最終章 鍵 4
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エリクが皇子宮に現れて時間もさほど経たないぐらいにティアナとベッケラートは、
レギナルトに別室へ来るようにと召集をかけらた。
更にリィンは呼ばれたら直ぐ出られるようにと隣室でわざわざ待機させられたのだった。
その集められた広めの部屋には、ヒルデガルトとイルマも現れた。
彼女は先に座って待っていたティアナを見ると、あからさまに嫌悪感を剥き出しで睨み、
つんと顎をあげて座った。
それから大神官ゲーゼが現れ久しぶりに会ったティアナに微笑みながら
一言二言声をかけて臨席に座った。
それと同時に、レギナルトが左右にハーロルトとエリクを従えて入って来たので、
一同は立ち上がり頭を垂れて皇子達を迎えた。
レギナルトは皆を確認するように視線を巡らせると、
中央の席に座りその両脇にベルツ兄弟が控えた。
それから皆に座るように手を振った。
「皆に集まってもらったのは他でも無い。先送りされていた 冥の花嫁≠フ
真偽 について集まって貰った。皇帝に最終的な報告をする前に確認の意味で聞いてもらいたい」
レギナルトはそう言うと視線はゲーゼで止まった。
それを受けて大神官ゲーゼは立ち上がると軽く一礼をした。
「はい。お時間をおかけして申し訳ございませんでした。創世記の時代からの文献及び皇家の秘儀を
調べましたところ同時期に冥の花嫁 がお二方降臨された記述はございませんでした。
しかしながら過去にそのような事実が無かったとしても今回が違うという裏付けも出来ません。
初めての事かもしれないからでございます。特に証拠となる星の刻印があるのですから・・・・・
ですがその星の刻印についてエリクより報告がございます」
ゲーゼは厳しい表情で報告を済ませるとゆっくりと腰掛けてエリクが喋るのを待った。
エリクは一歩前へ進み出るとレギナルトに向かって一礼して話し始めた。
「ご報告申し上げます。ゲーゼ様の命を受け、ファネールへと調査にまいりました。
そこである興味深いものを発見致しました。ファネール城で見つけたものでございます」
エリクは布に包まれた長方形のものを皆が腰掛けている大きな円卓の上に立てて置くと、
その覆いを外した。それは年代物の肖像画だった。
貴族が好んで描かせる肖像画にしては小振りのもので、人に見せるというよりも
自分か極親しい者で楽しむものだろう。
その描かれた人物は美しい女性の上半身の姿だった。
しかも胸が見えるか見えないのかというきわどい角度で描かれていた。
皆が注目したのはそんな妖艶な絵姿では無く、その左胸に浮かんでいる 星の刻印 だった。
はっきりと描かれた刻印は当然のようにティアナ達の刻印と全く同じものだった。
「裏に 愛しきマルガ と記されております」
「マルガとは十二代前のファネール侯爵家出身の 冥の花嫁 でございます」
エリクの読み上げにゲーゼが補足した。
「ヒルデガルト譲、そこで問うがこの肖像画は当然見知っていたであろう?」
レギナルトの紫の視線がヒルデを捉えた。
「存じません。肖像画などどれくらいあるとお思いですか?
ましてそのように小さいものなど見たこともございませんわ」
ヒルデは平然とした態度で口調は強く否定した。
だが、彼女の返答など関係なくレギナルトは次の問いを続けた。
「ベッケラート、この絵の通りに肌に細工するのは医術上可能か?」
「そう〜だなぁ。見本があるからまあまあ腕の良い医師なら出来るだろうよ」
「わたくしの刻印が偽ものだとでもおっしゃいますの!」
ヒルデは驚いたように抗議した。エリクは続けた。
「そもそも 星の刻印 が冥の花嫁の証拠となりますが、その形や色などは一般には
知られていません。それは皇家の秘儀でありこの肖像画のようにそれを写すなどありえないものです。
しかし、この作者は十二代前の画家皇帝と呼ばれたアウトゥル陛下です――
推測するに自らの手で皇后を描いた個人的なものだったのでしょう。
それが皇后の実家の手に渡ったとしても不思議ではございません。
それから追随すればファネール領内で腕が良いと評判の医者が行方不明だという話があります――」
皆の視線がヒルデガルトに集まった。
だが彼女は怯む素振りも無く悠然と構えていて微笑みさえ浮かべていた。
「それが何か?わたくしは全く存じませんわ」
「では、ヒルデガルト譲。これについて申し開きをして貰おうか?」
レギナルトは目で合図を送ると、ハーロルトが隣室の扉を開けた。
そこから現れたのはリィンだった。
彼はヒルデを恐る恐る見ながら守ってくれるティアナの影に走り込んだ。
さすがのヒルデも一瞬顔色を変えた。殺したかもしくは瀕死の状態にしたと
思っていたものが、元気よく現れるとは思わなかったのだ。
彼女はリィンがヴァイセでは無く、この人型の時も知っている。
本来の姿は人型なのだがヒルデはヴァイセの姿を好んだので何時もそれを強要していたのだ。
「これは先程、そなたが手にかけたヴァイセだ」
「お、お戯れを皇子、その少年がヴァイセなど何の冗談でございますか?」
「戯れと思うのか?」
レギナルトの声が一段と低くなった。
「この者が申すにはそなたが友となり毎日会ってくれるという約束で、
遠征に出ていた我々をファネールへの道へ誘い込むように国境から帝都への道は
妖魔を使って塞がせ、私と出会うきっかけを作る為に我らを妖魔に襲わせたという
話だったが?如何に返答する?」
「存じません」
ヒルデは平然と答える。
「何も知らぬ、と申すのだな?」
「はい。皇子こそ、そのような半人の言う事をお信じになられるのでございますか?」
レギナルトはエリクと密かに目を合わせた。皇子の紫水晶のような瞳が鋭く光っている。
「よかろう。それは済んだことであるし不問にしよう。
肝心の 冥の花嫁 かどうかである刻印についての検証に入る。
それについて協力を仰いだ方に、この場に来て頂こう」
レギナルトはそう言うと立ち上がって扉へ向かいその人物を迎い入れるため扉に手をかけた。
皇子の丁寧な物言いにその人物が何者なのか予想が出来なかったが、
皆も立ち上がって扉に注目した。
そこから現れたのは一組の男女だった。
一人は太陽の輝きさえも彼の前では陰りを見せるような黄金の髪に白皙の美貌。
もう一人は漆黒のビロードのような黒髪の艶やかな美の女神のような女性―――
先刻ヒルデに彼女よりも美しい黒髪と姿をした女性とレギナルトが言ったのは
まさしくこの人物だった。その一対にレギナルトが並べばその圧倒的な迫力と
美しさは神殿の天井画に描かれるような天冥界の神々のようだ。
レギナルトはそれぞれを紹介した。
「オラール王国のジェラール王子と 天の花嫁 のフェリシテ譲だ」
オラール王国ではつい最近、天の花嫁 の出現と大神官の反逆に伴う王子暗殺という
国家的大事件があったばかりだった。
十三年前に王位継承者であったジェラール王子が暗殺されていた事になっていたが実は、
双子の弟王子ユベールの方が手違いで殺されていたのだ。
しかし犯人を追う為にジェラールは誰に告げる事無くその身をユベールと偽り続けていた。
そこへ天の花嫁 が現れ一気に犯人があぶりだされて事件が解決した次第だ。
その騒ぎも冷めぬ中、その中心人物である二人が現れたのだから驚きだった。
年長者であるゲーゼは格式高く挨拶はしたが、興奮を抑えるのに必死の様子だ。
天冥の花嫁が同時期に揃うのは滅多に無く、冥の花嫁ばかりか目の前には天の花嫁までいるのだから
神に仕える身として興奮しない方がおかしいぐらいだろう。
ゲーゼの挨拶を受けたジェラール王子の視線がティアナに止まった。
王子は豪奢な、という表現が相応しい笑顔でティアナに近づくと、
微笑みかけられた相手が赤面するくらい更に微笑みを深め、親しげに話しかけてきた。
「君が 冥の花嫁 のティアナだね?会いたかったよ。
あのレギナルト殿にあそこまで言わせる女性はどんな人だろうと思っていたけど
想像以上だね。まるで宵の明星のように輝きに満ちて麗しく、
その瑠璃色の瞳は太陽に煌く果てしない海にも似て溺れそうだよ」
ティアナは慣れない美辞麗句もさることながら太陽神の如きといわれる
その美貌で間近で囁かれると、好意とは関係なく真っ赤になってしまった。
フェリシテは呆れてジェラールを見たが、彼は愉快そうにレギナルトの様子を伺っている。
レギナルトはというと気分を害している様子だ。
それはそうだ、自分の花嫁に他の男が言い寄っているようなものだからだ。
二人はレギナルトの記憶の事はエリクから聞いていた。
だから皇子がオラール王国でジェラールに言った言葉も忘れているだろうと思う。
フェリシテに対してはっきりしないジェラールに発破をかけたその言葉の根本は
ティアナとの経験からきた忠告だったからだ。
傍から見てもあれほど愛していた者を忘れるなど、どちらも哀れだ。
フェリシテは思った。
自分がティアナと同じ立場だったらなんと悲しくて耐えられない苦しみだろうかと・・・・
ジェラールはレギナルトの心を計っているようだった。
エリクの話しを完全に信じた訳では無かったが、
別れてさほど月日が経っていないのにレギナルトの雰囲気は全く異なっていた。
オラール王国の地で愛しい者に想いを馳せていた瞳は何も語っていなかったのだ。
出逢う前の噂に聞いていた建国王の再来とも云われた氷のように冷徹な皇子がそこにいた。
しかし自分がレギナルトを見るフェリシテに苛立ちを覚えたようにその逆もあるのでは?
と思ったが当たりだった。無関心ならばあの皇子が表情を変える筈は無い。
(なるほどね・・・)
ジェラールはティアナの手を取り、その甲に挨拶の口づけした後もその手を放さなかった。
そしてにっこりと微笑んで再び口を開きかけたが、レギナルトがそれを遮った。
「ジェラール殿!用件を続けさせて貰うが宜しいか?」
ジェラールはティアナの手を放すと大きく肩をすくませ、どうぞと言った。
レギナルトは不機嫌な様子でそれを確かめるとエリクに合図を送った。
エリクがそれを受けて事の経緯を説明しだした。
物的証拠があってもそれは結局、状況判断でしかなく確証とはいえなかった。
その為、更に調査を広げ同じく神の花嫁を迎えるオラール王国へと向かったのだった。
「―――そこでジェラール王子よりもたらされた情報が今回の判定に
最も相応しいと思われます。では準備をしてまいります」
エリクがそう締め括って退室して行くのを視線で追いながらゲーゼが問うた。
「我々の文献には判定の仕方などございませんでしたが
天の花嫁 にはそのような事例があったのでございますかな?」
「いや、これは私の実体験だから天の花嫁というのでは無く
刻印 に関する事という訳になるかな?」
「太陽の刻印でございますな?」
「そう、太陽の刻印 これは星も太陽も同じだからね。
先日の王国での騒動は既に知っていると思うけど、その件もあって
此方の帝国に礼儀を欠いたままだったから突然来訪させてもらった次第で。
それに冥の花嫁 の真偽は我が王国にも関わる問題だからね。
帝国が乱れれば我が国も影響が出る。だから我々もその真偽に口を出させてもらいますよ」
当然だ、とゲーゼは頷いた。
「それで、方法は?」
二人の 冥の花嫁 はジェラールに注目した。
彼はにっこりと微笑むと着衣の胸元の留め金を外し大きく開いた。
なめらかな彫刻のような胸には金色の太陽を模った刻印が浮かんでいた。
オラール王国の王位継承者の証である 太陽の刻印 だ。
その刻印に右手を這わせながらジェラールは声を低くしながら
冥の花嫁 達にゆっくりと話し出した。
「私は髪の癖から爪の形までそっくりだった双子の弟と入れ替わらなければならなかった。
だけどそれにはこの刻印が邪魔だったんだ。当然だろう?
これがあれば直ぐに私だと分かってしまうのだから・・・・そこで私はこの刻印を消そう
と思ったんだ・・・・・これを刃で切り取ってみたり、焼いてみたりしてね・・・・・」
ティアナは、あっと悲鳴をあげそうになりそうになり思わず両手で口を塞いだ。
そして信じられない、と言うように大きく瞳を見開いてジェラール王子を見た。
「失礼。お嬢さん方には刺激が強すぎたようだね。
でも、そんな事をしてもご覧の通り傷跡一つ無く元に戻る。
これはそんなふうに出来ているんだろうね。これは・・・」
「ま、まさか・・・・・」
ヒルデは今度ばかりは顔色を無くしていた。
「そのまさかです。そんな事をして痛いのは仕方が無いけど本物なら大丈夫、
元に戻るからね。さあ、始めようか?どうぞ」
いつの間にかエリクが火鉢を運んで来ていた。
その中には真っ赤になった焼印が二本くべられている。
それは罪人に使うものだった。
元に戻れば本物、そのまま罪人の烙印が残ればその烙印の示すように罪人となる。
しかもこの刑罰で死ぬ者も少なくないのだ。肌が焼け何日も悶え苦しむのだから・・・・・
炭がパチパチと弾けて炎が揺れる中にその焼印が恐ろしく赤々と紅石のように光っていた。
ヒルデは一歩一歩と後ろへ下がったが、エリクに後ろから両肩をつかまれ止められてしまった。
そして彼は掴んだ手に力を込めながら耳元で囁いた。
「自分で焼印を当てるなど勇気がいるでしょうから此方でいたしましょうか?」
「ひっ! や、やめて――っ」
その時、火鉢の炎が弾けた。焼印を取り出したからだった。
その焼印を取り出したのはエリクでは無く、ティアナだった。
彼女は素早く緩めた服から覗く星の刻印めがけてその焼印を当てようとした。