「まだ生まれないというのか?・・・・・・・・・・・いくらなんでも遅すぎる・・。」
カナンが産室へ入ってからもうどれぐらいの時がったたのだろうか。月が中天にのぼり、池にはその姿がゆらゆらと浮かび上がってる。産室の周りは女人ばかりが集められ、護衛兵も少数の腕の立つものを除いて遠ざけられた。
・・・・・・・・・・・・ゆえにウナスは中々近づけず・・・・・たまに部屋から出てくる侍女を捕まえては容態を尋ねるのだった。
そして侍女たちは異口同音、口をそろえてこう言う。




「陣痛の感覚はほとんどございませんゆえ、間もなくお生まれになるはずですが・・・・・・・今はまだお苦しみです。」




「おいウナス。少し休めよ。まだ御生まれにはならんだろう。」
ルカが立ちっぱなしのウナスを気遣う。いや立ちっぱなしと言うよりも気を張り詰めっぱなしといったほうが正しいのだろうか?カナンが産室に入った直後から、ウナスは落ち着く気配が全くなく、廊下を行っては来たりをひたすら繰り返し・・・・そして時々産室の方に視線をやっては深い溜息をつく。
・・・・・・・・・もうずっとその繰り返し・・・・・・・・・・・・・。




「いや、大丈夫だ。・・・・・・にしても今度の子供は・・・・のんびりやなのかせっかちなのか全く掴めん・・・。なあ、お前どう思う?」心底悩んでいるという顔をしたウナスはルカに答えを求めた。
「そうだな・・・・・・・・。お前に似たんじゃないのか?」たいして考えたわけでもなくかといって困った素振りを見せるわけでもなくルカは答えた。
はてさて困ったのはウナスのほうだった。どこが自分に似ているというんだ?まだ産まれたわけでもないのに・・・。苦虫を噛み潰したようなウナスを見てルカはさらに続けた。
「カナン様は、せっかちでもなくのんびりやでもない。冷静に構え、どんなことがおころうと常に万全の状態で対処なさる。だろ?」
「それは・・・・・そうだ。だけどなんで俺?」さも当たり前のように言ってのけたルカにウナスは疑問をぶつけた。・・・・・・・・・ルカの唇に悪戯っぽい笑みがうかんだのも気付かずに・・・・。



「さあな?自分で考えろよ。」
「何でだよ!教えろよ!」







そんな二人はさていおいて・・・・・・。カナンは戦いの真っ最中であった。





「ねえ・・・・・・・ナフテラ・・・・・・・・・・・・・・・ま・・だ?」体力的に限界に近い。これはある意味剣をとって戦うよりも過酷だ。ジュリアンの時よりもかなりつらい。花畑が見えそうである。つまり・・・・・・・意識が朦朧としているということだ。
「さあ、もう一度いきんでくださいませ。あと少しで和子に会えますわ。頑張りましょうカナン様!」
「ええ・・・・・・・。ウ――――――――――――!」
汗で視界がぼやける。いやもう汗だけではない。涙も滲んできた。呼吸も乱れて中々酸素を満足に取り入れられない。
「あと少しですわ!もう頭が出てきました!後一息!頑張ってくださいませ!」
ナフテラの強い言葉に励まされ、カナンは最後の力を振り絞った。






「ウゥ―――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」








フヤァ、フヤァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





元気な産声が産室に響いた。ナフテラの涙で潤んだ目が、戦いを無事に終えたカナンに向けられた。白い柔らかい布に包まれた赤ちゃんがカナンに手渡される。
「おめでとうございまする・・・・元気な・・・・・・・・・・女の子でございます!!」
「あ・・・・・・りが・・・・と・・・う。」ほっとしたカナンは息が荒いことも、長い戦いですっかり痺れた手足のことも忘れ、今ある力の全てで愛しい宝物を抱きしめた。
「初めまして・・・・・・・・・・私の・・・・・・赤・・ちゃん。」





「ウナス隊長がおこしでございます。・・・・・大丈夫ですか?」
「ええ・・・・・・・・・・会う・・・・・・。会わせて・・・・・・・・・・・。」産声を聞くや否や産室へ駆け込んできたのだろう・・・ウナスは。夫の行動をよむことはカナンにとってたやすいことであった。だけど今は・・・・夫に一刻も早くこの子を会わせてあげたい!







「カナン・・・・・・・?」恥ずかしそうにウナスが入ってきた。カナンは満面の笑みでそれを迎えた。
「女の子よ・・・・・・・・ウナス。とっても・・・・・・元気。」
「ちょっと抱いてもいいか?」
「ええ・・・・・・・あっ!首が据わってないのよ!駄目じゃない!そんな風に抱いちゃ!・・・・・・・・・・そうそう・・・そんなふうにね。」
穏やかな・・・それでいて世界中の幸せをいっぺんに集めたような温かい空気が彼らの周りを優しく包んでいた。だが、次のカナンの言葉でその雰囲気は打ち壊された。







「ちょっと・・・・・・・・・待って!何で・・・・・・・・・!?」
「どうした!?」急に顔をしかめたカナンを見たウナスは慌てふためいた。まさか!まさかどこか悪いのか?命にかかわるものなのでは?
「おいっ!大丈夫か?」
「ちょっと・・・・・・・ウナス・・・・・・出て行って・・・・・・。」
予期せぬ妻の言葉にウナスはとまどった。一体・・・・・・どういう意味だろう?






まさか・・・・と感づいたナフテラがウナスを産室の外へ追い出した。またカーテンで仕切られる。あまりに突然のことで残されたウナスはただ呆然と立ち尽くすばかりであった。

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