最終章 鍵 5
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焼印が肌に触れる寸前でティアナの手をレギナルトが掴んだ。
二人の瞳と瞳が絡む。大きく見開いた瑠璃色の瞳と、燃える紫の炎のような瞳―――
ティアナは叫んだ。
「放して!証明するのよ!私が皇子の花嫁だっていうのを!お願い、放して!」
焼印を持つ手に力を込めるティアナからレギナルトはそれを奪い取り床に払い落とした。
真っ赤に焼けた焼印は、床の絨毯をたちどころに焦がし始める。
レギナルトは掴んだティアナの手を強く引き寄せ、抵抗する華奢な彼女の身体を強くかき抱いた。
そして大きく長く息を吐き、くぐもった声で呟いた。
「馬鹿な事を――が止まるかと思った―――」
その言葉を聞いた途端、ティアナの抗っていた手が急に大人しくなった。
激しく強く抱かれるまま、その身を皇子に委ねレギナルトを見上げると、
きつく瞳を閉じていたレギナルトは沈痛の色を浮かべた瞳でティアナを見ていた。
まさか彼女がこのような行動に出るなど予想していなかったのだ。
ヒルデガルトに対する脅しのつもりだった。
男でさえ震え上がるような焼印を出せば白状すると思っていたのだ。
それを自らの証明としてティアナが手を出すとは思ってもいなかった。
焼けてくすぶる絨毯が惨事を想像させた。
彼女の白い肌にこれが・・・・と思うと鼓動が激しく脈打ち止りそうだった。
大人しい彼女の心に秘められた自分への強い想いを認めずにはいられない。
ティアナは叫んだのだ、『私が皇子の花嫁だっていうのを!』証明すると―――
なんという心地良い独占欲では無いか?
(私を自分のものだと主張する彼女にこれ程嬉しく感じるとは・・・・)
胸に広がるこの想いは逃れようの無いものだった。
愛しい という言葉でしか表せないものだ。
今まで自分が否定し愚かな行為と、嫌悪さえ抱いていたものに心が振り回されるとは思わなかった。
レギナルトは微笑んだ。
その紫の瞳はかつてティアナを見つめる時の愛しみに溢れていた時と同じものだった。
「あっ――」
その皇子を見たティアナは言葉にならなかった。
胸がいっぱいになり大きく見開いた瞳からは真珠のような涙が頬をつたってこぼれた。
「証明など必要ない・・・お前が私の花嫁だ。例えそれが間違いで
帝国が滅びようとも私は構わない。愛している――
それで地上の全てを敵に回したとしても私はお前を選ぼう――」
レギナルトはティアナの頬につたう涙にそっと口づけをした。
ティアナの真実の愛を信じたレギナルトは再び愛に芽生え、
かつてそうだったようにとうとう認めたのだ。
ジェラールは以前レギナルトが言っていた言葉を思い出していた。
『―――彼女を他の男に渡しなどしない。そう他の全てを滅しても・・・』と。
記憶が無くても同じような事を言っているのだから 愛 という大きな力を感じるのだった。
(まあ、自分も人の事言えないけどね)
ジェラールは愛しいフェリシテを引き寄せると頭に口づけをした。
フェリシテは甘える王子を睨みながらも大人しく彼がしたいようにさせた。
一方エリクに押さえ込まれていたヒルデは観念したようだった。
力なく床にしゃがみ込んで独り言をブツブツ言っていた。
「・・・・なによ。わたしくしが 冥の花嫁 なのよ。
陰気で暗いファネールからやっと出られたのよ。これからなのに・・・
皆がわたくしを見上げて褒め称えていたのに。嫌、嫌、ファネールに戻りたく無い!嫌よ。
わたくしはやっと光りの中に出られたのよ。嫌!ファネールになんか戻らないわ!」
「お可哀そうなヒルデ様・・・・」
錯乱するヒルデを庇うようにイルマが寄り添って涙していた。
レギナルトはティアナをその腕から放す事無く、ヒルデに向かって言った。
「ファネールになど戻る必要は無い。そなたは大罪を犯したのだからこれから行く場所は冥の国だ!
愚かなそなたの為にファネールは再び名の無き地となろう!」
ヒルデは力無く呆然と天井を見上げた。夢が消えてしまったのだ。
どんな事をしてもあの土地から抜け出して光りの当たる場所へ出たかった。どんなに憧れたか―――
長過ぎる罰。そのまま朽ち果てると思っていたところにリィンと出会い
野心が芽生えてしまったのだ。その野心は膨れ上がり頂点をも目指してしまった。
新しいものなど無い古びた書籍に記された輝かしい冥の花嫁≠フ存在に憧れた。
皇子と結ばれる幸せなその花嫁になりたかった。
昔から聞かされ続け、恐れていても憧れてやまなかった皇家への想い―――
エリクとハーロルトはそれぞれ、ヒルデとイルマを立ち上がらせて引き立て始めた。
「待って!」
ティアナはレギナルトの腕から抜け出し皇子に向かい合った。
「皇子、お願いです。彼女達を許してあげて下さい。お願いします!」
「何を馬鹿な!」
「彼女達だって被害者です!何十年前の顔も知らない人の罪で
関係の無い多くの人々が苦しめられていたのでしょう?それこそ酷いわ!」
「ティアナ!」「ティアナ様!」
駄目だと制するようにゲーゼとハーロルトが彼女の名を呼んだ。
皇家への罪は一般的な罪とは違うのだ。当然処罰も厳しいのは当たり前だった。
今回のファネールへの恩赦も異例中の異例だったくらいなのだ。
そこへティアナの皇家批判ともとれる発言にゲーゼとハーロルトは皇子の勘気を恐れた。
「お前はこの者に罪は無く、先の皇帝に罪があると言うのか?」
「そうです!やり過ぎだわ!罪を認めて改心する人だっているもの。
それを何十年も課すなんて馬鹿だわ!心が歪んでしまうのも当たり前よ!」
皆、ぎょっとした。ついに 馬鹿 呼ばわりしたのだ。こんな時のティアナに皆驚いてしまう。
普段は大人しいのに何かあれば率直に自分の意見を堂々と言うのだ。
しかも言い出したら絶対に引かない。
誇り高い皇子は激怒すると思ったが予想に反してレギナルトは笑い出したのだ。
「ははははっ、馬鹿か。そうだな馬鹿だな。私もそう思う。お前の言う通りだ」
ティアナもだが皆も驚いて顔を見合わせた。
「ティアナお前の気持ちは良く分かるが、幼き時より培われて歪んでしまった心は
そう簡単に変われるものでは無いと思わないか?」
「それは・・・・」
「僕が取っちゃおうか?」
大人しく様子を伺っていたリィンが、ぽつりと言った。
「取るって?何を?」
ティアナはまさかと思った。
「ヒルデの一番大事にしているものを取れば良いんでしょう?違うの?」
「!」
「ヒルデはお姫様になりたかったんだよね?今だって十分にお姫様みたいだったのにね」
「おい、チビちゃんはもしかして森に住んでいて何時もそんな事をしていたのかい?
大事なものを取っていたとか?」
ベッケラートは注意深く聞いてみると、リィンは頷いた。
「なんで?」
「あのね僕、寂しかったんだ。でも色んな人のそれを見るととても楽しかったんだ。
時々、嫌なものもあったけどね。それは直ぐ消しちゃったけど。一番のお気に入りは・・・・」
リィンは、チラリとレギナルトを見た。
「まさか皇子の記憶?」
リィンは、コクリと頷いた。
「あのねティアナがとってもきれいであったかくて幸せな気分になるんだ」
自慢そうにリィンは首に下げていた色が変化する玉を覗き込みながら言った。
真実の森 の不思議はこの妖人の仕業だったのだ。
人々の気に入った大事な想いをその玉に封じ込め自分の寂しさを紛らわしていたのだろう。
そこへヒルデが現れて嬉しかったに違い無い何でも言う事を聞いてしまったのは仕方が無いことだ。
もちろん皇子の記憶もヒルデの策略によるものだった。
リィンは想いが強いものしか記憶を抜く事が出来ない。
もし皇子の記憶が抜く程の想いのものが無ければそれで良しとし、あれば好都合だったのだ。
それが見事に的中したのだった。
レギナルトは憤りを覚えた。 記憶 を無くして再びティアナを愛したといっても
愛する人のどんな事でも忘れたく無いのが当然だ。
皆が口々に語ったものも全て思い出すこともなく、
それが頑なな彼の心の片隅に影を落としていたのだ。
「お前が!」
レギナルトの声にリィンは震えあがった。
ティアナは皇子の袖を引っ張って止めると直ぐ、
リィンと同じ高さになるようにしゃがんで優しく尋ねた。
「ねえ、リィン。その中に入っているのを皆に返してくれない?
大事なものだって分かっているけど、それを取られた人達にとっても大事なものだったのよ。
分かるでしょ?それにもう私はリィンのお友達でしょう?寂しく無いわよね?」
「・・・・・うん。わかった」
リィンは頷くと玉を両手で包み込むように持った。
すると玉の色が内側から光だし部屋中霧がかかったようになったかと思うと
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眩しく全体が輝き
光の粒のようなものがキラキラ
と降り注いだのだ
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大半は窓を押し開けて空へと舞い上がって行った。それぞれの持ち主の所へと向かったのだろう。
レギナルトはその光りに包まれて輝いていた脳裏には次から次へと記憶が蘇ってきたのだ。
瞬時に再び体験しているようなものだった―――全てを取り戻したレギナルトは瞳を閉じた。
そして再び開いた時に映ったのは心配そうに自分を見つめているティアナだった。
レギナルトは静かに微笑んだ。
「心配かけた。辛かっただろう?すまない・・・・だが私は記憶を無くしても
何度でもお前に恋をしよう。愛しているティアナ・・・」
ティアナはもう前が見えなかった。涙で霞んでしまっているからだ。
止めどなく流れる涙を拭わずレギナルトの胸で泣きながらも答えようとするが言葉にならない。
「・・・・わ、わたしも・・おう・・じを・・・・」
「ああ、分かっている」
レギナルトは泣き止まない彼女の顔に優しく口づけの雨を降らせた。
それから震えるティアナの唇を初めは軽くついばむように口づけていたが次第に深く重ねていった。
するといつの間にかティアナの涙は止まっていった。
「これが皇子の最終手段なのね?」
フェリシテが小さい声でエリクに尋ねるとエリクは笑って頷いた。
「何?フェリシテ何のこと?」
秘密っぽい二人の会話にジェラールが聞き返して来た。
「ああ、私がほら、泣いてレギナルト皇子の所に行ったことがあるでしょう?
その時、泣き止まない私にレギナルト皇子の最終手段にお願いしますよ
って彼が脅した訳よ。だから最終手段ってあれね?って聞いたのよ」
「なっ!なんだって!」
ジェラールが大きな声をあげたのでレギナルト達は我に返って顔を上げて彼を見た。
「ちょっと、フェリシテ!あれをされた訳?レギナルト殿!
貴殿は何もしていないと言ったじゃ無いか!」
「何の話だ?いったい」
「もうっ!ジェラールされたとか言ってないでしょう?
そうしますよと言われただけで驚いて泣き止んだのよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。する訳無いでしょう?」
「そうです。天の姫は直ぐ泣き止まれましたので・・・それに比べティアナ様は
なかなか・・・皇子のあれで止まる次第で」
エリクは、チラチラとティアナ達を見ながら返答していた。
「だから何の話をしているのかと言っている!エリク!」
レギナルトは意味有り気に三人で話している内容が自分の事を言っているだろうと感じて詰問した。
エリクは自分の唇に人差し指を当てて、
「皇子の最終手段についてですよ」
「なんっ!」
オラール王国でエリクが冗談混じりに言っていた言葉だったが、
意味をティアナが知れば恥ずかしがりやの彼女の事、大変な事になるのは明白だった。
レギナルトはいきなり話を変えることにした。
「ベッケラート!彼女の胸の刻印はもちろん消せるな?」
「えっ?そりゃ〜出来ない事は無いが・・・・」
「ベッケラート!つべこべ言わずにやれ!それを消した後は、
この者の歪んだ心の記憶を抜くように。そしてファネールへ送り返せ。
元に戻ったファネールでならもう二度と馬鹿な考えを育む事も無いだろう」
「皇子!」
ティアナは喜んで思わずレギナルトに抱きついた。
それを抱き返しながらレギナルトは他の者達に さっさと去れ! と手を振って合図する。
皆、皇子のその様子に呆れたが仕方が無いかと苦笑しながらそっと退室して行った。
二人だけになったところでレギナルトは懐から鍵を取り出してティアナに渡した。
「?」
「お前の部屋の鍵だ。バルバラが文字通り死守したものだ」
「私の部屋の鍵?」
「そうだ。もちろん帰って来てくれるだろうな?
もしも花屋に戻ると言うなら又、攫って来るまでだが?」
ティアナは答える代わりに微笑んで背伸びするとレギナルトに耳打ちした。
――どうぞ攫ってください――
「承知した」
レギナルトは軽々とティアナを抱き上げて笑った。そして再び彼女に囁いた。
――何度でもお前に恋をしよう。愛しているティアナ――
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終
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あとがき
「星の記憶」完結です。短編になる予定が本編と変わらないぐらい長くなりました。
どうにか無事に収めることが出来まして、ほっとしております。
お気に入りのティアナ&レギナルトですから又、書きたいと思うのですが・・・そうそうレギナルトに
記憶喪失になってもらう訳にもいかないし、ラブラブモードだけじゃつまらないし悩みますね(笑)
二人のすれ違う心がポイントの話ですから(・・・と言うか私の趣味?)
とりあえず今構想しているのは後日談ぽく、お二人にはラブラブで登場して頂きながら
ドロテーの恋物語の短編を考えています。 それではこれからの番外編も宜しくお願いします。
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