「・・・・・・・・・・・・・・・・・・これが簡単な私の過去です。」語り終えたカナンはフーッと深い溜息をついた。終わった・・・・・話せば涙の一つや二つぐらいでるだろうと思ってはいたものの、自分は強くなったのだろうか?涙など欠片もこみ上げてはこない。
・・・・・・・・・・いやきっと自分は冷めているのだ。明けない夜が欲しかった、あの頃の弱い自分に。だから今日、この時まで過去を振り返ることを拒否していたのかもしれない。そこまで考えていたカナンはふと、叔母に目を向けた。やはり、キャロルは泣いていた。肩が小刻みに震え黄金の髪が揺れている。碧い目を涙で濡れさせて真っ赤に腫らして・・・。



やっぱり・・・全部を話さなくてよかったわ。



生気をそがれたかのようなキャロルを見て思った。己の受けた哀しみ・屈辱はもっとたくさん数え切れないほど・・・ある。だから、刺激が強すぎないように話すことを選んだ。
そうでもしなければ、叔母はきっと耐えられないだろうと思ったから・・・・。

「叔母様、ほら泣かないで下さい。ね?私は大丈夫ですから。ね?」キャロルは言葉が見つからなかった。ある程度の覚悟はしてきた。でも・・・・カナンの歩いてきた人生は己が考えていたものよりも壮絶で、悲惨だった。温かな家庭で何不自由なく育ち、危険を感じることなどほとんどなく育ってきた自分を・・・・恥じた。
本当であれば今、自分がカナンに言葉をかけてやらねばならないのに、言葉が出ない。それどころか、逆に心配されるというこの始末。情けない・・・・。


「叔母様・・・ねえ泣かないで下さい。私は本当に大丈夫ですから。」背中をさすりさすり繰り返すカナン・・・・。二人は一瞬見つめあった。やっと・・言葉が出てきた。
「ねえ・・カナン・・。今あなた・・・本当に幸せ?」キャロルの脳裏にはカナンがこの世界に初めてやって来たあの頃のことが浮かんでいた。子供離れした冷たい雰囲気。何にも心を開かず、隙をつくることもなく、弱みを見せることもなく、気丈に振舞っていたあの頃のカナン・・・・。だからこそ、問いたかった。今自分が見ているカナンは幸せを本当に手にしている・・・真実の「カナン」であるのかどうかを・・・・・。


「ええ。幸せですわ。・・・・・・正直ここにきたときはこんな日が来るなんて夢にも思いませんでしたけど・・・・。ここの人たちは皆・・優しい。本当に私を大切にしてくれます。向こうにいたとき私を大切にしてくれた人はほんの一握りの人間だけでした。うわべだけのお世辞や取り繕った笑顔なんてここにはないでしょう?みんなが本当の「私」を大事にしてくれるし私にも大切にしたい人がたくさんいる・・・。これ以上の幸せって無いでしょう?」
少し照れくさそうに、それでいて嬉しそうに、はにかんだ笑顔で答えを返すカナンを見てキャロルはやっと安心した。




あとは庭に出て、テティやヌウを交え、4人でとりとめも無い話をして過ごした。4人の頭上には青い青い空がどこまでもひろがっていた。



一方こちらは・・・・・・・・ウナス、ルカ、ミヌーエ、そしてメンフィス・・・。男性軍団である。先ほどのウナスの行動に対し、ただいま説教中である。

「おいっ!!!お前カナン様はただでさえ、絶対安静のお体なのだぞっ!火に油を注いでどうする!?」と、ミヌーエ将軍。

「全くだっ!だいいちあの状況ではカナン様も剣を取るのは仕方が無かったことだろう!?それぐらいわからなかったのか!?」続けてルカ。

「あ奴は仮にも女子ぞ・・・。」自信なさ気に言うのはメンフィスだ。彼が自信のないのにはわけがあった。・・・・・・・・・・過去自分自身、キャロルのやさ腕を折ったことがあるから・・・・・。その自分がウナスに堂々と説教をするわけにもいかない・・・。だが、ここまで来たら何か言わねば逆におかしい・・。だからあえて発言したのだ。

「わかってます。でも・・・・・・・気が付いたら体が勝手に・・・・・。」あわれ、ウナスはもう同じことを繰り返し繰り返し呟いてはみるのだが、皆一向に許してはくれそうもない・・。自分自身後悔していないわけではない。いや、むしろカナンにどう接すればよいか・・・・・カナンが自分のことをどう思っているのか非常に気になる。嫌われてしまったら今後どのように仲直りしたらいいのかも、そこら辺の経験の浅いウナスには良く分からない。

「俺・・・どうしたらいいんだろう・・・・。」はぁーっと深い溜息が漏れ出た。その呟きを聞くや否や一斉に視線が集まった。・・・・・・・・・・ミヌーエ将軍に。
(ミヌーエなら何とかできるやもしれぬな・・・。)
(ミヌーエ将軍なら・・・・・・・。)
(ミヌーエ将軍しかウナスを助けてやれないだろう!!)
3人がよせる期待のまなざし・・・その強烈な視線に思わず後ずさった将軍であった。





「カナン様・・・・・・あの、ウナス隊長がお見えでございますが・・・。」庭の木陰で休息中だったカナンに申し訳なさそうに侍女が近づいてきた。先ほどの一件を知ってか、自分にびくびくと話しかける。
(侍女って言うのも嫌な役目ね・・・。可哀相に・・・。怯えちゃって・・・。)私達の問題ならまだ大丈夫だろうけど、叔父様と叔母様のときはきっともっとすごく神経を使うのだろう、と思うと自然に笑みがこぼれた。侍女が不思議そうにこちらの様子をうかがっている。
「あっ!ごめんなさいね。そうね・・・・・・会いましょう。」
「は、はいっ。すぐにお通しいたします。」そう言うが早いか侍女はもと来た道を引き返していった。カナンはキャロルとヌウ、テティに二人きりで話がしたいからと席を外してもらうように頼んだ。3人は快く引き受けてくれ、宮殿へと引き返していった。



青い空・・・・・・・白い雲・・・・・・・いつもと変わらない景色が何だかひどく悲しいものに見えた。涙のような空の青。何にも染まらない白い雲の孤独・・・・・・。ふと飛んできたホルスもやっぱり・・・・一羽。一羽だけで飛んでいる。
ファサ・・・・・・・・・・・・突然視界いっぱいに青い蓮の花が入り込んできた。一体どのくらい自分はぼうっとしていたのだろう!驚いて顔を上げるとウナスがいた。・・・・・・両手に自分の大好きな青い蓮の花を持って・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙が流れる。それは一瞬のようでもあったし、数時間たったかのようでもあった。見つめあった二人の間には緊張と不安の空気が流れる・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・った。」かすれるウナスの声。何を言ったのかカナンには聞き取れなかった。
「え?なあに?何て言ったの?
「だからっ!・・・・・・・さっきは・・・・悪かった・・・・・・。」ますます顔が赤くなっている。それ以上の言葉はきっと・・もうでてはこない。カナンはそんな夫を見てふと結婚前のことを思い出していた。


あの時も・・・たった一言言っただけだったのよね・・・しかもすごーく小さな声で・・・・林檎みたいに頬っぺた赤く染めて・・・・・


クスッ!カナンはたまらず吹き出した。やっぱりウナスは変わっていない。夫婦喧嘩の一つや二つ何だというのだろう。悩む必要なんかなかった。


「なっ!!!な、何がおかしいんだ!?」ウナスは成り行きが分からず、しかし己のことを笑われたことだけは何となく感づいて・・・・・・。やっとの思いで言葉を発した。
「ふふふふふっ。いや、ちょっと昔を思い出しただけよ?」
「一体・・・・・・何を・・思い出したんだ・・・。」
「ひ・み・つ・よ!」



「おい!ミヌーエっ!どうなっておるのだ!?あやつらはもう仲直りしたのか?」
柱の影からこっそり見守っていた三人は(特にメンフィスは)満足な謝罪の言葉を発することなく和解した二人に疑問を抱いていた。
「一体何だというのだ!?キャロルなどは私がすまぬと何度繰り返しても数日は機嫌が直らぬというに・・・・・。なぜにカナンはあんなに早く機嫌が良くなったのだ!?」
「女子の心とは変わりやすいものにございますれば・・・・人それぞれかと・・・。」返答に困ったミヌーエ将軍だったがここまできたら答えないわけにも行かず半ば無理やり考えて言った。彼は天才というべきか・・・。ほとんど正解と言って良いだろう。




初めての夫婦喧嘩はあっというまに幕を閉じた。

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