星の詩7![]()

ティアナの部屋から出てきたベッケラートにレギナルトは噛み付くように問いただした。
「ベッケラート!何がどうなっているんだ!ティアナは?ティアナは大丈夫なのか!」
「ああ、お嬢ちゃんなら問題ない。今は眠っている」
「あれは何だ!」
レギナルトは当然あの痣のことを聞いているのだろう。
ベッケラートは出てきた部屋の扉を再び開いて皇子を招き入れた。そして寝室へと向う。
「ティアナは眠っているのだろう?起きたら・・・」
「大丈夫だ。薬で眠らせているから地震が来ても起きないさ。さあ、自分の目で確かめるといい」
開け放たれた寝室の奥の寝台にティアナは静かに眠っていた。
レギナルトは近づきティアナを見た。
そっと触れたが身じろぎ一つしない。本当に起きる気配は無いようだ。彼女の腕を取り、袖をめくったがその痣は見つからず、更に夜着から肩をはだけさせてもあった筈の痣は見受けられなかった。
「・・・そんな馬鹿な・・・」
レギナルトは信じられない思いで立ち尽くしていたが、ベッケラートに促されて寝室から出て行かされた。
「ベッケラート、どういう事だ。説明しろ!」
皇子相手に下手な嘘は言えない。真実を織り込みながら誤魔化すしか無いだろう。
「あれは一種の心理的なものだ。言葉や態度に現せない・・・もしくは我慢しすぎてそれが限界になった時に身体に現れる。所謂、深層心理の中の拒絶反応・・・」
嘘は言っていない。ティアナの場合、その拒絶と恐怖の再現だからだ。
「我慢の限界?何が・・・」
「皇子、あんた、お譲ちゃんを閉じ込めようとしただろう?まぁ〜オレもそんな衝動が無いとは言わない。それってかなり不味く無いか?」
「お前には関係無いことだ。ティアナは承知している」
「ああ、確かにな。真っ青な顔をしているのにお前の部屋に帰るって言うだからな。呆れたさ。会えばまたひっくり返るだろうに・・・」
「私が・・・私が原因だとでも言いたいのか?」
レギナルトの憤った瞳がベッケラートを睨んだ。
ベッケラートは犠牲者を出さない為にも原因は皇子にあると臭わせたかった。
「さあな。オレには関係ないんだろう?とにかく表の気持ちと深層心理は違うってことさ。だから自分の二通りの気持ちがぶつかってあんな事になる」
(ベッケラートの言い方だとティアナの本心は私を嫌っている?嫌う・・・)
レギナルトは違う≠ニ言いながら手を払い退け、恐怖の表情を見せたティアナを思い出した。
(まさか・・・本当に私を嫌ってしまったのか?まさか・・・)
レギナルトは思い当たる事が多すぎた。彼女の為にと思っていたことが裏目に出ていた。それも自分の傲慢さと独占欲からだった。
(それでもそれが今に始まったものでは無い。何か他に・・・)
レギナルトは完全に納得出来なかった。しかもあのドロテーが見当たらないことに不審を抱いた。
このような状況なら一言二言文句を言いそうなのにこの場に居ないのがおかしかった。
レギナルトは無言で踵を返した。ベッケラートは去って行く皇子の背中を見送りながら何とか言い包めたと胸を撫で下ろしたのだった。
その頃ドロテーは急ぎ、大神殿へと向っていた。
彼女を見たゲーゼがティアナの様子を聞きたがった。大神官はあの後、皇子を追いかけたが追い返されていたのだ。
「ティアナ様はご無事です。ゲーゼ様、申し訳ございません。今は急いでおりますので、アマーリア女神官を呼んで頂けませんか?内密に話したいことがありまして」
「内密?分かった。直ぐに呼んで来させよう」
しかし、アマーリアが見当たらないとの事だった。聖墓地に抜ける道で見かけたとの情報にドロテーは急ぎ向った。そしてドロテーが目にしたのはそのアマーリアと見知らぬ男との言い争う声だった。
「アマーリア、聞いて!ツェーザルは君を裏切ったわけじゃ無いんだ!」
「ツェーザル?誰それ?わたしにそんな名前の記憶なんて無いわ。それにわたしは貴方の事も知らない」
男は信じられないと言うように首を振った。
「本気で言っているの?アマーリア。僕はルーベル、ルーベルだよ!本当に忘れたって言うの?」
しつこく食い下がるルーベルにアマーリアは嫌そうに歪めた顔を隠しもしない。
「ルーベル?ああ、わたしの屋敷に出入りしていた花屋の息子ね」
煩く思ったのかやっとアマーリアは認めた。
「そうだよ。だったらツェーザルも知っているだろう?僕の親友だったんだから」
アマーリアの瞳は冷めていた。
しかしその胸の内には滾るような怒りが揺らめいているようだった。偶然にも再会してしまった幼馴染のルーベル。彼は悪く無いがそれと伴って思い出してしまうツェーザル。
「親友?わたしは知らないわ」
アマーリアが生涯忘れないと誓っている男の名前を忘れるわけは無い。触れられたく無い過去を思い出させるルーベルを退けたかった。
「う、嘘だよね?アマーリア・・・忘れるような仲じゃなかっただろう?ツェーザルは―――」
ルーベルは言葉を呑み込んだ。アマーリアの冷めていた瞳が激しい怒りを宿したからだ。
「もういいと言っているでしょう。わたしに構わないで。聞きたく無いのよ、その名前」
ルーベルは伝えたい事があった。しかし心を完全に閉ざしている幼馴染がどこまで聞いてくれるものか分からなかった。
「アマーリア、それでも僕は君に伝えたいことがあるんだ。僕の行為は親友だったツェーザルを裏切る形になるかもしれない。でも!でも、僕は―――」
ドロテーはどうしようかと思ったが思い切ってその場に姿を現した。
直ぐそれに気が付いたアマーリアはもう神官の顔をしていた。
「どうしたの?花嫁さんの侍女さん」
「あの・・・すみません。お話の途中に・・・」
ドロテーは、ちらっとルーベルの顔を見た。話しを遮られてしまった気弱そうな彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
「いいえ、大丈夫。用は済んでいるわ。わたしに何か用?花嫁さんに何かあったの?」
「はい、その内密にお聞きしたいことがありましたので・・・」
ドロテーはルーベルを気にしながら言葉を選んで喋った。出来れば二人だけで話したい内容だ。こう言えばアマーリアも察してくれるだろう。
「彼女の視た前世は教えられないわよ。守秘義務なんだから」
アマーリアは、さらりとドロテーの言おうとしていたものを断った。
「わかっています!でも、そこを何とか!」
「本人に聞けばいいじゃない?ククッ・・・でも教えないだろうけど・・・」
「そうです!何度お聞きしても教えてくれません!でも、多分、それが原因で体調が悪くなられて・・・」
アマーリアの愉快そうな顔が何かに気が付いて更に深まった。その視線の先には・・・
「ドロテー、何が原因だと?」
「皇子!何故、此処に!」
ドロテーの行動を不審に思った皇子が後を追って来たのだ。
流石のドロテーも真っ青になってしまった。
「ドロテー、答えよ!」
皇子の燻る怒りが恐ろしく足が竦んでしまう。ルーベルも同様だった。
しかしアマーリアは悠然と微笑んでいた。
「初めまして、レギナルト皇子。神官を務めているアマーリアですわ。こちらの方は先日ティアナ様に施した前世術についてお尋ねなんです」
「前世術だと?」
レギナルトもその噂は知っている。認識的にはベッケラートと大差無い。
「何の不満があってそんなもの!」
アマーリアが小馬鹿にしたように嗤ったのでレギナルトが、ギラリと睨んだ。
「失礼」
レギナルトにこんな態度をとるものなど殆どいない。ドロテーも怖い者知らずだ、とベッケラートから言われるがそれ以上だとドロテーは思った。
「それで、その内容は!」
「教えられません」
「何!」
レギナルトが目を剥いた。皇子の問いに真っ向から拒否する人間など殆どいない。
「命令だ!言え!」
「言えません」
「私の命令がきけぬと申すのか!」
レギナルトは怒りのあまり剣の柄に手をかけた。
「おお皇子――っ、お静まりくだされぇぇ――」
もつれる足でよろよろと走って来たのは大神官だった。レギナルトが現れ嫌な予感がしたゲーゼは後を追いかけたが皇子の足の速さに追いつかなかったようだ。
しかしゲーゼの制止も聞かずレギナルトは剣を鞘から抜き放っていた。そしてアマーリアの首元に突き付けた。
「もう一度言う。話せ!」
アマーリアは剣を突き付けられているのに動じる様子も無く、レギナルトを見返していた。尚且つやはり微笑んでいるかのようだ。
「話せないわ」
「脅しと思うのか?話し易いように少しずつ切り刻んでやろうか!」
「どうぞ、ご自由に」
アマーリアは何でも無いように平然と答えた。
「ア、アマーリア!皇子、なりません!正式に抗議しますぞ!」
大神官は真っ青になって再び止めに入った。
「煩い!私に命令するな!お前も切られたいのか!」
レギナルトは完全に我を忘れている感じだった。これ程までに彼を突き動かすものはティアナへの強い想いだろう。
ドロテーはそれが分かっている。だからコクリと唾を呑み込んで、叫んだ。
「皇子!そんな事なさったらティアナ様が嘆かれます!皇子をお許しになりませんよ!」
レギナルトはその言葉に、はっと我に返った。怒りに任せて冷静さを完全に失っていた自分に驚いた。もうすこしでゲーゼを手にかけるところだったのだ。呆然と立ち尽くすレギナルトの耳にアマーリアの愉快そうな声が聞こえてきた。
「気が変わったわ。特別に教えてあげる」
アマーリアは言ったように気が変わったのでは無い。最初から折りを見て皇子には伝えるつもりだった。ただ本人がこんなに早く駆けつけて来るとは思わなかっただけだ。これを告げることによる更なる混乱を期待していた。一途に愛を信じているティアナの幸せが崩れていくのを見たかった。
「彼女が視たもの・・・それは―――」
女神官は厳かに語りだした。しかしその内容は驚くものだった―――
「ティアナは昔も冥の花嫁?そして皇帝に犯され閉じ込められたうえに子が流れて捨てられた?そして自決・・・馬鹿なそんなこと・・・だいたい前世の記憶というもの事態まやかしだ!そうであろう、ゲーゼ!」
レギナルトは信じられず、神殿を司るゲーゼに聞いた。
大神官は今にも倒れそうだったが、首を振った。
「皇子・・・残念ながらアマーリアの術は真でございます。まやかしでも何でもございません」
「ならば、それは過ぎ去ったもの。今は関係無いであろう」
「未来は決まっていない・・・それは花嫁さんにも言ったわ。でも前世と同じ道に向って行こうとする運命も事実。記憶に引きずられるのよ。それにまだ肝心なことを話していないわ」
アマーリアは勿体つけて言葉を切った。
「その酷い皇帝って、皇子、貴方にそっくりだったのよ。運命って恐ろしいわね」
「 ! 私?」
レギナルトは息を呑んだ。
「そう、たぶん貴方の前世。だからわたしは忠告したのよ。全部反対の事をしたらいいってね。もう前みたいに貴方を好きになるのなんか止めなさいって。今は冥神の制約があるから大切にされているように見えるだけよってね」
「で、ティアナは何と返答した?」
意外と落ち着いたような声の皇子に不満を感じながらアマーリアは答えた。
「皇子が好きだし信じているから嫌だって。そして愛が足りなかったから昔の皇子を振向かせられなかった。原因は自分だと。だったらもっともっと好きになって、もっともっと愛するとか言ったわ。健気よね」
アマーリアは言い終わった後、得意げにレギナルトを見た。中々思い通りにならないティアナをあきらめて皇子に事の真相を暴露し、彼女に愛と思わせている化けの皮を剥がしたかった。
(前世の貴方は自分に正直だったわよね?どう?これでも愛と偽れるかしら?)
レギナルトはどう答えるのか―――