ここはエジプトの王妃の間。すなわちキャロルの部屋である。今、キャロルはカナンと共に裁縫をしていた。何故カナンなのかというと、彼女が裁縫がとても上手いから。それならナフテラでもいいじゃないかという話なのだが・・・。キャロルは今更、ナフテラに裁縫を教えて、と頼むのもなんだか恥ずかしい、といって聞かなかった。
最初の頃からすればずいぶんな上達と言っていい。けれど・・・・。決して・・・上手いとは・・・・言えない。
(おばあ様は大らかな方だもの・・・・・。きっと・・・・無理強いはしなかったのよ。きっと・・・・・そうだわ。)
カナンは自分に強く言い聞かせ、根気強く布の印のつけ方から、寸法の取り方、裁断の仕方、縫い方・・・・・・・・・・自分が幼い頃に習得したありとあらゆる技法をキャロルに教えていった。カナンは我慢強い。文句など滅多に言わないし、人の欠点を指摘することもごくごく僅か。しかし・・・・・・しかし・・・・・・・・・
(どうして・・・針に糸が通せないのかしら?どうやったら布の表裏を間違えられるのかしら?)
連日続くキャロルのお裁縫のお付き合いに・・・・少々疲れていた。
そんなある日・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「キャロル様!キャロル様!お客様にございまする!」
裁縫の稽古中にいきなり侍女が駆け込んできた。そういえば・・・外も何だか騒がしい・・・。
「えっ?私にお客様?まあ、一体どなたかしら?」右手に針を、左手によれよれの布を(帯らしい)持ちながらキョトンとした瞳でキャロルは侍女を見上げた。
「アマゾネスの女王と妹君、ヒューリア様のご来訪です!お取次ぎを願うと申されておりまする!」
「まあ!アマゾネスの女王とヒューリアが?嬉しいっ!すぐにお会いするわ!」そういうが早いかキャロルは仕度を始めた。客人の謁見は時間がかかるうえ、親しい人物ともなれば宴も開かれる。つまり今日のお裁縫の稽古はこれでおしまいになるということ。ほっ、と安堵の溜息をもらしたカナンはアマゾネスに関して考えをめぐらせていた。
(アマゾン王国・・・・・まぼろしの民族で・・・・確かギリシア神話の中に・・登場するのよね。女性のみで構成された民族で・・・・勇猛であり好戦的。ホメロスの叙事詩「イリアス」の中では伝説のように語られていて・・・・でもセルチュクのエフェス遺跡では実在の痕跡も残されている。月と狩猟の女神アルテミスを信仰していた民が多かったのよね。)
さすがはキャロルの血縁というところだろうか。考古学を専攻してはいなかったが父ライアンの出資する発掘現場を何度か見に行き、少し話しを聞いただけで、はっきりと自分の知識として身につけていたのだ。
「さあ、カナン様!何をしているのですか!ご自分の宮に戻ってください!お仕度をしますよ!」焦り気味のヌウが言った。
「どおして?私は関係ないでしょう?いつもは謁見叔母様たちだけじゃない。」
ごてごてした衣装が嫌いなカナンはいつも自分で縫った衣装ばかりを着る。そしてヌウが苦心して付けた装身具も隠れてこっそり・・・・ウナスとの結婚指輪とメンフィスに渡された紋章指輪以外は全てはずしてしまう。
腰まである長い髪も一つに結うのが好き、というとてもお嬢様育ちとは思えない好みなのだ。しかし、諸外国の使者との謁見となるとそんなわがままは受け入れられない。過去何度か・・・王妃夫妻が(何故か)不在のとき、使者の謁見の代役を務めたことがるが・・・・・・・・・・・その時は歩けないほどに重い衣装を着せられて、ごてごてと宝石を飾られた。いってみればカナンはそのトラウマが消えないのである。
「女王とヒューリア様がぜひ、お会いしたいと申されているそうで・・・・。すぐに仕度してくるように、との王のご命令でございます。」
嫌がるカナンを引っ張るヌウ・・・・。ヌウにとって王の命令は絶対だ。だから、何が何でもカナンを仕度させねばならない。時間が・・・・・・・・ない!!!!
部屋に無理やり連れ戻されたカナンは・・・・・・有無を言わさず謁見用の衣装に着替えさせられ・・・・・装身具をこれでもか、というほどつけられた。
そして・・・・・仕度が全て終わり・・・・・・・・・カナンはしぶしぶ謁見の間に足を運んだ。行く途中・・装身具をはずそうと試みたが・・・はずれない。ふと仕掛けを見ると、金具の数が増えている上、作りも複雑になっている!なかなかはずれない仕組みだ!
「失礼かとは思いましたがキャロル様に頼んで作り変えさせていただきました。はずされては困りますわ!」
今回はヌウの作戦勝ちというところだろうか・・・・・。ともかくカナンは最後のほうはヌウに引きずられるような格好で謁見の間へ着いた。カナンが到着すると、周囲に・・・感嘆の溜息が漏れる・・・。本人は嫌いな格好かもしれないが、カナンは着飾れば美しさが際立つ。黒いストレートの髪を結い上げ・・・エジプトの衣装を身につけ・・・・黄金の装身具をつければ・・・見るものを魅了する姿に変身するのである。それを気付かない(気付こうとしない)のがたまに傷というか、非常にもったいないと誰もが思う。それは・・・・・キャロルも同じだが。
すでに謁見の間ではキャロルが女王やヒューリアと楽しげに会話を始めていた。女王が扉の音に気付いてこちらを向いた。そして・・・・・ヒューリアも。
「これはこれは・・・。御身がナイルの姫の姪御にあらせられるか・・。初めておめにかかる。私はアマゾン王国の女王。お見知りおきおかれよ。」
同じ女性とはとても思えない威厳のある声。顔は微笑んではいるものの・・その格好からはやはり戦士を思わせる。おもわず見とれてしまった。
「初めまして・・・・。女王。私の名はカナンと申しまする。遠路はるばるようこそ。おつかれでございましょう?叔母様・・・ナフテラがあちらの間に飲み物など用意していると・・・・。」カナンはエジプトにとって大切な賓客であろう二人に失礼がないように、と挨拶を交わした。現代にいた頃から幾度となく経験してきたことだ。カナンにとってはさほど緊張することでもない。だが、一刻も早くこの衣装を着替えたい。言い換えれば、早くこの場を立ち去りたいのだ。
そんなカナンの思いとは裏腹に・・・・女だけの会話は延々と続いていた。途中メンフィスがやはり挨拶をしに来たが、居にくいと感じたのか早々に立ち去った。カナンは本心を隠しつつさりげなく女王とヒューリアを観察していた。
「・・・・・・・・・・・・・。カナン姫よ。衣装の下に何を潜ませているのだ?教えていただきたい。」
ヒューリアが意地悪そうにけしかけてきた。カナンの眉がピクリと動く。キャロルが止めに入ろうとしたが、女王は何を思ったのか少し待つように、とキャロルに囁いた。ヒューリアはなおも続けてくる。
「何でも武術の心得があるとか・・・。しかし、武術は遊びではありませんぞ。お怪我はなされないのですか?何ならお教えいたしましょうか?」
(ずいぶん酔っているのね・・・・。まあいいわ。)
カナンは無言のうちに腰帯を緩め、そこから短剣を取り出し、ヒューリアに差し出した。キャロルのあっ、という声がもれる。仕方ない。だってメンフィスにはまた内緒で作ってもらったものだから・・・。少々後悔もあったが・・・・この場合は・・・。
一方のヒューリアは驚いていた。女物の守り刀はちゃちで、重さもさほどない。それなのに、いつも持ち歩いているという様子が見て取れて腹が立ったので、酒の余興に一つからかってやろうと思っていたのだ。だがしかし・・・差し出されたカナンの守り刀はずっしりと重く、丁寧に手入れされているのが分かるし、作りも確かなもので、戦士としてはうらやましく思うほどの武器である。ヒューリアはじっとその刀を見ると自分の長剣を鞘ごと差し出した。
「私のもご覧になるか?」
「では・・・・お言葉に甘えまして。」カナンは両手で受け取った。ヒューリアが手を離す・・・・。
サァッ・・・・・・カナンはまるで自分の物であるかのように手馴れた手つきで鞘から剣を抜いた。重さを確かめ、つくりを観察し・・・・かまえてみる。
「良い剣ですね。青銅で・・・・・やや錫が少なめというところでしょうか。切っ先が薄く・・・・鋭くて、手にも馴染みやすい。おうらやましいですわ。」
鞘に剣を戻すとカナンはヒューリアに向かった。ヒューリアも短剣をカナンに返した。
「ご無礼をお詫びする。姫の剣も・・・・中々に。よく手入れがされてある。武器を大切に扱うは、武術の基本。遊びなどとからかって申し訳なかった。」
「よいのです。頭をお上げ下さい。」
穏やかにカナンが微笑む。ヒューリアは自分の態度を恥じた。女王はこの光景を見つつ満足そうにしていた。そして不思議そうな顔をしているキャロルに再び囁いた。
「あれは、まだまだにございますゆえ、このような経験も大事。ゆえに黙って見ておったのです。あの・・・・・カナン姫は良い戦士になれる。ぜひ我が軍に欲しい人物だ。おうらやましいですぞ。ナイルの姫よ。」
キャロルは戦士という言葉に固まってしまった。女王は高く笑い杯に口をつけた。
そして・・・・・・・次の日の朝方。眠りの浅いヒューリアは早々に目覚めバルコニーに腰掛けていた。突然、馬の声が耳に入ってきた。ふと目をやると薄暗いなかに馬に乗った人影が見える。・・・・・・カナンだとすぐに分かった。カナンも視線を感じ後ろに目をやる。ヒューリアが見えた。
しばし沈黙が流れる。すると、カナンは何を思ったのかヒューリアが居るバルコニーの下まで馬を2頭連れてきた。
「ヒューリア様!朝駆けに参りませんか?」
昨日のことなど最初から無かったことかのようにカナンは話しかけた。ヒューリアは暫くの間言葉を失ったが、気を取り直すとバルコニーから飛び降り、馬の背にまたがった。
「お言葉に甘えて馬をお借りする。早駆けがしたい。お付き合いくださるか?」
「喜んで!では競争しましょう!」
門番に頼み開門してもらう。開くが早いか二人の勇ましい声が朝焼けの中に響き渡った。
「ハアッ!」
二人がいない!と宮殿中がひっくり返ったような騒ぎになるのはもう少しあとのこと。そして女王はやはり見透かしていて・・・・微笑んでいたという。
二人の滞在期間はまだ長い。
ヒューリアとカナン・・・・・。
二人のめぐり合った女戦士・・・・・・・。
この先・・・・・・二人の関係はどうなってゆくのだろうか・・・・・・・・
馬にまたがり、広い大地を駆け行く二人は・・・・・・・。


