「キャロル――――!何をしておる!早く参れっ!」
朝っぱらからメンフィスの怒声が頭に響く。嫌な人!私は奴隷じゃないって何度も言っているのに!
キャロルがゴセン村から捕えられてきてはや4日・・・・。王はどういうつもりなのか奴隷娘に過ぎぬ身分のキャロルを片時も傍から離さない。美女を集めて名高いエジプト王宮の高貴なる身分の侍女たちにしてみれば、面白くないことこの上ない話だ。キャロルを捕えて来てよりメンフィスは、侍女の存在すら見えぬという態度。重ねて言えば、薄汚い小娘が傷つくのを嫌い、腕の立つ護衛までもを始終つけている。言い換えれば、奴隷娘を守るために!!
・・・・・・・・・・まあ、彼女らがおもしろくないと思うのも無理はないわけだ。
しかし、キャロルにとってこの待遇は嬉しくもなんともない。というより、現代に帰る術を断ち切られ、自由を奪われていることと一緒なので迷惑きわまりない。唯一の救いは、王宮内に限りどこでも立ち入り自由という許可を得たことのみ。
(帰る術が分からない今は・・・・。好きな考古学のことを考えていよう。現代で学んだことをこの目で確かめよう・・・・。)
そう思っていられたのも最初の2日間だけ。すっかり宮殿中を観察した後に残ったのは、家族を恋しく思う気持ちと、こらえきれない涙だけ・・・・。
今日も隙を見て護衛をまいた彼女は・・・・・・王以外が出入りすることを許されないという庭にひっそりと隠れていた。・・・池の水面には彼女の頬から伝う雫で波紋が作られており・・・・・・時がたつにつれ次第に大きくなっていくその様は・・・彼女のつらい心情を表しているようであった。
じっとそれを見つめ続けていたキャロル・・・・・。ふと水面に己以外の人間の顔が映った。・・・・・・・・それは許可を得ずともこの庭に入ることが出来るただ一人の主。すなわちメンフィスの姿であった。
「なっ・・・・・!何よっ!何の用よ!」
涙の後を袖で乱暴に拭きつつ、彼女はメンフィスとの距離をとるべく後ずさった。しかし、己をさける女人を黙ってみているような穏やかさを、あいにくメンフィスは持ち合わせてはいない。すぐさま、キャロルの細腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。
「痛っ!痛い!離してよ!」
ギリギリと腕をねじりつけられたキャロルは悲鳴に近い叫び声をあげた。しかし、愛しい娘にさけられ、怒り心頭のメンフィスの耳には・・・・先ほどのキャロルの言葉ばかりが鮮明に蘇ってくるのだった。
・・・・・・・・・ライアン兄さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(くっそう!ライアンとは何者なのだっ!何故こ奴は私になびかぬっ!)
絶対的権力を出生と同時に得ている彼は、今まで自分になびかない女など見たことがない。ましてや逆らう女など見たことがなかった。そしてこれからもその考えは変わることが無いはずだった・・・・。なのに・・・・・・・・。目の前の金髪碧眼の女人は全く違う。今まで知っていた女人と正反対だった。なびかない、というより、なびくことを知らないといった感じだろうか?とにかくメンフィスにとって頭の痛い人物である。
ふいにメンフィスは手の力を緩めた。だが、キャロルが逃げないようにある程度の力をこめ決して腕を離そうとはしない。腕を離そうともがきつつ、キャロルはメンフィスを睨みつけた。
「嫌いっ!あなたなんかっ!大嫌いよ!離してったら!」
メンフィスの胸板を泣きながら、小さな拳で遠慮なしに叩きつける・・・・・・・命知らずのこの行為。他のものなら無礼者!の一声の後、一刀両断。それを分かっているのだろうか?この女は・・・・・・・・。メンフィスは胸にこみ上げてくる感情が何なのか分からない。一度その姿が目に入れば、狂おしいほどに胸は痛み、心臓は早鐘のように打つ。そして・・・・・・・・・・抱きしめたいという衝動が体中を支配する。この感情が何か知りたい。なのに、それを知る術が分からない。胸がもやもやとしては彼を苦しめる。
泣きじゃくるこの少女が、王に対して恋心を抱くのは・・・・・・・
胸の痛みが少女への愛だと、この王が知るのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう少し後のこと。
エジプト王宮・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラーの息子とハピの娘の恋愛模様は
ただいま雨のち曇りなり。
FIN.
