星の詩6


 ティアナを肩に担いだまま部屋に入ったレギナルトは内側から扉の鍵を閉めると、やっと彼女を開放した。ティアナは床に泣き崩れてしまった。
レギナルトはその様子に瞳をそむけながらも口を開いた。
それは怒りが収まったかのような静かな口調だったが内容は恐ろしいものだった。

「私の許可無しにこの部屋から出るのは許さない。もちろん誰かに会うのもだ。この部屋には誰も入室させない・・・・これからはずっと私だけを見て私だけと話せ。いいな?」
ティアナは上から降り注ぐその命令に涙が止まってしまった。そして自然と首を振っていた。
前世の記憶が脳裏に浮ぶ―――
暗い地下の部屋に投げ込まれ、世継ぎを生むまで居ろとの命令だと誰かが告げていた。まるで同じだ。

「い、いや・・・部屋に閉じ込めないで・・・それだけは・・・それだけは止めて下さい」
ティアナは悲痛な思いで願った。しかし・・・

「もう婚礼がどうだとか儀式や慣例などどうでもいい!初めからこうすれば良かったんだ!お前は私だけを愛し私だけを見つめていればいい!」
レギナルトはもうティアナを見ていなかった。
いつも嫉妬で暗くよどんでいた想いに支配されているようだった。
ティアナの中では皇子の言葉と前世の記憶が入り混じりだした。もうこの運命は逃れられないのか?

「―――そして世継ぎさえ生めばいいのでしょう?」
「何?」
レギナルトは振向いたがティアナの声が小さくて聞き取れなかった。

「今、何と言った?」
「―――分かりました。それで皇子の気が済むのでしたら言われるようにします」
ティアナの頬を濡らすものは涙なのか前髪から滴る雨の残りなのか分からない。澄んだ瞳には涙は無かった。ティアナは絶望しかかったがアマーリアに自らが言った言葉を思い出していた。

(皇子を信じて・・・もっと愛を示す・・・)
「ティアナ・・・」
レギナルトはティアナの瞳が訴えるものを感じて我に返った。
その時、無礼を承知のバルバラとドロテーが部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。開錠を求め激しく叩く音にレギナルトが対応する前に床に崩れ落ちていたティアナが立ち上がって扉に向っていた。

「ごめんなさい・・・今日はもう私達だけにしてもらえませんか?」
「ティアナ様!」
「私は大丈夫よ。ドロテー」
「でも!ティアナ様!」
「大丈夫・・・大丈夫だから・・・ドロテー」
扉越しのドロテーは大丈夫と言われても納得出来なかった。しかしバルバラは何かを察したのか心配するドロテーを促した。

「ドロテー、私達は下がっていましょう」
「でも!伯母様!」
バルバラはいいから、と言って扉のしがみ付くドロテーを引き剥がし去って行った。
その音を聞いたティアナは、ほっと息を吐くと、レギナルトへ振向いた。

「ごめんなさい。皇子・・・もうドロテーとも話しませんから・・・これが最後です・・・」
ティアナは嫌味でも何でも無く微笑みながら言った。

「ティアナ・・・」
「はい?皇子、何か?」
「・・・お前は理不尽だと思わないのか?」
「いいえ。私の中で皇子のことが一番だから・・・その皇子が望まれる事なら私は何でも受け入れます。私はこれといって皇子に何かを差し上げる物も何か出来る事も何も無いでしょう?だから私の出来る事があって良かったと思います」
全身が雨に濡れたティアナは一段と細く儚げだったが、雨に打たれても空を見上げて咲く凛とした花のような強さを感じた。レギナルトは自分の愚かさに吐き気がしてしまった。しかし自分を支配しつつあった闇の心はそのままだ。

レギナルトはティアナの右腕を掴んだ。
今回その手は払われる事は無かったがティアナの肩がビクリと揺れた。
それを無視して更にティアナを引き寄せようとしたレギナルトは、はっと瞳を見開いた。
掴んだティアナの腕に纏わり付いていた薄地の袖が雨で透けて、その下にくっきりと赤黒い痣が浮かんでいたからだ。乱暴にここまで運んできたがそんな痣が残るような真似はしていない。
今の今まで気がつかなかったと言うよりもあったら直ぐに気が付くものだった。
良く見れば手首にも肩に向って横に開いた襟元から覗く肩にもその痣が見える。
レギナルトはそれを確かめる為、ティアナの衣服に手をかけた。
雨で濡れているドレスは薄い布でも思うように引き裂かれない。

「きゃっ――皇子!止めて!」
ティアナの抗議を無視したレギナルトは無理やり上半身を剥ぎ取った。
破れた衣服で胸元だけ押さえたティアナは震えていた。
現れた白い肌にはやはり見間違いでは無く、腕や
肩に痣が浮んでいる。
それはまるで強い力で上から押さえつけたような指の跡?

「その痣は先程まで無かった筈だ。いったい・・・」
「え?」
ティアナは皇子が何のことを言っているのか分からなかった。
しかしその皇子が驚いて見ている視線の先を見た。

「あ・・・い、いや。いや――っあぁぁ――」
ティアナは思わず叫んでしまった。自分の腕に残るものはあの前世の記憶と同じものだったのだ。
無理やり押さえつけられた大きな手の跡―――
腕や肩だけではなく記憶通りだとあの無理やり犯された行為の跡が身体中に浮んでいるだろう。前世のティアナは嵐のような日が過ぎた後、寝台の中で泣きながらその痣を見ていた―――あの記憶と同じ。

「い、いや、いや、いやっ―――ああぁ、助けて!いやぁ――」
「ティアナ!」
狂ったように泣き叫ぶティアナをレギナルトは静めようとしたが上手くいかなかった。
とうとうティアナは過呼吸をおこし倒れ込んでしまった。

「ティアナ!しっかりしろ!ティアナ!」
助け起こそうとするレギナルトの手をティアナは無意識に払っていた。そして身体は意思とは反対に逃れようと床を這っている。

「ティアナ・・・」
また扉の向う側で開錠を求める音がしていた。ドロテーがやはり心配で引き返していたのだ。
内側からのティアナの悲鳴に堪らず扉を叩いていた。

「ティアナ様!ティアナ様!大丈夫でございますか!」
皇子の叱責覚悟の行動だったが中からその皇子から返事が来た。

「ドロテー!ベッケラートを急いで呼んで来い!」
「え?」
「ベッケラートだ!急げ!」
「は、はい!直ぐに!」
ドロテーは駆け出して行った。レギナルトの滅多に聞かない慌てた声に胸が不安でいっぱいになった。そしてドロテーに引っ張られるようにベッケラートが急ぎやってきた。
駆け込んだ皇子の部屋の様子は呼吸困難になって苦しむ半裸状態のティアナが床に倒れ、その傍に呆然と立ち尽くすレギナルトの姿があった。

「こいつは・・・皇子、邪魔だ。離れた所に行ってくれ。ドロテー、手伝ってくれ」
ベッケラートはティアナを見た途端そう言った。しかしレギナルトは動こうとしなかっ
た。
「皇子、あんたが居るとお嬢ちゃんは治らない。出て行ってくれ」
「どういう意味だ?」
「説明は後だ!それよりもドロテー、お嬢ちゃんを包める毛布か何か持って来てくれ」
「は、はい」
ドロテーもレギナルトと同じく驚いた顔をしていた。ティアナの身体に残る痣を見たからだろう。
ドロテーの場合、その痣は皇子が付けたと思ったようだが、ベッケラートの診立ては違っていた。

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ。安心しろ、もう怖いものは何も無いから・・・」
ガタガタ震えるティアナを暖かな毛布で包みながらベッケラートは優しく話しかけた。
そして抵抗なく包まれたティアナを抱き抱えて立ち上がった。

「ベッケラート!何処に行く!」
「皇子、あんたは黙っててくれないか。此処から出て行ってくれと言っただろう?彼女が安心出来る場所に移動するだけなんだから」
「私に命令するのか!」
「ああ、するね。これはオレの領分だから皇帝だろうがあんただろうが関係無い。言う通りにしてもらう」
「ベッケラート!」
レギナルトの大きな声にベッケラートの腕の中のティアナが大きく震えた。

「ほらっ、見てみろ、皇子!お嬢ちゃんのことが心配なら黙っていてくれ」
「だからどうしてだと言っている!」
ベッケラートはティアナの頭から毛布を掛け直して包み直すと溜息をついた。少しは遮断した感じになるだろう。

「見て分からないのか?皇子、お嬢ちゃんはあんたを怖がっているんだよ。だから今は落ち着くまでそっとしてやってくれ。後で詳しく話すから」
レギナルトはベッケラートの言葉に声を無くし呆然と立ち尽くしてしまった。

(私を恐れている?この私を?・・・)
確かに我を忘れて欲望のまま彼女を閉じ込めようとした。しかしその理不尽な扱いをティアナは受け入れてくれた。彼女の瞳は何か強い意思を持っているようだった。それなのに何故?
急変したのは本人も気付かなかった痣を見た時からだ。
レギナルトは悶々とベッケラートがティアナの部屋から出て来るのを待った。


 そのティアナはゆったりとした夜着に着替えさせられ自分の寝台に寝かされた。
ベッケ
ラートの指示に従って息を吸ったりはいたりと呼吸を整えた。
「どうだい、少しは楽になっただろう?」
「ティアナ様、大丈夫ですか?」
ティアナは興奮状態から落ち着きを取り戻していくのにしたがって身体の痣が薄れ始めていた。
ドロテーはそれを目の当たりにして驚きを隠せなかった。
だがベッケラートにそんな様子は見受けられない。

「せ、先生・・・ティアナ様の痣・・・」
「・・・後で話す」
ベッケラートは険しい顔をしてドロテーにだけ聞こえるように言った。

「お嬢ちゃん、もう今日はゆっくり寝た方がいい。気持ちが昂ぶると今みたいな症状が出るちょっとした病気みたいなものだ。だから今は何も考えないことだ。薬を処方するからぐっすり眠れる筈だから。いいね?」
ティアナは先程から声をかけても返事どころか目を合わせることさえしない。まるで二人が近くに居るのが迷惑なような感じだった。

「ティアナ様、どうなさったのですか?ティアナ様!」
ドロテーはティアナに無視されるのが堪らなくなって訴えた。ティアナは俯いたままだったが泣いているようだった。肩を震わせ涙がぽたぽたと寝具に染みを作っていたのだ。

「テ、ティアナ様・・・私・・・責めるつもりでは・・・」
ドロテーは自分の口調がきつくなっていたのを感じた。もう自分が泣きたい気分だった。辛うじて泣かなかったのはベッケラートがそっと力付けてくれるように肩に手を回してくれたせいだろう。

「・・・・・・ご、ごめんなさい・・・ドロテー。私は皇子と約束したの。皇子以外と話さないし会わないって・・・だからお願い、そっとしていて・・・私、皇子の部屋に帰らないと・・・」
「なんですって!皇子は何考えてるの!ティアナ様を閉じ込めて自分だけ見ていろとでも言うの?そんな横暴許されるわけ無いでしょう!」
「そんな横暴が許されるのが皇子だろう?男として分からんでも無いがな・・・」
「先生!何言っているのですか!」
恋人から、きっと睨まれたベッケラートだったが瞳は妖しく光っているようだった。

「オレだって願望はあるさ。お前を公爵家の秘密の部屋に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくないってな・・・」
「せ、先生・・・」
ドロテーは声を落とし獲物を狙う獣のように瞳を細めた恋人を見た。
しかしベッケラー
トはくだけた様子で肩を竦ませた。
「な〜んてな」
「せ、先生!ふざけて!もう、知らない!」
ドロテーは、ぷいっと横を向いたが今はティアナの事が先決だ。
しかしベッケラートが彼女を黙らせた。

「お嬢ちゃん、いずれにしてもその約束とやらは少しお預けだ。オレを皇子が呼んだ時点で自分から破っているんだからな。皇子にはオレからも話してみる。だからその件も考えずに今は眠ることだ。いいね?」
ティアナは小さく頷いた。
ベッケラートは薬を処方し飲ませるとティアナが眠るまで様子を見ていた。
静かな寝息が聞こえ始めたところで診察道具を片付け始めた。

「さて、外では猛獣がウロウロしているだろうな・・・気が滅入る」
「先生、ティアナ様のあれは・・・」
「ああ、あれは心理的なものだ。例えば以前、心に残るような傷を受けてその時受けた身体的なものが浮び上がってくる・・・子供なら親からの虐待だとか女なら・・・」
ベッケラートが珍しく言葉を濁した。

「女性なら・・・まさか!」
「ああ・・・思っているような状況が多い。過去に何度か診察したことがある。だいたいこれの場合、そういう恐ろしい目にあって日も浅いうちに現れるのが多いんだが・・・対象となるのは同じ男だったり、似た男だったりとそれは人によって違うがそれらと接触なり見たりするだけでこの症状が現れる。所謂思い出すんだ。その時の恐怖をな」
「まさか皇子が無理やりだなんて・・・いいえ、それは無いわ。そんな事をされたのならティアナ様の様子が変わると思うけど・・・」
ドロテーは侍女と言っても四六時中共に居る訳では無いから絶対にとは言えなかったから言いよどんでしまった。

「皇子は白さ。やったなら少しは気持ちも落ち着こうが、あれはまだだな。余裕無く焦っているだろう。完全に皇子じゃない。と、言うことはだ・・・はぁ〜こんなこと皇子に言えるか?愛しの花嫁を襲った男がいたようだ・・・なんて」
二人は黙り込んでしまった。そんな事は口が裂けても皇子に告げることは出来ないだろう。
それを知った時の皇子の怒りが手に取るように分かるからだ。
外では今か今かとベッケラート達が出て来るのを皇子は待っているだろう。

「ああ、もうっ!これが悪い夢だったら良いのに!」
ドロテーは現実逃避したい気分だった。しかしその時忘れていた事を思い出した。

「あっ、ちょっとまって!夢?そうよ、夢だわ!ティアナ様はやっぱりあの前世術をしてからがおかしくなったわ。あの時も倒れられたし・・・」
「前世?内容は聞いているか?」
「いいえ・・・教えて頂けなくて・・・でもあれは実体験したような感覚があるとか言っていたからもしかして・・・」
「可能性は大きいな。本当にそれが噂通りそれ程鮮明だとしたら説明が出来る」
「私、女神官アマーリアに会って来ます!原因を突き止めないと!」
「そうだな。原因が分からないと治るものも治らないからな。しかし・・・皇子を納得させるには骨だぞ。そんな術のことでも言った最後、その女神官の首が飛んじまう。移転問題が山積の中で神殿側と揉めるのは厄介だ」
「そうですね・・・でも、先生なら出来るでしょう?ねぇ?」
「ぐっっ・・・こんな時だけ甘えたような言い方をするなんて卑怯だぞ!」
「せんせい?」
ドロテーが滅多に見せない甘えた顔に弱いベッケラートだった。

「ああ、もうっ!分かった、分かった!奴はオレが何とかする!」
結局ベッケラートは一人で荒れ狂う皇子の相手をする事になってしまったのだった。


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