「キャロル様・・・。おお・・・・!キャロル様!お帰りをお待ちしておりました。私が、私が至らなかったために・・・。どうかお許し下さいませ。」
ナフテラは帰還を待ちわびた主人の顔を見て、心から喜んだ。もちろん、彼女にも報告は入っていた。・・・・・・・・・キャロルがメンフィスの記憶を無くしているという報告が。それでも、彼女は喜びを抑え切れなかった。キャロルが姿を隠している間、1日たりとも心休まる日は無かったのだ。同盟を理由にカーフラ王女との婚姻を押し付けてくるリビア王が来訪したときには、正直彼女はもう駄目だ、とさえ思っていた。心労の余り仕事の最中に倒れたこともあったほど。




「ナフテラ?ナフテラぁっ!」
キャロルは満面の笑みでナフテラに駆け寄った。キャロルにとってはナフテラは古代の母。優しく穏やかな雰囲気は、奴隷として捕えられて来た時でもはなたれていて、王宮に来て初めて安心できたし、彼女の前でだけは素直になれた。




二人は抱きしめあった。キャッキャッとはしゃぐキャロル・・・・。メンフィスは一言も発せず哀しみの宿った瞳でじっとそれを見ていた。ギザからテーベへ戻る間、彼は一度もキャロルと会話をしなかった。・・・・・・キャロルが怯えてメンフィスの前に姿を現さなかったから・・・。いつものメンフィスならどんな手段を使ってもキャロルを横にはべらせるのだが、今の彼にはそんな気力すらなかった。強硬手段をどうしてもとる気になれない。




(私は・・・・・どうかしているな・・・・・。)
メンフィスは名残惜しそうにキャロルを見つめると、民衆の喜びの声を振り切るようにマントを翻し、政務の間に消えた。
キャロルは遠目ながらに彼が去ってゆくのを見ていた。無くした記憶の欠片はあの人だと、皆が、そして己の心がそういっていた。だが、獅子のように獰猛な彼を見たとき、本能が教えてくれた。
『私は彼を忘れたかった。それを望んでいた。』
どうしてかは分からない。でも、彼を見ると苦しくなる。心臓を掴まれたみたいに・・・。だから、何も言えなかった。その姿を直視することも出来なかった。
(私は・・・・どうしちゃったの?)




強く引かれていても、お互い歩み寄ることが出来ない。




どんなに思っても、繋がらない。すれ違う。




それは月の姿が霞む夜の・・・・宵闇のよう。真実が見えそうなのに、あと少しのところで、雲がそれを邪魔する。光は確実に届いているのに、受け取れない。




(私が・・・・。あの人を思い出さなければ、宵闇から抜けられない。私も、あの人も、皆も・・・・。)
キャロルは決意した。メンフィスを思い出す努力をしようと。この、身を裂かれるようなほどの胸の苦しみの理由を知りたい。彼の声を聞くたびに、溢れる涙の、理由を知りたい。早く・・・・・・知りたい。このままにしておいてはいけない。誰も、幸せになれない。今のままだと、皆が不幸になる。
メンフィスを恐ろしいと思う気持ちは変わらなかったが、明日からは・・・・・。
月の光が、カーテンの間から射し込んでくる。カーテンの色に染まっている、青い光。




青い光がうつすのは・・・・・・・一体・・・・誰の・・・・心?




一体・・・・・・・・・・・・・・どんな・・・・・心?




過去の心・・・・・・・?今の心・・・・・・・・・?

―― 4 ――