第三章 愛のかたち4
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自分の想いに耽っているレギナルトが付き添っているのは、
ファネール侯爵家の令嬢ヒルデガルトだ。
栄えある今回の主役である彼女は病弱な父、侯爵の代理も務める。
その彼女の手を取ってレギナルトは、夜会の会場である皇宮で最も広い冥王の間を進む。
そんな場でさえもレギナルトはもう一人の冥の花嫁≠思い、上の空だった。
しかし、ヒルデの美しさと見事なまでの装いに周囲の者達は、
溜め息と共にざわめきがさざ波の様に沸き起こっていた。
ご覧なさいませ。あの宝石とドレス、なんて素晴らしいのでしょう。
わたくし達では到底真似出来ませんわね
さすが噂にきいたファネールですこと。それにあのお姿。悔しいですけどお美しいわ
ティアナ様もお美しいけれど、侯爵令嬢はまた違うお美しさ
そうねぇ、殿方がいかにも好きそうな姿ですわね
あらっ、嫌だ。いやらしい。そう言えばティアナ様はどうされたのかしら?
手厳しいご婦人方がそれぞれ批評を繰り広げ、ある程度の評価がまとまったようだった。
ヒルデガルトの容姿はその身を飾る衣装も合わせて上得点で、
あろうことか皇子の第二皇后候補とまで目された。
そしてティアナの不在をあれこれ詮索しているようだった。
ヒルデは周囲の賛美に優越感を感じていたが、肝心の皇子が自分を褒めるどころか
完全に無視しているのが気に入らなかった。自分の容姿には絶対の自信があり、
もう一人の冥の花嫁 であるティアナよりも勝っていると思っていた。
だが、皇子の心を自分に傾けることがこんなに困難だとは思わなかったのだ。
今でも周囲の男達は自分の視線一つで舞い上がっているのが手に取るように分かる。
それなのに――
皇子の横顔をそれとなく見上げた。
整い過ぎる秀麗な顔は冷たく前を見据えていた。
引き結んだ唇は嘲りを刻んでも微笑みを刻むことは無かった。
恩人であり 冥の花嫁 の候補として礼はとってくれているが、見えない絶対の拒否を感じる。
その時、その氷の仮面が剥がれ突如驚きの表情を見せた。
そして冷たい紫の瞳には炎が燃え上がったかのようだった。
ヒルデはその皇子の視線の先を見た。
そこには到着したばかりの男女が、周囲をあしらいながら此方に向かっていた。
その周りの声は先程の皇子とヒルデの登場よりも大きかった。
それもその筈、滅多にこの様な場所に出ることの無い帝国一の大貴族、
三大公爵家の筆頭ヘルマン・ベッケラート公爵の登場だったからだ。
その上、 冥の花嫁 であるティアナを同伴している。
しかも彼女が身にまとうものは、光線によって輝く布地に女性の憧れである
純白の宝石をふんだんに使った、溜め息の出るようなドレスだった。
その衣装を更に引き立てているのは当然ティアナだ。
彼女の清楚で淡い夢のような儚さを秘めた容姿は、まさに神の血筋を物語るに相応しい美しさだった。
この以外な組み合わせに人々は驚き喝采した。
そして二人はレギナルト達の前に進み出ると深々と礼をとったが、
肝心の皇子は無言だった。ティアナの周りの光りが霞むかのような
その姿に魅入られて言葉を忘れてしまって何も言えなかったのだ。
返答の無い皇子に彼らは話しかける術は無く、もう一度二人は礼をとり横をすり抜けて行った。
レギナルトが我に返った時は、既に彼らは皇帝の御前で挨拶をしていた。
そして彼らの周りには幾重もの人の輪が出来ている。
口数少なく時折静かに微笑むティアナの姿が瞳から離れない。
その中でハーロルトが例の婚約者と共にティアナ達に近づいて来た。
彼が紹介するよりも先に、小さな貴婦人がティアナに話しかけていた。
「はじめまして。私、リーゼロッテ・クレメントでございます。
いつもハーロルトがお世話様になっております」
一人前の大人の様な口調で話す幼い少女に、ティアナは吹き出しそうだったが
堪えて丁寧にお辞儀をしながら応対した。
「此方こそ、はじめましてリーゼロッテ様。
ハーロルトには私の方こそ何時もお世話になっております」
小さな貴婦人は大きな瞳を輝かせながら、にっこり、と歳相応に笑った。
「ハーロルトが心酔するのが分かるわ!ティアナって本当にきれいで素敵ね!
私も大好きになったわ!お友達になりましょう。私のことリーゼと呼んでね」
貴族の娘にしては、屈託が無く勝気で無邪気なこの小さな貴婦人をティアナは好きになった。
随分変わり者の姫のようだ。
ハーロルトは、ハラハラ、と二人のやり取りを見守っていたが、
以外にも意気投合している様子に驚いているようだった。
楽しい会話の最中にも音楽が鳴り響き、煌く貴人達はダンスを楽しんでいた。
小さな貴婦人リーゼも、気の進まないハーロルトを引っ張る様にそのダンスの輪の中へ消えて行った。
残されたベッケラートとティアナの二人はうんざりする程の申し出を振り切るのに苦労していた。
普通ご婦人方から殿方を誘うなどありえないが、
自分達の同伴者を無視してベッケラートをあの手この手と誘っていた。
ティアナにも今まで無言の威嚇を発していた皇子が側に居ない以上、
絶好の機会とばかりに男達が群がっていた。
「皇子、皇子!聞いて下さっていますの?踊りませんの?」
レギナルトはヒルデの非難めいた言葉に、はっと、我に返った。
今まで、ティアナを瞳で追っていたからだ。
「私は踊らない。そなたは好きにするがいい」
ヒルデは皇子の素っ気無さに腹が立ったがこのまま壁の花の様に過ごすのも、うんざり、だった。
皇子とは会話をする事も無く、退屈で堪らなかったのだ。
ヒルデにとって生まれて初めての夢にまで見た華やかな夜会を大いに楽しみたかった。
だが、肝心の皇子には期待外れだったのだ。
ヒルデはこのまま皇子と共に大人しく従順に座っているか?
それとも大いに楽しむべきなのか?迷った。
しかし、誘惑には敵わなかった。彼女は誘われるままにダンスを楽しみ出したのだった。
レギナルトはそんな彼女に全く関心を示すことは無かったが、ティアナは別だった。
自然と彼女の一挙一動が気になって仕方が無かった。
近づく男達が羨ましくもあり、許せない気分だった。
(許せない?何故?)
不可解な感情に苛立ちを覚え、夕暮れの墓地でイヴァンに吐き捨てた言葉を思い出した。
―――あれは私のだ!
(そうだあれは 冥の花嫁 約束された私だけの花嫁なのだ!)
夜会も後半にさしかかり、音楽の演奏も大きくなり始めると、
それぞれが同伴者の下へ戻り始めていた。
ティアナはそれを見計らって新鮮な空気を吸いにテラスへ出た。
晴れ渡った夜空が彼女を迎えてくれたが、露出の多いドレスには酷な夜の冷気が肌を撫でていた。
真っ暗な夜空には、煌く星々が降り注いでいる。
「何をしている?」
急に後ろから声を掛けられたが、ティアナは振り向けなかった。
その声はレギナルトだったからだ。
非難するような冷たい問いかけに答える事が出来なかった。
返答も無く。振り向く事もさえもしないティアナにレギナルトは憤りを覚えた。
だいたい全ての道を閉ざしていたつもりだったのに、
まさか宮廷嫌いのベッケラートが絡んでこようとは考えてもいなかったのだ。
「まさかベッケラートと来ようとは思わなかった。
あの偏屈で頑固な奴がまさか煙たい夜会に顔を出すなど思いにもよらなかった。
どういう手を使った?」
ティアナはビクリと肩を震わせて、振り返った。
「・・・・・今度は先生との仲を疑うのですか?」
悲しそうな色を湛えた彼女の瞳が、追い討ちをかけていた。
「いや・・・そのような事を言いたかったのでは無い・・・どうして私を頼らなかったのだ」
レギナルトは思わず思っていた事を言葉を口に出してしまった。
ティアナは少し視線を外したが、再び真っ直ぐにレギナルトを見ると
聞き取れ無いような声で返答した。
「何も・・・皇子には何も望みません。いつも何かを欲しいと
思った事もありませんし、それに本当に望むものは・・・叶いませんから・・・」
何も望まない?レギナルトはその答えが気に入らなかった。
この世は欲にまみれていて、多かれ少なかれ望みの無い人間などいる訳など無い。
それにこの自分に叶えられないものなど無いのに、この娘は出来ないと言う。
本当の望みとは?彼女の真意を問いただそうとレギナルトは口を開きかけたが、
その言葉を飲み込んでしまった。
ティアナが自分に向かって微笑みかけたからだ。
「皇子、踊りませんの?」
先程も同じ問いかけをもう一人の 冥の花嫁 が言っていた。
レギナルトは同じように答えた。自分は踊らないと――
ティアナは少し残念そうに首を傾げた。
「そなたは踊りが好きなのか?」
レギナルトは思わず会話を続けてしまった。
「はい、綺麗な音楽に合わせて踊るのは楽しいですから・・・
でも皇子はお上手なのに嫌いなのですね?」
「上手?見たことあるのか?」
ティアナは悲しいような、困ったような表情で微笑んだ。
皇子は、はっと、した。また記憶に関するものだろうと直感した。
(以前、この娘と踊ったのだろうか?)
想像してみた。きっとこの娘は軽やかに踊るに違い無いと――だが思い出せない。
室内では新しい曲が流れ始めたようだった。
レギナルトは美しい旋律に耳を傾けだしたティアナを見た。
彼女が自分よりも、その音楽に心を寄せるのが許せない気がしてきた。
そう思うと自然にティアナに向かって右手を差し出していた。
「踊ろう・・・」
ティアナは瞳を輝かせて頷くと、皇子の差し出された手に自分の手を重ねた。
レギナルトは自分の行動に自分自身驚いていたが、
彼女を腕の中へ引き寄せると、身体は勝手に踊り出していた。
思った通りティアナは背中に羽でも生えているかのように、軽やかで息もピッタリに踊っている。
それに腕にかかる心地よいまでの柔らかな重みが何時までもこうしていたい気分にさせた。
月明かりと室内の照明が彼女の白い肌と髪をほのかに輝かせている。
まるで彼女自身が真珠のようだった。そう・・・まるで海の至宝では無く夜空の宝石のようだ。
レギナルトは胸の奥が痛むような気がした。
踊ってみれば思い出すかもと思ってみたが無駄なようだった。
そんな想いに気を取られた隙に足元の凍った場に足を滑らせて二人は転んでしまった。
庇うようにレギナルトがティアナの下敷きになった。
一瞬声も無く二人は見つめ合ったが、先に笑いだしたのはレギナルトだった。
笑いながらティアナを抱きかかえるように半身起き上がった。
「はっははは・・すまない。大丈夫か?」
「はい。皇子が庇って下さいましたから。皇子こそ大丈夫ですか?」
昔に戻ったかのような皇子の笑い方にティアナは胸が高鳴った。
楽しげに笑う皇子の紫の瞳が自分を優しく見つめている。
レギナルトも間近で見るティアナに少なからず感動していた。
大きな瑠璃色の瞳に花のような唇と可憐な顔を縁取る金の髪―――
その髪にはほのかな光りを湛える真珠が控え目に飾られていた。
「・・・・・・・・」
皇子は懐から例の真珠の簪を取り出して、ティアナの髪にさした。
まるでその簪がそこに来る予定だったかのように、今までの飾りがその簪を更に引き立てた。
そして彼女を立ち上がらせた。
レギナルトは衝動的にしてしまった自分に再び驚いたが、その姿を満足そうに眺め、瞳を細めた。
「これは?皇子?」
ティアナはひと目で高価だと分かる髪飾りを抜こうと手をかけた。
しかしその手は皇子に阻まれてしまった。
レギナルトは止めたものの、珍しく言葉に詰まった。なんと言えばいいのか・・・
「――転ばせてしまった侘びだ」
「そんな!こんな高価なもの頂けません!お返しします」
レギナルトは再び腹が立ってきた。
女なら天にも昇るように喜ぶ品を 返す と言うのが信じられなかった。
確かに侘びに贈るような代物では無いが、どうしても彼女に
受け取らせたいという気持ちに突き動かされていた。
「駄目だ!受け取るんだ!」
怒鳴るつもりは無かったのに声を荒げてしまった。どうも調子が狂う。
これ以上の争いはしたく無かったが胸に何か刺さっている感じがしてならなかった。
このもどかしい思いを吐き出したくて更に言い募ろうとした時、ベッケラートが現れた。
「お譲ちゃん、なかなか戻らないからどうしたのかって迎えにきたよ。
おやっ、皇子がご一緒でしたか・・・へぇ〜」
ベッケラートは、からかうような調子で皇子を見た。
「・・・・ベッケラート」
レギナルトは忌々しくベッケラートを睨んだが、彼は気にする様子も無くティアナに近づいた。
「お譲ちゃん、具合はどうだ?そろそろ帰ろう本調子じゃないんだからもう帰って休んだ方がいい」
「具合が悪いのか?」
ベッケラートはそう問いかける皇子を遠慮無く、ジロリと睨んだ。
「まあな。あんな招待状が届いたなら行かない訳にはいかんからなぁ〜
じゃ、もういいだろう?帰らせてもらうよ」
嫌味たっぷりにベッケラートはそう言った。
それからティアナを促しながら去って行こうとしたが、立ち止まって肩越しに振り返った。
「そうそう、皇子。まいどありぃ〜お支払いお待ちしてまぁ〜す。じゃあ、またな」
そう言うと彼は片目を瞑って、片手をひらひらと振りながら去って行った。
(宮殿ひとつ分か・・・・)
レギナルトは自分の愚かさに笑ってしまったが、心は清々しい気分だった。
そして珍しく楽しげに微笑みを浮かべながら彼らを見送ったのだった。
「星の記憶」も3分の2が終わりました。私の好きなパタ〜ンのティアナの涙∞舞踏会∞高価な贈り物#@何でしたでしょうか?今回のイヴァンは頑張たかぁ〜と思います。前回よりレギナルトのライバルとして役立ったかな?と思いました。レギの嫉妬を煽るのに欠かせない存在の彼ですが、よく考えてみれば一番不幸かもしれません。あっ!ハーロルトもそうかも・・・
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