ルカ、ルカ・・・・・・・
やんわりと耳の奥で響くヌウの声。いつから、こんなに慣れたのだろう。乾いた心を潤すようなその声に。
ひとたび呼ばれれば、力なく首を擡げていた芽も蘇る。
ほんとうに・・・・・・俺はどうしたのだろう。
久しぶりの非番。だが、すでに時間をもてあましている。ボーっとするのは性に合わないらしい。だからといって、どうしようもないが。
「あら、ルカさん・・・・?」
ガバッと身を起こしてみると、そこにいたのはカナンだった。
(ナイルの姫かと思った・・・・。)
数日前、突如ナイルに現れた王妃の血縁。しかも、王がライバル心剥き出しにしている、あの【ライアン】の娘。挨拶には行ったものの、その後特に顔を合わせる機会もなく今に至る。




「珍しいですね、こんなところで貴方を見かけるなんて。」
カナンは、自分の横に腰を下ろした。
「はあ・・・・。そうでしょうか・・。」
ルカは、貴女様は侍女をまいてきましたね?と言い出しそうになるのをこらえた。キャロルの血縁だというのだから、言っても無駄だろう。
「取り合えず、その敬語と【ルカさん】というのはやめて下さい。勿体のう御座います。王に聞かれたらお叱りを受けますよ。」
苦笑された。
「王に叱られるのは嫌ね・・・。怖いから。」
今度はルカが吹き出す番だった。
「どうされましたか?お1人で。」
「基本的に1人が好きなの。いつもそうだったから、始終人が傍にいるのは慣れないわ。・・・あ、愚痴を言っているんじゃないのよ。王妃様には言わないでね。」
ご心配なく、と返すに止めた。正直、ルカは余りこのカナンと言う人間を信用していないのだ。日が浅いせいだろうが・・・・。




「ルカ・・・・も悩んでいるのでしょう?」
「は・・・?私がで御座いますか?」
度胆を抜かれるとは、まさにこのことだろう。
「違うの・・・?恋しているように見えたけど。」
「恋・・・・ですかぁ!?」
自分が・・・?一体誰に・・・?
ふっと、ヌウの顔が頭をかすめた。ぼっと顔が赤くなるのが分かる。
カナンの口元が少し綻んだ。
・・・・笑われているのか?一瞬そう思ったが、すぐにその笑みらしきものは消えてしまった。
「これ以上余計な詮索はしないほうが良さそうね。」
「いや、お待ち下さい。私めはその・・・恋とかいうものに疎う御座いますれば、どういうものなのかご教授いただきたく。」
キョトン・・としたカナンの顔に、しまったと思ったがもう遅かった。
「私に聞くのは間違っているわね。だって私、恋したことないから。ヌウに聞くのが一番いいんじゃないかしら?」
よりによってっ、そこで何故ヌウが出てくるのですか!
という台詞をギリギリで飲み込んだ。言っていないのだから知らなくて当たり前なのだ。全く、今日の俺ってほんとどうにかしてるよな。
「それじゃあ、さよなら。」
ペコリと頭を下げ、カナンは部屋に戻って行った。が、何かを思い出したように、途中で振り返り、もう一度戻ってくる。
「ヌウはエメラルドグリーン・・・・薄くて明るい緑色が好きよ。」
「・・・・・!?!?」
感付かれたのか、最初から知っていてからかわれたのか、咄嗟に気の利いた台詞を発することも出来ず、呆然とカナンの後姿を見送ることしか出来なかった。




「えめらるどぐりーん?・・・・ナイルの姫しか知らないだろうな。」
ボソッと、意味もないのに声に出してみる。
だが・・・余り悪い気がしないのが不思議だ。
そういえば、今日はハサンが来るって言っていたよーな。
いや、別にだからって、どーするわけでもないけど。




                     ☆




「おう、ルカじゃないか。珍しいなぁ。」
・・・・・つい、来てしまった。本当に俺、どうしたんだろう。
とは思いつつ、勝手に足も口も動く。
「やあハサン久しぶりだな。」
ハサンのにやり、とした嫌な微笑み。意味ありげに頷いている。
「女物かい?・・・・・だ・れ・に・や・る・の・か・な〜♪」
「う、うるさいっっっ!」
「へへっ。何をお求めですかい?」
ふん、とそっぽを向いて品々に目をやる。さすがは、ハサンだと思った。魚の目やラピスラズリ、カーネリアン・・・・・数え切れない種類の、宝石をあしらったアクセサリーが並んでいる。その一つ一つが、細かな細工が入っていて、女性が気に入りそうなものばかり。
きょろきょろと目が勝手に探し始めた。
エメラルドグリーン・・・・・・薄くて明るい緑色のアクセサリーを。
「あ・・・・・あった。」
手に取ってみてみると、それは他の豪奢なアクセサリーと違って、控えめな感じのするネックレスだった。
ヌウに・・・・・・とても似合いそうだ。うん、きっと似合う。




「へ―――!このネックレスを選んだのかい!」
いつから見ていたのか、ハサンがひょっこり顔を覗き込んできた。
「いやなあ、ちょっと前にも同じのを見に来た人がいてな。これ、他の品と比べると控えめでよ、手にとって見る人って少ないんでよく覚えてて!」
「誰が見に来ていたんだ?」
ハサンはちょっと顔を顰めて考え込んだ。
「名前は知らねーんだよ。2人連れで、片方は黄金のお姫様の身内の方だったかな?ほら、噂の。そのお付の侍女がこれを見ていたな。」
やっぱりヌウだ!これを欲しがっていたなら、贈ったら喜んでくれるだろう。
彼女の笑顔がルカの頭をかすめた。
早く・・・・早くヌウの笑った顔が見たい!
「ハサン、これ貰うよ!」
「毎度!上手くいくといいねぇ!」
余計なお世話だ!と言いつつも顔がにやけてしまう。
うん、俺ってやっぱりヌウが好きなんだな。これが恋ってやつか。
くすぐったいけど、悪い気はしない。
「はいよ!」
包んでもらったネックレスを受け取るや否や、ダッシュでヌウのもとへ!
そのルカの後姿を見つつ、ハサン。
「う〜ん、恋だねぇ〜。」
などと1人呟いていた。




「ルカです、入っても宜しいでしょうか?」
カナンに与えられた宮殿の一部屋。大きな扉の前で、ノックをする。
キイ・・・・・・・・・・
ひょっこりドアの影から顔を出したのは、やはりヌウ。
「ルカ!ルカじゃない!どうしたの!?」
久しぶりにルカに会えたヌウは、声がいつになく弾んでいる。
「カナン様!ルカです!入室させても宜しいでしょうか?」
ドキッと心臓がなった。
夢中になりすぎて忘れていた。この部屋の主がカナンだということを。
無理だ、ここでは渡せない。だけど、外は人の目が合ってもっと渡せない。そんなことにも気が付かなかったなんて・・・俺は馬鹿だ。
まさに、恋は盲目。ルカも例外ではなかったようである。




「ええ、どうぞ。」
カナンと数秒の間目が合う。先に逸らしたのは、カナンのほうだった。
「ヌウ!私、少し部屋を空けるわ。王妃様が内緒話をされたいそうだから、供は要らない。ルカが居るから留守は大丈夫よね?」
絶句である。二の句が告げないルカとヌウ。
「それじゃあ、行って来ます。」
不敵な笑みを口元にうっすら浮かべてカナンは部屋を後にした。




しばしの沈黙。
「えっと・・・・・。お茶、淹れるから座って?」
「あ、ああ。悪いな。」
全然!と照れくさそうに言って、ヌウは奥へ。
その背が見えなくなってから、ルカは小さく嘆息。
あの方は・・・・・何というか・・・・一枚上手というか・・・一筋縄ではいかなそうな方だ。この場合、俺は感謝しなければいけないのだろうがな。
「待った?」
すぐに、ヌウがとことこやって来た。お茶と、お茶菓子を載せたおぼんを持って。待ってない、というか早かったな。そういう前に、先手を打たれた。
「あのね、これ、私が作ってみたの!」
そう言われて皿に目をやると確かに見覚えのある菓子だった。
「ナイルの姫のお好きな菓子か?」
「ええ!ナイルの姫様やカナン様がいらした神々の国で、よく食べられていたものだそうよ。見よう見まねで作ったの。」
・・・・俺甘いものは基本的にダメなんだがなぁ。
ナイルの姫(キャロル)は甘党だ。その姫がお好きなものなら、絶っっっ対に甘いものに決まっている。過去何度もそうだった・・・・。
だが、ヌウのニコニコ顔を見ているととても言い出せやしない。
覚悟を決めて口に運んだ。




「お・・・上手い!」
「本当!?嬉しい!」
嘘ではない。ヌウの作った【ぱい】は口当たりが良く、甘さも控えめで本当に美味だったのだ。
「それより・・・・どうしたの?」
「え・・・?」
「だから、カナン様を尋ねてきた理由ってなあに?」
「いや・・・カナン様じゃなくてな、あ・・っと。」
妙にはぎれの悪いルカ。不審なヌウの目。
おい!どうした俺!ここまできたんだろっ。
気合を入れなおして再び。
「ちょっとお前に渡したいものがあってさ・・・・。」
「え・・・・?わ、私!?」
包みを渡す。手が震えているのを悟られないように。
「え、あ、あぁ!これ・・・・!」
やはり、ハサンが言っていたのはヌウのことだった。
顔をほころばせて喜ぶヌウ。顔が、胸が熱くなるのを感じた。
「気に入った?」
「どうして?何で、私がこれ欲しいって思ってたの知っていたの?ううん、その前にどうして私にこれを?」
「いや、俺・・・・俺な。」
続きの台詞は飲み込んだ。
まだ、早い。もう少し、もう少し彼女のことを良く知りたい。
どんな食べ物がすきなのか。
なんの動物がすきなのか・・・・・・・・・。
色のほかにも・・・・・もっと知りたいから。
焦らなくてもいいさ。




「何でもない!気に入ったのなら良かったよ。大事にしてくれな?」
「・・・・もちろん!」
俺の台詞の続きが聞けなくてちょっと残念そうな顔の君。
でも、惜しみなく俺に笑顔を向けてくれる愛しい君。
もうちょっと待ってくれな。俺がヒッタイトか君かを選べる日まで。
迷いなく、君を抱きしめられる日まで。
君だけに似合う・・・・その色の宝石を持って。



あんまり、待たせないと思うからさ。







                                  FIN.





宝石