものはティアナとイヴァンの仲睦ましい姿だった。

自分らしく無い言い合いの末、大神殿を足早に去りながら懐に入れた簪が重く心を苛むようだった。
 何故?何故?だと言っているようだった。
 何故、私を忘れたの?と―――
 そしてレギナルトは最後の一手をハーロルトに持たせたのだ。彼は待った。

 ティアナが自ら自分の前に平伏して情けを請う姿を・・・・・
 だが、刻限が近づいても、夜会が始まっても彼女は現れなかった。
 手助けしそうな者達は全て彼女から遠ざけている。

皇帝には有無を言わさず念を押し、ゲーゼは不敬罪で謹慎を命じ、

エリクは調査でファネール行にき、ハーロルトは婚約者と出席している。

レギナルトはもう一箇所だけ手抜かりのところがあった。それはイヴァンの存在だった。

彼には他の者達と同じ様に命令する事が出来なかったのだ。

聖墓地でのイヴァンの願いを知った時から自分とは同等の・・・いや、彼女を知っている

と言う点からいけば自分より彼女にとって上の存在であるイヴァンを抑える事に躊躇したのだ。

それは愚かな自尊心だったかもしれない。

たかが女の為に自分が翻弄されているような振る舞いをしているなど、

この弟に見せたくなかったのだ。
弟は言った。
―――彼女を貰いうけ、真綿で包むように優しく愛すると―――
 彼女が 冥の花嫁 であろうが無かろうがだ! 
(イヴァンと来るのだろうか?)
 レギナルトは考えただけで胸の奥で暗雲が立ちこめる気分だった。
(もし招待状を無視したとしたら、その罪で宮に閉じ込めれば良い。

誰にも会わさずこの私だけを頼りに生きれば良いのだ・・・・)
 レギナルトは底知れない無情の想いに酔った。自然と嗤いが込み上げた。






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