星の詩4


 ティアナは早々に寝床に入ったものの眠れるものでは無かった。
目を瞑れば前世の出来事を思い出してしまうのだ。

前世の冷たい瞳をした皇子が自分に課せられた義務≠果たすと言い、お前は国に捧げられた物≠セとはっきり言われた。
そして無理やり押さえつけ穿(うが)たれた時の引き裂かれるような痛みが蘇ってくる。
その時、淡い初恋が粉々に散った想いと悲しみ―――

何度も寝返りをうっていると隣の部屋から聞き慣れたレギナルトの足音が響いた。
そして耳を澄ませても何と言っているか分からないがドロテーと揉めているようだった。

(まだドロテーは居たのね・・・良かった・・・)
ドロテーなら上手く皇子に言い訳してくれるだろうと安堵した。それでも上掛けを頭からすっぽりかぶり小さく丸まって息を潜めてしまった。まるで皇子と出逢った頃のようだった。寝込んでいたティアナの様子を窺いに朝夕と毎日訪れるレギナルトが早く出て行って欲しいと寝たふりをして息を潜めていた頃のようだ。扉越しでもレギナルトの存在感を強く感じていたが、その気配が隣室から消えると、ほっと息を吐き出した。

「私・・・何故ほっとするの?こんなのおかしい・・・どうして?」
ティアナは自分の行為に驚きながら呟いたのだった。
皇子は忙しい。それでも毎日少しでも会いたいと意識して行動していた。ティアナは朝の早い皇子に会わせて朝食を共にし、どんなに遅い帰りでもお帰りなさい≠ニ言うまで待っていた。ティアナの一日はいってらっしゃい≠ナ始まってお帰りなさい≠ナ終わるのだ。
それでも今日はとても会える気分では無かったのだった。

殆ど眠れなかったティアナは翌朝も体調不良を理由にレギナルトと顔を合わせなかった。
早朝だったので皇子も仕方が無いだろうと諦めたのか早々に登城した。
そしてティアナはそれを確認して大神殿のアマーリアに会いに行ったのだった。

心配していたゲーゼは早朝会議に呼ばれている様子でティアナは安堵した。これはゲーゼにも相談出来ない内容だったし聞かせるとショックで倒れてしまうかもしれないと思ったのだ。
今日は本当に運が良い。ハーロルトも不在で部下だけだから室内まで同行しない。というより断って部屋の外に居てもらった。そしてドロテーもカミラも皇子宮に残ってもらった。

「ようこそ、花嫁さん。わたしに用事があるそうね?昨日の件?」
自分の思いに耽っていたティアナはアマーリアが部屋に入って来たのに気が付かなかった。
白い法衣を着た彼女は赤銅色の豊かな長い巻き髪を束ねることなく流した姿は堂々としていて神々しい感じさえした。

「はい・・・ご相談に来ました・・・私・・・」
言葉が出ないティアナを、ちらっと一瞥したアマーリアは空いていた椅子に斜めに腰掛けた。そして優雅に長い足を組むと頬杖をついた。
皇族と同等・・・それ以上の身分であるティアナの前
で大神官でさえもそんな態度をとらない。アマーリアは誰に対してもそうだから特に目上の者から良く思われていないようだった。しかしゲーゼは厳格な割にそういうことは寛容で彼女の横柄な態度を個性としか思っていないようだった。
そのアマーリアが探るような視線をティアナに送りながらぽつりと言った。

「止めたら?」
「え?何をですか?」
ティアナは、はっとして俯き加減だった顔を上げて不遜な態度のアマーリアを見た。
その女神官はティアナと目が合うと、すっと瞳を逸らした。そしてまた、ちらりと不安な顔をしているティアナに視線を送り彼女の問いに答えた。

「何もかも・・・結婚もそして彼を好きになるのも」
「そ、それは・・・出来ません!そんな事したら国が!」

アマーリアがつまらなそうに息を吐いた。

「―――盟約に記された花嫁。皇家が神の娘と婚姻を結ぶことによって妖魔を封印する力が維持される・・・国家の繁栄の源でしょうけど・・・このままではその肝心の血脈が途絶える事態になるのなら同じことじゃない?だったら今の状況と反対の事をすればいい。そうすることによって新しい道が開けるかもよ」
ティアナは真っ青になりながらアマーリアの話を聞いていた。前世では血脈を継ぐ道具として扱われても、その義務さえ果たせなかった役に立たずの冥の花嫁だった。
アマーリアの言うように反対のことをすればいいとなると・・・

「・・・私・・・結婚はしなくても構いません。でも皇子を嫌いになんかなれません!皇子を・・・皇子が好きだから・・・愛しているから出来ません!」
「それじゃあ・・・駄目ね。だって前もそうだったじゃない?あの冷酷な人を愛していたみたいだけど?それに言っておくけどわたしは貴女のような前世を初めて視たわ。今まで何だかんだ言っても前世は前世であって環境も取り巻く周りの人々も現在と違うのが当たり前。だから未来を予想するにしても考え方一つでどうとでもとれる。でも貴女は違う・・・まるで同じ・・・運命の相手まで同じだなんてわたしは今まで視たことは無いわ。という事はかなりの確率で前世と同じ道を辿ってしまうということよ」
アマーリアの言葉の一つ一つがティアナの胸に突き刺さるようだった。やはり彼女もあの皇帝が今の皇子と同一人物だと思っている。

「ぜ、全然違う!皇子はあんな人なんかじゃない!あんな・・・」
「ぞっとするような瞳の冷たい人だったわね?わたしは先日皇子を神殿で見かけたけれど昔と少しも変わらないんじゃない?」
「そ、そんなことありません!皇子は優しくて!」
「本当に?そう見えないけれど・・・ねえ、出逢った頃から優しかったわけ?」
アマーリアは意地悪く聞いた。

「それは・・・・」
それは違っていた。出逢った頃のレギナルトは弟を惑わす性悪女とティアナを誤解していたから恐ろしく冷たかった。冷たい言葉と態度に有無を言わせず口づけされた事も、それ以上の事もされようとした。だから自分は皇子にとって冥の花嫁という血統を維持する道具でしかないと思ったこともあった。その当時のレギナルトは前世で視た人に近かったかもしれない。

「でも、それはお互い誤解していてすれ違っていただけで・・・皇子は言ってくれました。人を愛するという行為を知らなかったって・・・私にどういう態度をとったらいいのか分からなかったし、自分の気持ちに気が付かなかったって・・・だから・・・」
「だから?」
「だ、だから昨日見たのは少し前の私達ではないのですか?」
アマーリアはまた溜息をついた。

「貴女達の少し前はあんなに悲惨だったわけ?それで一度くらい死にたいと思った程思いつめた?もしくは自殺未遂でもしたの?死を自ら選ぶような前世は今世でもかなりの確率で同じように引きずられることは多いけど?どう?」
ティアナは鮮明に見えたつらい記憶を思い出して蒼白になった。あの時点では流産して用無しと捨てられたようなものだった。

「あんな感じでは・・・でもそれなら今からそんな未来が待っていると言うのですか?そんなこと・・・信じられません!」
「信じようが信じまいがわたしには関係ないわ。前世は未来の暗示であってそれをどうとらえて生かして行くのかは人それぞれだし・・・昨日あれから大神官から貴女のことを聞いたわ。かなり心配してわたしのところに相談に来てもいいように色々と教えてくれた・・・貴女が承知しないと結婚出来ないそうね?」
「はい―――それが何か?」
やっぱりと言うような顔をアマーリアはした。
その彼女の表情にティアナは不安が広がった。

「貴女は皇子から愛されていると思っているみたいだけどそれなら違うんじゃない?承知させるためにそう見せかけているのよ。貴女みたいなお嬢さんを騙すなんて簡単なことだわ。皇子の評判は遠い辺境にも届いていたし・・・本気ではないとしても女性関係は華やかだったとか色々・・・案外過去の皇子が冥神を怒らせた張本人だったりしてね。冥の花嫁が承知しない限り婚姻は結べないと言う条件が付くようになったあれよ。たぶんそうじゃない?だったら流石に今回はその冥神の介入があるから前世とは少し様子が違うのも頷けるわね。ねえ、そう思わない?花嫁さん?」
アマーリアは愉快そうに言葉を並べティアナに畳み掛けた。

ティアナもその話しはゲーゼから聞いたことがあった。その昔、冥の花嫁の人権を無視し子供を産む道具のように酷く扱いそれを嘆いた花嫁が自ら死を選んでしまった悲劇―――それは冥神を怒らせ盟約の破棄に至らなかったが、花嫁が結婚を承知せず婚姻を結んでも子供は授からせないという条件が付け加えられたとのことだった。当然、皇子もそのことは承知している。だからアマーリアの言うように世継ぎの義務としての行動かも?と言われても反論出来るものが見つからない。皇子だと信じたくない紫の瞳の人の冷たい言葉が蘇ってきた課せられた義務∞国に捧げられた物≠ニ何度も木霊する。でも・・・

「私は・・・私は皇子を信じます。私を承知させる為に皇子が見せかけの愛を示しているとは思いません。皇子はああ見えてとても不器用なんです・・・だから私は皇子の心を信じます」
ティアナは声を震わせながらも、はっきりと言った。
いつもなら直ぐ泣き出してしまうがレギナルトを疑うよりも彼への愛が勝り涙は出なかったのだ。それでもこれから待ち受けるかもしれない試練が恐ろしくて身体は自然と震えるのだった。

アマーリアは彼女のその様子を見ると意地悪く光っていた瞳を大きく見開いた。少し脅せば呆気なく自分の言う通りにすると思ったのに首を縦に振らないからだ。アマーリアは感心したと言うのか?思い通りにならなかったのが悔しいと思うのか?自分でも分からなかった。気丈な者でもあの強烈な記憶は耐えられないものだろう。女にとってそれはつらい出来事ばかりだ。

(見た感じ気弱そうなのに意外と根性がある訳ね・・・なるほど・・・)
女神官は無意識に微笑んでいた。それは今までの愉快そうな・・・とか嫌味な笑みでは無かった。どこか悲しげでいて羨ましそうな表情だった。しかしその微笑は一瞬でもとの自信たっぷりな横柄な態度に戻っていた。

「貴女の気持ちは分かったわ。未来は決まっていない・・・そうでしょう?でもこのままだと貴女は確実にこの世に生まれた義務さえ果たせず死ぬかもね」
アマーリアは揺るがないティアナの心に再度、冷たい言葉を投げつけた。今一度、死という恐怖と何も残せないという虚しさを叩き付けたのだ。

(さあどう?幸せな花嫁さん?)
ティアナは、ぎゅっと瞳を閉じた。そしてゆっくりと開いた時には瑠璃色の瞳に迷いは
無かった。
(え?そんな馬鹿な・・・)
アマーリアはまさかと思った。彼女の瞳に死への恐怖は無くとても穏やかだったのだ。

「―――アマーリアさん。私、死ぬのは怖くないと思います・・・もしも私が前世のように死を選ぶとしたら・・・そこまで絶望するとしたら・・・皇子の愛を見失った時だと思います。これでも一度は死にかけたことがあるのです。でもその死にかけた時に聞いた皇子の嘆く悲痛な声を私は忘れません。皇子は私を追って死を選ぼうとした・・・そこまで愛して下さる皇子がもし私を捨てるとしたら私が悪いのです。だから前世では私の愛が足りなかったのかもしれません。皇子を振向かせられなかった原因が自分にあったのだと思います・・・ならもっともっと好きになったらいい。もっともっと愛したらいい・・・そう思いませんか?」
アマーリアは咄嗟に言葉が出なかった。ここまで純粋な心の持ち主と今まで会った事がなかった・・・
相手は悪くなく自分が全て悪いのだと言うティアナが信じられなかった。それが悔しいのか嬉しいのか分からない気持ちが胸の中に渦巻いていた。だからその腹いせのようにティアナへ不安を煽り続けた。

「私が提案するのは全くその逆。それでも道を選ぶのは貴女なのだから好きにしたらいいわ。そしてもし前世と同じ兆候が出たのなら・・・もう一度私の言葉を思い出したらいい―――皇子の愛は義務ゆえの見せかけだということをね」
ティアナは今にも泣き出しそうだった。アマーリアは彼女の泣き顔を見たら少しは胸がすっとしたかもしれない。でもティアナは泣かなかった。

「色々な助言ありがとうございました。話してみて迷いが消えたようです。本当にありがとうございます」
ティアナはそう言うと深々と頭を下げた。
アマーリアは礼を言われるとは思わず驚いてしまった。だから礼を言って去って行くティアナを無言で見送ったのだった。

 ティアナはその帰り道の大神殿の中で熱心に何かを描いている若者が目に入った。何故か気になって足を止めるとその若者に近づいて行った。そして手元を覗くとそれは見事な神殿内部の写生が見えた。
「素敵!」
「え?」
熱心に写生していた男は突然降って来たティアナの声に驚いて顔を上げた。
夢中になっていて彼女が近くに寄って来たのも分からなかったようだった。そして目が合った瞬間、ティアナが微笑んだものだからその若者は真っ赤になってしまった。ティアナは異性に及ぼす自分の魅力を知らな過ぎる。男なら一度は夢に描く理想を形にしたような女性だとい
うのに罪なものだった。
「お上手ですね?」
「あ・・・あの・・・」
「画家さんですか?」
「い、いえ。ぼ、僕は建築技師でして・・・」
「え?建築技師?あっ!もしかして皇城の図面描いた人?」
ティアナはこの絵をどこかで見た事あると思っていたが、彼の職業を聞いて先日皇帝に見せて貰った城の完成予想図を思い出したのだ。のんびりとした風体の青年はどちらかと言うと芸術家のような感じだった。

「え?あっ・・・は、はい。そうです。でも・・・それをご存知の貴女は?」
ティアナが答えるより先にハーロルトの部下が彼女の前に立ち答えた。

「冥の花嫁ティアナ様だ。下々の者が直接声をかけられるご身分の御方では無い!」
若者はティアナの身分を聞くなり床に這いつくばって低頭した。

「知らぬ事とはゆえ申し訳ございません!」
ティアナはこんな風にされるのは今でも慣れないがこれが一般的な反応だった。

「あの・・・どうぞ楽にされて下さい。そんなに畏まられると私の方が困ってしまいます」
「そ、そういうわけには参りません!」
真面目そうな若者は更に頭を下げてしまった。

ティアナは困ってしまったが彼の床に放り投げて散乱してしまった写生帳が目に入りそれらを拾い始めた。

「本当に素敵ですね?これはもしかしてオラールのお城かしら?」
ティアナは話しかけてみたが答えは無かった。だから少し残念そうに小さく溜息をついたがそれをハーロルトの部下は見逃さなかった。彼らは本当にハーロルトそっくりだ。

「おい!お前!冥の花嫁様がお尋ねになられているのだ!答えぬかっ!」
声をかけるなと威嚇したかと思えば、答えないと怒鳴る理不尽な態度だ。気弱そうな若者は更に怯えたようだった。

「怒らないであげて下さい。ごめんなさい。私が話しかけたばかりに嫌な思いをさせてしまって・・・本当にごめんなさい」
「こ、こちらこそ・・・も・・・申し訳ございません。高貴なお方には未だに慣れなくて・・・」
「私は別に高貴な育ちはしていません。花屋の娘だったのですからね。だからそんなに拝伏されると反対に落ち着かなくて・・・」
「花屋?花屋だったのですか?僕の実家は花屋をしていました」
「花屋さん?同じですね。じゃあお手伝いはしていましたか?」
「ええ、もちろん。でも暇さえあれば花の写生ばかりしていたから父から怒鳴られてばかりでしたけれど」
ティアナは成程と思った。

「ああ、だからあのお城の絵が優しかったのですね?何だか花のようでしたものね」
若者の瞳が輝いた。

「分かりましたか?うわぁ〜嬉しいな。そうなんです!あれは花をイメージしたものなんです!美しく凛とした百合のような感じで!僕の自信作なんです!」
「百合?やっぱり!私、最初にあの完成予想図を見た時そう思ったのよ!そう聞くと出来上がるのが楽しみだわ!」
ティアナは手を叩いて弾むように言った。しかし瞳を輝かせていた若者が瞬く間に萎んでしまった。

「あの・・・何か?」
「・・・実はまだ許可が下りないのです・・・」
ティアナは昨日のベッケラートが言っていたことを思い出した。皇帝が任せたいと言っていた技師はこの若者なのだろう。
「あなたは皇帝陛下がオラールより連れて来られた方ですよね?」
「そうです。ルーベルと言います。生まれも育ちも帝国ですけどちょうどオラールへ建築の勉強をしに行っていまして、その時の師匠の工房に陛下が来られて声をかけられたもので・・・夢かと思いました。でも皇子が反対されているとか・・・」
皇帝はオラールへ訪問中、自分の理想とする城を探して高名な技師達を訪れていたようだった。帝国には無い新しいものを望んでいても完全にオラール風にしてしまうつもりも無く、希望通りのものが中々見つからなかったようだった。しかし彼の作品を見てこれだと思ったらしい。だが難攻不落のレギナルトにそれを阻まれているのだ。

ティアナは拾い集めた写生の中から皇城の予想図を見つけた。それは前に見たものよりもっと細部にわたって描き込まれたものだった。

「とても素敵・・・これは皇宮?」
「は、はい。そうです。皇城の中心である宮ですから一番美しく壮麗にと思いましてですね。それに―――」
聞き上手のティアナに促された若者は次第に緊張も溶け、瞳を輝かせながら熱心に語り出した。
親達の生業が花屋だったという共通点と、若者の飾り気のない素朴さはティアナの心を捉えまるで昔からの友人のようだった。だからティアナにとって、ほっとする出会
いだったかもしれない。
皇子がその場に現れるまで―――



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