いつか叶うのかな…



「何ですって!!」
キャロルは思わず叫んだ。彼女にしてはめずらしく、声を荒げる。
「本当なの!?」
「はっ!王妃様!真にございまする。」兵士は続けた。
「一刻ほど前、ナイルのほとりにて少女を発見いたしました。その少女の髪は黒く、瞳は碧く、肌は白く、見慣れぬ衣装を身に着けておりました。」
「姫様、いかがいたします?」横に控えていたテティが心配そうに聞いてきた。
「どうもこうもないわ!その子を今すぐ連れてきてちょうだい!」
「はっ!仰せの通りに!」兵士は一礼するとくるり、と背を向け元来た道を引き返していった。キャロルには思い当たることがあった。
(その子は…。もしや…。未来から来てしまったのでは?)今は確かめるすべも無い。ただ、兵士の帰りを待つばかりであった。
ナイルがざわめいた。



しばらくすると、逞しい兵士たちに囲まれて青ざめた少女が連れられてきた。衣装は着替えさせていたが…。なおも青ざめている少女を見て、キャロルは、
(あっ!怖いのね…。そうよね、いきなり知らないところに連れて行かれて、しかも大勢の大人に囲まれては…。)そう思い、兵士を下がらせた。少女は少しほっとしたようだった。差し出されたお茶を一口飲むと、おどおどとこちらに瞳をあわせてきた。
「落ち着いたかしら?」キャロルは微笑みかけた。
「…。はい…。」少女は短く答えた。
「ここは、何処でしょうか?とても21世紀とは思えません。まるで…。」そこで言葉を切った。
「ここはエジプトよ。古代のね。あなたはタイムスリップしてしまったようなの。わかるかしら?」
キャロルは少女が泣いてしまうのではと思っていた。しかし少女は動じず、ただじっと己を見つめていた。真実か嘘かを確かめるかのように…。それはとても子供が放つ雰囲気とは言いがたかった。
「あなたのお名前は?」気を取り直してキャロルが聞いた。
「カナン…。カナン・リードと申します。」キャロルは自分の耳を疑った。全身が凍りつく。
「ご、ご両親のお名前は?」
「父の名は、ライアン、母の名は…。ジュリアと申します。父はリード・コンツェルンの総帥です。」
間違いない、とキャロルは思った。
(この子は…。ライアン兄さんの子だわ!そして、そして私の姪よ!!)もっとくわしいことを聞かせて、とキャロルが言うのと、カナンが倒れるのはほぼ同時であった…。カナンの腕はあまりにも冷たく、ところどころ赤いものが滲んでいた。



「キャロルー!キャロルは何処に?」知らせを聞いたメンフィスが視察先からあわてて駆けつけてきた。
「ここよ、メンフィス…。」しーっと手に指を当てて部屋からキャロルが出て来た。
「おお、キャロル!そなたの姪が現れたというのは真か?」矢継ぎ早にキャロルに迫った。
「ええ、どうやら本当みたい…。私も信じられないの、まだ聞いてみたいことがあるのよ。」
「ならば何故聞かぬのだ!今、そやつは何処におる!」
「…。眠っているのよ。倒れてしまったの。だから静かにして頂戴、メンフィス。」諭すように言うと彼女は夫と共に、部屋から離れた。だが自身カナンに聞きたいことがたくさんあり、胸の奥ではカナンが目覚めるのを今か、今かと待っているのだった。一陣の風が吹いた。



「カナン様、お目覚めでございますか?」優しい声がした。飛び上がる様に起きる、と同時に全身がズキンと痛んだ。
「痛むでしょう?全身傷だらけでございましたもの。侍医の見立てによると2〜3日で治るそうにございますよ。」
「すみません、ご迷惑をおかけして…。」カナンはペコリと頭を下げた。
「まあ、頭をお上げ下さい!」
「あなたのお名前を教えて下さいませんか?」
「ナフテラと申します。女官長を勤めておりまする。どうぞお見知りおきをカナン様。」
「そんな、カナンよ!様なんて付けないで下さい!」カナンは懇願するように言った。
「お許しくださいませ。分はわきまえねばなりませぬ…。」ナフテラは困り顔で言った。
「今、キャロル様とメンフィス様からお呼び出しがありましたので、どうぞお支度なさってくださいませ。」そういって話を変えた。
「キャロル様とメンフィス様?」カナンは不思議そうに聞いた。
「このエジプトの王と王妃様でございます。」にこやかにナフテラが言うと、カナンは自分自身を納得させるように頷いていた。
「さあ、お召し変えをしましょう」
「はい…。」もはや少女に感情など無かった。ただされるがままにしていた。夜空に星が光った。



「カナンとやら…。そなたは何れより参ったのだ?その容姿はエジプトでは見かけぬものだが?」メンフィスが訊ねた。いや、訊ねたなどという生易しいものではない。追求したといった方が正しそうだ。
「私はアメリカで生まれました。でもこの時代にはアメリカはまだ存在していません。遥か未来に新設される国なのです。」
「・・・・・!?」メンフィスは驚いた。初めて出会った頃のキャロルと同じ事を言っていたから…。それだけではない。一国の王である自分を前にしてもこの少女は物怖じもしない。それどころか、毅然としている…。
「質問を続けるわね、カナン」呆然としているメンフィスに変わり彼女が言った。
「はい、どうぞ…。」
・・・・・・・二人の一問一答は1時間ほど続いた。キャロルは質問を終え、暫く黙った後、カナンに語りかけた。
「カナン今から私が言うことを落ち着いて聞いて頂戴。完結にいうわ。私の名はキャロル。あなたのお父様の妹で、あなたの叔母よ…。」
「○×*+$#△&%!!」それまでは何を言われても全く動じなかったカナンが取り乱した。それもそのはずだ。カナンは14歳だが、キャロルもまだ16歳、自分とそうそう年は変わらない。なのに、叔母?こんなに年が近いのに?でも、嘘を言っているようには見えない…だとしたら…。
(認めるしかないわ。真実だと、受け止めなくては…。)一瞬で結論をだした。
「私の言うこと信じてくれたかしら?」
「はい…。信じるしかなさそうですね。」
「ならば、お前は私達の姪。王族ということになる。この宮殿で暮らすが良い。」それまでじっと二人の会話を聞いていただけのメンフィスが突然口を開いた。
「そうよ!一緒に暮らしましょ♪」キャロルがにこやかに言った。さっきまでの態度とは打って変わってとっても楽しそうだ。
「はい…。帰れる日までどうぞよろしくお願いいたします。」相も変わらずカナンのほうは無表情だ。黙って片膝を着き、頭を垂れた。これ以外の方法が解からなかったのだ。メンフィスとキャロルは再び絶句した。そのあまりにも子供離れした態度に…。ナイルに映る月がゆらゆらと揺れていた。



「おい!キャロル様に姪が現れたというのは本当か!?」ウナスがルカに尋ねた。
「お前…遅れてるよなあ。」やっぱり知らなかったのか、というようにルカが言った。
「しょ、しょうがないだろ!メンフィス様の言いつけで、昨日まで下エジプトへ行っていたんだよ!!」顔を真っ赤にしてウナスが言った。
「行っていても行って無くてもお前は遅れてただろうな。」からかうようにルカは言った。
「だから!!本当かどうかって聞いてんだよ!!!」
「ああ、本当だよ。ナイルの姫の兄君のお子だそうだ。すでに尋問もすんでいる。あの容姿が何よりの証拠だな。」サラッとルカは流した。しかしまだウナスは真っ赤だ。
(こいつ、子供っぽいなあ…。)こみ上げてくる笑いを必死にこらえながらルカは言葉を続けた。
「隊長格でカナン様への挨拶に行ってないのはお前だけだぜ!早く行ってこいよな!」そういってポンとウナスの背中を押した。
「!それは、不味いな。今すぐ行かなくては!」生真面目なウナスにはこれで充分だった。ウナスが走り去った後はルカの笑い声が止まることなく響いていた。



「カナン様はいらっしゃいますか?」
「あら、ウナス隊長!カナン様ならお部屋でお裁縫をなさっていますよ?どうしたんですか?」カナン付きの侍女となったヌウが不思議そうにウナスを見ていた。
「いや、ご挨拶をと思いまして…。」
「わかりました。どうぞこちらへ…。」ヌウに案内されてカナンの所へ向かうと、ヌウの言ったとおりカナンは縫い物をしていた。一通りの挨拶を済ませると、カナンはその縫い物を見せてくれた。それは美しい壁掛けだった。ナイルに咲く蓮の花の…。その出来栄えにウナスとヌウは驚いた。王宮付きの仕立て屋並みの…あるいはその上を行く腕前だ。
「どうかしら?刺繍やお裁縫は少しは出来るのよ。」カナンが言った。明るい声とは裏腹に顔は少しも微笑んではいない。
(もしや、私が気に入らなかったのでは?)ウナスはそう思ってしまった。全く…勘違いもいいところである。
「私が何かいたり無かったのでしょうか…。」カナンの部屋を辞去した後ヌウに向かってウナスが言った。
「…。カナン様のことですね。」ヌウは静かに言った。まるでウナスの反応を予想していたかのように…。
「カナン様はまだ一度も笑ってはいないのです。あの方は、感情を表に出されません。私どもも心配しております。だからウナス隊長が気になさることはありませんわ。」
「まだ一度も!?」信じられない、とウナスは思った。ウナスが知っている14,5歳頃の娘といえば、くるくると良く笑い、良く泣き、良く怒る…。それが当たり前なのだとウナスは思っていたのだ。彼の主君、メンフィスの妃であるキャロルもそうだったから。
「私どもが心配しているのはそれだけではないのです…。」ヌウが泣きそうな声で言った。
「どうしたというのですか?」
「カナン様は…ここへ来た日からお食事すらろくにとってはいません…。夜も…どうやらお休みになっていない日もあるようなのです。それなのに、私どもの前では平気なフリをするのですよ…あの方は、何か心に傷を持っていらっしゃる様な気がして…。」
「・・・・・・・・。」二人の間には沈黙が漂っていた。母なるナイルに夕日が沈んでいった。


「ねえ、ヌウ。少し散歩がしたいわ…。」カナンが言った。
「えっ!?」ヌウは驚いた。カナンが初めて外へ行きたいと言ったのだ。今日はいつものように顔も青ざめてはいない。頬には赤みが差している。これなら、大丈夫そうだ。
「どうぞ!ご案内いたします!」
「いいえ、大丈夫。一人で行かせてくれる?」張り切るヌウにカナンが言った。
「いいえ、あなた様は王族です。護衛はつけねばなりません!」とんでもないことを言ったカナンを押し止めるようにヌウは言った。キャロルのように脱走されてはかなわない。それこそ自分の首が飛んでしまう!
「私は、叔母様のように偉くはないのにね…。わかった。いいわ。護衛でも何でも付けて頂戴。少しでいいから散歩したいのよ。お願いよ。」
「わかりました。私が手配します。少々お待ち下さいませ。」
・・・・・・・・ものの5分でヌウは護衛を連れて来た。
「さあ、行きましょう!私もお供いたします。」ヌウはとっても嬉しそうだ。しかし、カナンの眼は遠くを見ていた。近くの物など何も見ていないかのように…。



「…この木の下がいいわ。ここで休みましょうか。」庭を散歩していたカナンが言った。ちょうどいい木陰ができている。
「ご気分はいかがですか?」ヌウは心配だったのだ。部屋からこの庭まで歩いてくる時カナンの足取りがおぼつかなかったから…。
「何のこと?平気よ。」カナンはヌウの眼を見ずに答え、ふーっと溜息をついた。
・・・・・じっと空を仰いでいた瞳がヌウを捉えた。
「ねえ、ヌウ何か歌ってくれない?何でもいいの…」
「歌…ですか?承知しました。」
ヌウは古くから伝わる歌を歌った。ナイルの娘の歌を…。
「ありがとう。素敵な歌ね…。私の歌も聴いてくれるかしら?」
「聴かせていただけるんですか?」
「ええ…。」すぅっと息を吸い込んだ後、カナンは歌い始めた。

・・・・・・・・・夏の草原に銀河は高く歌う 胸に手を当てて
風を感じる 君の温もりは宇宙が燃えていた 遠い時代の名残 
君は宇宙 百億年の歴史が今も体に流れてる 銀河の声が 
空高く聞こえる 君も星だよ みんなみんな・・・・・・・・・

5分ほどたっただろうか…。カナンの歌声は澄み切っていて心地よく、そして美しく…。聞く者を魅了した。ヌウも、護衛の兵士も心を奪われた。庭に近い廊下を行き来していた者たちも、思わず立ち止まった。
「私の…好きな歌なの。もっと上手く歌えたら良かったのにね。」呟く様にカナンが言った。どこか淋しげな表情をしている。
「とても、とてもお上手でした。いつかもう一度聴かせてくださいませんか?」ヌウは少々興奮気味であった。まさか、ここまで美しい歌声を聴けるなんて思わ無かったからだ。
「そう、そうね。いつかもう一度あなたの隣で歌いたいわ。」カナンが微笑んだ。エジプトにきて初めて!誰もが驚いた。そして喜んだ。しかし、次の瞬間カナンは地に伏した。ゆっくり、ゆっくり…ヌウがあわてて抱き起こす。その体は炎のように熱かった。
「早く!お部屋へ!侍医殿を呼んでぇっ!」ヌウの腕の中でカナンはぐったりしていた。…気を失っていた。
・・・・・ナイルに風が吹く…ある昼下がりの出来事だった。



「ヌウ、もう大丈夫ですって。カナン様はお風邪を召しただけだそうよ。そんなに気にしないで!!」暗く沈んでいたヌウにテティが言った。彼女の主人、キャロルはカナンに付き添っている。だから密に情報が入ってくるのだ。
「でも、でも私…気付かなかったわ!誰よりも注意しなければならなかったのに!!!」ヌウは泣き出してしまった。テティがどんなに慰めても泣き止まなかった。と、そんな所にウナスがやって来た。
「…取り込み中悪いが…。ヌウ、カナン様がお呼びだぞ。」
「えっ?私を?」ウナスに付いて行くとそこには息も絶え絶えで苦しそうなカナンがいた。ヌウが来たことに気づくと、カナンは口を開いた。
「ヌウ、泣いていたの?…ごめんなさい。許してね。」
「そんな!私の責任でございます。」
「いいえ、あなたの責任ではないわ。黙ってて本当にごめんなさい。すぐに回復すると思うの…。でもね、勝手だって分かってるけど…今夜は傍にいてくれない?」頼み込むようにカナンが言った。
「はい!もちろんですわ!」
その晩、カナンは久しぶりに眠った。熱でうかされたが、ヌウの気配があったから安心して…。
ふと、ヌウは気付いた。カナンのうわ言に…
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」悪夢を見ているのだろうか?誰かに…しきりに謝っていた。頬に涙がつたっている…。ヌウの胸に引っかかるものがあった。


すぐに回復するといったカナンだったが、完治するのに2週間近くかかった。その前に食事も睡眠もろくに取っていなかったから体が極端に弱っていたのである。
「つくづく懲りたわ。」カナンは恨めしそうに薬湯を口に運んだ。
「もうちょっと、苦くないのはないのかしら?」
「ネゼグ様のとびっきりのお薬湯ですもの。苦くて当たり前ですわ。」クスクスとヌウが笑った。この頃カナンはヌウだけには心を開くようになった。二人の間には主従関係というよりも親友に近い関係ができていたのだ。
「ねえ、ヌウ。私、少し鍛錬場を使いたいの。いいかしら?」
「鍛錬場?あれは兵士が使うものでございますよ。」今度は何を言い出すのだろうか、と思った。
「ちょっとね…。どうしても行きたいの。」
「わかりました。メンフィス様にお伺いしてみます。」ヌウはメンフィスの元へ走った。
「何!?鍛錬場だと!?あやつがか?」ヌウの思ったとおり…。メンフィスは開いた口が塞がらないとばかりに驚いていた。
「また何故だ?」
「私も良く分からないのでございますが…どうしても、と仰せにございます。」
「…まあ、カナンの好きにさせてやるがよい。すぐに音を上げるだろう。」
・・・・部屋でヌウの帰りを今か今かと待っていたカナンはヌウの吉報に手をたたいて喜んだ。
「本当に?叔父様がいいっておっしゃたの?」
「はい、好きにさせよとの仰せでございました。」
「じゃあ、行きましょ♪」いつの間に…と、ヌウは思った。カナンは動きやすい服へと着替えていたのだ。きっともう、待ちきれなかったのだろう。



すぐに鍛錬場へ着いた。カナンはミヌーエ将軍やウナスを見つけると駆け寄って行った。先にメンフィスからの知らせが来ていたので二人が待っていたのである。
「カナン様、何をなさるおつもりですか?」心配そうにミヌーエが言った。なんせキャロルの血を引く姪だ。何をやらかすかわかったものじゃない。
「突然ごめんなさい。弓を…貸して貰えるかしら?」
「…ここには大人の男のものしかございませんが。」
「何でもいいわ。」
ミヌーエが一番近くにいた兵士に弓を持ってこさせた。兵士がそれをカナンに渡す。
「ありがとう。ちょっと離れててくださる?」
そういうとカナンは的に向かって弓を放った。・・・・誰もが度胆を抜かれた。矢は・・・ど真ん中に命中!ミヌーエもウナスもヌウも兵士たちも…。呆然としてカナンを見つめた。しかし、当の本人は
「少しなまったみたい…。やっぱり大人用の弓は力がいるのねえ。」などと呟きつつ、二投目に手をのばしている。フォームもほぼ完璧だ。・・・その後カナンは乗馬、剣術なども実に器用にこなした。並みの軍人ではかなわない…。その腕前に誰もが感嘆するばかりであった。この報告はすぐにメンフィスとキャロルの元へいき、カナンは夜の宴に呼び出されることとなった。


「カナン、何故武術が出来るのだ!?」メンフィスは信じられなかった。この小さな少女のどこにそんな力があるのだ!?
「私、この世界に来る前は乗馬、アーチェリー、フェイシング…いろいろやってましたから。」けろっとカナンは答えた。カナンの言っていることが分かったのはキャロルだけであった。
「よ、よく兄さんが許したわねえ。」
「パパには内緒にしてましたの…。」カナンがちょっとばつが悪そうに頭をかいた。
「まあ、それは良しとしよう。しかし、怪我をすればやめさせるぞ!よいな!」
「分かりましたわ。」誰も…誰も気付かなかった。カナンの表情が一瞬だけ変わったことに…。
「さあ、皆の者!今日は久々の宴ぞ!存分に楽しめ!」メンフィスの言葉が響いた後、幾つもの杯が上がった。カナンにも杯が渡される。
「飲めますか?」ヌウが心配そうに聞いてきた。
「アルコール?大丈夫よ!」そう言うとカナンは葡萄酒を一気に飲み干した。・・・つ、強い。
「お酒は20歳になってからよっ!!」途端にキャロルが杯を取り上げる。それはもう、信じられないといった表情で。
「叔母様…。これでも私、社交界にデビューしてましたのよ。社交界にジュースなんてないですよ?」だからそれを返してください、とカナンが言った。
「だめなものは、だ・め・っ!」・・・カナンにはキャロルと同じ果汁のジュースが渡された。
宴もたけなわになってきた頃、カナンがすうっとバルコニーに出て行った。それに気付いたのはウナスだけだった。ウナスも後を追う。
「・・・・・・・っっ!」バルコニーに出た途端、カナンが泣きだした。ウナスはあまりにも急なことだったのであたふたした。
「ど、どうしたのですか?ご気分が悪いのですか?」お決まりの台詞だ。
「ウナス?ヌウも?」いつの間にかヌウも来ていた。
「びっくりさせたわね。大丈夫よ。どこも悪くないわ。」カナンは無理に笑って見せた。
「カナン様…。ここには私たち以外は誰もおりません。けっして口外いたしませんのでお話してくださいませんか?」・・・あの夜、カナンがうわ言を言っていたあの日からヌウは気になっていた。カナンが心の中に何を秘めているのかが…。
「・・・。あのね、今日はね私の誕生日なのよ、14歳のね。・・・叔母様たちには切り上げて歳を言っていたの。でもね、今日は私の…母の…命日でもあるの…ママはね…私を生んですぐ…死んでしまったの…私がいなければ…私が生まれてこなければ…今でもきっと…生きていたのに…。」涙ながらにカナンが言った。その表情は青ざめ、生気が無かった。痛々しいくらいに…。星を見つめ、カナンは吐き捨てるように言った。
「私、この日が一番嫌い。誕生日なんて…大っ嫌い!!パパもこの日だけは家にいなかった。…ママのお墓に行っていたの。きっと、パパが一番つらかったはずよ。私なんか生まれて来なければ良かったのに!!」昼間とは別人のようだった。それから少し間をおいてカナンが言った。
「今日のことは…忘れてね。明日からは元通りよ。」そう言ってカナンは宴へ戻って行った。後に残された二人は予想もしていなかったカナンの生い立ちにただただ呆然とするばかりであった。


「カナン、昨日誕生日だったんですって!?」・・・翌日の朝餉でキャロルがカナンにせまった。
「はい…。いちおう…。」カナンは何処から情報が漏れたかを考えた。答えが出るのに早々時間はかからなかった。
(ヌウが言うはずないもの。きっとウナスがうっかり口を滑らせちゃったのね…。)ご名答!その通りだったのだ。
「どうして言ってくれなかったの?お祝いしてあげたかったわ。今からでも遅くない!あなたの誕生会をしましょう!」
「叔母様、ご好意は嬉しいのですがお断りします。」
「まあ!どうして!!」
「昔から誕生日なんてあまり意識したこともありませんし、レディは歳を取りたくないものじゃないですか。」冗談ぽく言ってカナンはどうにかその場をやりすごした。
「・・・・・・・っ。」横に控えていたヌウはハラハラしていた。『明日からは元通りよ』昨晩のカナンの声がよみがえる。その言葉の通りカナンは今朝もいつも通りに接してきた。昨日のことなど最初から無かった事かのように…。
「ごちそうさまでした。ヌウ、部屋に戻りましょうか。」先にキャロルを見送ってカナンが言った。
「!はいっ!」ヌウもあわてて後を追った。



「何だか…。今日は騒がしいのね…。」部屋の前の廊下を見ながらカナンが言った。この廊下を利用する人が多いのは常のことだが、今日はやけに人が多い…。
「今日は、王と王妃様の結婚記念日なのです。ですから、今晩も宴がありまする。国中がお祭り騒ぎなのですよ!」気まずさを忘れてヌウが言った。はじける様な笑顔で…。
「そう、そうなのね。じゃあ私は何を贈ろうかしら?」ヌウが自分のことを案じていたのが痛いほど分かっていたカナンは、ヌウが笑ったのを見て安心した。
「縫い物をなさってはいかがでしょう?とてもお上手ですもの!」
「ああ、それなら縫いかけの帯が2本あるわ。仕上げてお二人に差し上げましょう。それから、パイも作ろうかしら…。」
「パイ…?それはお料理でしょうか?」ヌウが敏感に反応した。彼女はキャロルの料理の腕前を知っている。だからこそ、確かめたかった。もしもカナンがキャロルの料理の才能を受け継いでいたら…調理場は今夜の宴の仕度が出来なくなってしまう!!
「何をそんなに警戒しているの?大丈夫、料理なら一通り習ったわ。心配しないでヌウ。さあ、急いで帯を仕上げなくてはね!お料理ができないわ。」張り切るカナン…。もはや誰も止められない…。ヌウの不安はつのるばかりだった。


「さあ!できたわ。何とか間に合ったみたいね。」カナンの前には無数のパイが並べられていた。大きいパイ、小さいパイ、パイの中身は林檎、カボチャ、バナナ、オレンジ…。様々である。ヌウの心配なんか何処吹く風といった調子で、カナンは実に手際よく調理をやってのけた。しかし、見た目は完璧だが味は?どうなのだろう。
「ヌウこれを一緒に試食してみない?ウナスも一緒に!」万が一を予想して、ヌウはウナスを呼んできていた。
「・・・・・・・・・・・!!!!」嫌だとは言えない。二人は恐る恐るパイに手をのばした。
「お、おいしい!!」
「本当だ!!おいしい・・・。」二人は感嘆の声を上げた。食べたことは無いが、どこか懐かしい味がする。
「私の世界ではね、よくばあやが作ってくれたのよ。」フフッとカナンが笑った。
「さ・て・と!片付けも終わったし、そろそろ行きましょうか。」いつの間にかカナンは片付けを済ませていた。カナンにとっては当たり前のこと…。なのにウナスとヌウは不思議そうにこちらを見ている。
「どうしたの?行かないの?」
「は、はい。行きましょう。」三人は宴へと向かった。



宴の際に渡されたカナンお手製の帯は注目を集めた。黒をベースに、メンフィスの帯には青い蓮の花とホルス神を、キャロルの帯には桃色の蓮の花とハトホル神を刺繍していた。ことにメンフィスはキャロル以上に喜んだ。メンフィスはキャロルとお揃いのものはあまり持ってはいない。彼は恥ずかしがりやだからお揃いのものを作ってくれとは言えないのである。
「礼を言うぞカナン!!見事な出来栄えだ!」
「お褒めに与り光栄でございますわ。これもどうぞ。」そう言ってカナンはパイを差し出した。
「まあ、それってパイじゃない!!」先に反応したのはキャロルであった。
「おいしい!懐かしいわ!カナンのママが教えてくれたの?」
「・・・・いいえ。ばあやに習いましたの。お気に召したのなら良かったですわ。じゃあ、私はこれで・・・。」母のことに触れられたカナンは顔を曇らせ、その場を立ち去ろうとした。そのとき・・・はるか遠くに光るものが見えた。刃物だ!
「危ないっ!」カナンはとっさにキャロルを庇った。
ドスッ!!鈍い音が響く・・・飛んできた刃物は・・・キャロルを庇ったカナンの左肩に・・・命中した。
「カ・・・ナ・・ン?」一瞬の出来事だった。カナンが倒れる。低くうめきながら・・・。ドサッ!
「曲者じゃあ〜!衛兵であえ〜!」ナフテラが敏感に反応した。メンフィスはもう曲者を追っている。キャロルは自分にしな垂れかかるカナンをただ呆然と見ていた。



カナンは歩いていた。漆黒の闇の中を。自分が死に向かっていることを分かっていながら・・・ためらうことなく歩いていた。
(もっと早くここに来なければならなかったのよ。怖くはない。ママだって・・・通った道なのよ。)
ポワンと光るものが近づいてきた。・・・女の人?知らない顔・・・ああでも!一番良く知っている人!矛盾する思いの中、カナンは女の人へ向かって走っていた。一心に叫びながら…。
「ママ!ママ!ママッ!!」一番に会いたかった人。どんなに望んでも会えなかった人。自分のせいで命を終えてしまった人。
「カナン…私のカナン。会いたかったっ!」ジュリアはカナンを抱きしめた。愛おしそうにその頬をなでながらジュリアはカナンに語りかけた。
「カナン、ごめんなさいね。あなたを残していってしまって…。あなたが自分を責めているのを見るのはつらかったわ。私が死んだのはあなたのせいじゃないの。神様がね、ほんのちょっと早く私をお傍に置いてくださっただけなのよ。」
「違う!ママは私の、私のせいでっっ!」その唇をジュリアはそっと指で塞いだ。
「もう、自分を責めないでいいのよ。私のカナン・・・。」
カナンは思いっきり泣いた。自分を責めて責めた…辛い日々が終わり行くのを感じた。ずっと誰かに許してほしかった。誰よりもママに許してほしかった。・・・・・・・・泣きじゃくるカナンの背をさすりながらジュリアは言った。
「カナン、あなたはまだ此処に来てはいけない。お戻りなさい。」
「嫌ッ!やっと会えたのに!もう離れたくない!」
「ママの言うことを聞きなさい。今あなたが死んでしまったら、キャロルさんは…。あなたの叔母さまは…あなたと同じように自分を責めなくてはならないのよ。その辛さ…あなたが一番良く知っているでしょう?」ね?とジュリアが言った。聞き分けのない幼子を諭すように。
「でもっ!でもっ!」カナンの言葉をさえぎる様にカナンの周りを白光が包んだ。
「出してっ!ママっ!やあっっっ!!」
「いつかあなたが生を本当に終えたら迎えに行くわ。その時まであなたはあなたらしくありなさい。泣きたいときは思い切り泣きなさい。怒りたいときは怒りなさい。でもね、ママはもっとあなたの笑顔が見たい。はじける様な、天使のようなあなたの笑顔が見たいわ。」
「ママ・・・・・。」
「さよなら、私のカナン。いつか会えるその時までっ!どうか幸せにねっ!!」ジュリアはカナンの頬にキスをした。ジュリアの涙がカナンの頬につたった。
「ママ・・・。愛してるわ。」
「カナン・・・。愛してる。さよなら。いつも、あなたの傍で見守っているからね・・・・。」
次の瞬間、カナンは目覚めた。


「カ・・ナ・ン?」
「お・・ば・・さ・ま。お・・・怪我は?」舌が上手く回らない。左肩にも鋭い痛みが走る。だが、カナンは幸福感に満たされていた。
「カナン!!起きたの!よか・・った。本当によか・・・っ。」
「泣かないで・・・下さい。」知らせを聞いてメンフィスやヌウも駆けつけた。
「大丈夫でございまする。王、王妃様。峠はこえました。あとは順調にご回復なさると思います。」ネゼグが言った。一同に安堵のため息がもれた。
「みん・・な。心配・・・させてごめんなさ・・・・い。」
「本当に、本当に心配したぞ!もう二度とこんな思いはごめんだ!だが・・良くぞ、良くぞキャロルを守ってくれたな。礼を言うぞ。」メンフィスが言った。
「ありがとう、カナン。あなたのお蔭で私生きてる。でも、ごめんなさい。許して。」
「いいの。叔母さま。私、ママに会えたから・・・。」
「・・・・・・・・。」キャロルとメンフィスは全てを知っていた。うわ言を繰り返すカナンを心配していたキャロルにヌウがカナンの生い立ちを話したのである。
「ママは私に生きなさいと言った。私らしく生きなさいと…。」
「そうか・・・・・・。」メンフィスも出生と同時に母を亡くしている。カナンの気持ちは誰よりも良く分かった。だからこそ、それ以上はふれなかったのだ。



「ねえ、ヌウ。お散歩に行かない?」
・・・・・・あれから1ヶ月、カナンは驚異的な回復力を見せた。ネゼグの見立てよりもずっと早く…。今日初めて散歩に出る許可が出たのだ。
「はい!行きましょう!」
二人は庭へ向かった。
「・・・・ここでやすみましょうか。」
「ここは・・・・!?」
そこは以前カナンがヌウに歌を聴かせてくれた場所だった。ヌウにとってはとても大切な場所だったのだ。
「約束したでしょ?もう一度あなたの隣で歌うって♪」カナンは楽しそうに言った。そして、あの日途中でやめた歌の続きを歌ってくれた。
・・・・・・時の流れに生まれた者なら 一人残らず
幸せになれるんだ いつか幸せを手に入れるため 
そうその時まで みんな命を燃やすんだ
星のように 蛍のように
銀河の声が 空高く聞こえる 君も星だよ みんなみんな
銀河の声が 空高く聞こえる 君も星だよ みんなみんな・・・・・・・・
歌い終わるとカナンは静かにヌウに語りかけた。
「ねえ、ヌウ。この歌が本当なら私たち、幸せを手に入れられるのよね・・・。私、今なら信じられる。信じてみようと思うの。もう、暗闇をさまよったりはしないわ。自分らしく生きてみる…。ママの言ったとおりに・・・・。」
「カナン様・・・・。」
二人の間に柔らかい風が吹いた。カナンは言葉を続けた。
「ヌウ、あなた今幸せ?」
「はい、実は私恋人ができたんです////とっても幸せですわ。カナン様に一番に聞いていただきたくて!」
「・・・・・・・・・・・・!?そう、そうなの!おめでとう!実は私もなの!今日一番にヌウに言おうと思っていたのよ!」
「えええええええええっ!!!」一瞬の沈黙の後、二人は吹きだした。
「で?ヌウのお相手は?」
「ルカですの。カナン様のお相手は?」
「ウナスよ!まあ、じゃあ二人とも今私たちと同じ話してるんじゃあないかしら?」二人はきゃあきゃあと盛り上がった。
ハックシュンっっ!・・・・さてさてこちらは・・・。ウナス&ルカである。カナンとヌウの推察どおり、二人も今その話の真っ最中である。いや、一つだけ二人の予想が外れていた。何と!ミヌーエ将軍もいるのだ。
「私の相手がヌウ、ウナスの相手がカナン様、だとすると・・・・?」
「そうだ・・・。テティだ。」なななな何と!テティとミヌーエ将軍も交際を始めていたのである。これで王宮ではほぼ同時に3つのカップルが誕生した。これにはナフテラやイムホテップ、メンフィスやキャロルも度胆を抜かれ、ただただ笑うしかなかったという・・・。



それから、半年後・・・。3つのカップルは同じ日に挙式をあげた。王宮中の祝福の中で・・・。そして、そして!!何と今はカナン、ヌウ、テティ、キャロルの4人の女性のお腹に小さな命が宿っている。あと数ヶ月したら賑やかになりますねえ、とナフテラが言う。カナンはバルコニーに出た。あの時のように泣くことはもうない。彼女は母になるのだ。強いまなざしが天を仰ぐ。

・・・ママ、私ね今とっても幸せよ。愛されてるし、愛してるの それにね…私もうすぐお母さんになるのよ そうしたらママはおばあちゃんね・・・・・・・・・

「カナン?どうした?具合でも悪いか?腹か?」ふと気がつくと隣にはウナスがいた。彼は心配性だ。特に身籠ってからはその心配性にさらに磨きがかかっている。でもそれも、なんだか嬉しい。
「ううん、何でもない。大丈夫よ。」微笑んで見せた。
「もう、休め。無理は絶対するなよ!」
「大丈夫だってば。」二人の頭上で星が光った。流れ星だ!
「あっ!流れ星!お願いしなくちゃっ!」そういってカナンは胸に手を当て星に願いをかけた。
「?何をお願いしたんだ?」ウナスが知りたそうな顔をしている。
「ふふふふっ♪ひ・み・つ♪」

いつか叶うのかな?私の願い・・・。私の子と、ヌウの子と、テティの子と、叔母さまの子が、無事に生まれて、大きくなって…家族みんなでお庭のあの木の下で遊びたいっていう・・・。星にかけた私の願いは・・・・。
いつか叶うのかな?叶うわよね!いつかきっと・・・。


数ヵ月後・・・。4人の女性はそれぞれ無事に子を産んだということだ。





                        FIN