「・・・・・・・・ル・・・・・おいキャロル!!」
温かいラーの光に照らされて、心地よくまどろんでいたキャロルは不機嫌そうなメンフィスの声に飛び起きた。瞼がまだ重く、おもわず大きな欠伸をしてしまう。
「ん・・・・・・・・なあにメンフィス?」
「何が【なあに】だ!!王子が泣いておるわ!」
だんだんはっきりしてきた意識・・・。確かに王子が泣いている。キャロルは慌てて揺りかごの中に眠る王子を抱き上げた。
よしよし・・・・といくらかあやしてやると王子はまたウトウトと夢の世界への扉を開けた。キャロルはそれを見ると聖母のような笑みを口もとに浮かべ、王子をかごへ戻した。
でも、何で急に起きたのかしら?
「ね、メンフィス。王子は・・・アンディは何で泣いていたの?」
「ふん!!知らぬわ!・・・・私が顔を覗き込んだら泣きおった。」
眉を吊り上げてはいるが、どことなく寂しげに語るメンフィスにキャロルは思いっきり吹き出してしまった。お腹がよじれるほどに笑っても、まだ笑いが止まらない。
「・・・・・・・・何がそんなにおかしいのだっ。」
メンフィスはキャロルにすごんでみた。しかしキャロルはもう慣れてしまったのか臆する気配すら見せない。
「だって!アンディに泣かれたって!しょげてる・・・・アハハハ!!」
メンフィスは再び笑い始めたキャロルを自らの胸に引き寄せた。これにはキャロルもいくらか驚き、笑いもピタリとやんでしまった。そのままメンフィスの腕の中でくるり、と反転しメンフィスの顔をじっと覗き込んだ。
「ね、メンフィス。アンディが何で泣いたか分からないの?」
「・・・・・・・・・・うむ。わからぬ・・・・・。」
「本当に?」
「・・・・・・・・・わからぬものはわからぬ!!」
とうとう怒ってしまったメンフィス。語尾を強め、キャロルにこれ以上からかうのを止めろと、瞳で語る。キャロルも仕方ないわね、と漏らすとぐずり始めたアンディをあやしながらメンフィスに教えた。
「アンディを睨んだでしょう?」
予期せぬ言葉にメンフィスは反論した。待ち望んで生まれてきた・・・やっと授かった和子である。嬉しく愛しいと思えばこそ、憎いなど・・・・まして睨むなどしやしない。それに、キャロルにさえ疑われたことがメンフィスの最大の怒りの原因であった。
「分かったわ。私の言い方が悪かったのね。ごめんなさい。言い方を変えるわ。メンフィス、あなたアンディを覗き込むとき無表情のままじゃなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。恐らくな。」
「ほうら。やっぱり!!」
我が意を得たり。キャロルは得意げに語り始めた。
「メンフィス、あなたってね無表情だと怒ってるように見えるのよ。赤ちゃんはただでさえ人の表情に敏感なのよ。目が見え始めてからは特にね。いつもにっこりしていなくちゃ!!」
はい、アンディを抱っこして。とキャロルはいきなりアンディをメンフィスに押し付けた。先ほどまで温かい母の腕に抱かれて機嫌がよくなりつつあったアンディだったが、突如見知らぬ(父親なのだが)男の腕にうつされ、キョトンと自分を抱く人物の顔を見上げてみた。
「・・・・・・・・・・・・・・ふぇっ。」
無理もない。そこにいたのは先ほど己を睨んだ張本人。メンフィスがいたのだから。今も相も変わらず無表情・・・・いや真っ直ぐに己を睨んでいるような気がする。針のように突き刺さる視線。今にも怒鳴られそうでアンディは母に助けを求めようと泣き出す構えをした。
「・・・・・・・・・・・・・・泣かずとも良いではないか。そなたの父ぞ。」
「うっく・・・・・・ぇぇえん!!」
横からキャロルがほら!笑って!!と突いてくる。しかし、突然笑えといわれても・・・・。無理であろう事が彼女には良く分かっていた。過去、まだ自分がメンフィスと愛し合っていなかったとき・・・。奴隷としてメンフィスの傍にいることを強制されていたときには、いくらメンフィスに笑え、といわれても出来なかった。そんな記憶は今でも鮮明に残っているのだ。
そろそろ、限界かな・・・・とキャロルがメンフィスからアンディを受け取ろうとしたとき・・・・・。
「泣くなと申すに・・・・。ほれっ!!」
メンフィスはアンディを真上にポーンと放り投げた。そう、例えるならボールを空中に投げ出すように軽々と・・・・。
「%&$#%$Q%&○×□’%!!!!」
キャロルはびっくり仰天し、メンフィスの隣まで瞬時に移動しアンディを助けるために両腕を広げた。
ストン・・・・。
アンディは身体の左半分を父メンフィスに、右半分を母キャロルにしっかりと抱きとめられていた。二、三度パチクリと瞼を開閉し自分が何処にいるかを確認する。アンディにとってもメンフィスの行動は思いがけないことであった。
「何するのよ!!メンフィス!!落ちたらどうするのっ!!」
「案ずるな。落としはせぬわ。【高い 高い】とかいうのをやってみただけぞ!何もそんなに怒らなくともよいではないかっ!!」
同じ【高い 高い】でもメンフィスとキャロルとでは勝手が違う。しかし、アンディを喜ばそうと取った行動でキャロルに叱られることになろうとはメンフィス自身負に落ちない点であった。
「キャッ・・・!!キャッ!」
アンディはにっこり微笑んだ。小競り合いを始めようとしていたキャロルとメンフィスはその天使のような微笑に心奪われてしまった。特にメンフィスは初めて見る息子の笑顔に思いは一入であった。
「見ろ!キャロル!笑ったぞっ。私が笑わせたのだぞっ。」
「すっごーい!!アンディったら。怖くなかったのかしら?」
「やはり私の息子。私に似たのだろう!!」
アンディは先ほどの一件でメンフィス自体に慣れてしまったのか、メンフィスにそのまま抱かれても平気な顔をしていた。
暫く楽しそうにアンディをあやしていたメンフィスだったが突如考え込むと、悪戯を含んだ笑みを口の端にうかべた。
「ふむ。王子だけ抱くのは片手で充分。さて、こちらの手があまったぞ。」
「・・・・・・・・・・?」
鈍感なキャロルは何がなんだか分からない。メンフィスはとうとう我慢できなくなってキャロルを引き寄せた。
「わっ!きゃあっ!・・・・・・・・もう、メンフィスッたら!」
メンフィスは右手に王子を左手にキャロルを抱くと満足げに笑い、二人を己の胸に引き寄せ力一杯抱きしめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・私は今ほど幸せだと思ったことはない。」
甘いメンフィスの言葉にキャロルはしばし酔いしれる。満たされた幸福感の中キャロルはアンディに左手を、右手をメンフィスの背にまわして言葉を重ねた。
「・・・・・・・・私もよ。二人をとっても愛しているわ。幸せよ・・・・。」
いつの間にか、二人の宝物・・・・・アンディはすやすやと寝息を立てていた。心地よさそうに父の胸に顔を摺り寄せて。母の指をしっかりと握って。まるで己も幸せであると言いたげに。
二人が授かった小さな命
それはどんな対価にも変えられない愛しい宝物
二人は鼻腔くすぐる甘い香りをはなつ宝物に話しかける
どんな夢を見ているの?
どうか楽しい夢でありますように・・・・・・・・
どうか幸せな夢でありますように・・・・・・・・・
それは空が赤銅色で 夕日がまばゆいばかりに輝いていた
ある日の出来事。
FIN.
