星の詩3![]()

「お二人・・・だ、大丈夫でしょうか?」
カミラは恐る恐るティアナに訊ねた。
「たぶん大丈夫よ。だって先生は笑っているでしょう?先生がちゃんと納めるわよ」
ティアナの予想通りにベッケラートはドロテーを大人しくさせていた。彼女の下手に出ているようでいてそうでは無いのがよく分かる。ティアナはベッケラートがつくづく大人だと思うのだった。
「ティアナ様、私ごとで騒ぎまして申し訳ございませんでした」
「お嬢ちゃん、すまんな」
ほらね、と言うようにティアナはカミラに目配せをした。
「先生、今日はもうお仕事は終わったのですか?」
「う〜ん。終わったと言うかまだと言うか・・・オレが居ても居なくても話が進まんから抜けて来たんでね。今、皇帝と皇子が対決中さ」
「え?また皇城のことですか?」
皇城の移転にレギナルトは同意したものの、その内容について皇帝とは意見がよく衝突しているようだった。
「ああ。皇帝ときたら今までぐうたらしていた癖に自棄に元気出して皇子に反抗するからな。まぁ〜強気の源はブリジット女王の後押しだろうけど・・・やっぱり皇帝も男だったんだとつくづく思ったな。好きな女が出来るとこうも違うものか?ってね」
ティアナも呆れ顔のベッケラートと同じように感じていた。
明らかに皇帝の覇気が今までと違って見えるからだ。何事にも逃げ腰で面倒なことは息子に任せていた皇帝がこの皇城移転に関しては全く違っていたのだ。
「今度は何でもめているのですか?」
「築城の総括技官選び」
「技官の選びですって!今頃そんなこと言っている訳?」
ドロテーが質問したティアナより先に呆れ果てて言った。
「だろう?折角オレが金も人も材料も揃えてやってるっていうのに肝心の動かす奴が決まらないんじゃ話にならん」
「でも、陛下から完成予想図を見せてもらったでしょう?あれを一緒に考えてくれた人では駄目だったのですか?」
ティアナは先日、皇帝がレギナルトを説得する為に持っていた図面のことを言った。あれは皇帝の考えに沿って専門家が作っていたものだ。
「あれが却下らしい。皇帝がオラールで見つけてきたお気に入りの技師に任せたいらしいんだがね。皇子が言うにはその技師が若造で実績も無く頼りにならないから駄目だそうだ。あいつ若いくせに意外と年寄りみたいに保守的だからな。それに大昔の専制君主のように言い出したら聞かない」
ティアナは大昔の専制君主と聞いてドキリとした。前世術で視た氷のような紫の瞳をしたレギナルトを思い出したからだ。その皇子はまさしくその通りの人物だった。
生まれ変わっても本質は変わらないと言うアマーリアの話を思い出した。
「お嬢ちゃん?どうかしたのか?」
急に暗い顔をして黙り込んだティアナに気が付いたベッケラートが声をかけた。
「大丈夫ですか?ティアナ様。やっぱり調子が良くないのですか?」
ドロテーも心配そうに聞いた。
「なんだ?具合でも悪いのか?診てやろう」
「いいえ。大丈夫です・・・」
「やっぱりあの変な術がいけなかったのですよ!」
「そ、そんなことありません!私は大丈夫だったのですから!」
ドロテーの言葉にカミラが直ぐ抗議した。
「なんだ?その術って?」
「先生はご存知ですか?大神殿の女神官がしている前世術」
「ああ。前世の記憶を見せるとかいうのだろう?宮廷でも評判になっているが・・・あれをやったのか?まさかドロテー、お前も?」
ベッケラートは気分を害したように言った。
「私?私はしていません」
「そうか。ならいい」
「いいって、どう言うことです?」
「あれを視たがるやつらは興味本位もいるだろうがそれよりも現状に不満を持っているやつか、どうしたらいいのか迷っているやつが多いからな。お前がもしそういう気持ちがあるのならオレに問題があるのかと思ってしまうだろう?そうなったら自信無くしてしまうさ。ああ良かった!オレはまだ愛されているって訳だ!」
「な、な、何を言っているのですか!そ、そんなへ理屈!」
度胸の良いドロテーでも流石に皇家に次ぐと云われる公爵家への嫁入りを躊躇しているのでは無いかとベッケラートは心配だったようだ。
「まぁまぁ、照れるなって。で?お嬢ちゃんがしたのか?」
ティアナはベッケラートの話を聞いて青ざめていた。
これをするのは現状に不満を持つ者か迷いのある者・・・
「私・・・そんなつもりじゃ・・・」
「はぁ〜まぁ、やつ相手ならそういう気持ちになっても仕方が無いって言うか・・・でもまぁ〜それをしたって言わない方がいい。それ知ったら間違い無くあいつ切れるぞ。で?どうだったんだ?」
「それは・・・」
ティアナはまた黙り込んでしまった。
「ティアナ様。そんなに悪いものを見られたのですか?」
「カミラ・・・あなたが見たものは良いものだけだったの?」
「いいえ。もちろんつらいこともありました。アマーリア様が言われたように印象に残っている断片的なものが視えるだけだから飛び飛びでしたけれど全体的に幸せそうでした」
「それは自分が死ぬまで見えた?」
「はい。もちろん。それが最後の場面だと思います。死んだらそれ以上の記憶が無いのでそうかと・・・」
ティアナも自分で毒杯を飲む場面を視ている。当然それが最後の記憶だと疑うことは無かった。
まさかその後に続くものがあると思わないのが当然だろう。
「あの・・・ティアナ様。アマーリア様にご相談されたらいいと思いますよ。誰にも話したくない内容なのでしたら一緒に視てらしたあの方になら大丈夫でございますでしょう?」
「アマーリアさんに?」
「はい。そうされている方も多いようです。きっと良い道を示して下さいますよ」
ティアナは確かにカミラの言う通りだと思った。誰にも言えないのなら事情を知る彼女になら相談出来るだろう。彼女も相談にのると言ってくれていた。
「そうね・・・そうしてみるわ。今日は疲れたから向こうの部屋で一人にさせて貰えるかしら・・・ベッケラート先生はどうぞゆっくりして行って下さい。ドロテーも今日はもういいから・・・」
こんなことを言うティアナは珍しかった。ベッケラートとドロテーはお互い顔を見合わせた。
そしてティアナが寝室に引き込む時、足を止めて付け加えた言葉に更に驚いたのだった。
「・・・・・カミラ・・・もし、皇子が来ても今日は疲れて寝ていると言って部屋に入れないで断って欲しいの・・・お願いね」
「あ、はい。畏まりました」
ティアナは本当に手がかからない主人だ。
一人にしてくれと言われれば何もすることが無くなってしまう。
「カミラ、あなたも控え部屋に帰っていいわよ。皇子がお帰りになったら分かるでしょうし・・・たぶんティアナ様はもうお呼びにならないわ」
カミラはドロテーの指示に、はいと返事をして部屋から出て行った。
「お嬢ちゃんは大丈夫か?あいつに会いたく無いとか言うなんて有り得んだろう?」
「今日は本当に変なんです。あの怪しい術を体験なさってからずっと塞ぎ込まれてしまって・・・聞いても答えてくれなくて・・・私こそどうしたらいいのか・・・」
珍しく気弱なドロテーをベッケラートが優しく抱き寄せた。
「オレの女神様が珍しくへこんでるな。元気だせよ。らしくないだろう?」
挑戦的な言い方に怒ると思ったベッケラートだったがドロテーが、こつんと自分の額を彼の胸に当てて身体を預けてきた。それこそ珍しいことでベッケラートが驚いたぐらいだ。
「・・・・先生のせいなんだから・・・」
「何が?」
「・・・・私・・・ティアナ様が悩んでいるなんて気が付かなかった・・・先生のせいよ。私が先生のことばかり・・・」
「ドロテー・・・」
ベッケラートは優しく名を呼び彼女が自分の胸に押し当てて隠している顔をすくい上げた。
ドロテーの勝気な瞳は少し涙で潤んでいたが彼と目を合わそうとしない。何時も強気な分、自分が弱い部分を見せると恥ずかしいみたいだ。しかも彼女の優先順位がティアナから自分に移っていると告白されたようなものでベッケラートとしては顔が緩んで仕方が無い。
ドロテーは、ちらっとその顔を見た。
「に、にやにやしないで下さい!」
「にやにやしたくもなるだろう?好きな女から貴方で胸も頭もいっぱい≠チて熱烈に言われたんだから」
「そ、そんな、ば、馬鹿みたいに、い、言ってません!」
ドロテーは、かっと顔を赤くして彼の腕の中から逃れようとしたがそれは無理だった。相変わらずの有無を言わせないベッケラートの口づけで唇を塞がれ、その甘い手管で手足の力も抜けてしまったのだ。有頂天になっているベッケラートは本気のようで易々と解放しなかったし反抗する間も与えなかった。
「なぁドロテー、早くオレの所に来いよ」
やっと唇を解いたかと思ったらまたその話だった。
ドロテーも今度ばかりは呆然としている間にうっかり返事をしそうになってしまった。
「・・・・・・は・・・いいえ!そんな場合ではありません!ティアナ様が大変なのに!私がもっとしっかりしなくっちゃ」
ベッケラートは溜息をつくと、これ以上しっかりしなくていいと心の中で呟いた。そして恋人として負けてしまいそうなティアナへの友情を煽ってしまった自分を恨めしく思ってしまった。
しかし貴重な恋人との時間をどう過ごそうかと思った時に退室して行ったカミラが戻って来たのだ。
「ドロテーさん、大変です!皇子がお戻りになられました!」
何時も帰りが遅い皇子だからティアナの断りも容易いと思っていたが、こんなに早く帰って来るとは予想外だった。
「やばい!ここでさぼっていたのがバレたら殺される!」
ベッケラートは庭に続く窓から逃げようとしたがドロテーが素早く服の端を掴んで阻止した。
「先生!駄目!それこそ不審者と思われてハーロルトの部下達に取り押さえられるわよ。彼らはうんざりするぐらい優秀なんだから。私に任せて下さい」
ハーロルトは仕事が増え不在の場合が多く、その時は彼の部下達がティアナの警護に当っているのだ。これが流石と言うか融通の利かないハーロルトらしいというか・・・
とにかく彼の命令に忠実な部下を残して行くから息が詰まりそうなのだ。
まるで何人ものハーロルトに取り囲まれている感じさえしてしまう。
あたふたしている間に力強い足音が近づいて来た。
そして扉が勢いよく開くと不機嫌な顔をしたレギナルトが現れた。皇子は目の前にベッケラートを見つけ更に眉間に皺を寄せた。機嫌の悪さが増したようだった。
「ベッケラート、お前が何故ここにいる?」
「えっと・・・その・・・」
じろりと冷たい紫の瞳で睨まれたベッケラートはあやふやな返事をして、任せてと言った頼りになる恋人に視線を送った。
「私が先生をお呼び致しました。ティアナ様の具合が悪かったので・・・お仕事中、申し訳ございません」
ドロテーがすまして嘘を言った。
「ティアナの具合が悪い?どうしたんだ?」
レギナルトはさっと顔色を変えて問いただした。
「なに、風邪ぎみなだけで大丈夫だ」
ベッケラートはドロテーの嘘に合わせた。
「そうか。なら良かった」
見るからに、ほっとした様子の皇子がティアナの寝室へ向って歩き出した。
ドロテーは、ぎょっとして慌ててその前に立ちふさがった。
「お待ち下さい、皇子!ティアナ様は今寝ておられますから今日はご遠慮下さい!」
(うわっ!言った!あいつに面と向ってそんなこと言う侍女はドロテーぐらいだな)
ベッケラートは冷や冷やしながら心の中で呟いた。
確かに皇子に遠慮しろ≠ニ言えるのは彼女ぐらいだろう。あとは別格として彼女の伯母で皇子の乳母だったバルバラぐらいだ。
レギナルトは無言でドロテーを睨んでいる。
「眠りの邪魔はしない。顔を見るだけだ。どけ、ドロテー」
「いいえ、どきません!皇子がそのおつもりでもティアナ様は起きられますから駄目でございます!」
「そうそう病人はぐっすり寝るのが一番。オレの出番は無しさ」
ベッケラートが後ろから援護した。
「・・・・・・・・・」
皇帝との話が平行線のまま進まず、とうとう決着を付けずに今日は無理やり終わらせたレギナルトは苛々が募っていた。だからティアナの顔を見て心を落ち着かせたかったのだが・・・彼女達の意見が正しいだろうと思うしか無かった。ティアナなら具合が悪くても起き上がって無理をするだろうからだ。
レギナルトは諦めると、くるりと踵を返しベッケラートに冷ややかな視線を送った。
「ベッケラート、お前、途中から居なかったのなら会議の内容を聞かせてやろう」
「え?いや・・・オレは別に今から聞かなくても・・・」
機嫌の悪い皇子の相手は誰もしたくない。それに久し振りにドロテーと一緒に過ごせるのに冗談じゃないと思ったベッケラートだったが・・・
「まあ!それは良かったですね!行ってらっしゃいませ、先生」
「ド、ドロテー」
「ごめんなさい、先生。ティアナ様の為に皇子のお守り宜しくお願いします。今度埋め合わせしますからね」
ドロテーがひそひそとベッケラートに耳打ちした。
「何している、ベッケラート!行くぞ!」
「むむむ・・・」
「ベッケラート!」
「分かったって!直ぐ行く!ドロテー、今度お仕置きだからな!」
「せ、先生!」
ベッケラートは、さっと掠めるような口づけをドロテーにしてレギナルトの後を追って出て行った。
「ベッケラート公爵様って思っていた感じと随分違いますね。なんだか可愛い」
カミラが、くすくす笑いながら少し頬を染めて言った。
それを見たドロテーは気に入らなかった。幽霊屋敷のような診療所に相応しい格好のベッケラートのままの方が良かったと最近では思うのだ。そうだったら誰も彼の魅力に気が付かないから安心だからだ。恋人に対する不満と言えば女達にもて過ぎるのが嫌なぐらいだろう。
(調子がいいし・・・しつこい女を追っ払う手段に口づけするぐらいだものね。皇子ももてるけどティアナ様以外に目もくれないから全然違うし・・・はぁ〜気分が滅入るな。そう言えば?)
「ねぇ、カミラ。あなたも何か悩みがあったの?だから前世術をあんなにしたがったのでしょう?」
「えっと・・・はい。実は田舎の実家から再三戻って来いと言われていて・・・実家は果実園をしているのですが跡取りの兄が家を継ぐのを嫌がって出奔してしまって」
「戻って婿を取って跡を継げと言う訳ね?」
「はい。そうなんです・・・家が大変なのも分かりますから帰ろうと思っていたところにティアナ様付きの侍女に選ばれたので決心が鈍ってしまって・・・」
カミラを選んだ一番の理由は彼女の素朴さだった。田舎から出て来てこんな都会のしかも皇城で何年も働けば良くも悪くもそれなりに染まってしまうだろう。しかしカミラはそれが無かったのだ。
侍女仲間からは田舎者と馬鹿にされていたが、ティアナには性格重視でそんな感じの娘の方が相性良いだろうと選ばれたのだった。選ばれた本人も驚いたが周りも驚いた。
大変名誉なことだが実家の事情と板ばさみだったのだろう。
「それでどうするの?」
「迷っていましたけど、決心つきました。ここで働きたいと思っています」
「それは昔の記憶に答えが出ていた訳?」
「答えかどうかは分かりませんけど・・・仕事も周りにいる人達も違ってて比べても仕方が無いし・・・でも幸せそうだったから自分が今したいと思っていることに間違いが無いんだとだけ思いました」
「決心がついて良かったわね。じゃあ、ビシビシしごくわよ〜」
「きゃ〜ドロテーさん!お手柔らかに〜」
二人はお互いに笑い合ったがドロテーはティアナが心配で堪らなかった。
彼女のように何か悩んでいるのなら相談して欲しいと願ったのだった。