「信じろというの!?無理よ!!」
キャロルは尚も泣き叫び、死力を尽くしてメンフィスの腕を突き放そうともがいた。もっとも、メンフィスの力はキャロルが抵抗すればするほど、強くなっていくのは彼女にも分かっていたのだが・・・。
「私の目を見よ!!キャロル!!落ち着けっ!!」
メンフィスもまた必死で叫んだ。これを逃せば、誤解を解くチャンスは二度と訪れないだろう。せっかく現れた月の光をさえぎるような失態は、もう出来ない。宵闇から抜け出す糸口は唯一つ。己の言動にかかっている・・・・。
「嫌、嫌っ!!離して!」
「離さぬ!私の目を見よと申すに!」
「メンフィスの顔なんて金輪際見たくも無いわ!」




「見たくなくても見てもらおうか。よいか、私は嘘などついておらぬ。・・・・暴れるな!私の話を聞け!」
一段と強くなったメンフィスの語気にキャロルはビクッと固まった。瞬時にメンフィスが思いの丈をぶちまけた。
「あの日の私の思慮の浅さゆえ・・・・。そなたにあらぬ誤解と耐えがたき苦痛を与えたことには、詫びを申す。しかし、私はそなた以外の女など欲しくはない!そなたがナイルに姿を隠してより・・・・。私がどんな思いでいたと思うのだ?」
一瞬、切なげな表情をして見せたキャロルだったが、メンフィスの最後の言葉・・・・【私がどんな思いでいたと思うのだ】を聞くや否や、いきり立って反駁した。
「何ですって!?やっぱりあなたって勝手な人ね。私は現代に帰っている間も記憶を無くしていたのよ。前もそうだった。でも・・・前はいつも誰かが私を呼んでいたわ!!いつもね!でも、今回は何も聞こえなかった。誰も私を呼ばなかったわ。」
「キャロル・・・・・・・。」
「あなたが私を呼ばなかったのは、私が必要なくなったからでしょう!?」
「違う!違う!違う!」
私が・・・・・・そなたを呼ばなかったのは・・・・。昔、同じようにそなたがいなくなったときのように、大声でそなたを呼べなかったのは・・・・。




罪悪感で一杯だったから。王としての立場を守る為とはいえ・・・・。そなたを深く傷つけてしまったから・・・。その名を口にすることさえ憚られた。ひょっとして、キャロルはもう二度と私の声すら聞きたくないのではなかろうか、と。
だが・・・!!そなたが必要なくなった、などというのは違う!!そのようなこと決してありえない!!




「では、そなたはカーフラ王女をこの宮殿で見たか?」
「・・・・・・・・れは・・・・・・・。」
キャロルは言葉に詰まった。確かに、メンフィスの言うとおりだ。現代から帰ってきて随分な時間がたっているというのに、カーフラ王女の気配すら感じたことはない。もし、カーフラ王女がメンフィスの第二の妃になっているとしたら、今頃、私の前に現れて皮肉の一つや二つ口にしていることだろう・・・。
では・・・・・メンフィスの言うことは本当のこと?でも・・・!!カプター代神官は私にはっきりと言ったわ!カーフラ王女との婚姻で、エジプトとリビアは同盟を結ぶって!!それに・・・・あの膨大な数の荷物・・・・。もう、引き返せないところまで来ていたじゃないの!
「まだ疑うか?カプターならば、謹慎させておる。王女はリビア王とともに帰国した。婚姻も同盟も、白紙に戻した。これだけ言っても信じられぬのか!?」
いつの間にか、キャロルは背後からメンフィスに抱きしめられていた。懐かしいその感覚・・・。どうして私達はこんなに離れてしまっていたのだろう・・・。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙が続く・・・・。先に耐え切れなくなったのはメンフィスのほうだった。
「キャロル・・・。私を信じよ。私を許せ。キャロル・・・キャロル・・・。何か言ってくれ。」
メンフィスの囁くほどの小さな叫び・・・。キャロルは・・・・。キャロルは・・・。




「・・・・・・・・・・い。メンフィス・・・・。」
「聞こえぬ!何といったのだキャロル・・・。」
「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。あなたを信じなくて・・・皆にも心配かけて本当にごめんなさい・・・・・・。っ・・・・・・・・・。」
キャロルの目から再び滴が溢れた。愛するが故の痛み・・・。愛するが故の悲しさ・・・。流れる滴の一つ一つに彼女の思いが込められて・・・・。




「もうよい。もうよいのだ。そなたが我が腕の中にいれば、私はそれ以上のことは望まぬ。」
「メンフィス・・・・・・・・・・・。」
二人はひしと互いを抱きしめあい、口付けをかわした。

















「王妃様が戻られて良かったな。」
「ああ!やはりあの方がいらっしゃるとエジプトは平和だ!」
衛兵達の声・・・・・。




「私、王妃様が帰ってきてくださって嬉しいの。」
「あら、私もよ?あの方のお傍にいると心がとっても和むの!」
侍女達の声・・・・。




「王妃様がいらっしゃればエジプトは末永く安泰だ!」
「本当に!あのお方の叡智と優しさのお蔭で民も一つになった。これ以上のことはないだろう!」
大臣達の声・・・・・・・。




皆・・・・皆・・・・・・今、キャロルが此処にいてくれるだけで幸せ。





皆・・・・皆・・・・・・やっと不安の渦から抜け出して・・・・・・





光を・・・・・淡く優しい心の光を・・・・取り戻して・・・・・・・・・・・・





もう、不安な思いを抱えるものはいない。闇に怯えるものもいない。





エジプトはやっと、キャロルというこの上ない光を得て、宵闇から抜け出した。










明けない夜はない






どんなに暗い闇を抱えていても、愛が光のほうへと導いてくれる。






だから、怯えないで





信じることを止めないで





見えなくても そこに確かにあるの





あなたを闇から連れ出してくれる






愛という名の絆が





愛という名の光が





きっと・・・・・・ほら・・・・・・すぐそこに









                                     FIN

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