星の詩2


 魂の記憶の中に視えてきたのは神の世界ではなく見覚えのある景色―――
昔の皇城のようだった。そして其処にはレギナルトもいた。
姿が酷似しているからティアナはそうだと感じたようだった。
夜の皇城を二人で散策しているのが視えた―――

(私達、昔も一緒だったのね・・・)
ティアナはそれを視て嬉しい気持ちが湧き上がってきた。
しかしその皇子が考えられない仕打ちを昔のティアナにするのを視てしまったのだ。
そのレギナルトだと思った人は皇帝のようで嫌がるティアナを押さえつけて有無を言わせず純潔を奪い、そして子を産む道具のように扱っていた。
驚いた事にティアナは以前も冥の花嫁のようだった。
更に鍵のかかった部屋に投げ込まれ閉じ込められたのも視えた。
そして無理やり授かった赤ちゃんは流産してしまいお前の役目は終わった≠ニいう酷い言葉を投げつけられて絶望し、自ら毒杯を飲むつらい記憶―――
それは途切れ途切れの記憶だったが恐ろしく悲惨で不幸なものばかりだった。

ティアナは身体中が震え出した。
過去の自分に酷い仕打ちをしているのはレギナルトでは無いと思いたかった。
しかしティアナが皇子を間違う筈は無い。彼の冷たい紫の瞳が恐ろしく感じたのは久し振りだった。
出逢った頃は恐ろしくて仕方がなかったがその時よりも恐ろしかった。
今視ているレギナルトはもっと冷たく凍りつくような瞳だ。
それなのに前世の自分は今と同じく彼に恋をしていた―――

「い・・・い、嫌・・・やめて」
ティアナはやっとの思いで拒絶の言葉を口にした。目を瞑ってもその光景が視える。
身体が呪縛されたように指一本も動かないのに震えだけは止まらない。

「ティアナ?」
「ティアナ様!」
皆が彼女の異常な様子に気が付いた。ティアナは恐怖に凍りついたような表情で大きく瞳を見開いて硬直していたのだ。そして今にも卒倒しそうだった。

「カミラ!水を直ぐ持って来て!」
「は、はい!」
ドロテーから指示を出されたカミラは慌てて出て行った。

「ティアナ様!ティアナ様!」
ドロテーはティアナの肩を揺すって声をかけた。

「アマーリア、これはどういう事だ?何が起こったのだ!」
ゲーゼは顔色を変えて術を解いたアマーリアに問い、ハーロルトは厳しい顔をして彼女を見た。

「わたしの前世術は大神官も体験しているからご存知でしょう?まるでその場にいるかのように見える・・・それが原因でしょうね」
「な、何を視たのかね?」
「大神官の問いでも本人の許可無しに守秘義務として、わたしが視たものを言えません」
「うむ・・・それはそうだが・・・」
前世術は当然ながら今世の人生を左右する程のものであり、同時に視る彼女は他人にそれを告げることは絶対にしないのだ。

そんなアマーリアは意図的に悪いところだけを見せるつもりだった。事実を曲げることは出来ないがそれくらいの操作は簡単だった。ティアナの前世を先に視ていたアマーリアは彼女の悲惨な境遇を視た。しかしそれは最初だけでその後は先に進む程、もっと気分が悪くなるような愛に満ち溢れたかのような幸せな人生を送っていたのだ。それは彼女が最も忌み嫌う世界―――

アマーリアは何時も思っていることがあった。
愛というものは存在しないと思っている。愛と皆が思っているのはそういう名前を掲げただけの自己満足であり、利己主義でしかないとさえ思っていた。愛はいつも欺瞞に満ち溢れているのだ。

(神の娘だろうが救世主の末裔と言う皇族だろうが関係無いわ・・・愛という妄想を見ているだけ・・・馬鹿馬鹿しい・・・)
そう思うアマーリアは敢えてティアナの幸せの部分を隠そうとしていた。しかしその前
にティアナが視るのを拒否したようだった。
 ゲーゼ自身、アマーリアの前世術は体験している。
神殿はこういった神の奇跡とでもいうような能力を持つ者が集まっている場所でもあった。
彼女はその中でも抜きん出た能力者だった。
前世の生涯を見ることによって喜ぶものもいれば絶望するものがいるのも当然だろう。
絶望した者こそその運命に流されないように歩む道を見出すことが出来る。
そして持って生まれた運命を変えるのだ。アマーリアのこの能力の人気はそこにあった。
あやふやで移ろい易い未来を占うよりも確実なものだからだろう。

「ティアナ、何を視たのですか?ティアナ?」
ゲーゼは放心状態のティアナに語りかけた。
不幸な生涯だったならそれを見定めこれからの指針を諭さなければならないだろう。

「ティアナ?」
「ティアナ様!」
皆がそれぞれ左右から声をかける。

「お、お水、お持ちしました!」
カミラは慌てた様子で水の入ったガラスの水差しだけを手に持って戻って来た。

「カミラ、何やっているの!グラスはどうしたのよ!」
「あっ!す、すみません!直ぐにお持ちします!」

戻ろうとするカミラの持つ水差しをアマーリアが取り上げた。そして誰もが止める間も無くティアナの頭からその水をかけたのだ。

「きゃ――っ!ティアナ様!」
「何をする!」
驚き過ぎて声も出していないカミラの手に、空になった水差しを戻したアマーリアは平然としていた。しかしその視線はティアナを真っ直ぐに見ている。

「―――戻って来られた?花嫁さん?」
ゲーゼ達はその言葉に、はっとしてティアナを見た。

「・・・・わ、私・・・」
ティアナは正気に戻ったのか一言だけ呟くと、見開いていた瞳をゆっくりと瞬きしていた。

「時々いるのよ。深層意識から戻って来られなくなるのがね。水をぶっ掛けるのが一番な訳―――ごめんなさい。水浸しになってせっかくの美人が台無しね」
アマーリアは飄々と言った。とても謝っている感じでは無かったが、皆は彼女が適切な処置をしてくれたのだと思ったようだ。

「カミラ、宮に戻ってティアナ様の着替えを用意してきてちょうだい。このままでは帰れないから急いでね」
「は、はい。直ぐに!」
ドロテーはてきぱきと指示を出してティアナを拭い始めた。

「大丈夫でございますか?」
「・・・ええ・・・大丈夫よ。心配をかけてしまって・・・ごめんなさい・・・」
「ティアナ・・・何を見たのかね?私に話してみなさい」
ティアナはぎゅっと目を瞑った。
そして恐る恐る目を開けるとゲーゼの問いに答えず、前方に立つアマーリアを見た。

「・・・私が見た・・・あれは本当なのでしょうか?生まれ変わっても同じ道を辿ってしまうというのも本当ですか?」
ティアナはまるで祈るようにアマーリアに聞いた。

「―――わたしの力は真実のみ映すし偽りは無いの。魂に刻まれた記憶を視ているのだからね。冥神は全てを消すことが出来ない。消したように見せかけているだけ・・・だから人は持って生まれた記憶に知らないうちに引きずられてしまう・・・それに生まれ変わっても持っている本質は変わらないから尚更・・・」
「じゃあ・・・同じ運命になると言うのですか?」
「それは違うわね。今みたいに運命が予め分かっていれば避けることは可能でしょう?石があってそこに躓いてこけると分かっていればその石をよけて歩けばいい。ただそれだけのこと。持って生まれた本質は変わらなくても未来は何時も決まってないものよ」
「未来は決まっていない・・・」
「そう・・・決まっていないのだから選択を間違えないことね」
ティアナは黙り込んでしまった。垣間見た前世で最初は幸せそうだった。淡い初恋の想いに溢れた自分が皇子と過ごしていた。それが今現在のことだとしたら・・・今からその皇子が豹変してしまうのだ。
確かに今でも皇子の独占欲は強い。前世ではそれが異常なものにしか見えなかった。
意志を無視され義務という名で片付けられた愛の無い数々の記憶は恐ろしいものばかりだったのだ。
この記憶は未来を示唆しているものだというのなら何と悲しいことだろうとティアナは思った。
違うと思いたいのに暴かれた心の奥では真実だと言っている。

「・・・私の選ぶ道?選ぶ道は一つしかないのに?」
ティアナは誰にも聞こえないような声で呟いた。
もちろん結婚は拒否出来る権利がある。皇子との婚姻は冥の花嫁の同意がなければ無理強いも出来ないのだ。でも拒否してしまえば冥神の血脈が衰え国は妖魔に脅かされる・・・・・
そんな理屈や古から続く盟約など
大切なことかもしれないがティアナはレギナルトへの想いが常に優先だった。多分その想いは昔も同じで彼を選んでいたのに幸せとは程遠く、冥の花嫁として最大の義務であっただろう星の刻印を持つ世継ぎも亡くしていた。そうなれば自分の幸せどころか国の安寧にも関わることだった。
「・・・私のこの気持ちが最悪の結果を招くの?」
ティアナはまた小さな声で呟いた。

その呟きをアマーリアだけが聞き満足そうに微笑んだのだった。

(愛なんか幻だわ・・・今に分かるはず・・・)
アマーリアは愛し愛され幸せを絵に描いたようなティアナが信じている愛に絶望するのを望んだ。
そうすることによって自分の考えが正しいと思いたかったのかもしれない。彼女の投じた一石が波紋を呼んだとしても構わなかった。目の前の吐き気がするくらい愛に満ち溢れた形を壊したかったのだ。
しかし心の奥底で彼女はティアナにどんな試練にでも打ち勝つと云う、本当の愛を証明して欲しいと思っていた。もちろん無意識にだが・・・・

「・・・今の皇子の愛を信じているの?」
アマーリアは皆の目を盗んでティアナにそっと囁いた。

「ど、どういうことですか?」
ティアナも小さな声で聞き返した。そうしないといけないような質問のような気がしたのだ。

「わたしで良かったら何時でも相談にのるわよ。誰にも言えないでしょう?」
ティアナは小さく頷いた。確かに誰にも相談出来ないものだったからだ。特にレギナルトには絶対に知られたくないものだ。皇子の愛を信じているのか?と言う問いの答えは決まっている。もちろん信じているとしか答えない。しかしその想いが間違っているとしたら?と言う迷いが出ているのは確かだ。
大きな不安を抱えたままティアナは大神殿を後にしたのだった。



 その日の夕方近くになって時間の空いたベッケラートが皇子宮を訪れていた。最近機嫌の悪い恋人ドロテーのご機嫌伺いのつもりだろう。

「ドロテー、会いたかった!」
「ちょっと、何するんですか!止めて下さい!」
部屋に入って来るなりドロテーを抱きしめたベッケラートに抱き付かれた本人はもがいて抗議した。
しかし彼はものともせずに更に口づけまでしようとする。

「ちょっ、ちょっと、先生!や、止め・・・・ん・・・」
嫌がるドロテーにこんなことをするのはベッケラートにとって簡単なことだった。あっという間に彼女の唇は奪ってしまう。そして足を蹴られて突き飛ばされるのも何時もの事だった。

「もうっ!先生!ティアナ様の前でこんな事してっ!」
「そう言いなさんな。久し振りだろう?会えなくて寂しかったんでね」
ベッケラートは蹴られた足を撫でながら片目を瞑って言った。

「へぇ〜そうですか?公爵様は色々と忙しかったようですけれど?特に夜は!」
「なんか棘のある言い方だな?夜が何だって?」
「夜会です!心当たりがあるでしょ!」
「夜会?ああ、皇子に押し付けられた何とかを祝う会だったっけ?それがどうした?」
ドロテーはベッケラートがとぼけるつもりかと腹が立ってきた。

「そこのご令嬢がとても綺麗な方でずっと一緒に居たそうですね!親切なご婦人がわざわざ私に教えて下さいました!」
「令嬢?ああ、具合が悪いとか何とか言ってくっ付いていた娘の事か?何だ?ずっと機嫌が悪かったのはそう言うことか?」
ベッケラートは勝手に納得すると機嫌良く、ニヤっと笑った。
逆にドロテーは、かっと頬を染めた。ベッケラートの記憶にも残ってないような娘を自分だけが気にして、嫉妬していたと思うと恥ずかしくなったのだ。宮廷ではこんな噂話は大げさに出回ることが多いと分かっているのについつい耳を傾けてしまった結果だ。
再び宮廷で活躍しだしたベッケラートは人気急上昇中だった。その婚約者のドロテーに対してご婦人達のやっかみが多いのは当たり前で、それに引っかかってしまった自分が情けなかった。
でもベッケラートにこれ以上、ニヤニヤさせたく無かった。

「と、とにかく不謹慎です!噂にならないようにして下さい!」
ドロテーは私がいるのに!≠ニまでは言わなかったが思わず本心が口から飛び出してしまった。
これでは彼のニヤニヤはもっと酷くなるだろう。失敗だ!

「オレは医者だからなぁ〜具合が悪いって言われたら放っておけないしなぁ〜こないだの娘なんか苦しいとか言って胸の紐を解くし・・・」
ベッケラートはドロテーの反応を楽しむようにわざと言った。
すると効果満点で彼女の琥珀色の瞳はつり上がり、気の強そうな唇を引き結んだかと思うと平手打ちが飛んできた。もちろんその手はベッケラートの頬を直撃だ。
近くで見ていたティアナは驚いて口に手を当てた。口喧嘩はよく見るがドロテーが手を上げたのは初めて見たのだ。
カミラはずっとびっくりした顔をしたまま、お茶を淹れかけていた手が止まっている。
彼女は噂のベッケ
ラートを初めて間近に見たうえにこの騒ぎだから当然だろう。帝国三大公爵の筆頭で皇家の信頼も厚い彼は良くも悪くも話題の人だった。昔は宮廷一の女たらしで華々しい話題を提供していたと思ったら、今度は急に隠遁生活を始めて帝国一の医者になっていた。そしてどういう訳か一介の侍女と恋愛結婚するというなんとも支離滅裂な人物という噂だ。
しかし叩かれたベッケラートは怒ってなく、更に嬉しそうだった。

「怒った顔はやっぱり可愛いな。そんなに剥きにならんでもオレはお前以外の女なんか人体模型ぐらいにしか見えてないって知ってるかい?」
深い海色の瞳を、すっと細め甘く囁くように言う女性経験豊富なベッケラートは無敵だろう。
ドロテーは見る間に顔が赤らんでいた。

「し、知りません!ど、どうせ私のことも診療所の隅にある骨格標本ぐらいにしか思って無いでしょう!」
「骨格模型?確かにあれも細身の色白でオレ好みだな。でも・・・やっぱりオレはドロテーが一番だからなぁ〜埃をかぶっているライバルは今度処分してやるから機嫌直せ」
ベッケラートが笑いながら言った。

「ほ、骨が私のライバルですって!やっぱり先生は私のことガリガリの骨みたいだと思っているんでしょう!」
ベッケラートは、しまったと言うような顔をした。
彼女がいつも気にしているものに触れてしまったからだ。ベッケラートからすればすんなりとした背に長い手足はとても魅力的だと思うのにドロテーは嫌いらしい。

「じょ、冗談だから機嫌を直してくれないか?調子に乗りすぎたオレが悪かった!すまん、許してくれ!ドロテー、なぁ〜ドロテーちゃん」
ベッケラートは情けない顔をしてドロテーの機嫌をとろうと必死だ。
ティアナはこんな二人を見ると羨ましくなってしまう。思ったことを遠慮無く言うドロテーと、そんな彼女に大人の余裕でわざと合わせているようなベッケラート。彼は実際そうやってドロテーを甘えさせているのだろう。だから喧嘩しているように見えてそうでは無いのだ。

ティアナは、ふと我に返った。ドロテー達と自分達と比べていることに気が付いてしまったのだ。

(羨ましいと思うなんて今まで無かったのに?)
何故そう思ってしまったのかティアナは自分でも分からなかった。
ただ正体の分からない不安だけが胸に広がっていたのだった―――



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