ブロォォォ・・・・・・・・・・・・・・・・
「あっ!パパの車の音だ!」
ガチャン・・・・
「ただいまー!」
「パパ!お帰りっ!!」
幼子はロディが家に帰って来た瞬間に飛びついた。ロディも慣れているのかしっかり抱きとめ、嬉しそうに幼子の頬にキスをする。仕事の疲れも忘れてか、幼子を軽々と抱き上げ肩に乗せようとした。しかし、幼子がふと後方に目をやると父の後に人影が見えたのだ。
「あっ!カナンだぁ!!」
幼子は父の手を振りほどくが早いか、カナンに飛び掛って行った。もともとカナンは小食であり、食べない日もしばしばある。その習慣はもちろんのこと体型にも反映されていて、身体は細身。しかし、父親のライアンに似たのか身長はわりと大きいほう。・・・・簡潔にいえばカナンは「背高のっぽ」。すぐによろめいてしまうかと、周囲は一瞬の事ながら心配せずにはいられなかった。
「ふふ・・・!相変わらずねナターシャは。」
此処にいる誰も知らないことだが、カナンは武術の稽古をしている。筋力も程よく付いているその身体は周囲の心配をよそにビクともしなかった。余裕の表情で幼子・・・・・従妹のナターシャを抱きとめた。
「ふう。ナターシャは僕のこと、目に入ってないようだな。」
「残念ながらそうみたいだよ。だって父親の僕さえ目に入ってないもの。」
「まあ!ライアンさんにカナンじゃないの!!いらっしゃい。お久しぶりね。」
「突然ごめんなさい。ナタリー叔母様。」
カナンはペコリ、と頭を下げた。
「堅苦しいのはナシって言っただろ?カナン。」
ロディはにっこり微笑むとポン、とカナンの肩をたたいた。慣れていないせいもあってか、カナンは困ったように笑って見せた。
「ねえ、ライアンおじさま。カナン今日もお仕事?」
ナターシャはライアンのスーツの袖を引っ張りながら、頬をプウッと膨らませて見せた。【カナンと遊びたい】時のおねだりのポーズだ。
「ごめんね。ナターシャ。」
「はは・・・・!そんなにカナンが好きか?ナターシャ?ん?」
「うん!」
余りにも率直で素直な元気のよさにライアンはこらえ切れず吹き出した。カナンはどうしたものか、と目線でロディに助けを求めた。
「というわけで、兄さん。悪いんだけどカナンは子守に廻してくれないかい?我がお姫様が望んでおりますので?」
「ああ、それが良さそうだ。」
「んなっ・・・・・・!総帥!!叔父様!?」
かくして・・・・・カナンはナターシャの子守をすることになった。
とはいえ、子守などしたことはない。ナターシャと遊ぶ、と言ったってせいぜい4,50分が限界だろうことは容易に想像できた。
だって・・・・私が知っている遊びって・・・・少ないもの
カナンが知っている遊び・・・それは
【チェス・トランプ・散歩】
たった三つなのだ。
「ねえ!カナン!お人形ごっこしましょっ!」
「・・・・・・・・。ナターシャ。これどうやって使うの?」
突如、タキシードを着た人形を渡されたカナンは手をもてあましてしまった。これが、今小さい子の中で流行っている【着せ替え人形】とかいうやつだろうか?説明書はどこだろ?
「知らないの?う〜んとね、私がお姫様の役するの。カナンはね王子様の役をするの。お城でダンスパーティをするのよ。」
「・・・・・・?」
(用は、シンデレラみたいなストーリーなわけね。じゃあ、私が王子様の台詞を言えばいいのね。)
『王子様、本日はお招きくださってありがとうございます。』
『ご足労、感謝いたします。お美しい姫君。今宵はどうぞお楽しみ下さい』
「ね!ご足労ってなぁに?今宵ってなんなの?」
「・・・・・・・。」
しまった、と内心思っていた。小さい子相手に劇の台詞をそのまんま話してしまったのだから。分かるわけがない。でも、どうしようもない。だって、他の台詞なんてわからないんだから。
「・・・・・・・・・お散歩行く?ナターシャ。」
「うん!行くっ!」
「ね、カナン!手つないで。」
ナターシャはにっこり笑った。スーツ姿のカナンの手をもう、しっかり握っている。ふんわり、温かくなった己の手。カナンもつられて微笑んだ。
カナンは散歩が好きだ。車ではいくら美しい景色を眺めることが出来ても、そこにあるであろう穏やかな空気を得ることは出来ない。
だが、散歩なら・・・。己の足で歩くならその空気を感じることが出来るし、季節によって変わる小さな生き物や花達の息吹を身近で見ることが出来るから。ナターシャにも教えてあげたかった。この小さな喜びを。
2人は仲良く、散歩を楽しんでいた。時折、ナターシャが花を見つけてはカナンに何という名前か、と問う。カナンは微笑みながら答えを出す。
「ああっ!カナン見て!!」
「ん?ナターシャどうしたの?」
ストン、と腰を下ろしてナターシャの目線の先をたどった。前方に見える湖に・・・・・水しぶき・・・・・?違う!あれは溺れているんだ!!
「カナン、パパ達呼んで来よう!」
いや・・・・・・・・家までは遠すぎる!!間に合わない!!
カナンはナターシャの手を外すとスーツの上着を素早く脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた。
「ナターシャ!近くのお家に行きなさい!!行って『救急車を呼んで下さい。私はナターシャ・リードです。』っていうのよ!分かったね?」
「うん。分かった。」
よし、とカナンは言うと湖に飛び込んでいった。まだ、冷たい湖の水。水面には氷さえ漂っている。しかし、カナンは怯むことなく、まるでイルカのように・・・・。速く泳いでいるのだった。ナターシャは一瞬ぼうっとしてしまったが、はっとするとカナンが脱ぎ捨てた上着を拾い一番近い家まで走っていった。
「助けてっ!!・・・・・・・助・・・・・・けて!!!」
「大丈夫よ!助けてあげる。私につかまって。」
カナンは溺れている子供の隣まで泳ぎ着くと、自分の身体に手を廻させた。子供は必死になってカナンにしがみ付く。カナンはそのまま、ゆっくり岸まで泳ぎ着くと子供を押し上げた。岸にはナターシャが呼んできた近隣部の大人二人と、救急車、ナターシャ本人が待っていた。
「うわああああぁ!!!怖かったよおっ!」
助け上げた子供はわんわん泣いた。泣き続けた。カナンは水を含んでずっしりと重くなった自身の体も引き上げ、髪を束ねていたゴムを外すと、髪の水分を絞った。
「カナン!!」
ナターシャが駆け寄ってきた。グリーンの瞳にうっすら涙を浮かべて。
「よしよしナターシャ。いい子いい子。ちゃんと呼んで来られたんだね。偉いよ。」
クシャリ、と頭をなぜてやった。するとナターシャは何を思ったのかカナンの胸に飛び込んできた。
「!ナターシャ、私濡れてるよ。冷たいでしょう?離れなさい。あなたの洋服も濡れちゃうよ?」
「いいの!」
「ナターシャったら・・・。ね?」
「やだっ!」
「・・・・・・・・怖かったの?」
「うん。だって、カナンが死んじゃうかと思った。」
「・・・・・・・・・死なないよ。ナターシャの目の前で私は死なないよ。だから、ね?もう怖くないよ。」
嗚咽を必死でこらえながら話すナターシャのその姿がなんだかとてもいじらしくて・・・・。カナンは暫くそのままにさせておくことにした。
「お嬢さん!何をしているんだい?そのままだと風邪を引いてしまうよ!」
救急隊の人が駆け寄って来た。ナターシャは、はっとすると、手に持っていたカナンのスーツを差し出した。カナンはそれを受け取ると、自分の肩にではなく、ナターシャの肩にそれを羽織らせた。
「ナターシャが着てなさい。お洋服濡れちゃったでしょ?」
「でもっ!」
「ね。着てて頂戴。あなたが風邪を引いちゃったら、カナンが叔父様に怒られちゃうから、ね?」
ナターシャはコクリ、と頷いた。
「カナン!ナターシャ!!」
ライアンとロディ、ナタリーが救急隊の知らせで駆けつけてきた。みんな血相変えて走ってくる。
「あ、パパだ。ね、カナン。ライアンおじさまも来てるよ。」
カナンは今度は困ったような顔をして、ナターシャの頭をなぜた。
「ナターシャ!!大丈夫なの?」
ナタリーは駆け寄ってくるなりナターシャを抱きしめた。
「ママ!私は何ともないよ!平気だよ!」
元気な愛娘の姿に、ナタリーはほっと溜息を着いた。
「すみません。ナタリー叔母様。でも、ナターシャ偉いんですよ!ちゃんと大人を呼んで来てくれたんです。褒めてあげてください。」
「カナン!これ・・・。あなたの上着じゃない!あなたが風邪を引いてしまうわ!早く着て!」
「ナターシャは私に抱きついて濡れちゃったんです。そのままナターシャに着せてあげてください。」
カナンは髪を丁寧に結びなおしながら言った。
「では僕の上着を着ろ!お前まだ病み上がりじゃないか!!」
カナンの肩にライアンの上着がかけらる。カナンは驚いて一瞬思考が停止してしまった。
「総帥!私は平気ですわ!!あなたが風邪を引いてしまいます!」
「いいから黙って着てろ!!それより、お前は平気なのか!?痛むところはないのか!?」
ライアンは完全に取り乱してしまっていた。カナンはますますどうしていいか分からなくなった。
「兄さん。お取り込み中悪いんだけど、カナンに話があるって。」
「誰が?」
「後ろ、見てみなよ。」
ロディに促されてライアンとカナンが振り返ると、そこには溺れていた子供の両親らしき人物と警察官が立っていた。
「あなたが息子を助けてくれたんですね!心から感謝します。ありがとうございます!ありがとうございます!何かお礼をさせて下さい!!」
「娘さんの勇気ある行動を称えて、表彰を行いたい!いかがですかな?ご承知いただけますか?」
さて・・・・・・・困った。
表彰?お礼がしたい?何で?
「息子さんがご無事で何よりですわ。お母様、お父様。お礼なんて結構です。どうかお気になさらずに。それから、表彰は辞退させていただきます。私は当たり前のことをしただけですわ。」
カナンは唖然とする警察官と子供の両親に一礼した。
「お嬢さん!念のため病院まであなたも来てもらうよ!早く救急車に乗って!」
「はい!すぐ行きますわ!」
カナンは救急隊員の呼びかけに応じた。ナターシャがまた駆け寄ってくる。カナンは自分のペンダントを外すとナターシャの首にかけた。
「どうして?」
「私の宝物、かな?お利口さんだったからナターシャにあげるわ。」
それは、星の形をしたアレキサンドライトのペンダント。赤と緑に変色する興味深い宝石。いつも、カナンの胸の上で輝いていたのを、ナターシャは思い出していた。
「いいの?」
「ん?いいよ。私よりナターシャのほうが似合うわ。ほらっ!」
カナンの胸の上で輝いていた星が自分の胸の上で輝いている。ナターシャは嬉しくてたまらなかった。
「お嬢さん!早く!」
救急隊員にせかせれて、カナンは名残惜しそうにナターシャの傍を離れた。ライアンの横を通り過ぎる。
「・・・・・!?カナン・・・・・・。」
ライアンは確かに聞いた。
『心配かけてごめんね。パパ・・・・』
ライアンの願い。カナンの口からもう一度【パパ】と呼ぶ声を聞きたいというライアンの願いをかなえたのはきっと・・・。
ナターシャの胸で輝くアレキサンドライトの星だったに違いない
ナターシャの胸の上で星がまた光った
FIN.
