「私は・・・アメリカのニューヨークの大学病院で生まれました。母はご存知の通り私を産んですぐ・・・旅立ちました。」



ああ・・・・・・・幼い日の・・・・・封印したはずの記憶が・・・・・・・・蘇ってくる
時を経た今でも・・・・・・・・・・色鮮やかに・・・・・・・・・鮮明に・・・・・・・・・・・・



生まれてまもなく母を亡くした私はばあやに育てられた。厳しく躾けられたけどばあやは暖かな愛情でいつも私を包んでくれていた。私にとってばあやは神様が与えてくださったもう一人の「ママ」だった。なのに・・・・・・・・・神様はそれすらも私から奪っておしまいになった。


ばあやは・・・・・不慮の事故でなくなった。私の・・・目の前で・・・。
あの日、ばあやと一緒に私は買い物に行った。ばあやに手を引かれて買ってもらったアイスクリームを食べながら家路についていたのよね・・。歩道を歩いていたら突然急ブレーキを踏む車の音が聞こえて・・・・・。

一瞬だった。暴走した鉄の塊は私とばあやを轢いていった。怖々目を開けたら、ばあやの胸が目の前にあって・・・・。咄嗟にばあやは私を庇ってくれていた。その代り・・・・衝撃は全てばあやに降りかかって・・・ばあやは助からなかった。
ばあやの髪が・・・・薄いブラウンの柔らかい髪が血に染まってゆく様を・・一番近くで私は見ていたのよね・・・・。まだ2歳だった・・・・。まだ2歳だったのに、私は「死」の恐ろしさ、無情さを知った。











そして4歳の頃・・・。初めて誘拐された。遊園地に出かけていたら、一緒に来ていたSPが突然倒れて・・・いや後頭部を殴られて倒された、といったほうが正しいわよね。・・・・・・・・・・・あっという間に私だけが連れ去られた。猿轡をかまされて両手足を縄で縛られて・・・・・・・頭に拳銃をつきつけられて・・・・・・。怖くて怖くてたまらなかった。パパが助けに来てくれなかったら確実に殺されていた。私は暫くの間口がきけなくなって・・・。その日から家族以外に心を開くことを一切やめてしまった。



信じれば裏切られる。隙を見せれば付け入られる。自分で泳がなければ・・流される。心を閉ざさなければ傷つけられる・・・・・・・・・。


それなら私は孤独でいよう。傷つけられないように・・・・・。


4歳でそう誓った。だから、リード・コンツェルンの跡継ぎとして「帝王学」を学ばされたときも何の抵抗もなかった。




7歳でパパに内緒でフェンシングを習い始めた。自己防衛術を身につけるために・・・・・・・・それから乗馬・アーチェリー・射的・・・・・・・・・・・・・・・
跡継ぎ教育でいっぱいのスケジュールの合間を縫っては没頭した。徹夜明けの稽古でも歯を食いしばって耐えた。
負けてはいけない。強くならなければ傷つけられる。
・・・・・・・・そんな思いだけが私の体を支配して動かしていた。





9歳のとき、校門前で突然男に刺された。迎えに来た車に乗る直前に・・・・・。
その時の激痛は今でも忘れない。いや、きっと一生忘れない。針を何万本も飲まされたかのように体中を駆け巡る、痛み。そして・・・・・・・・心の痛み。
私を刺したその男は初めて見る顔だったけど、その後の調査でクラスメイトの父親であることが分かった。・・・・・・・・・・もとはパパの会社に勤務していたけれど横領の罪で解雇され、その恨みを私に向けたと、調査員は告げた。



何で!?私にはパパの仕事は関係ない!!なのになんで!?



私は・・・・・パパにさえも心を開かなくなった。パパが許せなかった。パパのせいで刺されたんだ、私がこんな目にあうのはパパのせいだ!!


ひたすらパパを恨むことで折れそうになる心を支えた。そうやることでしか、生きる道を開くことが出来なかった。本当はパパだって何も悪くないんだって・・・・本当は分かっていたけど・・・・・・・自分に嘘をついてその本心を隠した。
それが・・・9歳のときの記憶。




11歳のときには護身用にナイフを持ち歩くようになっていた。その頃には誘拐は未遂も含めると6回、暴行は17回も受けていて、精神的に限界で自分の心さえも見失っていた。

・・・・・・・・・・・・私は何のために生きてるの?

その頃は母が自分のせいで死んだということも認識していてそれがなお、その思いに拍車をかけた。苦しくて・・・・出口の無い地獄に放り込まれているみたいだった。

・・・・・・・・・・誰も私の味方はいない。それなら・・・・・いっそ・・・・

部屋で独りきりになった夜、そっとナイフを喉元によせた。この世に未練なんてかけらも無かった。思い残すことがあるとすれば、普通の家に生まれたかった。ただそれだけだった。


・・・・・・・・・・バイバイ・・・・・・・・可哀相なカナン・・・・・・・・・・・


目を閉じ、一気にナイフを引こうとすると、突然その手を引き離された。





・・・・・・・・・・・・・・・・顔面蒼白のパパがいた。


目にいっぱい涙をためて、パパは私の頬を張った。そして、ぎゅっと私を抱きしめていった。


・・・・・・・・・ごめんな。パパが悪いんだ。ごめんな・・・・・・・・


私は初めて声を上げて泣いた。赤ちゃんみたいにわんわん泣いた。パパも声を殺して泣いていた。それが最初で最後のパパの涙。


・・・わかってた。パパが全力を挙げて私を守ってくれていること・・・。それでも、手がとどかない場合だってあるっていうこと。私が誰にも心を開かなくなって口も聞かなくなったこと・・・一番哀しんでいたのは・・・・パパだってこと。


・・・・・・・・・パパは私をずっと愛していてくれたってこと



後悔と・・・どこからともなく現れた哀しみと、やっと手に入れた安心感・・・・・全部が入り混じって泣いていた。夜中ずっとパパの胸の中で・・・・・・・・。そしてパパにだけは心を開けるようになった。


それが11歳の記憶。




そして・・・・・・・・・・・・・・・・・私は14歳になって、エジプトのカイロにあるパパの会社に経営学を学びに来た。その帰り道、車が故障して修理をする間ナイル川に出て、軽く休憩を楽しんでいた。そしたら急に目まいがして・・・ナイルに落ち、濁流の中気を失って・・・・気が付いたらこの世界に来ていた。





見たことも無い、未知の世界に・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・神様の意志かどうかはわからないけど・・・・・・


・・・・・・・・・・・不思議な力にいざなわれて・・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・・・・・・・・おおハピよ・・・・・・・娘の生きてきた壮絶なる・・・時は・・・・・・・・・・・・・・・・御身の意志によって・・・・・・・・つくられたものか・・・・・

―― 5 ――